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二十七、セレネの丘で

運営会議のその後――

「わたくしはね、てっきり最高級レストランのランチセットでも要求されると思っていたの。その覚悟も、その準備もあったわ」


 ここはセレネの丘というベルローズの観光名所の一つだ。

 頭上には見渡す限りの青空で、眩いシャンデリアが飾られてはいない。沁み一つない純白のテーブルクロスが広がってもいない。広がるのは緑色の絨毯だ。ましてや磨き上げられた銀の食器が並ぶわけでもない。並ぶのは……こじんまりとした屋台とベンチくらいだ。

 ロゼが不満げに見つめる先にはその屋台がある。


「それに貴方、自分でさっさと支払うどころかわたくしの分まで払ってくれたわね。どういうつもり!? ありがとう、と言いたいところだけど、こんなのただお勧めの店に案内しただけじゃない。わたくしはご馳走すると宣言したつもりよ!?」


 納得出来ないとロゼが叫ぶ傍らで、ラゼットはサンドイッチをほうばっている。皇子がそれで良いのだろうか。せめて屋内にしてほしかったというのが納得しきれない要因の一つだ。街を一望出来ると人気の観光スポットは風通しの良い丘である。


(護衛チームのみなさんは――おそらく木の陰から見守ってくれているでしょうね)


 そして皇子と王女が揃って手にしているのは、誰でも手が届く値段設定のため観光客に人気のランチメニューだ。すぐそばの屋台から入手していた。


「まっ、そう言うなって。俺は満足しているんだ」


「満足してもらえたのは嬉しいけれどわたくしが納得出来ないの。何が、誰でも気軽に外で食べられるようなものが良い、よ! わたくしの持てる知識の中では最高のものを選ばせてもらったわ!」


「さすが観光大使殿の勧めだけあって美味いな!」


(本当、美味しそうに食べる人ね、羨ましいほど! ……わかっているの。もちろんこれも美味しいけれど、わたくしだって本当はそれを食べたかったのにっ!)


 ラゼットが食べているのは具だくさんで有名なボリューム満点のサンドイッチだ。ハムやチーズ、卵にレタスといった食材をこれでもかと白い食パンで挟んでいる。

 一見して綺麗に食べるのが難しそうな組み合わせというのがロゼの感想だ。ところがそれを器用にも零さずに食べ続けているのだからラゼットは凄い。彼が食べているというだけで尊いものに見えてきた。

 対してロゼは同じ食パンに薄いハムとレタスを挟んだだけの厚みの少ないものを食べている。いかにロゼとして街に溶け込んでいようと仮にも王女――淑女である。皇子の前で大きな口を開けて食事をしていいものかと悩んだ結果だ。


(観光大使として最高の褒め言葉は素直に受け取っておくけれど……)


 次にセレネの丘を訪れるのなら一人で来ようと決めた。


「貴方、楽しそうね」


 座り通しの会議が終わり、自然の中で早めのランチを食べる。そんな自由な振る舞いを彼はどう受け止めているのかと思えば――ロゼには楽し気に映った。


「俺の知らなかったエルレンテを見ることが出来た。楽しいに決まってるだろ」


「あ、貴方今なんて!?」


「は? だから、エルレンテの魅力に触れられて満足している」


「本当!?」


「お、おう……」


 ロゼの興奮した反応にラゼットはたじろぐ。 


「そう、それなのよ! わたくしお客様にその気持ちを知ってほしかったの! だから嬉しくて」


 まるで自分自身が褒められているかのようにロゼは喜ぶのだ。


「……ああ、いいところだな。以前ボランティアだったか、オディールという女性がここを勧めてくれてな。一度足を運んでみたいと思っていた」


「さすがオディール! 良い案内ね。あ、これも訊かせてもらった? この丘で告白をすると結ばれるという噂もあるのよ。告白にもお勧めだわ」


「ははっ、それは良いことを訊いたな。確かに男女の観光客が多いようだ。しかし本当なのか?」


 ロゼは声を潜めて告げる。


「まあ、噂を流したのはわたくしなのだけど」


「犯人あんたか!」


 ロゼは自身の唇に指を添え静かにするよう伝えた。


「某女性がここでプロポーズをされた後、降りかかる困難にも屈せず恋人と生きる決意を固め、現在は子どもも産まれて幸せに暮らしている実例を知っているので問題はないかと」


「なるほど、嘘は言っていない」


「疑り深いわね。さては誰か告白したい相手でもいるのかしら?」


「さあな。ところで観光ボランティアといったが、彼女とは親しいのか?」


(……露骨に逃げたわね。攻略対象の現在の恋愛事情なんてリーシャのためにも気になるところだけど深追いは禁物かしら)


 追及することは止めてロゼは当たり障りない説明を浮かべる。


「元は王宮メイドだったのよ。訳あって退職してしまったけれど……彼女のように有能な人材を持て余すことはエルレンテの損失だと思ったわ。この活動を始めてから、オディールには特に助けられているもの」


「あんたの話にも上がっていた女性の雇用問題についてか」


「その通りよ」


 ここに至るまでの道において、ラゼットは会議での疑問点をぶつけていた。ロゼも一つ一つ丁寧に答え続けているうちにセレネの丘にたどり着いていたというわけだ。


「ベルローズでは女性が活躍している印象が強い。会議でも発言権を得ているのは凄いことだ」


 現在も美しいベルローズの街並みを前に交わされるのは仕事の話だ。


「結局わたくし一人では何も出来ない。実行するためには人の手が必要不可欠、だからこそ働き手というものは宝なの。けれど男性陣では今までの仕事で手一杯でしょう? そこでわたくしは女性たちに協力を要請したというわけよ」


「アルベリスでは考えもしない手法だ」


「同じ女性の立場からも改革を推奨したいわ」


「ああ、検討させてもらおう。頭の固い大臣辺りは反発しそうだがな」


「当然ね。前例にないことをするのだから最初は誰もがそうでしょう。だからこそ認めざるを得ない状況を作り上げる、それがわたくしたち上に立つ者の役目よ」


 白熱する意見交換会のため、質問よりもサンドイッチが尽きる方が早かった。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



「上に立つ者の役目、ね……」


 風が二人の髪を遊ぶうちにラゼットが呟く。それは先ほどロゼが語った内容だった。


「ラゼット?」


「なんだ、その……来て良かったと思っていたんだ。ここに来れば何か変わると……いや、変わることを願っていた」


「何か変えたいことが?」


「……アルベリスの皇位争いについては知っているか?」


「一般的な噂くらいになるけれど……ご兄弟が多いと大変なのでしょう?」


「そうだな。母親は違うが俺には四人の弟がいる」


(現アルベリス皇帝には三人の妃がいる。そのうちの一人が攻略対象でもある貴方、そしてもう一人……)


 ロゼは嘘をついた。ロゼブルのおかげで根深いところまで知っていた。


「俺は第一皇妃の子にして現皇帝の第一子、幼い頃から皇帝になることを望まれて育った。だが必死に足掻き続ける弟たちを見ているうちにわからなくなってしまった。俺が皇帝になれば弟たちはどうなる? 家から見放されるのではないか?」


(その筆頭こそが第二皇子にして攻略対象であるイーリス殿下……)


 イーリス・ジルク・アルベリスは第二皇妃の子であり皇位継承権は二位、ラゼットがいる限り皇帝になることはない出来ない存在だ。けれど彼の家は――第二皇妃の実家であるジルク公爵家はそれを良しとしない。だからこそ悲劇が起こる。


(ローゼス・ブルーでは、わたくしの知る未来でのアルベリス皇帝はイーリス殿下だった)


 通称氷の皇帝、彼が心を閉ざしてしまったのは兄であるラゼットが追放されたことが原因とされている。


(こんなに傍にいるのに、わたくしには何も出来ない? いいえ、そんなはずない!)


 そもそも脇役ロゼ攻略対象ラゼットが物語の根底にかかわるような会話をしていることがあり得ない。


(未来はまだ決まっていないのかもしれない。わたくしはリーシャのためにロゼブルを始めさせないと誓った。だとしたらラゼットの未来にも変化はある?)

閲覧ありがとうございます。

すみません、物凄く中途半端なところで終わってしまいました……

しかしご安心くださいませ。次話も今日か明日には更新出来そうです!

これから色んな見せ場が控えておりますので、早く続きをお届けできるよう頑張ってまいります。


追記…今回さりげなく四人目の攻略対象の名前が登場していたのですが気付かれたでしょうか?

イーリス・ジルク・アルベリス様でございます!

ラゼットの母親違いの弟です。ゲームではすれ違いぎこちない兄弟ですが、ここではどうなることか……

彼の詳細及び登場もしばしお待ちいただければ幸いです。

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