ぬけがけ
「お……」
……良さそう……。
和は、一つの掛け時計に目をつけた。
「千都先輩、これ、どうですか? 」
隣を歩く恋に声を。視線を同じ方向に向けさせる。
「ほぅ……………………」
形は四角形。そこに、数字が十二個。数字が浮き出ていて、立体性を持って配置されている。基調は赤。数字の色は白。長針と短針が数字の下をくぐっていく。数字の前には来ない。見る場所によっては若干見にくいところがあるかもしれない。が、和はこれを選ぶことにする。
「良いじゃないか。少しオシャレだしな」
「これにします? 」
「そうだな……………………。候補の一つにしよう。決めるのはまだ早い気がする」
「分かりました」
恋の言う通り。全部を見たわけではない。もっと良いのが見つかるかもしれない。もっと可愛くて、良いものがあるかもしれない。
「んー………………」
唸り声。悩んでる様子が伺える。そこに、凛とした、テキパキしている恋の姿はない。会長という表現を通して見ないのであれば、恋は、なんてことない、普通の先輩、普通の女の子なのかもしれない。
……さてと……。
続き、続き。あまり急ぐ必要はないけれど、のんびりする必要もない。
和も恋も、時間は余っている。
〇
「気になるなぁ………………………………」
真李は集中出来ないでいた。気になってしまう。和のことが。いつも以上に。
……なんでかな……。
疑問。だが、自分の中で答えはでている。疑問は、その答えに対してだ。
恋愛部。その影響がある。より、近くにいられるようになった。和が、いつもより自分の近くにいてくれる。それが、たまらなく嬉しい。だから、なのだろう。距離が縮まってしまったから、この程度のことで思ってしまう。
「好き、なのかな………………………………? 」
一つの感情。それは疑問の解消にはならない。全く。期間が短すぎる。そしてそれは、こちら側の一方通行だ。歩み寄ってるといっても、そのほとんどはこちらからしかけている。和は何も変わっていない。態度に変化などないのだ。変わってるのは真李だけだ。
「それは違うよね、やっぱり」
否定。そんな感情を、今持つ必要はない。いらないのだ。
「……………………………………あれ……? 」
レジ打ちを終え、休憩室へ向かおうとしたその時、真李から見えなくなる位置に消えていったその後ろ姿に、真李は見覚えがあった。
「和先輩だ」
追いかけはしない。こちらはバイトをしているのだ。仕事をしているのだ。だから、店員とお客の関係。不必要に客に接客はしてはいけない。そこに私情があるならなおさらだ。
……でも……。
どうして、ここに、真李がバイトをしているホームセンターに、和はいるのだろう。何を目的としているのだろう。
「んー? 」
単純に、お買い物。それはそうなのだけれども、電車を使ってのお買い物。そんなのを、和がするだろうか。
……誰かに付き合っている……?
もう一つの選択肢がでてくる。本人の意思ではなく、別の意志がある可能性。それなら大いにある。和の性格からして。和を知ってからの時間はまだまだ短いが、それくらいのことは分かる。
……誰と……?
次の疑問が出てきてしまった。
「んぬー……………………。はぁ……………………」
やめておこう。これ以上和のことを考えるのは。バイトに支障が出てしまいそうだ。後で聞けばいい。
〇
「ふぅ……」
「助かった。涼風」
「いえ」
和が選んでくれたものを候補としつつ、見て回ること一時間。結局、和が選んだ掛け時計を買うことにした。恋もそのデザイン性に惹かれた。
「部費で、おりるんですよね…………? 」
「そうだと何度も言っているだろう? 」
少々高い買い物ではあった。五千円を超えた。部屋に飾るだけ。それほどまでの出費はしなくてもよかったかもしれない。だが、部費だ。ポケットマネーではない。だから、気にしない。うん。それでいい。
精算を済ませ、入り口近くのベンチに腰を下ろす。本日の予定が終了した。
「解散にしますか? 」
「そうだな……」
予定通り、時間はお昼になったくらい。休日はまだ半分残っている。
「このあとは……、何もないんだったな? キミは」
「そう、ですね。暇になっちゃいますね」
……うーむ……。
同じだ。恋もそう。なら、わざわざ解散する必要はないだろう。
「昼ご飯、一緒に食べないか? なんか寂しいだろう? このまま帰るというのも」
「………………………………それもそうですね」
「なら、決定だ。一緒に行こう」
……簡単、だったな……。
ちょっとだけ、断られると思っていた。少しの間はあったが、了承してくれた。関係が進展したか。嬉しいことだ。同じ恋愛部のメンバーとして、最低限の付き合いは必要である。