【番外編】街で兄妹が遭遇した話
すみません、また番外編となります!
本編をお待ちくださっていた皆様、申し訳ありません。
大事な場面まだ書いてなかった!と、思い立ったら即日な性分でして……気づいたらこの物語が出来上がっていました。
タイトルそのままですが、少しでもお楽しみいただけますように!
あの悪夢のような事件から早いもので一月が経とうとしていた。
これはロゼが『女性が美しさを競いあう大会』通称ミスコンで優勝し、なおかつ『男性が力を競いあう大会』をも制覇してしまった事件の後、街の片隅で繰り広げられた小さな兄妹の物語である。
その日エルレンテ王宮では国王と帰国したばかりの外交官が顔を付き合わせ仕事に励んでいた。
やがて仕事が一段落したところで彼らの興味は世間話へと移る。
「やっぱエルレンテが一番落ち着くわー」
レイナスは書類仕事で凝り固まった肩を解した。
「お前は国外に出ることが多いですからね。いつも感謝しています。存分に羽を伸ばしてください」
「今回は長かった分、自分のベッドと枕が最高って思い知らされたわ。エルレンテ王宮は飯も美味いしな!」
ちなみに本日のメインディッシュはカボチャのグラタンだった。それもくり抜いたカボチャを器に使うという豪快な料理で驚かされたばかりだ。
初めて目にする料理にレイナスはたじろぐが彼の兄は当然のように受け入れていた。臆することなく挑む兄に尊敬の眼差しを送り、彼もその姿勢を見習うことにしたのだ。
中にはたくさんの具が詰まっており、しっかり火が通っているので柔らかい。とろりとしたチーズが香り、皮まで香ばしく食欲をそそる一品だった。
そこでレイナスはメイドから訊かされた話を思い出す。彼は帰国するたびに変わったことはないかと積極的に声をかけるようにしていた。
「なあアニキ、カボチャ姫って知ってるか?」
「なんですかそれは。……人間なのですか?」
いきなり人外扱いである。おそらく料理の名だと誤解されたのだろう。
「いや、メニューの話じゃない。俺もメイドから訊いたんだけど、ベルローズで毎年やってる『男性が力を競いあう大会』ってやつ? それに颯爽と登場してカボチャをかっさらった女の子らしい」
「……意味がわからないのですが」
「安心してくれ、俺もよくわかってない」
レイナスが記憶を辿れば脳裏に浮かぶのは興奮しながら話すメイドの姿だ。彼女は他にもカボチャ姫について語っていた。確か――
「木の棒でカボチャを真っ二つにしたらしい。それも一撃な」
寒気がするなとレイナスは腕をさすった。カボチャの硬さは野菜の中でもお墨付きだ。
「それは凄い! 世の中には強い女性がいるものですね」
レオナールも感心して褒め称えるばかりだ。普通、木の棒でしかも一撃でカボチャが割れるわけがない。包丁でも難しいことだ。
「だよなー、うちのロゼちゃんじゃあるまいし…………」
「そうですよね。うちのロゼではないのですからから…………」
彼らにとって物理的に強い女性といわれれば真っ先に浮かび上がるのが妹のロゼである。
無言のままに交わされる視線には、いやまさかそんな、まさかという思いが込められていた。
「まさか…………」
それはどちらの呟きだったのか。
彼らは知っていた。妹が頻繁に王宮を抜け出していることを。
公務を怠っているわけではない、勉学を疎かにしているわけでもない。彼らがロゼを咎める理由はないので深く追及することはなかったが、ここへきて一気に不安が膨れ上がった。
――かくして現在ベルローズの街には深刻な顔つきの青年が二人ほど立ち尽くしている。彼らの妹姫は今日も王宮を留守にしていた。
「アニキ、情報だと噂のカボチャ姫はカボチャ色の髪色な」
「わかりました。注意しておきましょう」
過去の経験から彼らは学んでいた。何をしていると問い詰めたところで素直に白状する妹ではないということは痛いほど経験済みだ。現場を押さえるしかない。
そういった理由で王族二人はベルローズの街を訪れていた。もちろん髪型を変えたりという簡単な変装は施している。けれどロゼが見れば二人そろって何をしているのかと卒倒しそうな光景だ。安心してほしい、仕事はきちんと片付けている。
「さって、取りあえず誰かに訊いてみるか?」
「そうですね。あちらの女性はどうでしょう。どうやら他の方にも案内をしている様子です」
「お、それは有り難い。訊きやすそうだな」
軽い気持ちで少女の傍へ近づいていった。
距離が縮まるにつれて少女の黒と見紛うばかりの艶やかな髪に気づかされる。それはまるでカボチャのような色合いだ。
まさかという可能性が同時に導き出された。けれど少女は眼鏡をかけている。彼らの妹はかけてはいない。
「なんだ別人か。いやー、先にロゼちゃんに話振らなくてよかったな。言いがかりだって怒られるところだった」
「そうですね。ロゼは根に持つタイプですから」
幼いながらも彼らの妹の怒りは苛烈な部類に入る。不用意に逆鱗に触れるべきではないという懸命な判断だ。
けれどカボチャ姫の謎は残されたままである。城下まで忍んでいるのだから正体には迫りたいところだ。
「すみません」
レオナールの丁寧な申し出に少女は笑顔で振り向いた。長い三つ編みが揺れる。
「はい! 何かお困りで――……しょうか…………」
油断したところで襲いかかるのが驚きというものだ。
少女は大きく目を開き固まり。やがてじっとりと声をかけてきた男たちを見つめ返した。その視線には「ここで何をしている」という呆れが込められている。
いくら髪型と色を変えようと、眼鏡をかけていようとも。目の前に立ちながら見破れない間柄ではない。それが血の繋がった家族というものだ。鏡のように見つめ合うお互いにいえることである。
「……わたくしに、今わたくしに話しかけていていらっしゃる?」
「あ、うん……そうね」
かろうじてレイナスが答えた。
「そうでしたわね! 店の場所を訊きたいのだったかしら? 承知しました。わたくし良い店を知っているので、そのまま口を閉じて静かについていらして!」
みなまで語るな黙ってついて来い、ということらしい。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
ここは海辺に構えられた定食屋である。「大人しくここに座っていて」というロゼの指示でお客様は奥の席へと案内されていた。窓辺からも離れ、柱の陰となって顔が見えない絶妙な配置だ。
ピークを過ぎているのか店内の客は少ない。だがピークを過ぎても人が入っているというのはエルレンテでは珍しいことである。
「あいつ奥に下がったきりだけど……まさか裏口から逃げたりしてないよな?」
「ロゼは愚かではありません。このような計画です、いずれ露見すると彼女も覚悟はしていたでしょう」
しばらくして戻ったロゼの手には料理が乗っていた。
「お客様に提供が許されるほど洗練されてはいないけれど、身内に振る舞うなら許容範囲かと思いまして。久しぶりに街中を歩いて疲れている二人を労おうかと」
「え、これまさかお前が?」
「わたくしの手で作ったものが一番安全でしょう?」
ここは王宮の外だ。不用意な食事で毒を盛られる危険性もあるとロゼは示唆している。
「ロゼちゃん料理出来たっけ?」
「昔々に嗜み程度は」
「お前、昔を懐かしがるほど生きてないよな?」
現在十三歳のロゼだが、昔というのはもちろん前世のことである。凝った料理やフルコースを作ることは不可能だが、簡単なスープやおかずなら記憶を呼び起せばなんとか――という状態で試行錯誤を始めていた。
「しっかしお前の瞳、レンズを通すと別物だな。それにその髪……どうやってカボチャ色にしてるんだ? 綺麗な色だけど――」
「お兄様、女性の髪をカボチャ色呼ばわりとは妹として情けないです。せめてつる性植物の葉であるアイビーのようと言ってくださる!? 女性への褒め言葉にはもっと幅広さを持たせるべきかと」
「どっちも元は植物じゃね?」
「気分の問題です。植物に例えられるのと野菜に例えられるのでは大いに違います! あまり連呼するようなら今日の夕食からお兄様の料理だけカボチャのフルコースに変更しますから」
「お前そんなこと出来んの!? どんな権限!?」
「権限なんて大げさです。料理長とは友人関係を築いているだけよ」
「どこまで手ぇ回してんの!?」
王宮の厨房でも料理の練習をさせてもらうことがある。これは王女としてではなくロゼの人脈だ。料理長が若かりし頃はこの店で研修を積んでいた縁から始まったことである。ロゼは料理を習い、ある時は記憶に眠るレシピを披露してみせることで刺激になると歓迎されていた。
「どうりで最近味変わったと思ったわ! いや美味かったけどさあ!」
「わたくしの一存でいつでもカボチャ料理に差し替えることは可能だとお忘れなく。……お兄様も一度味わえばいいのに」
思い詰めたように呟く妹に寒気がする。年々可愛げのなくなる妹だ。けれどフルコースは遠慮したいので声には出さなかった。
「はあ……わたくしがしていることは、もっと名を上げてから話すつもりでいたのに、もう顔を合わせてしまうなんて……。ところでお兄様たち、今日はどうして城下へ?」
「噂のカボチャ姫が妹だった場合どうしようかと兄として不安になった!」
的確な説明である。ロゼの自業自得だった。
「……期待を裏切れなくてすみません。けれど心配されるようなことはしていませんから。わたくしはベルローズを、ひいてはエルレンテを変えるために行動を始めただけです」
「それがお前の婚期を逃してまで取り組みたいこと、というわけですか」
「わたくしが日頃何をしているかを暴きたかったようですが、まだ秘密です。あとは王宮で見ていてください。いずれ観光大使の名を王宮まで届かせるつもりですから!」
「観光大使?」
「その名が王宮まで届いた暁にはわたくしを正式に任命してほしいの。その日までのお楽しみということで、この場は収めてもらえるかしら?」
いつかそう遠くない未来に向けて、楽しみは取っておいてほしい。だからこれ以上は秘密だと、ロゼは料理の代金を取らない代わりに囁かなお願いをした。
閲覧ありがとうございます。
次は本編に戻りますのでご安心くださいませ!
お付き合いありがとうございました。




