関係性
「千都先輩」
「どうしたんだ? 」
「帰っても……、いいですか? 」
「駄目だ」
一瞬だった。一瞬で、否定された。だが、和は引かない。引く理由が見当たらない。
「暇じゃないですか」
「そうだな」
「じゃぁ、良いじゃないですか」
「駄目だ」
二度目の問。返ってくるのも同じ否定だ。
恋に起こされて、ここに。
この部室に時計はない。和も今日は時計を持ってきていない。だから、どれだけ時間が経ったのか、その正確な時間は分からない。
……はぁ……。
部活を行える最長時間は六時まで。長い。授業があれば六時までという時間は短く感じられるが、今はそうではない。時間を計る術がない和には、余計長く感じてしまう。
「なぁ、涼風」
「なんですか? 」
「一回、私のことを、名前で呼んでみてはくれないか? 」
「は…………………………………………? 」
〇
知りたい。恋はそう思った。女の子からではなく、異性から名前を呼ばれた時、自分はどういう感覚を得ることが出来るのか。
ふと気になった。気になってしまった。丁度いい相手もいることだ。試すべき。
「聞こえなかったっか? 」
「いや………………大丈夫ですけど…………」
「なら、はやくしてくれ」
「いやいやいやいや」
……困ったものだ……。
従ってくれないと困る。
「何故、拒否する? 」
「それは……………………」
「頼む。一回だけで良いと、言っているだろう? 」
なにも、これからずっと名前で呼べ、なんてことは言っていない。呼ばせるつもりもない。出会ったばかり。まだはやい。
「……………………」
「恥ずかしいのか? 」
「そういうわけではないですが……」
「ならいいではないか」
断る理由が見つからない。
「れ…………………………恋…………先輩……………………」
「ふむ……………………」
「満足、ですか? 」
「あぁ、感謝する」
……ふむふむ……。
少しこそばゆい。初めての経験だからだろう。慣れていこうと思う。なんとなく、そう思う。
「下の名前、和、だったな」
「えぇ」
恋は、あまり他人のことを名前で呼びはしない。苗字で呼ぶか、君、などといった呼称で呼ぶか。半々くらい。
「和……………………。和君…………」
「なんですか? 急に」
「なんでもない。気にしなくていい」
「……………………はぁ……」
コンコンコン。
「おや……………………? 」
ノックの音が聞こえる。控えめな音だ。話が終わってなければ、恋の耳には届いてなかったかもしれない。
相談者第一号か。それとも、これから同じ部活で活動することになるメンバーか。
……さぁ……。
〇
「ここだよね」
即席の看板が掛けられている。それでも、小さい看板ではあったが、ここが恋愛部の部室だということを、周りに知らせていた。
「すぅ………………………………はぁ………………………………」
真李は大きく深呼吸をする。緊張してしまう。気分も高ぶってきている。
コンコンコン。
〇
「こ、こんにちは」
「ふむ……………………」
扉を開ける。そこにいたのは一人の女生徒。
……一年生か……。
制服のリボンで色が分かれている。一年生は青色。二年生は赤色。三年生は水色。きちんと区別ができるようになっている。
「御神楽真李、ですっ!」
ぺこり、と可愛らしいお辞儀をしてくれる。
……御神楽、御神楽……。
「入りたまえ」
相談者ではなかった。メンバーの内の一人だ。
「ありがとうございます」
真李を中に招き入れる。
これで三人。手紙で、それぞれに通達はしてある。後何人来るだろう。今日の間に。全員の顔合わせくらいはしたいものだ。そのための時間もたっぷりとある。
「あれ………………………………? 和先輩じゃないですかっ!!!!!!!! 」
……知り合いか……?
物凄い勢いで恋の横を通り過ぎ、和に向かって一直線に走る真李。
「おいこら、やめろ」
真正面から和に抱きつく真李。
そんな光景を、恋は見てしまった。見せられてしまった。
〇
むにゅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
……和先輩和先輩和先輩和先輩和先輩和先輩和先輩……!!
和を捉えた真李のテンションは、一気に最高潮まで駆け上がる。単純だなぁ、と自分でも思っているが、どうしようもない。そうなってしまうのだから。
「やめろって」
抱きついている真李を離そうと押し返してくる和。その力より強く、強く。和と密着することをやめない真李。和成分を補給しないと。
「はぁ、二人は知り合いか? 」
ため息混じりに、後ろから声が聞こえてくる。
「はいっ! 寮が一緒なんです。それも、隣同士、なんですよっ! 」
出会って数週間だ。出会って数週間で、これだ。後から怒られたりもするが、和はなんでも許してくれる。もっと深めることができたら、何ができるだろう。この位置を失いたくはない。
「ほぅほぅ」
「千都先輩、そんなとこで見てないで手伝ってくれませんか? 」
「断る。嬉しそうな顔をしているじゃないか」
……えへへへ……。
和は嫌な顔一つしない。受け入れてくれる。和が隣にいてよかったと、真李は心からそう思う。