四十一、目覚め
大変お待たせいたしました。
いつもの叔母のノリです。ご安心くださいませ!
まずは本編前に注意喚起を促した分の内容説明を入れさせてください。
【三十九話】大臣の目論みは阻止したけれど、ラゼットを庇い重傷を負ったロゼは朦朧とする意識の中ノアと再会。
【四十話】ロゼが二度と目覚めなければエルレンテは滅亡していたかも、という別名ロゼの悪夢。
そして四十一話『目覚め』に繋がります。
更新が遅いにもかかわらず、閲覧・感想・コメント・評価・ブックマークまことにありがとうございます。とても励みになっております!
皆様にたくさんの感謝をこめて、少しでもお楽しみいただけますように!
薄れゆく意識の中、最後に聞かされたのはあろうことか滅亡宣言。
「君がいないのなら全部壊れてしまえばいい」
感情を読み取らせない呟きでありながら、それはそれは鬼気迫るものを感じさせた。これで安眠できるはずがない。
自らを顧みず立ち塞がったのは守るため。それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
待ち望んでいた再会は残酷に、浮かび上がる文字はBAD ENDの無慈悲な宣告。
(こんな結末あんまりよ!)
激しい憤りに駆られ、強引に瞼をこじ開ける。長く光に触れていなかった瞳は悲鳴を挙げた。強い眩しさを感じたけれど、そんなことに構っている暇はない。それ以上に心が悲鳴を挙げている。文句の一つも言ってやりたい夢見の悪さだ。
(よりにもよって!? わたくしが死んでしまったせいでノアがエルレンテを亡ぼすだなんてどんな展開!?)
とても長く、怖ろしい夢を見ていた。
けれどあれは、本当に夢だったのか――
(ゆめ……夢、なのよね?)
飛び起きようとしたはずが、横になったままとはどういうことだろう。声を発することも叶わず、指先に至るまで重く、自分の身体ではないような感覚だった。
見覚えのある部屋の天上には安堵するはずが、夢でも同じ場所に寝かされた。乱れた髪を整えられ、胸元で手を組まされ……強い既視感が襲う。熱く感じていたはずの体から熱が引けば次第に襲うのは寒気。
(まさかそんな……)
夢と現実の区別が曖昧だ。そもそもベッドに入って眠った記憶がない。
(だってわたくしは――)
ラゼットを庇い重傷を負った。
全てを思い出し、ロゼは今度こそ飛び起きる。意識がはっきりしてきたおかげか、多少の自由は戻っていた。
けれどその行動は間違いだったと思い知らされる。
「いっ――!」
背を丸め、激痛をやり過ごす。薄い夜着の下には厳重に包帯が巻かれていた。
起き上がるべきではなかった。けれど痛みは何よりの証明となる。
(わたくし生きているのだわ!)
あの悪夢では白と黒で構成されていた部屋も慣れ親しんだ色合いだ。落ち着いた色彩に囲まれているだけで心が静まる。たなびくカーテンさえ懐かしく、空気はからりとしていてエルレンテらしい風を運んでくれた。
そんな中にもどこか甘い香りが混ざっている。
視線だけを動かして、ロゼは見知った光景に違和感を見つけた。
枕元には見覚えのない小さな机が置かれている。さらに視線を上げてたどれば細く伸びたシルエットの花瓶に紫色のフリージアが咲いていた。重傷者の枕元に飾られた見覚えのない花、導き出される答えは一つだろう。
(どなたかお見舞いにきてくださったのかしら?)
お見舞いと考えて浮かぶ顔はたくさんある。最期を覚悟したからこそ、会いたい人もたくさんいた。
フリージアならベルローズにはいたるところに咲いている。誰だって簡単に手に入れることができる。それなのに、紫の花を見て連想するのは『彼』だった。
(あれはどこまでが夢だったのかしら……)
俯き、考える。思案に耽るロゼを現実へと引き戻したのは唐突に開け放たれた扉だ。
「ロゼ!?」
意識を取り戻しているとは思わなかったのか、声の主はたいそう驚いていた。許可なく扉が開けられたのもそういう理由だろう。
そんなことよりも。そうであればいいと、望んだばかりの人が本当に現れるなんて、どんな物語だろう。
自由に動かせない身体がもどかしい。早く早くと急かすように視線を巡らせる。
「ノア?」
掠れながらも紡いだ音は夢を現実へと変える。
「ノア、なの?」
白い影――正しくは白い髪が舞う。それは消えたと錯覚させるほどの素早い身のこなしだ。
(白い影を見た者には死が訪れるといったけれど、きっと彼を目撃した人たちはこんな気持ちだったのね)
自身もまた歴史の目撃者となっていた。実際は消えたなんてことはなく、目で追うのがやっとという速さで距離が縮められただけだ。
目の前に現れたかと思えば、ノアは手にしていた何かを投げすてロゼを抱きしめる。
「ノア!?」
背に回された腕は優しく、もう一方の手もすぐに頭へと回される。傷に配慮しているのか力はゆるく、抱き着くというより縋りついているようにも見えるだろう。まるで存在を確かめるように。
いずれにしろ、かつてのノアからは想像できない行動であり、ロゼが戸惑うのも無理はない。鍛練で距離が近くなることは当然だ。隣だって歩いたこともある。けれど明確な意図をもって真正面から抱きしめられたのは初めてだった。
成長したノアはもうほとんどロゼの知るゲームの姿といえるだろう。身体は大きくなり、白く透き通るような髪も最後に別れた日から随分と長く伸びている。十八歳であれば当然だ。もうあの日の少年はいない。大人の男性なのだと思い知らされた。
「良かった、本当に……何度呼び掛けても目を覚まさなくて……」
加減を覚えたのか腕の力が強くなる。
「やっと会えたね」
(それはわたくしの台詞だわ)
たった一言に込められた想いだけでどれほど心配してくれたのか伝わる。それなのに疑問が先行して再会を喜ばせてくれない。
「あなた……どうして……?」
頭が真っ白だ。もっと気の利いた言葉を用意できればいいのに、胸がいっぱいで何も浮かばない。冷静に順序を踏む余裕なんてなかった。
戸惑うロゼを落ち着かせるように、ノアは優しく告げる。
「約束を守るためだよ」
「帰ってきて、くれたの?」
「憶えていてくれたんだ」
「忘れたこと、ないのよ」
「俺も……君の元に、ちゃんと帰ってきたよ」
誇らしげに語る姿が愛しいと、ロゼは泣きたいような気持ちになる。
五年、待ち続けた。信じることしかできない毎日を過ごしていた。そうしていつか道が交わる日を夢見た。
まだ夢を見ているようで、ノアの存在を感じていたくて、怪我に響かないよう右腕を伸ばす。同じように腕を回せば大きな背に驚かされた。
話したいことも伝えたいこともたくさんあるのに感情が追いつかない。傍にいてほしいと、引き止めるように抱きしめることしかできなかった。
「ここにいるよ」
いてほしいと願いを込めて、ロゼは頷く。
「無事で、よかった」
「それ、俺の台詞なんだけど……」
精一杯微笑んだはずが、ノアは複雑そうだ。拗ねたような声が可愛らしいとか言ってはいけない気がする。まったくもってノアが正論なので。
見たところノアには掠り傷一つない。相変わらず女性も嫉妬するほどの白く滑らかな肌は健在である。それに対してロゼは起き上がることも困難な重傷を負っていた。
身じろぎすれば紙の擦れる音をがする。柔らかな布地からは似合わない音源を辿れば投げ出されていたのはフリージアの花束だった。ロゼの視線に気付いたノアは名残惜しそうに離れ、思い出したように拾う。
「君が目覚めるまでそばを離れたくはなかったけれど、まあ、そうもいかない状況で……。せめて代わりにそばにいられたらと思ってね」
「これをわたくしに?」
差し出されているのだからそうに決まっている。けれど自惚れるなという自分が存在していた。
「この状況で他に誰に――ってああ、あの子ね……」
ロゼの姪好きによくよく耐性がついているのかすぐにその可能性に行きついたらしい。
「今度はちゃんと、君に贈らせて」
かつてと同じ呆れのはずが、どこか吹っ切れたようにも見える。
「もしかしてこれも貴方が?」
花瓶のフリージアについて訪ねた。
「そうだよ。誰の花を飾るか戦争だったけど……」
ノアの表情に影が落ちる。疲れ切った様子に問い詰めるのは酷だろうか。それでも気になってしまい何の話かと訊いたところ、こっちの話だとか、君は知らない方がいいと宥められた。
再び花を差し出すノアからは話を逸らしたいという願いがひしひしと伝わってくる。あまり追い詰めては可哀想かと大人しく受け取らせてもらうことにした。というよりも、受け取りたくて仕方がなかったのだ。
「ノア、ありがとう。わたくしね、とても嬉しいわ!」
想いを自覚したせいか認めるのも簡単だ。
本当はあの日、アイリーシャが羨ましかった。自分も欲しかったのだとようやく気付くことができた。ほんの些細な出来事があまりにも嬉しくて、泣きそうになる自分が恥ずかしい。
(五年越しに願いが叶うなんて、これも生きているおかげ――って!)
「ラゼットは!?」
「え」
そう、ラゼット。
彼はどうなったのかとノアを見遣る。そこにはロゼの目覚めに安堵するノアも、無事を喜ぶノアも、贈り物に頬を染める可愛らしいノアもいない。ノアの声質は中性的で心地いいはずが、こんなに低い声も出るのかと驚かされた。みるみる不機嫌になる様を隠そうともしないところは懐かしいけれど、この場合は隠してほしかった。
しかし訊かずにはいられない。場合によっては悠長に寝ている場合ではないのだから。
ご閲覧ありがとうございます。
やっと、やっと……二人を再会させてあげることが叶いました!
ここまで書き続けることができたのも皆様のおかげです。見守ってくださった皆様、本当にありがとうございます!
いつもの叔母に戻り、前タイトルがちょうど『BAD END』でしたので、ここから新章突入しております。
今回の観光大使様は………
引き続きお付き合いいただけますと有難いです!