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クレイクロウ  作者: 黒猫王クロネ
1/3

始は死から

勇者…


勇気ある者。



・歴代の英雄に与えられる称号。


・RPG等で魔王を倒す宿命を持った職業。




勇者と呼ばれるには持っていなければならない条件がある。


・神または勇者の血を引いている。

・強大な魔力を秘めている。

・伝説の剣が引き抜ける。

・特殊能力がある。

・才能がある。

・カリスマ性がある。


上記のいずれか最低一つの条件を満たしていなければならない。


もちろん、勇気があることは前提条件なので含まない。


ドライアング大陸


歪だが三角状の大陸である。


北に位置するノストラント帝国と、南に位置するウェストラント王国の2大国家は、豊富な資源が存在する西の地を我が領土にしようと互いに争っていた。


ウェストラント王国軍は大多数の軍勢を率い、ノストラント帝国軍よりも先に西の地の制圧に成功。


しかし、王国軍にとって最悪の悲劇が起こる。

西の地に存在する、後にデスバレーと呼ばれる渓谷より圧倒的な数の魔物が押し寄せたのだ。


不意を突かれた王国軍は壊滅的な損害を受け王国に帰還。

その惨状を目の当たりにした帝国軍も撤退を余儀なくされた。


西の地はその後、魔王と名乗る人物により占拠。その地を魔王国と呼んだ。

魔王は2つの国家に対してこう言った。


『我が軍門に下れ。さもなくば我が軍勢を用いて、祖の国を蹂躙する』


ウェストラント王国は遠征による損害により衰退していた。

これを懸念に感じた国王は、帝国に停戦と協力を要請。


しかし、ノストラント帝国はこれを拒否。


これにより3国は、三つ巴の暗黒時代に突入する。





そして…幾ばくかの月日が経ち――







――勇者の祠


「はあ、はあ…」



長い、長い階段を下り、たどり着いたその先。

部屋と呼ぶには余りにも大きい講堂のような場所。

ローマの建造物を思わせるような柱と壁。

中央奥には祭壇のようなものが設置されている。


「…この日を、この時を待っていました」



豪華な装飾品。

貴賓に満ちた衣装。

高貴な雰囲気に包まれた少女は、

喜びと期待と不安を胸に一歩一歩祭壇に歩みよる。



「これより、勇者召喚の儀を行います」



少女は身に着けていたペンダントから赤く輝く宝石を取り外す。

そして、綺麗に加工された宝石を、それと同じ形をした祭壇の窪みにはめ込んだ。


少女は胸に手を当て、祈るように――唄うように言う。


「勇者よ、応えたまえ。この地トライアングに舞い降り、そして救いたまえ」


赤い宝石が徐々に輝きだす。

それに呼応するように前方の魔法陣も光りだす。


「ウェストラント第一王女。アリス・セシリア・シャルロット・ド・ウェストラントの名において命ず。聖なる導きにて勇者よ来れ!」


赤い宝石は一番の輝きをみせたかと思うと急に光を失う。

同時に祭壇前方の魔方陣より閃光が走った――


アリスは閃光に目を眩ませるが、すぐに魔法陣へと目をやる。


アリスにとってこの儀式は国の――人間の存亡を賭けたもの。

この場所に来るだけでも何人の兵士が命を落としたか。


徐々に魔法陣の光は弱くなり何も存在しなかった空間から人影が姿を現す。


(せ、成功?)


しなければ困る。

国のため。

民のため。

世界のため。


光が完全に消失しアリスが目に捉えた人影は陰鬱な雰囲気を醸し出し触れるだけで崩れてしまいそうな男だった――





暮井九郎は死んでいた。

もちろん、肉体的な意味ではない。

社会的な意味で。

精神的な意味で。


大学は中途半端に辞め、バイトも2か月前に辞めた。

家賃2万の安アパートに一人暮らし。

虎の子の金を食いつぶし、無い金を娯楽に費やす。

部屋を出るのは、切れた煙草を買いにコンビニによるくらい。



深夜。

今日も煙草を買いにいつものコンビニに向かう。

(面倒だ)

面倒くさい。

(しんどい)

体が重い。

(死んどい)

死ねばいいのに。



煙草を購入し、ついでにトイレを借りた。

用が終わり手洗い場で手を洗う。

鏡に映った自分の顔はまさに死人。

(よく小説に、死んだ魚の目しているとか――)

(光を失っている、なんて表現があるけれど――)

(ありゃ嘘だな)


他人となんら変わりない。

普通に光る、普通の人間の目。

比喩表現なのだから当たり前だが。



九郎は無意味に鏡に手を当てる。

(吸い込まれた先は不思議の国でした――)

なんてことはあるはずもなく。

残ったのは指紋のみ。



(帰るか)

帰れば、待つのは、怠惰な日常。

ただ普通に帰るのもつまらない。

ふらふらと深夜の街を徘徊する。



知らない道。

知らない路地。

知らない場所。


知らない袋工事に辿り着いた時。

九郎の目の前には黒い球体が浮かんでいた。


なんなのだろうこれは。

奇妙で。

不可思議で。

得体の知れない。


卵)

エイリアンが生まれ惨殺。


化け物)

喰われて瞬殺。


扉)

異世界への――扉。



特に警戒心は無かった。

喰われようが。

食われようが。

その他だろうが。


なんだってよかった。

心が求めていたのは。

ただ、異常な事だから。


だからこそ、あっけなく――未知の物体に触れた。


球体は赤い光を放つと巨大化し、九郎の体を飲み込んでいく。


(2番が正解かな)


九郎の視界は闇に支配された。





暮井九郎の視界が闇から解放され最初に目に入ったのは、


豪華な装飾品を身につけ、

貴賓に満ちた衣装を纏い、

高貴な雰囲気に包まれた、

少女であった。



(喰われて終わりの死亡フラグじゃなかったのか)


それでもよかったのだけれど。

さらに興味のある異常な展開。

しかし、こんな異常事態にも関わらず動揺すらしないなんてゲームのやりすぎは怖い。


「あの」


「はい」


「私はウェストラント王国第一王女。アリス・セリア・シャルロット・ド・ウェストラントと申します。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「暮井九郎と言います」


「クレイクロウ……勇者クレイクロウ様ですね」


(ん? ああ、苗字と一緒にしているのか)


それはいいにしても、勇者――


(場違いにも程がある)


けれど、期待はある。

目の前の王女様が自分の事を勇者と呼ぶからには、何らかの必然性があるはず。

ならば、アニメのように特殊な力を持っているのもまた必然――


「クロウ様。急で申し訳ありませんがまずはここから脱出しましょう」


アリス王女はクロウの手を引き部屋の出口へと引っ張る。


脱出……。


つまり、ここは危険だということ。

確かに、出口からのびる階段から金属がぶつかり合う音が響いている。

上で誰かが戦っている。


この時、クロウはどう脱出するかではなく全く別の事を考えていた。


(この展開は、オープニングバトルかな)


どこまで行ってもゲーム脳。

しかし、この予想。見事に的中する。

クロウは、アリスに握られた手を強く握り返し、足を止める。


「ひゃっ。――どうされたのですか?」


アリスは驚くが、すぐに理由に気付く。

不定期に鳴る金属音が階段上層からこちらに近づいてくる。


最初に見えたのは無骨な鉄製の剣。

続けて小気味良い音と一緒に雪崩れ込んできたのは骨だった。


「が、骸骨兵」


アリスの言葉と表情から察するに目の前の骨は、敵。


モンスター。

魔物。

化物。


「下がってください」


「はい」


クロウは、先に転がってきた剣を拾いアリスを自分の後方に下げる。


王女を守る勇者。

当たり前の構図。


(とは言ったものの――)


重い。ずしりと剣の重みが手から腕、肩へと伝わる。


その間に、骸骨兵は骨を人型に形成。

眼球の無い目は、こちらを睨んでいた。



(勝てる自信ないな)



しかし


どれだけ自信が無くとも。

どれだけ力が無かろうと。

どれだけ怠惰であろうと。


やらねばならない時はある。



クロウは剣をみぞおちの位置に構える。


アニメ『ブレイドブレイバー』の主人公ツルギ・ジンによれば

素人が剣を扱うにあたり

振り回すことは絶対にやってはいけない。


まず、敵に当たらない。

体力消費が激しい。

無駄に隙だらけ。


まさに、百害あって一利なし。


素人が立ち回る場合

攻撃方法は体当たりぎみの突き一本。


……相手が人間ならば。


残念ながら敵は、骸骨兵。骨。


けれど――


(だけれど――)



クロウは走りだす。

骸骨めがけて突進する。


構えた剣は進行方向にある

骸骨兵を貫いた――いや、すり抜けた。


(そして、そこから)


クロウは剣の柄に自分の持てる

全握力を掛け

全体重を掛けた。


下に――



(砕けちまいな)



テコの原理を利用し

前方の肋骨を支点とした後方の肋骨破壊。


肋骨は骨の中でも脆い部類に入る。


支点もろとも一気に粉砕――



する予定だった。


(あ、あれ?)


(……カルシウム取りすぎだろ)


(最高に最悪だ)



ふと、気付く。

視線の先

さきほどまであったはずの骸骨の腕が消えている。


すぐさま上方に顔を上げる。


そこには、振り上げられた骨の拳があった。


そして、拳は振り下ろされる――




現実は悪劣で無慈悲で冷酷だ。





◆                      ◆




現実とはいつも、自分の思い通りにはならない。

強い思いや確固たる意志も、現実という壁にあっけなくはじかれる。


セシル・ファーレンハイトは、現実を受け入れる。

だからこそ、地道な努力を怠らない。

勿論、もともと剣の才覚があったからこそ26という若さで名誉騎士という地位にまで上り詰めたわけなのだが。

そんな彼女でも、真っ直ぐな道をひたすら、すまし顔で歩いてこれた訳ではなく、何度も転び何度も回り道をした。

一般剣兵から出発した彼女は、数年と立たず騎士団への入団を果したが、その才覚を恐れた騎士団長はセシルを城下町から遠く離れた地方の騎士団へと異動させた。

もっともセシルはそこでも成果を残し、結局のところ名誉騎士という、騎士として最上位の称号を得ることになったわけだが――


不条理な現実は今でも受け入れがたいものである。



(それを少しでも無くしたかったからこそ

(私はここまできたというのに――)


今度は自分が不条理な現実を告げなければならない立場になってしまった。


セシルは木製の椅子に座り、ベッドの上の青年をみながら思いを馳せる。


青年――まるで、生気の無い。

――死んでいるかのように眠る男。

クロウというアリス王女が召喚した勇者。


ごそり……と、クロノは身じろぎしセシルを見つめる――後、また目を瞑った。


「……勇者殿。起きてください」


セシルからすればこの2度寝という行動、信じ難い行動だ。

2度も睡眠をとるなど、もったいないにも程がある。

その時間を鍛錬に使うべきだ。


クロノは目を瞑ったまま言う。


「後、3時間ほどしたら起きるよ」


3時間? そこは嘘でも後10分くらいにしておけばよいものを。


「残念ながら時間が無いのです。これからの事をお話ししたいので、まずは体を起こして頂けますか?」


「……わかりました」


そう言うと、クロノはだるそうに――面倒くさそうに体を起こす。


(本当にこの方は勇者なのでしょうか)


やはり、不安にもなる。

ただ、この後のクロウの行方を考えるとセシルはクロウに対し同情してしまう。


「それで、話というのは? あ、いやそれよりも僕に何が起こったのか話してもらえませんか?」


「構いませんよ――勇者殿。貴方は王女アリス様により勇者として召喚されました。しかし、現れた骸骨兵によって気絶させられてしまったのです」


そう、魔王軍最弱のモンスターである骸骨兵に。

(それにしても、印象と違って礼儀正しい青年だ)


「なるほど――で、誰がその後、俺と王女様を助けてくれたのですか?」


「それは、私です。私もアリス様の護衛部隊に参加していましたから」


「そうですか――それは助かりました。ありがとうございます――えっと」


「失礼しました。私はセシル・ファーレンハイトと申します」


「いえいえ。俺は九郎……クロウといいます」


「はい。それは王女様から聞いております」


「――それで、セシルさんの言う、話とはなんでしょう?」



……ついに、セシルがクロウに対し、セシルの言う不条理な現実を伝えねばならない時が来た。

もちろん、セシルからすれば伝えたくはないし、そもそも伝えるべき事実を無かった事にしたいくらいだ。

しかし、クロウにこれからの事を伝える――それが彼女の今の任務であるのだから致し方ない。


セシルは、ゆっくりと口を開く。


「……勇者殿には、偽勇者の嫌疑がかけられています。これから勇者殿には――王宮裁判所にて審判を受けて頂きます」


クロウは、だるそうに――どうでもいいかのように――「そう」とだけ答えた。

クロウは何か気づき焦った様にセシルに訊く。


「あ、俺の持ち物はどこですか?」


「それならば、そちらの机に――では、失礼します。また、時間になりましたらお呼びします」


そう言い残しセシルは部屋をでる。

セシルが扉を閉める直前耳に入ったのは

カチ――という音であった。


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