四十八、英雄はベッドにつき
すみません、すっかり9月になりまして……大変申し訳ございません!お待たせ致しました。
まず、事件から二日が経過しているという事実に驚かされた。長く夢に魘されていたと思ったが、本当に時間は経過していたらしい。
ミラの指示で速やかに避難が行われ、事態を察した街からの応援もあって怪我人がでることはなかった。大臣は押しかけていたアルベリスの騎士たちに拘束されたという。
「私もお母様の指示で避難していたのですが、ノア・ヴィクトワールは不思議なことに突然現れたのです」
まさしくノアの得意分野だ。かつての職場であれば潜入も容易く、アルベリスの関係者とはいえコートを脱いでしまえばわからない。
「あの人は必ず自分が助けると言いました。だから私たちは外に残るようにと、お父様とレイお兄様も頭を下げてお願いしていたのに……それなのにノア・ヴィクトワールといったら!」
アイリーシャはノアへの不満で締めくくるもロゼは深く感謝していた。もしアイリーシャが王宮へ飛び込んでいたら落ち着いて話を聞くことはできなかった。
「こんなのあんまりです。ロゼお姉様が可哀想!」
「可哀想?」
混乱はしているがおよそ無縁の言葉だ。
「確かにヴィクトワール家との繋がりはエルレンテにとって大きな利益かもしれません。だからといっていきなり知らない人と結婚させようなんて酷いです!」
誰の目から見てもロゼとノアに接点はない。であれば皇子の回収に訪れた隣国の騎士団長が助けた王女に一目惚れ、という解釈なのだろう。
本当のことを打ち明けてしまいたかった。自分のことのように胸を痛めてくれるアイリーシャを欺くことも、ノアが悪者のように扱われることも耐えられない。けれどロゼは口を噤む。
(だめよ……ノアは、ノアとして生きることを選んだ。影としてではなく、表舞台で生きることを望んだ。わたくしが邪魔をしてどうするの?)
身寄りのない人間がアルベリスの騎士団長に登りつめた。これは歴史的快挙である。想像しえない困難を乗り越えたに違いない。しかし隣国の元国王直属護衛という立場が露見したらどうなるか……彼が必死で手に入れた地位を脅かすことになる。今日までノアが築きあげたものを壊してはいけない。口裏を合わせるまで迂闊な発言は控えるべきだ。
「私だって、ずっと一緒にいられないことくらいわかっています。けど、大好きなロゼお姉様には幸せになってほしかったの……」
(アイリーシャを苦しめているのはわたくしね。それでいて悲しませたくないと言うのだから自分勝手なものだわ。けれどわたくしは、ノアが命懸けで得たものを奪えない)
憂いを宿すロゼの手はアイリーシャに握られた。その憂いは真実を告げられないことへのもどかしさなのだが、もれなく政略結婚への不安に変換されていることだろう。アイリーシャが意気込むほどロゼの罪悪感は増していく。
「ありがとうリーシャ。結婚のことは……まだ上手く言えないけれど、一つだけ言わせてほしいの。自慢の姪がこんなにも立派に育ってくれたのだからわたくしは幸せなのよ。貴女がそう言ってくれる限り、わたくしはずっと幸せでいられる。たとえどんな結末を迎えようとね」
「私も、ロゼお姉様が大好きです!」
以後このようなやり取りが延々と続き、部屋の外には遅れてやってきたミラが蹲っていた。入る機会を完全に失い、申し訳なくも会話が聞こえてしまったのだ。敬愛するロゼと愛する娘のやり取りに感極まって崩れ落ちた結果である。
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翌日、怒涛の乱入騒ぎから一夜明けるも英雄は未だベッドの上にいた。
「無理……動きたいわ。走りたい。鍛練がしたいわっ!」
動き回ることに慣れ過ぎたロゼにとってベッドの上は窮屈でしかない。傷に響く動きでなければ歩き回ることも可能だというのに彼女の周囲は過保護だった。これまでの行いから起き上がったロゼが大人しくしていると思われていない。秒針が時を刻むごとに想いは膨らみ、いずれ破裂するのではないかと思う。破裂、すなわち脱走劇開始の合図となるわけだが困ったことに過保護派の筆頭はアイリーシャなのだ。
(みんなしてわたくしが抜け出そうとするたびにリーシャを呼ぶなんて卑怯だわ!)
悲しいことに弱点は知れ渡っていた。代わる代わる訪れる見舞い客もとい監視役によってベッドから抜け出そうものならアイリーシャを呼ばれてしまう。姪からの心配そうな眼差しを利用した巧みな作戦だ。とはいえロゼが荒れている原因はなにも部屋から出られないことだけではない。
(どうして誰も話し合いの場を設けようとしないのよ! 話し合うべきことはたくさんあると思わない!?)
現在アルベリスの重役たちは客人として王宮に滞在している。恩人であるロゼの経過を見守るためと、急な反乱でアルベリスが混乱していることも理由の一つだ。祖国にいるより危険が少ないらしい。
(ノア、わたくしたちはきちんと話し合うべきだと思うわ。レオお兄様にレイお兄様、わたくしに何を隠してるの? ロクス様、貴方はどうして変わってしまったの?)
話したくないのか後ろめたいのか、ノアに至ってはアイリーシャに妨害されている可能性もあるが、彼が本気を出せば話し合いもわけないことをロゼは知っている。すでに前科があるのだから忍び込むことは容易いだろう。
(なんだか避けられているようにも感じるわ。昔はもっと気軽に顔を会わせていた気がするけれど、あの頃とは変わってしまったのね。同じ場所にいるのはずなのに以前よりも遠い気がするなんて…………ああもう、しっかりするのよ! ノアは騎士団長、忙しいに決まっているわ。もうあの頃とは違うのだから……って、ああもう……)
やめようとしてもあれこれ考えてしまう。せめて書類仕事でもあれば違ったのかもしれないが、観光大使の仕事も取り上げられてしまっては余計に考えてしまうのだ。それぞれが多忙な身分であることも理解しているがロゼの不安も仕方のないことである。
「いいわよ。いずれわたくしから訪ねてさせあげる。待っていればいいわよ!」
すぐにでも突撃したいところだがさすがにこの時間帯はまずい。もうすぐ絶対的お目付け役のアイリーシャがやって来る。
外界から隔離されたこの状況はまるで囚われの姫か。悲しいことにこれが本来の病弱で通しているローゼリア姫のあるべき姿であった。
(街は、何も問題は起きていないかしら。わたくしは観光大使なのに、こんなところで寝ているだけなんて情けないわね)
抱えている案件はいくつもある。いっそ窓から抜け出すことを何度考えただろう。
街の人たちはかつてロゼが指示した通りに消化活動を手伝ってくれた。おかげで街への被害も最小限に食い止められた。王宮からの感謝はとっくに届いているはずだ。ならばロゼとして、自分も感謝を伝えたい。紙切れ一枚で済ませるのではなく、一人一人に声をかけ労い、手を握り目を見て伝えたいのだ。今日までの行いが無駄ではなかったと、共に喜びを分かちたい。
ロゼは情報提供者と部屋から連れ出してくれる救世主を求めていたのだが、奇しくも二つの願いを叶えてくれる人物が現れたのはほどなくしてのことである。
「ロゼ様ぁ~!」
「オディール!?」
いつも訪ねるのはロゼの役目だったはずが、今回ばかりは逆転していた。彼女が両腕に抱える荷物はあの日預けたままになっていたもので、変わらぬオディールの姿に張りつめていた緊張が和らぐ。共犯者の口から聞く懐かしい呼び名はロゼを日常へと連れ戻してくれた。
閲覧ありがとうございます!
オディールは、派手さはないけれどなくてはならない人というイメージです。ロゼにとってもなくてはならない存在ですし、未登場ですがきっと彼女の旦那様もそう感じたからこそ結婚したのではないかなと思います。
それではまた、次のお話でお会いできれば幸いです。




