二、主人公誕生
この二話目は短編とほぼ同じ内容となります。
登場人物の名前が変わっていたり、少し表現や台詞も変わっていますが大まかな流れは同じです。
エルレンテ王国第一王女ローゼリア・エルレンテことロゼは六歳の若さで叔母さんと呼ばれることになった。歳の離れた兄の妻であるミラが懐妊し、一月ほど前に元気な女の子が産まれたというわけだ。これまた奇跡の女児である。
出産の報告を受けてから、会える日を心待ちにしていた。長い歴史の中でもたった二人だけの同性であり感動は言葉に尽くせない。
穏やかに微笑む義理の姉は本当に幸せそうで、その手には先月産まれたばかりの小さな命が揺られている。兄のことを心から愛し、二人の間に生まれた命を慈しんでいると一目でわかった。
つられるようにロゼの表情も綻び義姉の手元を覗きこむ。義姉譲りの金色の髪がふわふわしていた。部屋に入った時から静かだとは感じていたが、どうやら眠っているらしく少し残念に思う。
目の前にある小さな命に感動した。
恐る恐る――その手に触れようと試みる。小さな手は柔らかそうで、潰してしまわないか心配になり右手の指でちょんと触れるだけで精一杯だった。あまりにも慎重すぎて「そんなに肩に力を入れなくても」と笑われるほどらしい。
騒いでいるうちに目が覚めてしまったのか赤子が身じろぐ。するとそばにあったロゼの手を掴んできたのだ。ふにゃりとした柔らかさでくすぐったい。
突如、ロゼは涙した。
「ローゼリア様!? 私、何かご無礼を!」
早く困惑――どころか青ざめている義姉を安心させてあげなければ。ミラは男爵家の出身であり、王宮の中で身分が低いことを人一倍気にしているのだから。
「平気、です。本当に……ただ、嬉しくて……」
本当のことを話す勇気がなくて、嬉し涙ということにしてしまった。あと決して六歳で叔母さんになったことが悲しいわけではない。妹のいないロゼにとって兄の子は実の妹のように尊く、心から幸せを感じていたのだから。
けれど手を掴まれた瞬間、ある絵が頭の中を駆け巡った。
森も、街も、城も――すべてが炎に焼かれていた。
炎の中心にいるのは……小さな女の子だ。独り、泣いている。
走馬灯のようにころころと場面が移り変わり、知らないはずなのに知っている顔が次々と浮かんでは消えていく。
それはかつてプレイしていた乙女ゲームと呼ばれるものだ。ロゼは初めて聞く単語をも当然のように理解していた。
(ああ、そう……そうなのね……)
簡潔にまとめよう。ロゼは乙女ゲームの世界に転生していた。そして涙したのだ。
彼女の立ち位置は主人公でも悪役令嬢でもなく、ゲームの中にはおよそ名前も出てこないような人物だったけれど、溢れる涙を止める術を知らない。
そのゲームの主人公をアイリーシャという。彼女の設定は、かつて隣国に滅ぼされた亡国の姫……
「アイリーシャったら、ローゼリア様に会えたのがよっぽど嬉しいのね」
姪と一致していた。
「どうぞリーシャと呼んでやってください」
盛大な勘違いをしているミラは義妹と娘の邂逅を素直に喜んでいる。心なしか姪の眉間に寄った皺も穏やかになっていた。
やがてロゼの存在に気づいたリーシャと目が合う。見つめ合う紫色の瞳は合わせ鏡のようでもある。ぱっちりとしていて将来は美人になるだろう……ゲームの主人公も金髪に紫の瞳である。
姪と完全一致していた。
何よりも見せつけられたばかりの映像が、この世界をローゼス・ブルーだと確信させていく。燃える王宮、街も、主人公を取り巻くものすべてがロゼの知るエルレンテと重なっていた。
小さな指先に精一杯の力を込めてリーシャが笑う。ロゼを見て、ロゼに笑いかけるのだ。その時ロゼは誓った。何も知らないこの子を守らなければと。
なぜなら『ローゼス・ブルー』というこのゲーム、コンセプトが『すべてを失った貴女が掴み取る愛』という物騒極まりないものである。
コンセプトが物語るように主人公は亡国の姫、すべてを失った主人公が真実の愛を求めるという甘く切ない展開が涙を誘い。ルートによっては主人公が復讐に手を染めたり、愛した人は仇だったり――
主人公が可哀想すぎる! なりたくない主人公ナンバー1とまで言われた、誰よりも主人公の境遇に涙させられるゲームであった。記憶に残っている限りの情報を思い返してみてもただただ辛いだけである。
ロゼは応えるように、今度は両手でしっかりと小さな手を包み込む。
この小さな手が喪失の悲しみに染まる?
復讐に手を染めるかもしれない?
とても訪れる未来を受け入れることは出来そうにない。だとしたら、ただ一人未来を知ったロゼが取るべき行動は一つ。
(ローゼス・ブルーなんて知ったことですか!)
今ここに反逆を決意する。
「わたくし……わたくしが貴女を守ります。だからどうか、心配しないで。貴女にはそうして笑っていてほしいの」
真剣に告白するロゼの迫力にミラは驚かされるばかりだ。
「ローゼリア様、貴女は……貴女という人はっ!」
やがてミラは我慢できずに我が子ともどもロゼを抱きしめた。
「お、お義姉さま?」
「男爵家出身の私を姉と認めてくださっただけでなく、娘のためにそこまで心を砕いてくださるなんて、ああ――なんてお優しい方なのでしょう!」
間違ってはいないけれど間違っている。けれど正面から真実を告げられるはずもなく。
(わたくしが主人公の叔母……)
遠いどこかへ視線を投げる。
この度、目出度く主人公が誕生した。ゲームの始まりまではあと十七年ほど、この子が十七歳になるまでエルレンテは存続できるのだろうか。
故に王女ローゼリアは独り歴史を変えることを誓った。
閲覧ありがとうございます。
次からいよいよ本格的に展開が動きますので、早くお届けできるよう頑張ります!