四十七、憤る姪
主人公と攻略対象の関係が良好であればロゼにとっても喜ばしいことだ。
「ラゼット殿下のような方がロゼお姉様を見初めて下されば良かったのです」
誰とは言わずアイリーシャは挑発するように彼を一瞥する。その視線を真っ向から受けたノアは感心するように呟いた。
「ふうん……まずは王女殿下から味方に引き込むとはね」
「人徳の差ではありませんか?」
見つめ合い飛び散るのは火花。一方すぐそばには関係修復が困難と思われる二人もいた。
「まあまあ二人とも。そう喧嘩せずにね。ロゼちゃんが困っちゃうよ」
なんて頼りになる兄だろう。考えてみればレイナスはロゼと同じ境遇『叔父』。同じ姪を持つ者として通じるものがあるのかもしれない。ロゼは頼もしくも代弁者となってくれたレイナスに尊敬の眼差しを送った。しかしそれも短い間のことである。
「そんなにロゼちゃんがほしいならいっそ勝ち抜き戦でもやっちゃえば? ちょうどほら、なんか街でそんな祭りやってたじゃん」
「男性が力を競いあう大会ですわね」
混沌と化した場においてその提案はひときわ注目を攫う。撤回しよう。レイナスはレイナスだった。速やかに訂正するロゼが観光大使であるように。
「ロゼとの結婚が認められるのなら俺は従うだけです」
なんとも余裕のある返答だ。そういった姿勢も相まってアイリーシャはふつふつと肩を震わせていた。
「ロゼ、ですって……呼び捨てどころか愛称だなんて、失礼なのよ!」
「……そうですね。英雄と名高い姫君に無礼でした」
ロゼへの接近を許可されていないノアはその場で膝を折る。まるで、というより本職なのだが。騎士は誓いを立てるべく跪いた。
「ローゼリア様。私はこの決闘に勝利し必ず貴女を手に入れることを約束します」
明るい部屋で、たくさんの人に見届けれられて――何から何まであの夜とは違っていた。かつて二人だけで交わした約束は形を変えてロゼを揺さぶる。
「おいおい、俺のことも忘れてくれるなよ」
ラゼットは不敵に笑う。それは良からぬことを考えている類の笑みなのだが、まだ言うのかと諫める気力は尽きていた。
「それに参加すれば兄上と闘うことができるのですか? では私も参加させてください」
ロクスまでもが控えめに手を挙げていた。
「きっと負けてしまいますけれど。いえそれすらもおこがましいのか……私なんて兄と闘う前に敗北することでしょう。どうせしがない副団長なのですから……」
まず間違っても彼の役職は『しがない』と自虐されるべきものではないことを明記しておく。
本来ロゼは止める立場にあった。「わたくしのために争わないで!」とでも言うべきだった。しかしながらロゼは大人しく奪い合われるだけの主人公ではなかった。
帝国の騎士団長に副団長、はては皇子までが参加する大会がただの勝ち抜き戦で終わるはずがない。見物客が大挙して押し寄せるだろう。そう、エルレンテに!
(計画を練ってから予算を組んで、当日の人員を確保して、大々的な宣伝も必要……やることはたくさんあるわ。けれどこれだけは言えるでしょうね)
大いに盛り上がる。
「そんな一大興行観光大使として見過ごせないわよ!」
この間すでに具体的な計画まで練り上げていた。自身の境遇さえ忘れ街の利益を想像するのだからロゼは生粋の観光大使である。
「君は賞品なんだから大人しくしていて」
「そうですお姉様。お仕事熱心なところも素敵ですが安静になさってください」
「こんな時だけ息を合わせなくてもいいと思うわ」
初めて意見が一致したかと思えばこれである。不満混じりのため息が零れるのも仕方がない。
「ロゼお姉様、お疲れなのですね!? すぐにお休みになって下さい。邪魔をする人たちは私が追い払いますから!」
鋭い視線を向けられたレイナスは未来の女王陛下に情けを求めた。
「えっと、身内枠ってことで俺らを見逃してくれたりは……」
「お父様もレイお兄様も、ですっ!」
自国の王であろうと大国の皇子であろうとアイリーシャの態度は変わらない。分け隔てのない接し方には好感が持てるだろう。
こうして男性陣は強制退去させられた。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
最後まで渋る父親の背中を強引に押し出したアイリーシャは扉を見つめたきり動かない。散々声を荒げていたが、本来は滅多に怒りを露わにすることのない子だ。
俯き表情が見えなくても彼女が何を想っているのかくらいわかる。小さな背中が震えているのは涙を耐えているから。きつく握りしめられた掌は必死に泣くのを我慢しているからだ。
何よりも守りたい人が泣いていた。強引だろうとベッドから抜け出すには十分な理由だ。
「……え? ど、どうしてベッドから抜け出して、怪我が!」
なんとか床に足をつけたところで見つかってしまう。取り乱すアイリーシャは自身の涙も忘れて駆け寄った。待ちきれないロゼからも歩み寄り、動かせる腕で自分よりも小さな体を抱きしめる。
「貴女が泣いているのに放っておけるわけないでしょう」
「……っ、ロゼ、お姉様ぁ!」
怪我よりもアイリーシャの涙の方が胸に刺さる。
「たくさん心配をかけてしまったわね。ごめんなさい……」
「わ、私っ、リーシャは、本当に心配して!」
発言や態度には驚かされてばかりいたが、いずれもロゼのためであることは明白だ。だからこそあの場にアイリーシャの態度を咎める者はいなかった。誰もがロゼのため駆けつけたのであれば彼女が何よりも大切に思う姪を糾弾するはずがない。
「ありがとう。わたくしのために怒ってくれて」
「怒るに、決まっています。きっとロゼお姉様もそうするから……」
「わたくしが?」
「ロゼお姉様はいつも私のためにと言ってくれます」
「わたくしは、貴女のことが大好きですもの」
「私もロゼお姉様が大好きです。大好きな人を守りたい、力になりたいのです」
「リーシャ! そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいわ。貴女、立派になって……」
「当然です。私はロゼお姉様のようになりたいのですから! いつも堂々とされていて、そのお姿が本当に格好良くて、私の憧れなのです!」
先ほどの会話の後でなければ素直に喜んでいたと思う。つまり全部含めてロゼの影響だということでは……
「ですから今度は私が大好きなロゼお姉様を守るのです!」
「リーシャはノア……ノア・ヴィクトワール様のことが嫌いなのかしら?」
表情だけで答えを聞かなくても想像はつく。それでも万が一を期待して明確な言葉を待った。
「大っ嫌いです! あの人は私からロゼお姉様を奪おうとするから……いいえ。私だけではありません。エルレンテにとってもロゼお姉様は必要な人です。それをノア・ヴィクトワールは!」
「リーシャはその、例のお話につていどこまで知っているの?」
「すみません。詳しいことはあまり……お父様とレイお兄様があの人と話しているが聞こえてしまって……」
ロゼは力になれないことを悔やむアイリーシャの頭を撫でた。これだけでもわかればやることは決まっている。
「良く分かりました。二人を問い詰めることから始めたらいいのね」
大きく頷いたアイリーシャに支えられベッドへ戻る。少しでも役に立てればと、アイリーシャは眠っている間に起きたことを聞かせてくれた。
閲覧ありがとうございます。そして大変お待たせ致しました。やっと納得のいく文章にまとめることができました。お付き合いくださいましてありがとうございます!
それにしても最近ロゼが暴れていない(本人に聞かれようものなら「断じて違いますからね!」と訂正されそうですが)もちろん元気に動き回れる状況ではなので安静にしてもらいましょう。ちょっとベッドから抜け出しただけでもアイリーシャがとんできますので、早く元気になってもらうしかありません。お大事にして下さい。




