十一、姪を訪問
大変長らくお待たせいたしました。アイリーシャファンの皆様――タイトルでお気付きでしょうか?
そう、ここへきてついに……成長した姪っ子アイリーシャが登場いたします!
現在六歳です。ロゼともどもよろしくお願い致します。
王宮に戻る頃にはノアの姿は消えていた。
一人になったロゼは『お忍びで城下に向かったりしていませんよ』という何食わぬ顔で王宮の廊下を歩いている。もちろんアイリーシャの元へ向かうためだ。同じ離宮に暮らしているのでご近所のようなものである。
「ごきげんよう、リーシャ」
人形から手を放し、ぱっと視線を向ける姿はとにかく愛くるしい。この笑顔が見られるから尊い瞬間なのだ。ついつい頻繁にアイリーシャの元を訪れては兄から嫉妬されている。
「ロゼお姉様!」
ロゼの顔を見るや、ぱっと笑顔を輝かせ走り寄るのは六歳になった姪っ子だ。きらきらと輝きだしそうな髪を揺らして突進するのかと思われたが、ロゼの前までやって来るとドレスの裾を持ち上げてお辞儀する。淑女として完璧なものではないけれど、たどたどしいからこその魅力が詰まっていた。
「ごきげんようです。ロゼお姉様」
ロゼが叔母であると理解しているのかはともかく「ロゼお姉様」と呼び慕ってくれる。妹がいたらこんな感じだったのかもしれない。アイリーシャにしても六歳年の離れた女性は姉のような認識なのだろう。
「きちんと挨拶出来るなんて偉いわね」
「挨拶はロゼお姉様のような立派な淑女への第一歩なのです! お母様が教えてくださいました」
ミラの教育はしっかりと根付いていた。
「今日はどうされたのですか? リーシャ驚きました。でもお会い出来て嬉しいです!」
「以前お菓子を作ってくれたことがあったでしょう。とても美味しかったわ。一緒に食べられなくて残念だったけれど、わたくしの分も用意してくれて嬉しかったの。これはそのお礼を込めて」
本当は不甲斐なさへのお詫びも込めているけれど笑顔を曇らせていはいけない。これから渡すのはノアが選んだ花なのだから。
「リーシャにですか!」
「ええ。貴女のために選んだの」
正確には二人で選んだものだ。
「感激です!」
メイドに頼んで花瓶を用意してもらうことになった。
花瓶を用意してくれたメイドはオディールと仲が良かったと記憶している。今日も彼女は仕事に来ていなかった。
「一つ聞きたいのだけど、オディールは元気? このところ見かけないようだけど」
そのメイドは顔を曇らせた。街で見かけた様子は変わらない印象だったけれど何か良くないことでも起きているのか。
「オディールは結婚して、王宮を退いたのです」
語られたのはおめでたい話である。けれどその表情はうつむきがちに曇ったままだ。
「彼女に何か?」
「あの子、実家からの縁談を断って……家を出たんです。勘当されたんですよ。だから実家の伝手で得た働き先にいることは出来ないと……」
「そうだったの……」
オディールの実家は貴族に名を連ねている。おそらくは家のための結婚だったはず。それでも彼女は愛した人を選び家を出た。美しい話に聞こえるけれど実際は簡単なことじゃない。貴族として育った娘が庶民として生きていくには苦労が伴う。
「力になれれば良かったのに……」
何も言ってくれなかった。けれどはたして相談されたとして、力になれたのだろうか。国の未来さえ確証の持てない少女に何が出来たのだろう。
悔しさに俯けば、メイドは嬉しそうに語る。
「そのお心だけでオディールも幸せだと思います。申し訳ありません。姫様に聞かせる話ではありませんでした」
「いいえ、わたくしが訊いたことよ。貴女にも辛い思いをさせてしまったわね。貴女、オディールと仲が良かったでしょう」
「姫様は本当に良く見ていらっしゃいますね」
(それはもちろん、王宮内で見ない顔がいても気付けるようにね!)
どことは言わないけれど! メイドとして潜入し内部で事情を探っていたり、ある日突然密偵として潜り込まれる可能性だってある――という理由は笑顔で包み込んだ。
「話してくれてありがとう」
「彼女も姫様に会えないことを寂しがっていましたよ。私も本音を言えば少し寂しいです。彼女、明るさが取り柄でしたからね。でももう二度と会えないわけじゃありませんし! 嫁ぎ先はベルローズですから、普通に城下で暮らしていますよ」
「ああ、それで……」
(それで街にいたのね。街での生活には苦労していないかしら……でも、あの時見たオディールは、幸せそうだった)
辛さなんて感じていない、そういう顔をしていた。嬉しそうに買い物かごを抱えどこかへ向かっていた。家に帰る途中だったのかもしれない。王宮で見ていた笑顔と変わらない明るさを感じた。勝手な都合の良い解釈かもしれないけれど、そうであってほしいと願うくらいには親しいメイドだった。
(……待って)
一度浮かび上がればオディールの名が頭から離れない。
彼女は優秀なメイドだった。仕事が完璧だということはもちろんだが、彼女の明るい笑顔には元気を与える力があると思う。傍にいてつられて笑ってしまうような、そういう人懐っこさがあった。加えて社交的だ。彼女なら城下での人間関係も上手く築けるだろう。
(わたくしがしたいことには協力者が必要。オディールは適しているんじゃないかしら)
次第には、もうこれしかないのではと構想ばかりが固まっていく。共犯者を見定めロゼの口角はにやりと上がっていた。とてもメイドには見せられない顔だ。
(――と、いけない! リーシャを放置してしまったわね)
「リーシャ、待たせてごめんなさい」
アイリーシャは花を見つめて唸っていた。声をかけると今度は花とロゼの顔を見比べて不思議そうにうねり続ける。
「これはお姉様が選ばれたのですか?」
「少し第三者からの意見を参考にしたけれど、もしかして気に入らなかったかしら……」
「いいえ! とても素敵です。ただ、お姉様にしては珍しいお花で。まるで……お姉様のようですね」
「わたくし?」
「私よりもロゼお姉様に良く似合いそうです!」
アイリーシャに花を贈ったことは初めてではない。確かに初めて選ぶ花ではあるけれど。
そんな些細なことですら覚えていてくれた姪の優しさに感動したのは置いておくとして。
「そうかしら? リーシャに良く似合うと思うけれど……ほら、貴女の瞳と同じ色よ」
「お姉様も同じですよ?」
「あ……」
すっかり失念していたけれど、確かにロゼの瞳も同じ紫である。
けれど主人公とは違う。彼女のように、太陽に愛された証である金の髪を持ちはしない。ロゼの髪は森の中入れば埋もれてしまいそうな緑色だった。
何も知らずに無邪気に笑えるほど純粋でもない。けれどアイリーシャは違う。愛される主人公、それがアイリーシャなのだから。
(わたくしとは違う。わたくしは主人公にはなれなっ――)
納得してしまえば簡単なことだった。
(わたくしずっと、リーシャのことが羨ましかったのね)
理解したくなかった。認めてしまえば心の中が黒く染まっていくようだ。
無邪気に笑える姿が。誰からも愛されるような笑顔が。愛されるために生まれてきたような容姿が羨ましい?
それは違う。
本当に羨ましかったのは――
ノアと出会うことが決まっている存在だから。
「ロゼお姉様の分身だと思って大切にします。すぐに花瓶へ――それから押し花にしようと思います、今日の記念に! お姉様が私に下さった宝物ですから!」
無垢な笑顔に暗い気持ちが照らされる。
(これは……わたくしが攻略されている気持ちだわ。こんな笑顔見せられて嫌いになれるわけがない。むしろ攻略対象たちが羨ましいわね)
たとえ納得しても、理解していようと嫌いになれるわけがない。どうしたって、何があろうと大切な姪なのだから。
「あの、一つお訊きしたいのですが」
「改まってどうしたの? わたくしに答えられることなら何でも」
「ロゼお姉様、病気なのですか!? リーシャは聞いてしまいました。お姉様が病気で、もしかしたら大人になるまで生きられないかもしれないと!」
「あ、ああ、そのこと……」
泣きそうになるアイリーシャの背をさする。自由を勝ち取るためとはいえ、大切な姪に心配をかけるのは心が痛い。
「大丈夫よ。わたくし運命になんて負けたりしないわ。生きて貴女が幸せになる姿をこの目で見たいもの」
「リーシャもです! リーシャもお姉様が幸せがいいです!」
「ありがとう。そのためには、やっぱりリーシャが幸せになってくれないとね」
言葉と共に抱きしめる。
「わたくしはリーシャが大切、大好きよ。この気持ちに嘘偽りはないのだから、リーシャのためなら頑張れる」
(心配しないでリーシャ。わたくしは貴女の良き叔母であり続けるわ)
ノアとの恋愛が許される立場にいるアイリーシャが羨ましいなんて思ってはいけない。愛する人のために身分を捨てられたオディールを羨ましく思うのも秘密だ。
(誰にも告げてはいけないわたくしの心……)
ところで入るタイミングを逸したミラが外で号泣していることをロゼは知らない。こうしてまた一つロゼが兄から妬まれることになるわけだ。
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