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十、貴方は攻略対象

 ローゼス・ブルーに登場するノアというキャラクターは暗い、というより無表情が多かった。もちろん主人公という存在が彼の閉ざされた心を癒すわけだ。

 けれど今そこにいる彼は――ノアは自然と笑ってくれるように感じる。だからこそ思う、暗殺者なんて悲しい道を辿らなくてもいいのではと……


(というか彼、ここから暗殺者になるのね!?)


 これから何かがどうにかして結果がロゼブルの暗殺者ノアである。この平穏が壊れるのはいつ?


「ちなみにノアにはその、なりたいものとか、何かあるかしら?」


 ここで暗殺者と宣言されてしまったらどうしよう。それでもロゼは訊かずにいられなかった。


「なりたいものというか、俺の仕事は君も知ってるよね」


 その通り。彼は定職に就いている。


(そう、よね。王宮うちでしっかり働いてくれているわ)


 けれど将来ノアは暗殺者になる。それがロゼブルの運命だ。そして――


(そうよ、ノアは……いずれリーシャが恋をするかもしれない相手)


 ずっと見ないふりをしてきたけれど、もう手遅れだ。

 ノアはアイリーシャのために暗殺者にならなければいけないのかもしれない。いつか彼がアイリーシャを守ってくれる人なのかもしれない。


(こんなのまるで、そうなってほしくないと望んでいるみたい……)


 けれど確かにこの瞬間、ノアに暗殺者になってほしくないと思ってしまった。今のままでいられたらと願ってしまった。

 彼はいずれアイリーシャを愛してしまうのかもしれない、そう考えた。


(ごめんなさい、リーシャ。こんな叔母さんで、ごめんね……)


 一度気付いてしまえばもう遅い。必死に忘れようと頭を振った。これ以上深入りしてはいけないのだと思う。いっそ運命なんて忘れてしまえたら――


「もう限界かな……」


 まるでロゼの心の声を現したような叫びだった。壊れる寸前の切迫したもの。けれどそれはノアの呟きである。


「あの、何か……何が?」


 何が限界なのだろう。振り回し過ぎてしまったのかもしれない。心当たりのあるロゼは申し訳なく思うばかりだ。


「いや、ちょっとね」


 曖昧な答えしか得られなかった。しかもこれをきっかけに口数が減ってしまう。

 彼の姿を見るたびに躊躇いを覚えてしまう。アイリーシャに対する罪悪感なのだろうか。ノアも横顔を見つめているだけでロゼの憂いに触れようとはしなかった。その気遣いが有り難くもありもどかしいなんて贅沢な悩みである。


(情けないわね。これからリーシャに会うのだからしっかりなさい!)


 アイリーシャに会うのを躊躇うなんて初めてだ。不甲斐ない叔母である。誰に咎められることもないというのに、後ろめたくなってしまう。だからせめてものお詫びにお土産をと閃いた。


「疲れているところ申し訳ないけれど、良ければもう一軒付き合ってもらえる?」


「俺が先に疲れるわけないよね。どこが見たいの?」


「どこというか、リーシャにお土産を買いたくて。この前リーシャがお義姉様に教わりながらクッキーを焼いてね、なんとわたくしにも食べさせてくれたのよ! そのお礼も兼ねてね」


 甦るのはアイリーシャの成長――

 懸命にはいはいしてはロゼの元までやってきてくれたこと。一人で立ち上がり、広げた腕の中に飛び込んできてくれたこと。そして初めてロゼお姉様と呼んでくれた時の感激といったら語りつくせない。あの宝石のような紫の瞳にロゼの姿を映し、にっこりと微笑んでくれた。それが今や手作りクッキーである。もはや可愛さの凶器。


「君って本当に彼女のことが大好きだよね。とても頻繁に通っているみたいだし」


「わたくしの生きる意味、なんて少し大げさかしら。でもとても可愛い姪っ子なんですもの! 今、六歳よ」


 写真に収められないのが悔やまれる。


「ふうん……ちょっと妬きそう」


「はっ!?」


(も、もしかしてノア、まさか……まさかもうリーシャのことが気になっているの!?)


 脇役ロゼ攻略対象ノアが出会っているくらいだ、主人公アイリーシャと接点があってもおかしくはない。


「ノアは、リーシャに会ったことが?」


 ごくりと喉が鳴る。


「さすがに直接顔を合わせたことはないけど、陰からは何度もね。君と一緒にいるところは良く目にするよ」


 さすがに顔を合わせたことはないけれど、ノアが一方的に姿を見かけてはいると。


(これは一目惚れという事象も念頭に入れて行動する必要がある? リーシャはとても可愛いからそんなことになってもおかしくないわ! だとしたらわたくしが選ぶよりもノアが選んだ方が将来のため? いつか未来の二人のためにも一肌脱ぐべきかしら……)


 小さな痛みが胸に走る。

 どうして胸が痛いの? 病気でもないくせに、どこも怪我なんてしていないのに。

 一つ気付くたびに現実を突きつけられていく。痛んだ胸には気づかないふりをしていよう。それがみんなのためになる……


「ロゼ。考え込んで、どうかした?」


「お土産を、何が良いか考えていたの」


「君が選んだものなら何でも喜ぶんじゃない? あの子もあの子で君のことが大好きだし。本当に妬けるよね」


 貴方、アイリーシャのことが好きなの?

 そう直球で聞けたら早いのだが、素直に好きですと答えられるような間柄ではない。だからロゼに出来るのは察して行動してやることだ。


(リーシャが大きくなったら……実は昔から好きでしたという王道展開になったりするのかしら? けれど二人の間には身分という壁が立ちはだかっていてロマンチック……って乙女ゲーム的妄想をしている場合ではなくて!)


「ノアは何が良いと思う?」


「俺?」


「ええ。お土産というか、プレゼントと考えてもいいわ」


「誰にもあげたことないよ」


「なら良い経験になると思うの! 貴方なら何をプレゼントするかしら?」


「…………ちょっと、普通のプレゼントって思い浮かびそうにないや。だからやっぱり君が選んであげなよ。彼女もその方が喜ぶからさ」


「そんなこと……でも、無理を言ってしまったみたいで、ごめんなさい。ええと、わたくしも大したものは選べないけれど、リーシャは花が好きなのよ。お花をお土産にしましょうか。えっと、その、将来の参考にしてくれて構わないから!」


「いつか女性に花を送れって?」


「女性というか……リーシャに」


「俺が? 贈り物なんてするがらじゃないし、贈ることが許されるような相手じゃないよ」


 驚きながらも自嘲気味なノアには挫けてほしくない。


「簡単に諦めないで! ええ、諦めないでちょうだい。そう例えば――毎日同じところに同じ花を置いておくのよ。リボンなんて添えるとロマンチック度が増すわ。これは誰が? と不思議に思いながらも、落ち込んだ時や苦しい時、彼女はその花の存在に助けられるのよ。そして次第に貴方は誰なのと姿も知らない相手のことが気になっていく、なんて展開があるかもしれないでしょう!? これ王道ですから。だから諦めてはいけないと思うの!」


「……えっと、君の熱意は良く分かった。とにかく花、だよね。うん、行こうか」


 若干引かれたかもしれないと思うロゼである。これもすべて前世でのゲームと漫画の読みすぎだ。


 頭を振って妄想を追い出したロゼの前には鮮やかな花が並ぶ。手を引くようにしてノアが連れてきてくれたおかげだ。


「どれにする?」


 大仕事の始まりだ。ロゼの花を見る瞳は真剣である。

 現在六歳のアイリーシャはとにかく可愛い。無邪気でありながらも姫としての気品を兼ね備え、それでいて主人公としての愛らしさも詰まっている。完璧か。そんな姿を想像しながら選ぶのだ。


「参考までに意見を聞かせてもらえると助かるわ」


「君はどれが好きなの? それでいいと思うけど」


「わたくしでは駄目なのよ。眩いばかりの金に、高貴さ漂う紫の瞳の女性を思い浮かべて選んでちょうだい」


(そう、わたくしでは駄目。わたくしの髪は緑色。どう頑張ったってリーシャのようにはなれない)


「それじゃあ……これは?」


 ロゼが意識を飛ばしているうちにノアも覚悟を決めたようだ。

 ノアが選んでくれたのは大輪のバラでも、燦然と君臨するユリでもなく、小さな花が連なるフリージアだった。

 鋭く伸びた緑の葉に小さな花がいくつも咲いている、まるで稲穂のようなシルエットの花。あまり花束では見かけないが、それだけに珍しくもある。色の種類も豊富で見た目も可憐となればアイリーシャにもぴったりだ。さすがノア、やれば出来る。

 紫という言葉を強調したからだろうか、紫色の花たちを集めリボンがかけられていく。そう、ノアが選んだのは紫だった。


(深い意味はないのかもしれない。ただの偶然かもしれない。前世とエルレンテの花言葉が同じとは限らない。そもそもわたくしの訊いた話が間違っているのかもしれないわ! でも確か紫のフリージアの花言葉は……)


 『憧れ』だ。

 手にした花の重みが増したように感じる。これを持ち帰り無事に渡すことがロゼの使命だ。


 この時すでにノアが覚悟を決めていたことをロゼは知らない。ロゼが思うよりずっと、二人の関係は危うかったのかもしれない。気付いた時には別れが迫っていた。

ちょっとシリアスになってしまいましたが……

今日中にまた更新してまいりますので、どうか二人を見守ってやってくださいませ。

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