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ある恋の形

作者: 深縁






ここは松林高校。




先程HRが終わり、生徒が帰る音で賑わっている。


「…優花」


そんな中、私は委員会で頼まれた仕事をせっせと片付けていた。

その私に一番仲の良い椙沼蓉子が話しかけてくる。


「何?」


いったん作業を止めて、私こと田辺優花は視線を蓉子の方へ向けた。

私は二つのことを同時に出来るほど器用ではなかったので。

蓉子は少し私を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。


「好きな人でもできた?」

「――」


蓉子の唐突な言葉。

声が出なかった。

そして私は蓉子を凝視したまま固まってしまった。

頭の中が真っ白で、かなりの時が流れたように感じたが、現実的には数秒しか経ってなかっただろう。

ピクリとも動かない私を眺めた後、蓉子はまた口を開いた。


「相手は佐―」

「わ〜〜〜〜〜!!」


蓉子の声にかぶせるように私は椅子から立ち上がって叫んでいた。

幸いなことに、クラスメイトたちは教室から居なくなっており、注意を引くことはなかった。

私の前の席に座り、頬杖をついた友人は冷めたような目でそれを見守っていた。

息を乱しながら、顔が赤くなっていっているだろうことをどこか冷静に感じながら、私はへなへなと椅子に力なく座った。


「…あら、図星」

「あうぅぅ…」


机に突っ伏して顔を隠して私は言葉にならない声を上げた。


「〜〜〜っ!!?」


半分泣き声である。

蓉子のため息を聞きながら私は数日前にあった出来事を思い出していた。








それは偶然。








月に数回ある委員会の会議が長引いてしまい、帰宅が遅くなってしまったときのことだった。

授業はいつもより早く終わったのにもかかわらず、いつもの帰宅時間より少し遅くなってしまったのだ。


私の家は学校から近い。

なので、いつも徒歩。

今日はいつも使う通学路ではなく、一つずれた道に入った。

私は時々、違う道を使って帰る。

この寄り道みたいな時間が好きで、この日もいつもより遅い時間の帰宅とは思いながらも、道を変えた。


いつもとちょっと違う景色。


そしてそのちょっとした違う景色の中から自分の知らない日常を垣間見る。


それはちょっとしたドキドキと、わくわくした気持ちをくれる。


誰も知らない私の趣味。


この日もそれだけのことのはずだった。





しかし、『笑わない彼』を見つけてしまった。







いつもの通学路から一つ違う道に入った途中に、小さな公園があった。

その公園に存在するのは、滑り台とそれにくっつくようにある砂場と、ブランコ。

そして、塗装の剥げかけた動物のオプジェ。


それだけでいっぱいいっぱいで、後はそれを囲うように木が植えられている公園だった。


子供の楽しそうな笑い声が聞こえ、私はそちらのほうに視線を向ける。



そこに『彼』は居た。





学校で笑った顔を見たことがなかった。








…笑わない人だと思っていた。








視線の先には、予想通り楽しそうに笑う子供の姿と、そのじゃれ付く子供の相手をしながら優しく笑う『彼』の姿があった。


一瞬私は別人だと思った。

だけど…見間違うはずがない。

いつも教室で見ている顔なのだから。


でも、それでも…私には彼があの『彼』だとはすぐには信じられなかった。


それほどに、『彼』の笑う姿を見たことがなかったのだ。


私は立ち去ることも、声をかけることも出来ず、ただ彼を見つめていた。


そう…あの時、私が足の下にあった小枝を踏み割ることさえなければずっと彼を見ていたのだと思う。

それほどに『彼』の笑った表情は私に衝撃を与えていた。


ただのクラスメイトのはずだったのに――。




パキ…


「!」


小さな音だったと思う。

気付くはずのないくらいの―…ささやかな音だったと思うのに、『彼』は…私の存在に気付いてしまった。

彼は振り向き、私の視線と彼の視線は出会ってしまった。









無言。







時が止まってしまったかのような錯覚をおこすほど、私たちはお互いを凝視し、動かなかった。


時は動かない。

歩みを止めてしまったかのように。

私たちはお互いを見つめたまま、固まっていた。


そして…―時を動かしたのは私でもなく、彼でもなかった。


「どーしたの?」


彼の袖口を小さな手で握りこみ、引っぱったのは彼と一緒にいた幼い子供。

彼は子供の声に我にかえり、少々引きつった笑いと共に子供に視線を向ける。


「な、なんでもない。…ちょっと一人で遊んでおいてくれるか?」

「うんっ!」


子供は元気な声で返事をすると、砂場の方に走っていってしまった。

私はそれを眺めながら、なんとか落ち着こうとして…失敗していた。

鼓動が早鐘のごとく鳴る。

それを彼に気付かれたくなくて、胸元の辺りをギュッと押さえる。


「…」

「…」


二人きりになって、沈黙がその場を支配する。

彼は喋らなかった。

そんな沈黙の中、私はどんどん不安になってきた。


気付かれないうちに立ち去るべきだったのだ。


ぐるぐると考えながら数分が経ち、私は思い切って彼に声をかけようとした。


(が、頑張れ私!)


「あ、あのね…―」


恐る恐ると見上げた先では、先程と同じか、それ以上の衝撃が待っていた。

言葉は途中で途切れたまま、私は彼を見ていることしか出来なかった。

彼の耳が赤かった。

それだけではなく、頬も赤く染まっていたように思う。


口元を手で隠して彼はゴホッと咳をする。


そして―――


「…内緒で頼む」


彼の決まり悪そうな声音。

なぜだか私の口元には、無意識に笑みがのぼっていた。









それは偶然の出来事――…








だけど








私の心に何かが残った瞬間。








「優花!」

「!?は、はい!」

「早く委員会の仕事終わらせなさい」


呆れたような顔で蓉子がこちらを見ていた。

ついついこの前のことを思い出してしまった。

…あれ以来何回思い出したことだろう。


「私はもう帰るわよ」


帰り支度は準備万端とばかりに、蓉子はカバンを持って席を立つ。


「うん。ギリギリまで付き合わせちゃってごめんね」

「別にいいわよ。でも、そう思うならどこか違う世界に行かないで欲しかったわ」


(う…ちょっと棘が…)


「タハハ…今度からは気を付けます」

「そうして」


蓉子は綺麗な笑顔を残して帰っていった。


「は〜。いけない、いけない。早く終わらして私も帰らなきゃ」


パシッと頬を両手で軽く叩く。

そうして気持ちを切り替えて、私は委員会の仕事を終わらせて帰路についたのだった。






数日後。


―昼休み―


昼食を食べて、蓉子とちょっと図書室に行く。


「そういえば話途中だったわよね」

「え?」


何の話か分からず無意識に首を傾げる。


「好きな人」

「!!?」


人の悪い笑みで、蓉子が私を追い詰める。


…別に好きな人って訳じゃなくて、ただ気になっているだけなのに…。


蓉子の追及をギリギリのところでかわしながら、私は図書室への道を急ぐ。

蓉子の追求から逃れるために。


「そんなに急ぐことないでしょ」

「…これ以上追求しないでくれるならゆっくり行く」

「ふーん…話してくれるなら私の好きな人教えてあげようと思っていたのにな〜」

「嘘っ!蓉子好きな人なんていたの?!」


蓉子の好きな人にすごい興味を覚えて、つい足が止まる。


「誰?学校の人?先輩?後輩?それとも同級生?」


気になって気になって蓉子に詰め寄る。


「教えて欲しければ優花も教えて?」


ニコリと笑いながら今度は蓉子が私を追及してくる。


「あうぅ〜…だから」

「うん?」


どうしても蓉子の好きな人が気になって、私の心は揺れ動く。


誘惑に負けた。


他の人に聞こえないように私は蓉子の傍に近寄って、口に手を添えて内緒話の格好。

私の意を汲み取って、私より背の高い蓉子が少しかがむ。


「佐久間君のことは好きとか言うわけじゃなくて…気になってる…だけなの」

「ふんふん」


蓉子は相槌を打つ。


「だから恋とか好きとか以前の問題なの」


口に添えていた手を下ろし、蓉子を見る。

きっと私の頬は多少赤く染まっていることだろう。


「それでも優花にとって大きな進歩よね」


今まで気になる人さえいなかったのだ。

蓉子の台詞も確かに一理あるような気がして、コテンと首を傾げる。


「かな?」

「ええ」

「じゃあ、次は蓉子の番だからね」


喋り終わって、現金にもドキドキわくわくしながら蓉子を見る。

蓉子の方に左の耳を向け、左手を添える。


「…私の好きな人は―――」


ごくりとのどを鳴らして蓉子の言葉を待つ。


「ゆ・う・か」

「へ?」


呆然とした顔で蓉子を見つめる。

蓉子はとても綺麗な笑顔を私に向けた。

綺麗な笑みだったけど、意地の悪い雰囲気も感じた。

これは…。


「だ、騙したわね!?」


もうこれは顔中真っ赤だろう。

涙が出てきそうだ。

さすがに私が泣き出しそうな雰囲気を感じたのだろう、蓉子は私の頭を撫でて真面目な顔をした。


「ごめんなさい。でも優花が好きなのは本当よ。大事な友達だもの。好きな人が本当に出来たら一番に教えるから許してちょうだい」


殊勝に出られるとこれ以上怒る気にならない。

蓉子は本当に私の扱いを分かっているなと肩を落とす。


「優花?」

「…しょーがないから、許してあげる。そのかわり、さっきの約束だよ!好きな人できたら一番に教えてね」

「ええ。約束するわ」


蓉子は口にしたことを破らない。

だから私も満円の笑みを浮かべた。



ちょっと廊下で長居しすぎた。

図書室に向かって体の向きをかえる。

蓉子も隣に移動してきて歩き出した。

ふと、視線を感じたような気がして前を見ると…。


(佐久間君…)


公園であって以来初めて相対する。

彼は腕にノートをかかえていた。

そういえば、今日の彼は日直だ。

先生に頼まれたのだろうと察しがついた。

別に何か言葉を交わすわけではなく、私と彼はすれ違う。





横をすれ違いざま私は彼を見た。





彼も私を見ていた。





視線が重なってしまって、目が離せなくなった。





そんな私に、『彼』は…笑った。







「どうかした?」

「え!…ううん。何もないよ!」


咄嗟に、蓉子の問いに何もないようなフリをしてしまった。

でも私の鼓動は大きく飛び跳ねて、バクバクと早く打ち始める。


自然に口元に笑みがのぼる。


…蓉子にばれないようにするのに苦労した。






窓の外は青い空が広がっていて、なぜだか無性に嬉しい。


そうか、私は今、とっても嬉しいんだ!


彼が私に笑いかけてくれたから。


明日も晴れになればいい。そしらたら明日もきっと…。








小さな出来事。









でも大きな変化。









私の恋が動きはじめる。









読んでくださった方、ありがとうございます!

これはかなり前に書いた話を直して掲載させていただいてます。

今はこんな初々しいっぽいものは書けないよなぁ…とか思いつつ…。

月日というものは容赦がないものです…はい。

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