十八、十七歳のローゼリア
タイトルの如く、早いもので六歳から登場したロゼも十七歳となりました。
また回想などで昔のロゼが登場することもありますが一先ず……十七歳ロゼをよろしくお願い致します!
もう……たくさんの閲覧に涙が出そうです。お気に入り、評価、感想本当にありがとうございます。
感想にはお返事させていただきました。大切に読ませていただきました。
それでは本編をお納めくださいませ。
初めましての方にも少しでもお楽しみいただけますように!
エルレンテ王国前国王の娘であるローゼリア・エルレンテは十七歳を迎えた。
携える瞳は彼女の大切な姪アイリーシャと同じ紫。光を浴びれば眩い輝きを放つ緑の髪は長く伸ばしている。若干六歳にして国の行く末と姪の未来を知ったロゼも淑女たるべく成長していた。
成長したロゼの美しさは美姫として名高い前王妃の若かりし頃に瓜二つと評されることが多い。けれど開国始まって以来、エルレンテ王国二人目となる王女アイリーシャと並べばまるで姉妹のようにも映る。
妹が出来たような気分に胸を躍らせるロゼだが、そのロゼよりも喜んでいるのがアイリーシャ本人と母のミラだ。もういっそ本当の娘になりませんかと何度も勧誘を受けては兄レオナールからの嫉妬入り混じる眼差しの標的にされていた。
それほどまでに美しく成長したにもかかわらず、現在もローゼリア姫に婚約者は存在していない。
二つの約束が正しく機能し、国が平和である証拠だ。本人の努力と、ひた向きな彼女への想いがロゼを守り続けている。ただしそのうちの一つは男同士の秘密なので本人が知ることはない。
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十七歳になったロゼの朝はもっと早い。けれどそれは日課の走り込みのためではない。では走ることを止めたのかと訊かれれば「まさか!」と答えるロゼがいる。離宮の周囲ではなく、走る場所が変わったという話だ。
鏡の前に座ると侍女やメイドを呼びつけるでもなく自ら櫛を通し始めた。非常に慣れた手つきだ。
長い髪を梳き、ムラがないよう丁寧に染粉をはたいて元の色をくすませていく。仕上がったのは黒と見紛うような深い緑。長めに伸ばしている前髪の分け目を変え、邪魔にならないよう三つ編みでおさげを作る。仕上げに赤いフチの眼鏡をかければ完成だ。
鏡に映るロゼの瞳は深いブドウ色。ワインのように濃く映る。瞳の色を変えることは出来ないけれど、特殊なレンズによって錯覚をおこさせることは可能だ。
続いてクローゼットを開くも選ぶのはドレスではなく動きやすさを重視した簡易なワンピース。さっさと一人で着つけては、器用に背中のリボンも結んでしまう。これまた非常に慣れた手つきだ。
仕上げに赤いケープを羽織り胸元のリボンを左右対称に結ぶ。足元にお気に入りのブーツを添えればコーディネートは完璧だ。
腰にはベルトを巻き革の袋を引っ掛ける。現代風にいえばポシェットだ。ペンや紙といった必要最低限の小物が詰まっている。いずれも大切な仕事道具である。
鏡台に置いてある丈夫な紐は本を結ぶための物で、十字にリボンをかけショルダーバックの要領で肩へとかける。いつでも走れるように、そして不審者にも対処出来るよう手はフリーが基本だ。
これが姫と呼ばれることもあるロゼの身支度である。ここまでの作業を一人でこなす。
そして今日もまた、本を手に城下ベルローズへと走る。病弱とされ公務に出席することの少ない彼女だが、その実多忙であった。
ところが秘密裏に王宮から脱出すればロゼを呼び止める者がいた。
「ロゼ様!」
顔を見なくてもすぐにわかる。彼女をロゼ様と呼び、いくら注意しても直らないのは一人だけなのだから。どうやらこの時を待っていたようだ。
「ごきげんよう、オディール!」
「街へ向かわれる所ですよね。すみません、お忙しいところに……」
「いいえ、会えて嬉しいわ。そういう貴女は――今日はお休みだったわね。セラは元気? 旦那様にもよろしく伝えてくれるかしら。いつも大事な奥様をお借りして申し訳ありません、とても助かっていますと」
セラというのは五歳になるオディールの息子だ。
「勿体ないお言葉です、本当に……私は――いえ、私たち家族はロゼ様に感謝してばかりですね」
「大げさよ」
「いいえ。貴方は本当に、あの日語った夢を実現させてくださいました。ロゼ様のおかげで私の世界は広がりました。おかげで私は毎日が楽しいです」
「それは嬉しいお話ね。でもここにいるということは何か問題が? 緊急の案件かしら」
オディールは数少ないロゼと城下を繋ぐ連絡係となっている。通常ならば手紙を通してやり取りをするのだが、連絡なしに待ち伏せとなれば緊張が走った。
「あ、いえ! 問題というほどのことではありませんが……ロゼ様が常々アルベリスには注意するようにと話していましたので、お耳に入れておこうかと」
「話してちょうだい」
オディールは至って普通、世間話の延長のような雰囲気だがロゼは真剣そのものである。
この五年――ロゼが着々とエルレンテの体制を整えている間、アルベリスとの関係に変化は見られなかった。これが滅亡への刺客かもしれないと緊張が走るのも当然だ。
「現在アルベリスからの人間が滞在しています」
それ自体は珍しいことではない。アルベリスからの観光客も幅広く迎え入れている。
「貴女はその人間の何が気になるというのかしら?」
「見た目は十代後半の青年で、おそらくロゼ様くらいの年齢かと。けれどかつての職場経験から感じるのです。彼の身のこなし、立ち居振る舞いには気品がある。それなりの階級の人間ではないかと……」
ロゼは情報提供者の手を両手でしっかりと包み込んだ。
「良く、知らせてくれたわ」
アルベリスには要注意、気がかりや異変があればすぐに知らせてほしいというのが特に徹底していることである。遭遇したのが一般市民であれば件の彼も警戒されることはなかっただろう。しかし彼女は元王宮メイド。上流階級の人間は見慣れているのでその目は誤魔化せない。
(それなりに身分ある人間……だとしたら十分に滅亡への刺客に成りえる!)
ただの観光客にいきなり物騒な?
甘い。口にすれば即座に「その考えは甘い!」と叱責が飛ぶだろう。しかし、ただのアルベリスからの観光客相手に国家滅亡まで連想出来るのは未来を知るロゼだけである。
「その方の宿は分かっているの?」
「マルクスさんの宿をこれでもかと進めておきましたから、おそらくは」
「ありがとう。本当にいい仕事をしてくれたわね」
「お役に立てたのなら光栄です。街の者にも引き続き注意を促しておきますね」
「ええ、ここが正念場。視察訪問のためにも気を抜けないわ」
「はい、必ず成功させましょう。我がエルレンテの良さを知らしめてやらないと!」
まるでロゼのような物言いである。この五年でオディールにも影響が出てしまったのかもしれない。
現在ロゼの胃をキリキリと締め付ける最大の悩みがこれだ。
三日後、警戒度ナンバー1として燦然と輝き続けるアルベリスの皇子様が視察にやってくる。
このエルレンテにである。おかしい、大いにおかしい。大国の皇子がエルレンテのどこを、何を見たいというのか。
(どうせわたくしに断る術はありませんけど!? 出来る限りアルベリスからの怨みは買いたくないもの!)
ロゼに出来ることはエルレンテの姫として、観光大使として、最上級のおもてなしを用意するだけだ。
(そう、視察が迫っているのだから……その訪問に合わせて悪巧みを?)
「私もいっそう気を引き締めて警戒しておきます」
そう語ってくれるオディールはとても頼もしい。本当に良い共犯者を得たものだ。
立ち止まって悩んでいても仕方ないと勇気をもらえた気がする。気を取り直して市場調査を始めなければ。
ここまでありがとうございました。
次の更新でまたお会いできることを願って――更新頑張ります!