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彼方の短編。

バレンタイン・バトルライン

作者: 彼方わた雨

 目標接近。



 敵、半径10メートル以内に2名確認。



 目標、予定ルートを進行中。



 予測時間、約3分21秒。



 敵、動きなし。



 目標、確認。



 約2分05秒。



 敵増員を確認。



 目標、肉眼認知可能範囲まで接近。



 データ照合。



 3年4組、サッカー部主将、松井永斗。



 彼女、なし。



 競争レベルフォースター。



 敵、最終確認。



 計5名を認識。



 目標到達まで、



 5



 4



 3



 2



 1



 作戦実行。






 複数の女子のターゲット、松井永斗は校門をくぐった。その瞬間を待ちかまえていた女子たちは一斉に飛び出す。

 だが、松井の前まで行き着くことを許されるのはただ1人。飛び出した女子は5人。


 1人は脚力を生かし、一気にスピードを上げ、松井めがけ、飛び込んでいく算段だ。クラウチングスタートうまく決まり、このまま行くかと思われた。だが、反対側からきたものに足をかけられ大きく転倒する。

 足をかけた本人はそのまま滑り込み、松井の前にでようとする。そんなことをさせまいと、転倒した少女はその女子めがけ倒れ込む。


 現時点で2名脱落。


 残る3人は互いに顔を一瞥した。

 風が、彼女たちの間を吹き抜ける。


 そんな戦いが繰り広げられているとはつゆ知らず、松井は校舎へ近づいていく。


 ついに、1人が動いた。


 それに反応したほかの2人も動いた。


「そうは、させないわ」

「あなたは止める!」


 倒れていたはずの2人が、動き出そうとした2人の足をつかんでいる。それを振りほどけない2人は松井の前に到達出来た女子を睨む。

 その1人は、睨んでいる女子たちを見て、ニヤリと笑った。


 松井の前に現れたその1人は、かわいらしく、にっこり笑った。


「松井くん! チョコどうぞ?」


 爽やかな笑顔で、お礼を言いながら受け取った松井永斗は嬉しい気持ちで校舎の中へ入っていった。


「4ポイント、ゲットね」


 手を振りながら、松井を見送る女子高生が、ぽつりと呟いた。




─バレンタイン・バトルライン─




 私立千小(しりつ せんしょう)学園。

 この学園のバレンタインは異様なまでの盛り上がりを見せる。主に、女子が。


 学園長の「チョコが恥ずかしくて渡せないのなら、ゲーム形式にして、楽しんじゃえばいいのよ!」という、提案により生まれた。バレンタインイベント。


 女子生徒が、bitter、sweet、milkの3チームに別れ、男子生徒にチョコを渡すことが出来れば、その男子生徒の競争レベルによりポイントが入るようになる。チームの学年は関係ない。また、チームは学園長の独断と偏見で決められる。


 女子生徒は渡す相手を決め、チョコを作成し持ってくる。競争レベルは当日発表であるため、ポイントは運次第。1度決めた相手以外には贈ることが出来ない。

 毎年余ってしまうチョコがでるため、それを女子生徒たちで分け合う、やけチョコ、なるものが生まれた。


 その男子生徒に彼女がいる場合、彼女が最優先される。その彼女がいるチームにポイントが入る。

 そうやって、高ポイントを獲得したチームには学食400円券が3ヶ月分1人1人に与えられる。


 よって、それは大変な闘いになる。


 あるものは好意を抱く男子のため。

 あるものは学食400円券のため。

 またあるものはただの楽しみのため。



「やっぱり、あの子たちかー。確か、あの子とあの子は松井くんが好きなのよね。燃えるわ~。若いってステキ!!」


 双眼鏡を覗きながら、1人のおば……マダムが楽しそうにしていた。


「学園長……」


 校長は呆れながら、その様子を見ていたのだった。


 ちなみに、競争レベルは学園長の独断と(以下略)。



「チームbitterに連絡、裏門に競争レベルファイブスター、山仲蒼真接近。表門に同レベル遠藤康二郎接近。担当者、また、高レベルのため、補助員をつけて作戦を実行!」


「milk! 大物が接近中よ、気合いを入れて行くわよ」


「sweet、冷静に目標に近づき、確実に仕留めて行きましょう。準備はよろしいですか、皆さん?」


 主に3年生がチームをまとめる。


 そして、その指示に従い、各チームが動き出す。



 バレンタインの日は自由時間登校であり、午前中に登校すればいつでもいいという、何とも嬉しい日なのだ。よって、男子生徒が来る時間はバラバラとなる。


 しかし、たいてい、昼ぎりぎりに来る生徒が多く、その時間帯は乱戦となる。

 互いに無線でやりとりし、確実に目標へとチョコを手渡す。女子は必死だ。


「今日自由時間登校でよかったぁ」


 欠伸をしながら進んでいたのは競争レベルファイブスターの山仲蒼真だった。普通であったら遅刻する時間に起きてしまったのだった。

 山仲はいつものように、表でなくて裏から校舎へと入る。そういった生徒はなかなか珍しいため、女子も軽視しがちだ。


 だが、競争レベルが高い男子生徒が来れば急行するのが女子生徒だ。


「bitter4、配置につきました」

『了解』


「milk10他、作戦実行します」

『目標、肉眼認知可能範囲外よ。作戦実行時間は2分。健闘を祈っているわ』

「御意」


『冷静に心を落ち着かせなさい』

「sweet34、行きます」


 男子生徒が裏門へと近づいた。

 そして、門をくぐる。


 それが合図だ。


 チームsweetの1人が意を決して、近づいていく。それに立ちふさがったのは、他の2チームの女子生徒。

 3人が睨み見合い、互いを牽制している。


「1年風情がよく私の前に来られるわね。退きなさいよ」

「はいそうですか、となると思っているんですか?」

「お2人で潰れてくれるのかしらぁ」


 チームsweetの女子生徒がニヤリと笑いながら懐から何か取り出した。


「おっさきー」


 取り出したものを地面に思い切りたたきつけると、白い粉が辺りに舞い、視界を覆った。チームsweetの女子生徒は2人が怯んだ隙に煙の中から飛び出した。

 煙から出て、視界を確保していたゴーグルを脱ぎ捨てる。


「山仲蒼真くん、これ、どーぞ?」


 そして、チョコを差し出した。


「……ふっ」


 しかし、いつまで経っても受け取る様子はなく、口に手を当てて笑いをこらえていた。


(なにこいつ、感じ悪いわね)


 チョコを笑顔で差し出しつつ、心の中でそう思っていた。


「チョコ、私にくれるんですか、先輩?」


 笑顔でこちらを見つめていたのは山仲蒼真、ではなかった。高めの声、1人称、それでようやく、騙されていた事に気が付いたのだ。


「あんた、今年の男装コントップの……椎名優!」

「正解です。そして、残念です」


 舌打ちをして、本来のターゲットを探す。急いで無線をつなげた。


「こちらsweet34、騙されました。milkに偽物(フェイク)あり!」


 駆け出す女子生徒だったが、目の前でチームmilkの女子生徒が山仲蒼真にチョコを渡しているところだった。

 その女子生徒はさっき出し抜いたと思っていた女子だった。



 一方、表門は、波乱となっていた。


「要りません」


 差し出されるチョコを前にして、遠藤康二郎は表情1つ変えること無かった。それに女子生徒たちは苦労していたのだった。


『また、拒否(パス)!?』

「すいません!」


 こうしたやりとりが既に3回目になっていた。


「鉄壁の康二郎、伊達じゃないわね……」


 遠藤康二郎、2年1組。常に学園トップの成績を叩き出している、優秀生徒だ。ゆえに、好意を抱く女子生徒からしかチョコを受け取らないとされている。

 昨年は誰が遠藤康二郎の思い人か分からぬまま、彼担当の女子が玉砕していった。


「……ちょっと、雪路。渡しに行きなさいよ」

「だって! 康二郎くんに拒否されたら、私……」


 表門での波乱を屋上から眺めていた1人が、後ろでもじもじしている、雪路馨をじろりと見た。

 雪路はきれいラッピングされた箱を持って、体育座りしていた。


「去年、風邪でチャンス逃したんだから、今年頑張りなよ」

「明里……でも……」


 雪路のもじもじした態度に耐えられなくなり、沼冶明里は彼女の首根っこを掴み、立たせた。

 そして、屋上から地上までワイヤーが張ってあるところに連れてきた。


「明里?」

「い、け」


 雪路にロープを持たせ、沼冶は彼女の背中を押した。


「……きゃぁぁあああ!」


 ふわっと体が浮いたかと思うと、地上に向けてどんどん近づいていく。

 風が全身に当たり、寒さをより感じた。

 どんどん遠くなる屋上を見ると、沼冶は笑顔で手を振っていた。


 しばらくして、速度が緩められ、地上に到達した雪路だが、ふらふらと地面にへたり込んでしまった。

 その衝撃で、持っていたチョコの入った箱が地面に落ちた。


「……あ」


 雪路はそのまま表門をみる。そこにいるのは雪路の好きな、遠藤康二郎。


 雪路は大切に箱についた砂を落とし、制服を整えながら立ち上がった。


(頑張るの! 私!)


 雪路は一歩、踏み出した。





「いいわー。本当に、いいわー」

「……ちょっと、気持ちが悪いですよ」


 学園長室のソファに座りながら、紅茶を飲む校長は今日という日が始まってからずっと、呆れていた。


「気持ち悪いとはなによ! 失礼ね。そんなにいやなの?」


 学園長はにんまりと笑った。


「競争レベル、プレミアムさん」


 校長はため息を吐きながら、学園長室を出て行った。








「プレミアム、接近!!」









 生徒たちの声がこだました。











「バカなことに一生懸命(バカ)になれるのは、ステキなことなのよぉ、加賀音季(こうちょう)先生」


 外を眺めながら、学園長はチョコを一つ摘まんだ。

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