勇者裁判
王宮裁判所。
裁判所といっても王国の民が誰それ構わず利用出来る訳ではなく、
王族、騎士または、王国に対し害をなす重要人物を裁く場である。
ここ最近はノストラントと休戦状態にあるため長く利用はされていない。
中央に審問台があり周りを傍聴席が囲む形。
一番奥には裁判長が高い位置で座っている。
裁判長の後ろには巨大なステンドグラス。
白銀の鎧をまとい白い翼を背負った剣を高らかに掲げる金色の髪の女性の絵は
神騎士アレサを信仰している証なのだが
この時のクロウには知る由もない。
傍聴席には鎧に身を包んだ騎士。
ざっと見て50名程の傍聴人が静かに審問台のクロウを見守っている。
見守ると言うよりも突き刺す様な視線を送っていると言った方が正しいだろうか。
まあ、もちろん騎士達にしてみれば勇者という存在に全てを託し全力を出したにも関わらず
その、希望である勇者が偽物であるかもしれないと言うのだから至極もっともな感情であろう。
クロウはそんな視線を受けながら、審問台に立っている。
「ぼくは、神導騎士団所属――チョコレート・フォンデュ。検事を務めさせて頂きます」
とても甘ったるそうな名前である。
チョコレートのように甘い顔立ち。
チョコレートの様な褐色の髪。
その髪はとろけたチョコレートの様に艶めかしい。
そして何より胸は板チョコの様にすとん、としていた。
ぺたん、でなくすとん。
クロウは検事をみたとき女性か男性か悩んでいたがすぐ考えるのをやめた。
(あの胸じゃあ区別がつかん)
クロウの世界には男の娘という概念があるためどちらか決定付けるには早計すぎる。
「そして、わたくしが弁護士のペペロンです」
次に声をあげたのは、中年程のおっさん。
(ああ、この人は――)
物語が構成されるうえで必ずと言っていい程登場するのはエキストラである。
仮に登場人物が主要人物だけの物語があるとするならばその作者はかなりの腕の持ち主である。
(俗に言うモブキャラだ)
そしてクロウはこの弁護士に対する考察の一切をやめた。
「それでは、これより勇者審判を開廷する」
低くしおれた声で開廷宣言をしたのは裁判長。
白く長い髭に、白い眉。
眉はハの字に垂れ下がっている。
「それでは被告人。名乗りなさい」
裁判長が言う被告人。
それは勿論クロウの事。
「はい。クロウと言います」
「では、被告人クロウ。私の後ろにおられる神騎士アレサに嘘、偽りなく真実のみを述べると誓いなさい」
神への宣誓。
クロウは、裁判に臨む前にあることを思っていた。
仮にこの国に自分の世界と同じく神への宣誓があるのなら――
(ぶち壊してやろう)
本来クロウはこのようなことは思わない。
むしろ、人間関係は円滑に進めたいと思っていた――過去形。
自分自身の無能に絶望し世界に絶望したクロウにはもうどうでもいいこと。
この別世界に来た時は多少の希望は抱いていたがいきなり化け物に殴られた挙句審判にかけられるという不運。
これによりクロウはまたこの世界でも社会的底辺に落ちたことになるわけだ。
もう――どうにでもなってしまえ。
「残念ですが、神へ宣誓はできません」
「なあ!?」
検事チョコレートが甘い顔をゆがませて驚く。
ざわざわ、と傍聴席の騎士達もクロウの暴挙に対し更なる怒りをあらわにしていた。
カンカン、と木槌の音。
同時に場に静けさが戻る。
「では、被告人クロウ。貴方は何に誓うのですか。またはこの場で嘘もつくと?」
裁判長はクロウにあくまで紳士的に訊いた。
「いえ。嘘を言うつもりはありません――ただ、俺は神騎士アレサを知りません。ですから俺の世界の神に誓い、嘘、偽りなく発言する事を誓いましょう」
至極もっともである。
まあ、わかってはいてもそのように捻くれた事を言う者は一握りもいないだろうが。
「では、あなたの世界の神とは」
「ゼビウスと言います。そのゼビウスに誓い嘘偽りなく発言します」
本来ならば聖書に記載されているイエス・キリストであるべきである。
けれど、クロウは皮肉を込め、違う名を言う。
ゼビウスというのはクロウの世界で戦略シミュレーションゲームなどで
いわゆる神ゲーと言われるものを数多く世に出したゲーム会社の名である。
「ゼビウス!?」
声を荒げたのはまたもや検事チョコレート。
しかし、おかしい。
サウスエンド王国の住民はゲーム会社を知っているのだろうか。
――そんな訳はない。
ならば、考えられるのは――
「信じられない! 神騎士アレサが身を賭して葬った邪悪の化身を、神と言うのですかあんたは!」
検事チョコレートは憤慨している。
クロウにとってはただのジョークなのだがとんでもない地雷を踏んでしまった様だ。
ゲーム会社の名と邪悪の化身の名が一致してしまう不運。
クロウも予想だにしない展開。
まさに――
(最高に最悪だ)
「聞きましたかみなさん! この被告人が信仰しているのは、ゼビウスなのです! それが勇者と言うのはありえない!」
検事チョコレートは腕を広げ大きな動きで傍聴席に訴えかけた。
どうやらもう審判は始まってしまったらしい。
検事の主張を聞き傍聴席で勢いよく立ち上がったのは名誉騎士セシル。
「ま、待ってください! 勇――クロウ殿の世界のゼビウスと、我々が知っているゼビウスは、全く別のものかもしれません!」
その通り。クロウは別世界から召喚されたのだからトライアング大陸の事など知る由もない。
しかし――
「裁判長!!!」
検事チョコレートは裁判長に声を荒げ訴える。
「うむ――傍聴人に発言の権限はありません。黙りなさい」
「っ。はい……」
セシルは悔しそうに拳を握り締めながらゆっくりと席に座った。
おそらく、裁判長はセシルの言おうとしていることは理解しているのであろう。
しかし、裁判という場でのルール上、裁判長という立場上、名誉騎士であろうと傍聴人に発言させる訳にはいかなかった。
だからこそ、セシルの発言と判断を弁護士であるペペロンに移譲する形で問う。
「弁護人は検事の発言に対して異議はありますか?」
「ほぁ? いえ? 特にありませんが?」
この男。この男は……。
クロウは、弁護士ペペロンをモブキャラと切り捨てていたが、モブキャラであろうとなかろうとこの男――かなりの曲者だ。
(こいつ、俺を助ける気が一切ない)
むしろ、話そのものを聞いていないのかもしれない。
あの、だらけきった顔を見る限り早く終わらないかなあ――などと考えていてもおかしくない。
クロウは自分の怠惰と戦い続け、それでも勝てなくコンプレックスとして抱え続けていたというのに。
しかし、そんな弁護士ペペロンが今の地位にいるのだから、それはペペロンがうまくやってきた証であり事実なのだろう。
それこそが現実というもの。
解せないのは確かだが。
弁護士ペペロンの言葉を聞き、検事チョコレートはにやりと口をゆがませたのち畳み掛ける。
「邪悪の化身を崇拝し! 更にはこの被告人の弱さ!――聞いていますよ? 被告人は魔王軍最弱のモンスター、骸骨兵に一撃でやられたそうじゃないですか!? それに骸骨兵に対し突きを放ったと! はっ! 信じられませんね! 骨に突きですよ? すり抜けるに決まってるじゃありませんか!? このような馬鹿で、弱い勇者が存在するのでしょうか!? 否。いるはずもない!!!」
検事チョコレートはクロウに対しシニカルに――嘲笑的に罵倒し傍聴席には、力強く訴え掛ける。
それに対し、勿論弁護士ぺぺロンは異議もなければ主張もない。
こんな、裁判やる意味もない。
弁護士が動かない時点ですでに結果は決まっているのだから。
だったら、これ以上無くすものなど何もないか。
「裁判長」
クロウはゆっくりと手を挙げた。
「何かね?」
「弁護人は話す口が無いようなので、俺が異議を申し立てていいでしょうか?」
つまり、クロウが自分を弁護する。そういう提案。
実を言えば、クロウの世界の裁判では被告人が弁護士を務める事は可能なのだ。
クロウがみたいアニメの放送時間の場つなぎに見た『という番組でも実例が放送されていた。
しかし、もちろん世界が違うし、ペペロンという弁護士がすでにいる事を考えると、この提案は却下されるかもしれない。
それでもただただ、有罪判決を待つだけというのも癪に障る。
「さ、裁判長! 被告人はどうみてもこの場を乱そうとしています!」
検事チョコレートは裁判長に訴えかける。
しかし、クロウも引き下がらない。
「このまま続けてもいいのですが、当事者である俺の意見をほとんど聞かずに閉廷するのですか?」
「ふむ。検事の異議を却下し、被告人の提案を受けます」
……クロウの意見は通った。
とはいえ状況はむしろ悪い。
傍聴席にいる騎士達の、そこまでして助かりたいかという蔑みの目。
検事は苛立ち、
弁護士は舌打ち。
弁護士ペペロンに限っては、口が無いと言われて腹を立てているのか、裁判が長引くことに残念がっているかは不明だが。
クロウは一息つきゆっくりと口を開く。
それは、この偽勇者審問の根底をひっくり返す根本的なこと。
「実は最初から気になっていたのですが。仮に俺が勇者でないとして――何の罪になるのですか?」
検事チョコレートは少し言葉に詰まりつつも言う。
「そ、それは……。そう! 勇者でないものが勇者を名乗ること自体が罪なのです! つまりこれは、勇者を名乗り悪事を働くことを防ぐための審判です――」
「俺はこちらにに来てから一度も勇者と名乗っていませんが?」
「な……。し、しかしそれを証明できますか!?」
今のところクロウが的確な正論を述べている。
しかし、検事も粘る。
「証拠はありませんが――証人ならいるでしょう? 俺がこの世界に来てから、ここに来るまでの行動を知っている人物が」
「それは、誰なのですか?」
つい、気になったのか検事よりも先に裁判長がクロウに問うた。
「はい。それは、この国の王女ですよ。ですから俺は、王女様の召喚を要求します――」
「バカな! 王女様をこんなところにお呼びできるはずがない!」
「検事さんはそういいますが、王女様も当事者ですよ? こんな所と言いましたが、裁判所っていうのは身分によって扱いが変わるのですか?」
「ぐぅ」
このまま押し切れれば、アリス王女からクロウがどのようにしてトライアング大陸に来たかということがわかる。
そうすれば勇者であろうとなかろうと、クロウが意図したものでないことが伝わるだろう。
(外が騒がしいな)
裁判所の扉の向こう。
クロウが神への宣誓をしたあたりから話声は聞こえていた。
それが、今になるとだんだんと声は荒立ったものに変化していき――
「王女の命です!!! ここを通しなさい!」
「し、しかし、何度もいいますが……あ!」
両開きの扉が勢いよく開く。
飛出してきたのは、クロウをこの世界に呼び出した張本人。
サウスエンド王国王女。
アリス・セリア・フォン・サウスエンド。
(100年に一度あるかないかの良いタイミングだ)
つまりクロウにとってこのアニメやゲームでは程度の知れた偶然な展開は――奇跡そのもの。
「勇者様!!! ……どういうことですか。こちらにおられる方は私がお招きした、勇者様ですよ? 今すぐ止めなさい!」
ウェーブのかかった金色の髪の乱れも気にせず、アリス王女は言った。
その訴えを断ち切るように裁判長は言う。
「王女様。お気持ちはわかりますが……ここは神聖な場所です。王女の権限で中断させることはできないのです」
その言葉を受けアリスは口を開こうとするが……。
「アリス!!!」
またもや裁判所の扉が開き入ってきたのは――王の姿。
顔も、姿も、名前も知らぬ。
それでも、一目みてサウスエンド国王だと理解できてしまうほどの風格。
アリス王女が現れたのはクロウにとって行幸。
王女に問いただせばクロウの潔白は証明される。
しかし、国王までもが来るとなると、王女の証言をうやむやにされかねない。
なのに――
それなのに――
クロウの顔は微笑んでいた。
(これこそ行幸。幾つか考えていたシナリオで、もっとも面白い)
「お父様!!! クロウは身を挺して私を守ってくれたのですよ!?」
「だから何だ。そのまま倒されてしまっては意味が無かろう――戻るぞ。」
名もまだ知らぬ、サウスエンド国王はアリス王女の手を強引に引き裁判所出入り口の扉に手を掛ける。
「ジャバウォック様!」
裁判長がしおれた声を張り上げる。
ジャバウォック――おそらくアリス王女の手を引いている国王のことであろう。
「なんだ?」
「この偽勇者裁判はどうすればよいのでしょう?」
「……中止だ。私の権限でその偽勇者を即刻死刑にせよ」
死刑……役に立たぬ面倒なものは即刻消えろ。
この王はそう言っている。
「バカな! まだクロウ殿の話を最後まで聞いていないのにそんな簡単に死刑と言うのですか!?」
名誉騎士セシルは立ち上がる。
確かに納得のいかない不条理な結果。
この訴えに王は耳を傾けない。
その代り。
「ふひ。名誉騎士様。国王様に向かってバカとは失礼な。王の判断ですぞ? 従うが我らの義務」
弁護士ペペロン。
先ほどまでほとんど沈黙を守っていたのに、裁判が終わるとなったとたん饒舌になる男。
このままではこの場から王と王女は消え、クロウは死刑台へと向かい世界に絶望したまま生涯を異世界で終える訳だが――
(流石にそれはつまらない。俺はそんな死は望んじゃいない)
「いいんですか? このまま終わって?」
クロウは、裁判所の扉に向かう王に向かって投げかける。
……王は振り向かない。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
クロウの笑い。
傍聴席を囲む騎士達。
裁判長。
検事チョコレート。
弁護士ペペロン。
名誉騎士セシル。
王女アリス。
扉付近の2人の近衛兵。
総勢60人近い人間は、クロウの行動を死に追いやられた人間がとうとうおかしくなってしまった。
そう思っているのだろう。
しかし――サウスエンド国王。
ジャバウォック・フォン・サウスエンドだけは違った。
そのクロウの笑いは――
嘲笑。
嘲笑い。
これでいいのか?
という投げかけが王の耳に残っていたのかもしれない。
その程度の判断しかできないのか?
国王とあろうものが呆れたものだ。
見透かした様に。
見下した様に。
「……どういう意味だ?」
王は――ゆっくりとクロウを睨みつけた。
「裁判での話を聞く限り、この国サウスエンド王国は魔王軍というものと対立しているわけですよね?」
「そうだ」
「そして、劣勢に陥ってるからこそ異世界の勇者の力を借りようとした――」
「……何が言いたい?」
「国民や騎士たちはこの勇者を待っていた。にも拘わらず勇者は偽物で、しかも国王自ら死刑に処すと言っている――さて、国民と騎士たちはそれを聞いてどう思うのでしょう? きっと、絶望と不満で溢れかえる……」
「ふん。だから、貴様を死なせても意味がないと? ただの命乞いにしか聞こえんな」
「いえ? 死ぬ場所が問題なんですよ」
「どういう意味だ?」
「つまり、勇者は勇者らしく戦場で死ね。と言うことですよ」
クロウは……死を選んだ。
食いさがれば死刑は免れたかもしれない。
上手くいけば元の世界に戻れたかもしれない。
しかし、待っているのは底辺の堕落しきった生活。
ならば、英雄として死ねばいい。それが、クロウの答え。
クロウの頭にはある言葉が浮かんでいた。
アニメ『熱血王者ヒートカイザー』で主人公、轟烈火が仲間を奮い立たせるために言ったセリフ。
――無様に生きるな、熱く死ね――
この言葉は、強くクロウの胸に響いていた。
国王は答える。
「では、自分を勇者として戦場に向わせろと?」
「はい。俺はそう言っています。俺がその戦場で死ねば、兵は戦場で散る勇者の姿をみて魔王軍に対し怒りと憎しみに満ちるでしょう。そして、自分も勇猛果敢にモンスターの軍勢に挑んだ勇者のようになりたいと――」
クロウは続ける。
「そして、その英雄譚は国民にも伝わりサウスエンド王国全体の士気があがることでしょう」
「なるほど……しかし、貴様がそのまま逃げるかもしれん」
「ならば、提案があります。名誉騎士セシルを俺の監視役としてつけてください」
もともと、誰か監視役が必要であろうことはクロウも予想していた。
名誉騎士セシルは、クロウがこのトライアング大陸に来てから会話をした数少ない人物。
裁判でもクロウに味方し、自らの評判を省みぬ。
不条理に死にゆく人を見過ごせない。
そんなセシルの正義と優しさにクロウは賭けた。
「……よかろう」
「それと、もう一つ」
「なんだ?」
「向う戦場の兵士の全指揮権を俺に譲って頂きたいのです」
「何だと? それは何故だ」
「俺は異世界から来ました。それは王女様に訊けばわかるでしょう。仮に勇者としての力が土壇場で覚醒してしまったら兵士たちを巻き込むかもしれませんから」
「勇者と確定していないものに全指揮を委ねるわけにもいかん――ではこうしよう。名誉騎士セシルに決定権を与える。セシルの承諾なしでは貴様は指示を与えることはできん。この条件なら許そう」
「はい。ありがとうございます」
もし――サウスエンド国王ジャバウォック・フォン・サウスエンドが民の事など考えぬ悪逆非道の独裁者であるなら
クロウのもくろみ、最後の希望英雄としての死は、水の泡と化していた。
ジャバウォック国王は、ほんの少し考えの及ばぬ人物かもしれぬが
国民の事を第一に考える優しい王でもあった。
クロウは思う。
(この王になら――この国になら――)
自らの命を捧げる価値はあると……。
王は、立ち上がっていたままの名誉騎士セシルに訊く。
「確か、魔王軍の進軍に伴い斥候部隊を派遣した筈だが戦闘が始まる前に追いつけるか?」
「はい。斥候部隊は先日夕刻出発しましたので、早馬で掛ければクライム渓谷あたりで合流できるでしょう」
おかしい。斥候というのはほとんどが偵察目的であって接触が目的ではないはずだが……。
それは別として。
即刻出発……もう少しクロウは最後の生を満喫したかったのだろうが――
(でも、これで良かったのかもしれない)
何故ならクロウは、自分の性格を知っているから。
時間が経てば、熱も冷める。その時――もう恐怖しか残っていないだろう。
ならば何事も冷めぬうちに。
「では、後の事は名誉騎士セシルに一任する――では行くぞアリス」
国王はアリスの手を引く。
アリスはクロウに悲しげな表情でつぶやく。
「クロウ様」
自分の所為で、人一人。
しかも、異世界の住人を死に追いやろうとしている。
それは結果的にクロウ本人が望んだことだとしても。
アリスの心は後悔の念で今にも押し潰されそうになっているのだろう。
クロウの目に映るアリスの表情からは、そう読み取れた。
「アリス」
「……はい」
アリスは、自分の父であるジャバウォック国王に引かれ裁判所の扉から姿を消した。
「では、勇者殿まいりましょう」
セシルは、審問台のクロウのそばに近寄り裁判所からの退出を促した。
こうして、偽勇者裁判は裁判長の閉廷の宣言も無しに中途半端のまま――終わりを告げた。