ヒーローごっこ
とある日の休日、兄の元に遊びに来ていた陽と何故か某レースゲームをしていた私。
何だか知らんが少し用ができたという兄が家を出て、待っている間は暇だろうからと勉強中だった私を身代わりに差し出したのだ。
兄の風上にも置けないやつだ。
先日の喧嘩の様子を見ている限りでは、それなりに力量も上がっていた陽だが、ゲームの腕は下の下の下だな。
いや、普通よりは上手いんだろうが私と比べたら相手にもならない。
「葵ちゃんが強過ぎるんだよ…」
ジト…と恨みがましい視線を感じるがたかがゲームされどゲームなのだ。
手加減は一切しない。
バナナの皮を落として陽の車をスピンさせながら、私は聞きたかったことを聞くことにした。
「陽は、ヒーローになりたかったの?」
アイテムをゲットして使うべきか考えていると、陽のコントローラーを持つ手が止まった。
それに合わせてゲームの中のキャラも止まってしまう。
「ちょっと、陽」
ゲームを一旦止めて横に並ぶようにして座る陽を睨みつけると、何だか顔を赤くしてパクパクと口を開け閉めしていた。
酸欠の金魚か、お前は。
視線を右へ左へ上から下へと泳がせ何とも言えぬ雰囲気を醸し出す。
とっとと言え、とつつくと頭を掻いて私から視線をそらす。
「それ…千草さんから聞いたの?」
千草とは私の兄のことだ。
事実その通りなので私は「うん」と一つ頷く。
すると陽はさらに顔を赤くして唸りながらソファーにダイブする。
ホコリが立つからやめて欲しいのだが。
うわー、とか何で言っちゃうんだよー、とかよくわからない独り言が聞こえてくる。
何なのだ、一体。
「葵ちゃんに守られるより、葵ちゃんを守りたいと思うのは自然のことだよ」
意味がわからない。
何故そこで私が出てくるのだ。
私が何の返答もせずに陽を見ていると、クッションから顔を上げた陽と目が合う。
そしてヒクッ、と口を引きつらせた。
「も、もしかして、わかってない?」
唖然としたようにそう言う陽。
迷わずに頷く私。
その答えを聞いて何故か脱力し始める陽は本当に訳がわからない。
「だからっ!陽はお前が好きってことだろ?!」
バーンッと大きな音を立てて部屋に入ってくる兄。
ここは私の部屋だぞ、ノックくらいしろよ。
文句を言おうとして固まる。
誰が誰を何だって?
部屋にズカズカと上がり込んでくる兄から、首を回して陽へと視線をずらす。
ゆでダコみたいに赤い顔。
………マジか。
「何なんだ、お前は!!どんだけ鈍いんだよ!!」
何故私が鈍いと決めつけた上にアンタが怒るんだよ。
真っ赤になっている陽はもういいですから、とか落ち着いて下さい、とか言いながら兄をなだめている。
じゃあ、ヒーローになりたかったのは私のため?
「いや、私も陽のこと好きだよ」
そう言えば二人の動きが止まり黙り込む。
と言うか固まった。
「で、陽がヒーローになりたかったのは私のためなんだよね?」
聞きたかったことを聞けば、赤い顔を背けて小さく頷く陽。
なら、それでいい。
私はテレビの前に座り直して立ち尽くしたままの陽を呼ぶ。
ゲームつ続きが終わってからたっぷり話を聞こうじゃないか。