十三、男同士の密談
十二話『別れ』の裏側の物語。これが十二話に至った経緯です!
今回も少し長めかもしれませんので、お時間あります時にお読みいただければ幸いです。
たくさんのお気に入りをいただけたこと、たくさんの方が読んで下さったこと。本当に励みになっています! ありがとうございます。
そしてお忙しい中、評価に感想ありがとうございます。有り難く読ませていただき、お返事も書かせていただきました。
時は少しだけ遡る――
これはロゼの知らない物語。ノアが彼女の部屋を訪れる前の出来事だ。
深夜、エルレンテ王宮のとある一部屋。たまには妹抜きに男同士でという名目の元に密談が交わされていた。
「てかさあ、本当に良いわけ?」
集まるなり直球を投げたのはレイナスだ。
「それを問うのであれば、お前が勝ってくれれば何も問題はなかったと思います」
グラスに注がれたワインを揺らし、さらには憂いに瞳を揺らすレオナールからの猛攻である。
「痛いとこ突かないでホントお願い。妹に負けて割と結構本気でヘコんでるから」
効果は抜群だ。
議題はもちろん不在の妹についてである。というより、その話をしたいがために男同士の場が設けられたとも言える。
「陛下。歓談中、失礼致します」
兄でも弟のものでもないそれは少し幼さの残る少年の声だ。一国の王を前にしても萎縮しない力強さを秘めていた。
「はあ……。なんですか」
久しぶりの兄弟水入らずの時間は始まったばかりだ。それがいきなり邪魔が入るなんて――不満からきつくなるレオナールの声にも臆した様子は見られない。
白髪の少年だった。まるで影のように現れておきながら、立ち姿には堂々とした風格を感じる。
しかし周囲は――さらに詳しく言えば周囲の物陰は、これだけで大変なことになっていた。彼らの仕事は陰から国王陛下を守ること。それが堂々と主君の前に姿を晒しているのだ。いたるところで陰がざわついている。もちろん悟られないように配慮はされているけれど。
「話があります」
「お前は確か……白髪の、将来有望な少年がいると聞いたことがあります。それがお前かな」
「あ、込み入った話なら俺は出てるけど?」
「レイナス様にも同席願いたくこの場をかりました」
「俺も?」
「はい。実はロゼ……ローゼリア様のことでお話が」
「あいつまた何かやったの!?」
早い。なんて早い反応だろう。ロゼがいれば「なんの常習犯ですか!」と睨みそうな言いがかりである。
「彼女は関係ありません。これは俺が勝手にしていることです。だからどうかローゼリア様の耳には入れないと、勝手ばかりで申し訳ありませんが約束してもらえますか」
「いいでしょう。それで? 王の前に姿を現すということは相当の理由があるんですね。……まったく、あの子は何を」
「俺はこの仕事を辞めます」
「「「「は?」」」」
突然の退職願いに四方八方いたるところから声が上がる。同僚たちも彼が心配で見守っていたところだ。
「俺は陛下の護衛失格です。これ以上、自分の心を抑えることが出来ません。……俺は、ローゼリア様が好きです」
「「「「「「え!?」」」」」」
さらに困惑が増えている。
退職願いかと思いきや突然の告白に場は騒然だ。陰という陰からの声が重なり、もちろん兄二人のものも混ざっている。気配を消すもへったくれもない。もはやそんな状況ではないのだ。
「俺の一番大切な人はローゼリア様です」
つまり、同時に脅威が迫ったとしてロゼを優先すると言いたいのだろう。そんな自分が護衛に留まることは許されないと自己申告しているのだ。
そう語るノアは愛しげに表情を和らげる。どれほどその人のことを想っているのか、手に取るようにわかってしまう。こんな顔も出来たのかと同僚たちは驚いていた。
「えっ、と、それは……」
さすがにレオナールもすぐには続く言葉を用意できなかった。
「なんならロゼの護衛にでも転職しますか? お前の実力は聞いています。手放すのは惜しいですから、私としてはそれでも構いませんが」
「お断りします」
明確な拒絶にレオナールだけでなく全員が首を傾げた。
「俺は彼女の隣に立ちたい。陰から守っているだけじゃ満足出来ない」
溢れそうな想いに耐え続けていたけれど、もう限界だ。
「護衛の身で不相応なことも理解しています。だからお願いに来ました。彼女が二十三歳になるまで結婚はさせないと、もう一度約束してください」
ロゼの意思を尊重してほしいと乞う。
しかしノアのターンはまだ終わっていなかった。
「そしていつか、俺が彼女に相応しい相手になれた時は結婚を許してください」
結論、ノアの訪問理由は婚約願いであった。
颯爽と沈黙を破った勇者はやはり国王陛下だ。その姿は狼狽える兄としてではなく王としての威厳に満ちている。狼狽えるのはレイナスに任せてきた。
「お前の願いを叶えたところで得る物はありますか? 彼女はこの国の姫、それはあの子が誰よりも理解していることです」
レオナールはロゼの兄だ。一人の人間が妹のためにここまで申し出てくれた。純粋に兄として喜ばしいことではあるが、それ以前に彼は王である。王として、妹は可愛いけれど一時の感情に流されてはいけない。
「帝国最新の情報を約束します」
「ほう、それは魅力的ですね」
各国には間者を放っているが、どこかで寝返る可能性も考慮しておかなければならない。レオナールにとって、ここまで信頼できる情報源はないだろう。なにしろノアの行動原理はロゼである。まず危険を承知でロゼのために啖呵を切った。これを世迷言だと疑う余地はない。
「ロゼのためにそこまで……。それほどまでにお前は、その……妹のことが好き、なのかな?」
おそらく全員が訊きたかったことを代弁する。
「たとえローゼリア様が二十三歳になろうとこの想いは変わらない」
これがノアの覚悟である。けれど周囲にはあまり伝わっていないようだ。ならば最もわかりやすい覚悟とは――
「彼女のためなら誰を敵に回したっていい。望むのなら、陛下だって殺せる」
その実力があると、覚悟もあると言い切ってみせた。それは同時にこの部屋にいる全員を敵に回すということだ。
ノアを襲ったのは多数の殺気。ここまで宣言されて黙っていたら護衛ではない。それすら承知でノアは宣言している。自身の有益さと、ロゼのための覚悟を最上級の形で示した。
緊張の糸が張りつめる中、最初に動いたのはレイナスだ。
「あーもー空気重いんだけど! そんな奴さっさと条件呑んで追放した方が身のためですよ。ねっ、陛下」
しっしと追い払うようにノアを扱う。
「レイナス様?」
「あとさあ、これは独り言なんだけど! 妹のこと、真剣に考えてくれてありがとな。あいつ王女としてはちょっと変わっているけど、大事な妹なんだよ」
レイナスの想いを受け取ったノアは最高の形で報いようと試みた。
「いずれお義兄さんと呼ぶことを約束します」
「それは複雑だからいらん!」
レオナールも厳しかった表情を緩めていた。
「お前の扱いにくさ、どこかロゼを思い出させますね」
「彼女いわく好敵手ですから」
けれどノアが望む関係とは違う。
「俺にとって彼女は……」
太陽に輝く目映さ、太陽に愛されただとか。ロゼはよく、そうして姪の髪を褒めている。けれどノアにとっては緑の髪こそが愛された証のように思えた。
「太陽みたいな人だ」
日の光を浴びて駆け回るロゼにぴったりで、揺れる緑の髪を見つけては傍にいたいと願った。その髪に触れる権利がほしくてたまらない。
「最初は憎らしかったけどさ」
小さな笑いと共に呼び起される出会いの場面――
腕には自信があった。戦うことも、隠密も、護衛だって完璧だと自負していた。それを一方的に見破られていたなんて屈辱でしかない。なんて腹立たしい相手だろう。それが最近の印象で、すぐに変な王女に変わっていた。
手合わせすれば自分に足りないものを吸収出来ると思った。向かい合って手合わせする時間は有意義だったけれど、彼女を傷つけたいわけじゃない。
初めて隣に並んだあの日、手を繋いでも満たされなかった。もっと傍にいたい、特別になりたいと欲が生まれるばかりだ。
もっと深く――お互いが唯一無二の存在であればいい。傍にいるだけじゃ足りない。寄り添い心で繋がるような、そんな関係になりたい。
「それと陛下、これから彼女の私室を訪ねる許可をもらえますか?」
和やかになりかけた空気が再び凍りつく。
これからとは、どう考えても深夜である。単身女性の部屋を訪れるだけでも問題があるというのに、それを相手が無防備な夜着で眠っているところへ出向こうというのである。無論二人きりでだ。
「アニキー、やっぱここで始末した方がいいんじゃね?」
「……何かするつもりなら許可なんて取らないよ」
「おーい聞こえてんぞー」
「コホン。誰か、見張っておいてくれるかな?」
どこからか「私が」「いや俺が」「いやここは私が」「馬鹿野郎っ、年長者に譲れ!」などと漏れ聞こえており、壮絶に揉めている様子が目に浮かぶ。顔さえも知らぬ護衛チームのメンバーは仲良くやっているらしい。
「ロゼの奴、大した番犬を捕まえたもんだ」
「そうですね」
兄たちの呟きは、いつも以上に騒々しい部屋の喧騒に消えていた。
後に彼らは語る。主君を前に「何も見ませんでした」と口を揃えて答えた。
国王直属護衛チーム、それは殺伐としているように見えて仲間想いの組織だったらしい。
書けば書くほど「俺の(ロゼへの)想いはこんなものじゃないけど」と誰かさんが語りかけてくるせいで完成が遅れに遅れた十二話でした。
閲覧ありがとうございました!