十五、共犯者獲得
ロゼはエルレンテの良さを紐解いていく。
「エルレンテには誇れるほどの産業がないけれど、街を自然を見渡してご覧なさい。平和の象徴、穏やかな景色が広がっているでしょう? これは戦争を繰り返していたアルベリスには真似できない光景よ。当たり前すぎて気付かないようだけど、もっと観る価値のあるものだわ」
観光地として名を馳せていれば景観を壊されることも躊躇われるだろう。戦争しにくい状況を作ってやる。
「だいたい見るところがないですって? そんなのいくらだって生み出せるわ。もっと多くの人――それこそ国外にまでこの良さを発信出来たなら、国に革命が起こる。もちろん王位狙う的な意味ではなくて、平和的な意味でね」
観光ならばエルレンテに行きたい、エルレンテを特別だと認識させることが可能だ。
ここからがロゼの共犯者獲得に向けた手腕の発揮どころである。
「簡単にエルレンテ観光地化が成功したメリットを上げてみるけれど、なんといっても財政が潤うわ。人が集まるようになれば使われるお金も増え、必然的に仕事が増え雇用も増える。これだけでも十分に国が潤うでしょう」
お客様も幸せ、迎える側も幸せ。みんな幸せ計画である。
「これらはすなわち将来のため――お分かり? 産まれてくる貴女たちの大切な子どものためでもあるの。エルレンテが住み良い国であれば子どもたちの将来も安泰でしょう?」
「私たちの、この子のため……」
オディールはそっと膨らみ始めたお腹を撫でる。
「今後わたくしは首都ベルローズから改革に乗り出すつもりよ。そこで貴女には共犯者になってほしいの」
「具体的には、私は何を?」
「もちろん大変な時期に無理をさせるつもりはありません。まずは城下街で使える身分がほしいのよ。城下での身元引受人というのかしら。考えてみてほしいのだけど、正体不明の人間が何かしようとして受け入れられるものではないでしょう?」
「確かに……」
「貴女でも助かるけれど、出来れば街に長く住んでいて、ベルローズの人たちから親しみを集めていると理想的だわ。どなたか後腐れない方のお名前を借りたいのだけど、誰か心当たりはないかしら?」
「そうですね……旦那様のお母様ですが、ドーラ様はいかがでしょう。今はベルローズにお一人で暮らしていて、相談してみます。とても気立ての良い方ですよ」
「お願いしたいわ。それと将来のために今から働き手を確保しておきたいの。貴女、お友達に声をかけることは可能かしら」
「それは可能ですが、家庭や子を持つ者が殆どですよ。そんな私たちが、力になれる者でしょうか……」
エルレンテが、というよりもこの時代が。女性は結婚すれば家庭に入り子どもを育てるというのが一般的だ。オディールも本来の身分にあればいずれ結婚して王宮を退いていただろう。そうした女性が二度と職場に戻ることはない。
「安心なさい。わたくしが改革の指揮をとるからには『女性に優しい改革』を掲げます。これからは女性も活躍する時代――そう、わたくしはここに国家初、育児休暇制度を提案するわ!」
「育児の、休暇ですか?」
「簡単に言えば、育児中だけ仕事はお休み。子どもが成長したらまた働ける、そういう仕組みのことよ。それを導入したいの。貴女たちの家事や子育ての空いた時間を借りたいのよ」
それでも躊躇うようなオディールの表情に追撃の手を緩めてはいけない。
「男も女も関係なくってよ。けれど貴女が気にするというのなら他の方々もそうなのでしょう。ならわたくしたちで固定概念を壊してあげましょう? これからは女性も社会進出するべきです。考えてもごらんなさい。次期国王はアイリーシャ王女殿下なのだから」
女王という前例はないけれど、国王とその妃の子が即位するのが習わしだ。女王が禁止されているという法律もない。
「もしその時になってわたくしたち女性陣が活躍していれば女王という不安も薄れると思わない?」
滅亡回避のためでもあり、遠回しにアイリーシャのためでもある。
「本当に、まるで夢のような制度に、未来ですね」
「夢じゃ終わらせないわ。それにね、貴女だってずっと家の中にいては気が滅入ってしまうでしょう?」
オディールは社交的な性格だ。それをこの家の中だけで終わらせてほしくない。
「ロゼ様は本当に何を……どこを目指されているのです?」
相手が十二歳の少女だということも忘れて問いかけてしまう。年齢なんて些細な問題だと、忘れさせてしまうほど瞳には強い決意が宿っていた。
(プレゼンをするならまずはわたくし自身が堂々としていなければいけないわ!)
目で勝つべし。この人についていけば安心だと、確固たる信念を見せつければならない。
「それはこれから一緒に見てもらえると嬉しいわ。どうかしら……また共犯者に会いに来ても?」
「歓迎します、ロゼ様。私もこの子の未来は幸せな方がいいですから」
愛しそうにお腹を撫でる。その眼差しはミラと同じだった。きっと彼女も良き母となるだろう。
ところでそろそろずっと気になっていたことを言わせてもらいたい。
「ねえ、ロゼでいいわよ」
ここにいるロゼはただの一般人だ。彼女も王宮を退いている。加えてオディールの方が年上だ。
「でもその、私にとって貴女はどうしてもお仕えする相手なので、つい。……あの、ものすごく今更ですがお一人で外出されて大丈夫なのですか?」
「これからはもっと変装にも力を入れてくるわ。それと稽古にも力を入れる予定です」
「稽古?」
「いえ、なんでも」
姫としての優雅な微笑みでオディールの疑問を相殺し、ロゼはここに共犯者を獲得した。
(まずは一人、働き手の確保に成功したわね。後はわたくしの頑張り次第かしら)
アルベリス帝国、ロゼブルの運命? なんだっていい。なんにだって負けてやるつもりはないのだから。
(主人公の叔母の力、見せてさしあげる。姪のためならシナリオなんて知ったことではありません!)
閲覧ありがとうございました。
本当にたくさんの方がお気に入り登録してくださり評価してくださり、感想までいただけて……なんて幸せな作品でしょうか。今日までこの子たちの物語を見守ってくださったこと、本当に嬉しく思います。
などとまるで最終回のようなことを書いておりますが、むしろこの物語はここからです。ここで一区切りという話です。
問題がなければ次回より新章『観光大使は活躍中』が始まりますので、またお付き合いいただければ幸いです!