恋愛部
「…………………………」
「ふふふ」
和は部室にいた。もちろん、恋愛部の部室だ。
思蓮学園には無数の部活が存在する。何故なら、最低二人揃えば、部活として認定してもらえるからだ。これは生徒手帳に記されている事柄であり、知らない人はあまりいない。
だが、その全てに、部費がおりるわけではない。他ではサークル程度のものでもこの学園では部活になってしまうため、そんなものにまで全て部費を与えていたら、学園は破綻してしまう。
なので、活動人数五人、そして顧問がいることが、部費がおりる最低条件となっている。部室も、その条件をクリアした部活にのみ与えられる。
「何してるんですか? 千都先輩」
「読書だ」
……それは見れば分かる……。
和が聞きたいのは、そんなことではない。
「そうじゃなくてですねぇ……………………」
ペースが狂う。恋のペースに引き込まれてしまう。流されてしまう。
「そうか」
あぁ、もう。
……あと三人……。
今日来るかどうかは分からないが、最低でも、この恋愛部に、自分と恋の他に、あと三人はいる。恋は先程和を誘う時に人数がなどと言っていたが、それは口実であった。上手くのせられたのだ。
一応、同じ部活のメンバー。仲間、ということになる。接しやすい方がいい。和はそう思う。楽な方がいい。
〇
……ふぅ……。
時間を潰すために図書館から借りてきた本。その目的は達成された。ある程度の時間は消費できた。
「読むか?」
同じ部屋にいる、少し距離をおいて座っている和に、恋は声をかけてみる。
「読みません」
(なんと)
「そうか」
個人的には面白かったと思う。これからの活動に生かせそうな本であった。だから、ちょっとくらいは和にも読んでみてほしかったのだけれども。
「ほんとに、読まないのか?」
無理矢理だが、和だって恋愛部の一員なのだ。
「……。今はそういう気分では」
「そうか」
残念。
(まぁ)
今読ませる必要はないかもしれない。気が向いた時でいい。その時にでも。
「そもそも、恋愛部って、なんなんですか?」
「名前の通りだが?」
恋愛部。人の恋を応援し、成就まで導く。それが、恋の目的だ。
友達に相談ではなく、わざわざ第三者に話をする者がいるかは分からない。
(そういうことを考えたら、存在意義がなくなってしまうからな)
やめておこう。
「そうですか」
「時に……君は」
距離をつめよう。お話をする。その時に間が開いていたらやりにくい。話し辛い。
「な、なんですか?」
「恋を、したことがあるか?」
〇
恋との距離は、数十センチ。
威圧感というか、なんというか。ここまで詰められることを、和は良しとはしない。身体を少し後ろに仰け反らせ、距離を保つ。
「恋愛、ですか?」
「あぁ、そうだ」
「ない、ですかね」
あまり、そういう感情とは縁がなかった。仲の良い女子がいなかった、とかではない。それなりに、交友関係は広いつもりでいる。その先に進むことがなかった。それだけのことだ。
「ないのか」
「はい。逆に、千都先輩はどうなんですか?」
同じ質問を返す。
「私もないぞ。だからこそだ」
「へ………………………………………?」
「だから作ったのだよ。私はね」
「恋愛部を、ってことですか…………?」
「あぁ」
恋愛をしたことがない。それについては、和は口を出すことができない。
「そろそろ触れてみたいと思ってな。恋愛というものに」
「それが………………、この部活を作った理由ですか……?」
「そうだ。男の部員も欲しかったからな。君はちょうど良かった」
「ん? 俺だけ、ですか?」
「本当は、半分半分にする予定だったんだが、名簿を見て部員を決めたらあらびっくり。そこに男がいなくてな」
おそらく、あの集会の時も、男のメンバーをどうしようかと考えていたのだろう。そんな時に、和はタイミングよく寝てしまっていた。そして、恋に見つかってしまった。
(雑すぎるだろ…………)
「雑だ、と言いたいか?」
「う……………………」
「分かっているさ。自分でもな。だが、この方が楽しそうじゃないか」
(楽しい?)
人との触れ合い、交友を持つことが、きっと、恋は好きなのだろう。だが、恋は生徒会長だ。それなりに、顔は広いはずだ。もっと、ということなのだろう。
分からなくはない。
〇
御神楽真李は迷っていた。
「ダメダメ」
落ち込むことはよくないことだ。物事が悪い方向に進んでしまうから。だから、前向きに、ポジティブに。足を進めよう。
「頑張らなくちゃ」
視線を手元におとす。握られているのは、一つの封筒。前面には、大きな文字で、恋愛部、と書かれている。
封筒を受け取ったのは登校時。受け取ったというか、上履きの下に挟まれていた。
(あの恋愛部だよね…………)
一時間ほど前の集会。生徒会長を決めるための集会。一年生である真李にはあまり関係のないことであり、少々退屈だった。
「どんなことが書いてあるんだろ」
まさか、中に何も入ってないなんてことはないだろう。どこどこに、何時までに、程度のものがあるはずだ。
「ふむふむ……………………」
一枚。ルーズリーフの切れ端が入っていた。
そこに記されいるのは、予想通りのもの。恋愛部の部室が部活棟の三階にある、ということが、書かれていた。
「行こっかな」
招待を受けたからにはいかないと。強制されてるようなものだけど。
何せ、相手は生徒会長である。あの場所で、全校生徒に向かって、あんなことを言い出す生徒会長である。
行かなかったらどうなるか。考えたくもない。