二十六、ベルローズ運営会議
またまた番外編のことは忘れて二十五話の続きとしてお読みいただければ幸いです。
時は早朝、ここはベルローズの中心地に位置する食事処の一つだ。けれど未だ営業は始まっておらず、食事をしに来たというわけではない。
ロゼたちは営業前の時間を間借りさせてもらっている。理由は簡単だ。広い場所が他に見当たらなかった。残念ならがベルローズには会議室のような大人数が集まれる施設が存在してない。かといって王宮の一室を解放すれば彼らは萎縮してしまうだろう。ありのままの意見を交換するためにはここしか思いつかなかった。
今まさにベルローズ運営会議が始まろうとしていた。
店内を埋め尽くすように並ぶ顔ぶれにはこれといった共通点は見られない。性別も年齢も様々だ。彼らの目的はただ一つ、ベルローズを発展させることを目的に集まっている。この会議の発案者はもちろんロゼだ。
各テーブルにはグラス一杯に注がれた水が置かれていた。これは会議前にロゼが配って回ったものであり、喉を潤しながらのほうが効率が良いと彼女自身が提案したことでもある。
「それでは会議を始めましょう」
高らかに宣言するのはロゼの背後にはラゼットが座っている。彼のことは研修という名目で紹介していた。
「まずは意見のある人はいるかしら?」
ロゼよりも年齢的に上の人間はいるが、観光大使という立場からまとめ役は彼女の仕事となっていた。この会議も彼女が率先して開催しているので異論を唱える者はいない。ベルローズに繁栄をもたらしたロゼの実力は誰もが認めている。
「あの、では私から、良いですか?」
声を上げたのは年若い女性だ。けれど男性ばかりの会議の場でしっかりと意見を述べようとしている。ロゼが指揮していることからもわかるように、女性も率先して意見を言いあえるよう配慮されている。
「どうぞ、レナさん」
ロゼは全員の顔と名前を覚えるように心がけている。彼女は観光案内として特に海辺に配属されていたはずだ。
「私は現在、海辺の方で観光案内をさせてもらっています。ベルローズには海を見るために訪れる観光客も多いです。それで、その内訳というのが内陸やオルドからというのがほとんどで、特にオルドからの旅行者には言葉が通じないというトラブルが多発しているんです」
「オルドの言葉は話せる人が限られているものね」
王族ともなれば外国語の習得は教養なのだが一般の人には荷が重いだろう。
「付近には通訳も配置していますが、人数はあまり多くないので……」
ロゼが組織している観光案内協会の中でも話せる者は一握りだ。この協会のメンバーは主にオディールが声をかけて回ってくれた主婦たちが占めている。実際、この中でも外国語を話せるのはロゼくらいのものだ。……ラゼットは別として。
さっそく解決策が浮かばずどうしたものかと会議の場には重い空気が広がっている。こんな時にこそ、ロゼの前世での知識が生かされるのだ。
「看板や表示にオルドの言語を書き添える、というのはどうかしら?」
「なるほど、それはいいですね!」
「ああ、確かに! 簡単なトラブルは減りそうだ」
レナは名案だと頷き、すぐにでも手配したいと賛同してくれた。
「もし良ければ、これを機にメニューにも多国語を採用しませんか? それぞれの店に一冊でもあれば画期的なことですし、お客様も安心でしょう」
「そりゃ名案だが、俺ら翻訳出来ないぜ?」
「わたくしに任せてください。これでも語学は得意分野ですから」
意思疎通が出来ないというのは致命的な問題である。いざという時には通訳もこなせるよう多国語の習得には苦労を惜しまなかった。
「極寒の国とエルレンテではどうしても文化の違いがある。……少しでもお客様が快適に過ごされるよう、一度現地を視察してみたいものですね」
(王女としてではなくロゼとして訪問したいところだわ。実際に雪に触れて歩き回ってみたいし――って……わたくし、今!)
ラゼットと同じことを考えていた。大国と小国の違いはあれど、やろうとしていることは同じである。
(一人でエルレンテに来たラゼットの気持ち、わたくしなら良くわかるはずだったのに……どうして気付いてあげられなかったの!)
申し訳なさでいっぱいになる。彼にとってロゼは同じ想いを共有することが出来る相手のはずだったのに、理解してあげられなかった。
(ラゼット、ごめんなさい……後で何かおごらせて!)
そっと目配せしたけれど恐らく伝わってはいないだろう。
「それなら僕が! 来月になるけど、ちょうど親戚の結婚式に出席する予定なんだ。あっちのワインや料理についても学んでみたいと思って」
名乗りを上げてくれたのは海辺で定食屋を経営している男性だ。他でもない彼こそがロゼを最初に認めてくれた雇い主である。
「それは助かります」
気軽にエルレンテを離れられないのがロゼの身分の厄介なところだ。
「いや、ロゼの役に立てるなら嬉しいよ。それにさ、従姉が結婚することになったのは、相手の男性が観光でベルローズを訪れたのがきっかけなんだ。これってロゼのおかげだろ?」
「恋人たちの運命のきっかけになれたとしたら光栄なことですね。どうかお幸せにと伝えてください」
観光大使を志してから数年――
この名を授かってから時が経つほど、全てをロゼ一人で背負う必要はなくなっていく。功績を認め手を貸してくれる人間がいることが嬉しかった。
「それと戻ったら報告書があると嬉しいです」
「ああ、了解。日にちについてはこれから調整してみるよ。あと、帰ったら試食を頼めるかな。君ほど的確な味覚の持ち主はそういないからね」
これでも王女。そして元は食文化の発達した国の記憶を所持している。美味しい食べ物には精通していた。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
一つ解決すれば次の議題が提示され、会議は白熱していた。
ラゼットは飽きる素振りも見せずに聴き入っている。
「他に何かありますか?」
「一つ気になることがある。どうやらここ数日、見かけない顔の奴らがベルローズをうろついてるらしい」
「それは……先日のドーラさんとクロエさんの件とは別で、ということね」
オディールに確認を取ったところ犯人はここに同席中である。そして『奴ら』というからには複数いるのだろう。
「おそらく別だな。その話なら俺も訊いたが、今回は一人じゃなかった。顔を隠しているわけじゃないが、観光客にしては雰囲気が違うというか……まるで何かを探したり、嗅ぎまわったりしている風なんだよ」
「それは見過ごせない問題ね」
ロゼはすぐにアルベリスという単語を思い浮かべる。けれどその国の第一皇子がいる前で迂闊に疑っているとは言えなかった。
「警備の方にも伝えておきましょう。街の方にも注意を促しておきます。けれどもし何か危険なことが起こった場合でも、みなさんが落ち着いて行動し、日頃のように立ち回り対処すれば問題ないことです。わたくしが保証します。ベルローズの団結力を見せつけてやりましょう!」
「いやー、ロゼちゃんのお墨付きとは嬉しいねえ」
「何かあればすぐにわたくしに報告をもらえると助かります」
「任せとけって!」
次回の会議の日程を決め、不審者への警告を最後に長い会議が終わろうとしていた。店内からは徐々に人が減っていく。
「ロゼは随分と多くの信頼を得ているな。それにみなとの距離も近い」
王女がと言いたいのだろう。
「こんなところに王女がいるなんて誰も思わないもの。変装を見破られたのだって貴方とお兄様くらいなのよ!」
「おっ、そこに俺も名を連ねているのか」
「少し嬉しそうなのはどうしてかしら? 身内ならともかく、わたくしは自信を失くしそうよ」
「俺は人を見かけで判断したりはしない。ちゃんと内面を見ているつもりだ!」
「うっ! 内面……わたくしもっと自信を失くしそう」
「俺は励ましたつもりだぞ!?」
ラゼットを攻略対象という型に当てはめて内面を知ろうとしなかった。それはラゼットに対してとても失礼なことだと思う。
「わたくしには出来なかった……ラゼット、きちんと貴方を理解してあげられなくてごめんなさい!」
「は?」
「お詫びにおごらせて! 何が食べたい!? なんでも言って、観光大使が全力で振る舞うことを約束します!」
「は?」
やがて誰もいなくなったフロアには間抜けな声が響いていた。
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