可愛い
「ここだな」
歩いて十分くらい。そう遠くない距離に、恋の目的地はあった。
「千都先輩は、ここに来たことが? 」
「いや、ないな」
ホームセンター。足を運ぶのはこれが初めてだ。
「近場でどこが良いかと探した時に、このホームセンターがあってな」
「そういうことですか」
遠出をする気はなかった。出来る限り近くで。値段は気にしない。部費で落ちる。会長故の特権だ。決して、乱用などではない。そういう決まり。
「時計、でしたよね」
「あぁ」
どういう物がいいだろうか。部屋に合う物。部室の雰囲気に合う物。メンバーに合う物。候補はたくさんあげられる。
……どうしようか……。
とりあえず中に入ろう。実際の物を見てから考えればいいだろう。
〇
……はぁ……。
真李はため息をもらす。
折角の休日。それなのに、自分はバイトをしている。お金を稼げるのは良いことではあるが、刹那的に、ちょっとばかり悲しくなってしまう。
……あぁ、和先輩、和先輩……。
休日なのに、和とずっと一緒にいられる休日なのに。バイトをしている。和と会えない。部屋も隣なのに。
……何してるのかな……。
まだお昼にははやい。休憩をもらえるのも、まだ先だ。長い。
「あー………………………………………………」
切り替えないと。モチベーションが下がってきてしまった。それではいけない。バイトとはいえ、それは仕事だ。もうお店は開店している。日曜日。人は多い。頑張っていかないと。
〇
……何が良いのか分からない……。
和個人的には、これが良い、という要望はない。そもそも、付いてきているだけ。頼まれたから来ている。そういう表現が合っている。嫌々ではないが。
「涼風」
「なんですか? 」
前を歩く恋から声が飛んでくる。
「もっとこっちにこい」
「へ……………………? 」
「私と距離を開けるな。 喋りにくいだろう」
……まぁ……。
恋の言う通りである。前後にいれば、声を大きく出すなり、今みたいに恋がこちらを振り返ったりしないといけない。無駄な動作が増えてしまう。隣にいれば楽だ。話しやすいし、そして、内容も伝わりやすい。相手の表情もはっきりと分かるだろう。
「それでいい」
「はぁ……………………」
……楽しそう……。
恋の表情を見て、和はそう思った。和を恋愛部に誘った時、部室にいる時、その時と同じ顔をしている。
先輩であり、生徒会長であり、和を無理矢理恋愛部に誘った恋。面倒事に巻き込まれた感は未だに拭えないが、こういう表情を間近で見られるのであれば、入って良かったと思える。というか、そう思えることがないとやっていけない。何もなしに続けることは出来ないのだ。
「あ、あったあった」
隣にいろとそう言った恋が駆け出していく。追いかけないといけない。従わないといけない。
「このあたりだな」
「いっぱい……並んでますね……」
……ここから選ぶのか……。
選ぶのは和ではなく恋だ。もう決まったりしているのだろうか。そこに合わせていかないといけない。
「どうしますか? 」
「ん? 」
「別々に、選んでみますか? 」
「いや、その必要はない。キミは私についてくればいい」
「分かりました」
断られた。
〇
……何を言っているんだ……。
恋は、和の提案を一瞬で断った。一体、何を考えているのだろう。和はついてくる。それでいいのだ。他のことはしなくていい。恋の隣にいればいいのだ。
「可愛いものがいいな」
「可愛い、ですか…………………………? 」
「あぁ、そうだ」
雰囲気に合うかもしれない。自分を含め、恋愛部のメンバーは、和以外、女子だ。なら、可愛く、華やかなものがいいだろう。
「どうしたんだ? 」
「いえ……………………。何でもないです」
「………………………………………………」
和は何が言いたいのだろうか。恋には分からない。気にしないでおこう。今は、選ぶことに集中しよう。
……むむむむむ……。
可愛いのがいい。そう言った。が、恋自身、そういったものにあまり興味はない。そして、それは和も一緒だろう。だから、ちょっと悩んでしまう。
「どうしようか……」
誰かを呼ぶ。そういう選択肢もあるだろうか。
……私には無理だがな……。
呼んですぐ来てくれるような、要望に応えてくれるような友人はいない。そもそも、友人が少ない。恋は自分をそう評価する。
会長として見てくれる人は多い。もう会長になっているのだから。でも、今、それは必要ない。求めていないものだ。
「可愛いもの、ですよね? 」
「あぁ、そうだ」
「探しましょうか。これだけあるんですから」
「それもそうだな」
選択肢はたくさんある。合ったものを選べるかどうか。そこが問題になる。
出来るかどうか、二人次第だ。