学園長
「ここ? 」
「あぁ」
「……………………覚えとく」
部活棟三階の一室。ここに来たのは始めてだ。部活をしていたわけではなかったから。スケットとして呼ばれたりすることはあったが、そういう時は、この部活棟を使う必要はなかった。
「あ……………………」
「涼風? 」
「鍵かかってる。俺がとってくるわ」
「おっけー。早くしてよね」
「はいはい」
壁にもたれかかって、腕を組む。
ちょっと出鼻をくじかれしまった。
恋愛部。運動系の部活のように毎日くる必要はない。だから、ホームルームが終わってしばらく経っているのにも関わらず鍵がかかっている、なんてことが起こるわけだ。
……さてと……。
一応、恋愛部が何をする部活なのか、詩愛は理解しているつもりだ。だからこそ、和に案内を求めた。無理矢理。
〇
「はぁぁぁぁ…………………………………………」
「会長さん! 」
「分かっている、分かっているぞ」
「それならいいんです」
恋は今、生徒会室にいた。そこで、生徒会長として仕事をしていた。
本当なら、こんなところにいたくはない。仕事なんてしたくない。だが、生徒会長という肩書きがある以上、しないといけないことがたくさんある。とても面倒である。
「もぅ、頼みますよぅ? 」
ぷんぷん。副会長である瀬川桜花が可愛く頬をふくらませている。
「キミがやってくれたらいいのに………………………………………………」
「これでもかなりしましたよ? 」
「そうか……」
恋が生徒会長になってから約一週間が経ったわけだが、恋は一切、仕事に手をつけなかった。というか、この生徒会室にすら来ていなかった。当然だ。恋愛部の方に行っていたからだ。
……うーん……。
生徒会長である以前に、恋は恋愛部の部長だ。創設者だ。毎日あの場にいたい。そうしなければならない。
「恋愛部でしたっけ? 」
「あぁ」
「生徒会長なんですから、こっちにも顔を出してくださいね。恋会長」
「分かっておる」
悩ましい。行けない日が出てきてしまう。仕事が早く出来たら問題ない話なのだろうが。
〇
「ごめん……。遅く、なった」
「何してたの? 」
階段を一段飛ばし、それ以外は全速力で、和は部室に戻ってくる。詩愛の元に戻ってくる。
「よく考えたら、俺、どこに鍵あるのか知らなかった」
自分で開けたことがなかったのだから、当然といえば当然である。和が来る頃にはだいたい恋がいて、皆を待っていたのだから。
「何やってるのよ、もう」
詩愛はお怒りのご様子。十分くらい待たせてしまった。
「申し訳ない」
鍵を開け、先に詩愛を中に。
「普通」
「だろうな」
質素といえば質素。必要最低限のものしか置かれていない。後から足していくと恋は言っていた。部室に合いそうなものがあるなら持って来てほしいと。
「何か持ってきてもいいよ。葛城さん」
「は……? 」
「この部室が華やかになるもの」
「そういうこと。生徒会長が言ってたの? 」
「うん」
「まぁ、考えとくわ」
部屋の隅に立てかけてあったパイプ椅子を詩愛に。
「もっとマシなのないの? 」
「ない」
「はぁ……………………」
詩愛の表情が露骨に変化する。分かりやすい。表情が顔に出やすいタイプか。この学園に入って一年が経過したが、これまで絡むことはあまりなかった。
「俺達、こういう風に喋るの始めてだよな? 」
「そうじゃない? あたしはあんまり気にしてないけど」
和が、という以前に、詩愛が他の人と話しているところをあまり見かけたことがない。事務的に、というのならないわけではないが。
「というか」
「? 」
「あんまりなれなれしくしないで」
「へ……? 」
……そんなこと言われるとはなぁ……。
「あたしが誰か分かってる? 」
「葛城詩愛? 」
「そうじゃなくて……………………。はぁ…………………………………………」
どういった答えを求めているのか、和には分からない。葛城詩愛は葛城詩愛。そのことしか知らない。その一面しか和は知らない。付き合いがなかったのだから。
「あたし、学園長の娘なの。分かってる? 」
「え…………? そうなの? 」
「嘘ついてどうするのよ。本当よ」
「へぇ………………………………」
「なんかしたら、すぐ言いつけるから」
権力の乱用。
それは恋に当てはまる言葉のような気がするが、ここにもか。和は、少し頭が痛くなってきた。
「誰も来ないわね……」
「珍しい……………………」
愛と真李はバイトをしているから毎日はこないけれど、恋までこない。恋は毎日来ていた。和も。その恋がいない。
「会長は多分あれじゃない? 」
「仕事か? 」
「えぇ。だって、生徒会長だし」
「そうだな」
たまに、忘れてしまいそうになる。仕事をしているところを見たことがない。和の前ではしないだろうが。




