九、お忍び観光中
皆様のおかげで憧れだったランキングにお邪魔することができました!
あまりの感動に動揺しまくりでしたが、私のするべきことは、応援してくださった皆様に心を込めて続きをお届けすることですね。このお礼はもちろん更新でお返ししていきたいと思います!
本当にありがとうございました!
「お兄様には申し訳ないけれど、絶対なんて保証はどこにもないの。その時になって後悔しても遅いのだから、打てる手はすべて打っておくべきだわ」
「それと君が城下へ来ることに繋がるって?」
「王宮にいては見えないものが多すぎるのよ」
閉じこもっていたって世界は変わらない。書庫にばかり籠っていても滅亡は回避できない。稽古ばかりしていても一人で無双出来るほどアルベリス軍は甘くない。だからもうロゼにはその足で外の世界に踏み出すしかないのだ。
「見えないものねえ……具体的にはどこへ案内すればいいのかな?」
「どこもかしこも! 首都ベルローズを余すところなく見学したいのよ」
「そんなに熱心に見るほどのところ、なかったと思うけど」
「ノアったら、こんなに美しい街なのに見るところがないなんて贅沢! 貴方損していると思うわ。ほら、見て!」
エルレンテ王国首都ベルローズはありふれた街だ。そんなありふれた路地の中心でロゼは歓喜に叫ぶ。
道沿いには白、クリーム、薄桃とカラフルな色彩の家が並んでいた。壁を補強するように添えられた木枠が可愛らしい印象を与えてくれる。三角屋根には茶色い屋根瓦が使われているので派手さの中にも落ち着きを感じさせるのだ。
窓やバルコニーには鉢植えが吊るされておりさらに目を楽しませてくれた。
「アネモネ、マリーゴールド、ガーベラに、あれはフリージア。ベルローズの人たちは花が好きなのね」
花の種類や名前は前世と大差ないらしい。けれど現代家屋の合間に咲くものと西洋ファンタジーの窓辺に添えられているのではわけが違う。
一軒一軒違う花が出迎えてくれるのでそのつど目を奪われる。けれど敷き詰められた石畳には凹凸もなく風景を楽しみながら歩くのに適していた。
「ここを抜けると、この先には何があるの?」
もはやノアを置き去りにしそうな勢いで進んでいった。
坂道を駆け下りた先は小さな広場のような造りになっている。中心には噴水が設置され、花に囲まれた水面には街並みが鏡のように映し出されていた。
「まるでおとぎ話の世界に迷い込んでしまったみたい」
振り返れば元来た道の先にはエルレンテ王宮が覗いていた。
「そう? 普通の街並みだけど」
ノアの感動はとても薄い。けれど現代社会で生きていた記憶と、産まれてから王女として王宮で育てられたロゼにとっては見る物すべてが新鮮だ。
(少しはしゃぎ過ぎてしまったかしら。前世ではなかなか見られない光景だもの、感動するに決まっているわ。エルレンテの王宮もそうだけど、いかにもファンタジー世界という感じで素敵!)
「まだ市場にも着いてないよ?」
「市場! なんて素敵な響き、楽しみだわ」
「そうはいっても、並んでいるのなんてアルベリスからの輸入品ばかりだけどね」
ふとしたノアの言葉がロゼに現実を教える。
(そう、それも問題なのよ。アルベリスにばかり頼るのはいけないこと。少しずつでもエルレンテの自給率を上げなければ、戦争が始まって供給が止まってしまったら……)
「ロゼ? 難しい顔だけど、疲れた?」
「――っいいえ! まだまだ、走り込みの成果はこんなものじゃないんだから!」
「そう、良かった」
「良かったの?」
「まだこの時間が終わらなくて」
「それは……ノアも楽しんでくれていると解釈してもいいのかしら?」
「そうだね」
そっけない一言にもしっかりと感情が籠っていた。たった一言にも踊らされたように嬉しくなってしまう。
「ねえ、良ければ今日のお礼に何かご馳走させて! 貴方、何が好きなのかしら?」
「君、よくそんなにはしゃげるよね」
「だって、ここでは身分なんて気にして振る舞う必要がないのよ。普段はしゃげない分、発散しておかないと」
「そう、だよね……君は……」
「ノア?」
「ねえ、君の好きなものを食べてよ。俺、食べられないものってないからさ、多分。そうやって君がくるくる表情を変えるのを見ていたら、お腹いっぱい」
「わたくしのせいにする気? もう! だったら……アイスがいいわ。わたくしアイスクリームが食べてみたいの! こうやって外で気軽に友達と食べるのって懐かしくて」
「懐かしい?」
「――っというより……憧れ、憧れなのよ!」
危ないところだった。ロゼが懐かしむ昔とはもちろん前世のことである。お姫様が気軽に友達と屋台でアイスを食べた思い出があるなんて不自然だ。
「さあ、ノアはここで待っていて!」
少しでも今日のお礼をしたくてノアを強引にベンチへと押しやる。
張り切って屋台へと向かったロゼの手にはアイスクリームが二つ握られていた。
「お待たせしたわね」
「ありがとう」
ノアは素直に受け取るが、どこか不思議そうな顔をしていた。
「君、本当に初めて? そのわりには買い物慣れしている気が……」
「わたくしだって何も勉強せずに訪問しているわけではないのよ。それに周囲の方の振る舞い方を参考にさせてもらったから!」
平静を取り繕うことには成功したけれど。
(王女は普通に買い物をしたことがない……そうよね、そうだわ……)
心中では荒れていた。それは笑顔で固まるロゼに見かねたノアが「ほら、溶ける前に食べよう」と促すまで続く。
アイスを食べ終え、さあベンチを立とうというところでロゼはノアを盾にするように身を隠す。ただならぬ様子にノアは周囲に警戒を走らせた。
「それは平気よ!」
護衛という名目で彼を連れているのですぐに否定する。
「ほらあの人、うちで働いているメイドのオディールだわ」
ロゼが隠れるようにして人影を示せばノアは納得してくれた。顔を見られるのは不味い。お互いに気まずい。
幸いこちらに気づくことはなくオディールは足早に人波へと消えていった。
「そういえば最近顔を見ていなかったけれど、この辺りに住んでいるのかしら? だとしたらお勧めのお店を訊いてみたいわね」
何気ない一言にも、聞き捨てならないとノアが食いつく。
「君、また来るつもりなの?」
「さあ、どうかしら」
笑顔でのはぐらかしが、そのまま答えとなっている。
「君、こんなことばかりしていると本当に貰い手がなくなるよ」
ノアは呆れるように肩を竦める。
「その時はその時ね! 独りでだって逞しく生きていこうと思っているから安心していいわよ」
「安心……」
「ねえ、ノア! わたくし今日街に来て良かったと思うの。なんとなくだけれど、したいことが見えてきた気がするわ。ベルローズ、いいえ。エルレンテは素敵な国ね! わたくしもっとたくさんの人に知ってもらいたい。だから――――のようになりたいの」
ノアの複雑そうな呟きは初めて聞く称号にかき消された。それはノアの知らない言葉であった。単語としての意味ならもちろん理解できるが、初めて聞く称号である。
「この世界では一般的じゃないと思うけれど、そうなれたら理想的ね」
「俺にはそれがどんなものかわからないけれど、君なら出来ると思う。君という人がここまで強くなったことに比べれば、だいたいがずっと現実的だよね」
つまり王女が武闘派になるよりは何もかもがずっと現実的だそうで。
「またいつか、こうして君の隣を歩けたら……楽しいだろうね」
一日を振り返るようなノアの呟きに別れが近いと思い知らされる。けれど彼は次を望んでくれた。
「わたくしこれからは本格的に城下を訪れるつもりよ。だからその、貴方さえよければいつでも叶うと思うわ」
「そっか、俺次第なんだ……」
(良かった。ノアも楽しいと思ってくれたのね)
「わたくしも、またこうして歩けたら嬉しいわ」
楽しいではなく嬉しいと口にしたのは自然なことだった。ロゼにとっては何気ない一言だったけれど、その言葉にノアはしっかりと背中を押されていた。
閲覧ありがとうございます。
さて、少しは恋愛らしい空気を醸せたでしょうか?
そう、これは恋愛ありの物語なのですよ!