一、歴史を変えた王女
応援に背中を押され、連載初めてしまいました。
お時間ありましたら、また付き合ってやってくださいませ。
エルレンテという国の歴史を紐解けば平和で平穏で平凡な――普通の国という記述ばかりが並ぶ。
海に面しているが気候は年中穏やかで、他国からの侵略を受けたことはない。
街は活気に溢れているが、これといった名産があるわけでもなく、他国に誇れる産業があるわけでもない。
歴史は長いが国内での革命もなく平和が続き、取り立てて記録するほどの事件もない。
大陸の中でもまさに普通を冠する国だ。そんなエルレンテ史に颯爽と名を残しているのがローゼリア・エルレンテという王女である。
エルレンテが普通の王国であるとするならば、第一王女として産まれたローゼリア・エルレンテは普通の王女なのだろう。王族に普通も何もないかもしれないが、例えば隣接するアルベリス帝国なんてずば抜けているのだから仕方ない。
アルベリスは軍事に力を入れているだけあって、長年の戦争から得た領土は広大だ。各地の領土から得る収入も多く、典型的に潤った豊かな大国である。しかも大国らしいことに王の妃も常に三人は存在している。その分いざこざも多いようなので、エルレンテとしては遠慮したいところではあるけれど。こういう国の王女であれば普通と呼ばれることもなかっただろう。
しかしながら彼女は産まれた瞬間からその名を轟かせていた。
開国から数百年、なんとエルレンテ王家に産まれた初めての姫である。生まれた子が姫だと知れただけで一躍有名人だ。
すっかり王子が産まれると思い込んでいた王宮が混乱したのは語るまでもない。総じて彼女をどう扱うべきか悩んでいた。すなわち難航したのが婚約者の選定である。
産まれる前から婚約者がいてもおかしくない身分でありながら、当然持ち込まれていた縁談はすべて白紙撤回となり、話題の王女がどこの誰へと嫁ぐのか好機の眼差しが向けられていた。
だからこそというべきなのか、彼女はどこかの王妃ではなく自国のためにその手腕を発揮することが出来たのかもしれない。
もちろん彼女の名が歴史に残っているのは希少な王女だからという話ではない。エルレンテには一風変わった地位、あるは称号が存在しているのだ。その名も『観光大使』という聞きなれないそれはエルレンテが発祥とされる言語である。
観光とは一般的に楽しむことを目的とする旅行のことであり、大使とは使節団の長とされるべき最上位の階級のことだ。ではこれらを組み合わせた『観光大使』なる者がいかに華々しい役職かと問えばなんてことはない。観光地――すなわち自国の賑興のために奔走する裏方として、あるいは象徴として多忙を極める者である。しかも無償で。
そんなエルレンテの初代観光大使、もはや伝説として語られているのがローゼリア姫である。まごうことなき自国の王女だ。
彼女こそが観光大使という言語を生み出し、エルレンテを変えた人物であることは明白。その手腕はどのようにして培われたのか、現在も他国の使者が勉強に訪れるほどである。
祖国を愛し、祖国のために尽力する姿は多くの民に支持された。民からも愛され、エルレンテの繁栄に尽力したローゼリア姫はさながらエルレンテの女神とも称えられることがある。本来消えゆく運命にあった国を救ったのだから、それも当然といえよう。
けれど王国滅亡は消えた未来。至るはずのない未来を知る者は存在せず、真の功績を称えてくれる人間は誰もいない。けれど彼女はそれでいいと得意げに微笑む。本当に守りたかったものを守ることが出来たのだから、それで満足だと。
歴史書にはすべてはエルレンテを愛していたからこその行動だと美談にまとめられている。けれど本当は彼女が何のために戦っていたのかを知る者は――意外と少ない。これはその記録。
始めましての皆様、数ある作品の中から閲覧くださいましてありがとうございます。
短編を閲覧くださいました皆様、再度ありがとうございます。こんな始まりとなりますが、最初に書こうと構想していた『私は主人公の叔母である』と書きたいものは全く変わっておりませんのでご安心くださいませ。ここから短編へと続きます。