Endless Road
彼は一筋だけ涙を零した。
私が見たのは、後にも先にもこれだけだった。
[真っ直ぐ、ただそれだけを]
「ごめんね」
そう言って悲しそうに笑う彼を何度見ただろうか。
それは全部私の所為なのは分かってる。
自惚れじゃなく、きっと彼は私に優しくしてくれている。
好きだから……だと尚更嬉しいんだけど。彼の心の中は分からないからなあ。
例えば王様ゲーム。
ノリノリだった彼は、私の顔を見るなり表情を歪ませて。
でも王様の命令は絶対だから。
私は押し倒されて、耳元で囁かれる。
彼の色気たっぷりの低い甘い声で。
「ごめん」
その声の甘さに恥ずかしくなったが、言葉は甘くなくて、その違いに戸惑った。
え……?
彼を見ると、周りにバレない程度に寂しそうに笑った。
そして手首を掴まれて起こされる。
周りから冷やかされる彼を横目で盗み見ると、先程が何でもないかのような笑顔。
だから私は分からなくなった。
私は知らなさすぎたのだろうか。
彼の優しさを。
まるで壊れ物を扱うような態度にイライラしたのだろうか、私は。
だけどあのとき、彼のそばで体温を感じて眠った夜は、本心は幸せだったんだ。
その時も憎まれ口叩いて、彼に謝らせてしまったけれど。
俯いてちゃ、前に進めないよ。
みんなに言われた言葉。
私は進むのが怖かった。みんなが離れていくことが怖かった。
だから一人流れに逆らった。
みんなはそれを受け入れて、進んでいたのに。
彼も同じだった。変わらないと思っていたけど、違った。
すぐに遠くなる背中、なんであんなに大きいんだろう。
あの日屋上で見た景色、彼は綺麗な夕焼けに溶け込んでいた。
そのまま赤く塗り潰されて消えてしまいそうな、そんな後ろ姿だった。
伏せた瞳は影を作って、儚さと切なさを湛えた横顔。
何か、歌ってる。劇の最後に歌ってそうな曲。
サビらしい部分に差し掛かったときだった。はっと上を見上げて、一筋だけ涙が頬を伝った。
そしてそっと拭って、何でもなかったように歌い出す。
俯いたままのそれじゃ前が見えないでしょ。そんな歌詞が私を強く刺した。
「いつまでそこにいるの?なかなか声かけてこないから、どうしたのかなって勝手に緊張しちゃったよ」
はじめからバレてたよ?なんて彼は笑っていって。
私はただ近寄った、無言で、笑わずに。
「ん?」
優しい顔をするから、胸が締め付けられて痛くなって、これ以上見られなくて、私は彼を抱き寄せた。
驚いた、と嫌じゃない溜め息まじりで笑った彼は、そっと私の背中に手を回した。
また壊れ物を扱うように、恐る恐る。
彼は肩口に顔をうずめて、あの恥ずかしいような甘い声で言う。
「お願い、少しこうさせて」
泣くことも出来ただろうに、きっと彼は泣いてない。服は濡れなかったから。
だけど首筋にあたる吐息は、思い過ごしでなければ、どこか切羽詰まったかんじだったと思う。
私たちはそのあと暫くそのままでいた。
長いように思われたが、たった日が落ちるまで。
顔を上げた彼は、いつもの明るい彼で。私の湿っぽい表情にツッコミをいれて笑ってた。
それがどうしようもなく嬉しいなんて。
その後過ぎた月日に彼は居ない。
大きな背中は、最後に優しい笑顔をくれて、未来を見つけにいった。
恋に終わりはつきものだ。そう自分に言い聞かせている。
私はまだ少ししか歩き出せてないけど、もう少ししたら先に進めるから。
いつか逢ったら、また笑おう。
(時は私たちを待っている)