キミに拒否権はない!
「私は…………………………っ!!」
壇上にいる少女は、マイクを通じて、その自分の声を大きく震わせる。キーンと、マイクが悲鳴をあげているが、少女は全く気にしている様子はない。
「千都恋は……」
その少女の隣にいて可愛らしく耳を押さえていた学園長が、下にいる教師たちに音量を下げるように指示する。二回目には間に合ったようだ。
「ここに」
連続で来る。
(ふふふ)
にやり。
少女が微笑んだ。明るく輝いた笑顔を振りまいている。
「恋愛部の設立を宣言する!!」
〇
「わ………………っ!!?」
うとうとと、話を全然聞いていなかった涼風和は、突然の大声に身体を大きく揺らす。
(なんだ? なんだ? びっくりするなぁ…………)
辺りを見渡して見ると、皆の視点は一点に集中していた。壇上。そこに立っている少女に。
千都恋。この学園、思蓮学園の生徒会長であり、今、皆の注目を集めている少女の名だ。
「あぁ……………………」
和は思い出した。今日は、新生徒会長が決定する日。
この学園では、新学期が始まって二週間後のこの時期に、新しい生徒会長が決まる。よって、新入生に投票権は無く、新二年生と三年生の投票から選ばれることになっている。新入生からしてみれば、なんとも言えないものとなってしまっている。でも出席しないといけないわけで、新入生は、かなり退屈な時間を過ごすことになってしまう。
和はもう、二年生だ。だから、関係はある。が、投票はしていない。担任が口うるさく言っていたのは覚えているが、単純に、忘れていた。それだけのことだ。咎められるようなことでは決してない。
「恋愛部、ねぇ………………………………」
隣から声がする。だが、和にまた、眠気がやってくる。
(寝るか…………)
重要なことではない。和にとっては。投票をしていないのだからあたりまえだ。集会が終われば起こしてもらえるだろう。座っているのはパイプ椅子。ぐっすりも出来ないし、先ほどの声で目が覚めてしまうほどの浅い眠りだ。
例えなていたとしても、全く、問題はない。
〇
(ほほぅ………)
生徒会長としての挨拶を終えた恋は、道中から気にしていた一人の男子生徒に目を向ける。
(寝ているとは……)
生意気なやつだ、と恋は思う。せっかく話をしているのに聞いてないのだから。見渡す限り、寝ているのはこの一人。何かしらの罰が必要だろう。
(何をしてやろうか)
生徒会長になった今、学園に迷惑をかけない程度の事であるならば、恋は何をしても良い。そういう立場に恋はいる。獲得することに成功した。やっとだ。一年待った。
「千都さん。もういいですよ」
「はい、承知しました」
恋より少し背が高いくらいの学園長。見た目は完全に自分達と何も変わらない。高校生に見えてしまう。これでこの学園を仕切っているというのだから分からない。
解散の合図が既に出ている。授業はない。恋のために開かれたこの集会だけが、今日の必要なことであった。後は自由。帰る人、部活に行く人、人それぞれだ。恋はもちろん。
(後者だ)
だが、先に一つ、しておかなければならないことがある。
壇上から降り、向かう先はただ一つ。
「ちょっと、涼風君。起きてよ」
寝ている男子生徒を起こそうとする、女子生徒。
(いや、違うな…………)
その中性的な外見から女子だと判断した恋だったが、それを一瞬で振り払う。何故なら、その子は男子用のズボンをはいているから。スカートではない。
「あ…………………………………………」
目の前に。起こすことに夢中になっていたのか、二人の前に出るまで気付かれなかった。影が薄いというわけではない。
「どうも」
軽く、挨拶を。
「君の名前は? 」
「……………………涼風です。涼風沙織」
(おや……?)
「こっちも涼風と言ったな? 兄弟か?」
それにしては似ていない。
「い、いえ……。そういうのではないです。実は、親戚、とかでもないんですよ。あはは……」
「ほぅ」
たまたまかぶってしまった。そういうこと。
「それで……………………?」
「ん?」
「僕達に……、何か用です…………か……?」
(達、ではないな)
本当のことを言ってしまえばそうなる。恋が気になるのは、この状況でも寝ているもう一人の涼風のほうだ。沙織の方には、片方に声をかけるまでの前準備に過ぎない。
「そうだな。では、まず、こいつを起こすとこからはじめようか」
〇
「……………………んっ……あ……………………?」
(会長じゃん…)
呼ばれているようなそんな気がした。
目の前にいる。こちらもじろじろと見ている生徒会長がいる。
「ホントに君は……………………」
「涼風君ってば………………」
和は首をかしげる。沙織は分かる。起こしてくれたのだろう。友達だ。学園に入って最初に出来た友達だ。理由は簡単。名前が同じ。ただそれだけだ。だがしかし、問題は会長の方にある。ここで何をしているのだろう。どうして、和の目の前に立ち、こちらをジロっと睨みつけているのだろう。
(ちょっと怖い)
「ふふふふふー」
にやりと笑った生徒会長。その右手が上にあげられ。
「べしっ!」
和の頭に直撃した。
「っった…………」
(いきなり)
「どうだ? 目が覚めたか?」
「それは…………まぁ……」
そんなことは横に置いておきたいほど、和の中に、怒りの感情が込み上げてきていた。だからといって、その感情をそのまま会長にぶつけたりはしない。もう一度やり返されるのが目に見えている。
「ぐっすり寝ていたな。周りを見てみろ」
「……………………終わってたのか」
体育館にいるのは自分と沙織、そして生徒会長の三人。学園長や他の先生すら残っていない。生徒会長がこうしてここに残っているからだろう。信用の度合いがうかがえる。
完全には目が覚めていない和だが、それくらいのことは分かった。
「君は、私の話を聞いていたか?」
「え……?」
「聞いていなかったのだろう? 君が寝ていたのは知っているぞ? こちらからもバッチリ見えていたからな」
言い訳を考える方向に、和の頭がシフトする。悪い癖。
「恋愛部が……………………どうとか……」
正直、そこしか覚えてない。何をする部活なのか、までは覚えていない。頭に残っているのは、その三文字の言葉だけ。
「ほぅ……………………」
生徒会長がまた笑った。
「そこだけは聞いていたようだな」
和は息をもらす。難癖をつけられるかもしれない、と思っていたから。その予想は外れた。
「君には入ってもらう。恋愛部に、な」
「は……………………?」
「当然だろう? 寝ていた罰だ」
「いやいやいやいや」
当然、和は、首を横に振る。何回も、何回も。
「もう決めたことだ。この学園では、最低二人いないと部活として申請できないからな。だから、君は必要だ」
生徒会長の言葉は続く。
「私の話の全てを聞いていなかった君に、拒否権があるとでも思っているのか?」