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受付嬢にギルドから追い出されたところで、ユーリイはこれ幸いとランスを連れて宿に向かう。
「待て待て待てい! ユーリイ、話は終わっておらんぞっ!」
「終わりました。出発は明朝、ギルド前で。僕とランスの騎竜は確保してあるので、あなたの分は自己調達してください」
「本気でその……干し大根のような男を連れて行くのか?」
「当然です。ランスは僕のラバーですから」
「違うちゅーに!」
ダリウスは、鼻で笑った。
「もし本当にその干し大根がきみのラバーだとして、二級程度の足手まといを連れて、討伐に行く気がしれんな」
「ラバーなら常に僕と行動を共にするんです。当たり前じゃないですか」
「えーかげんにせえっ!」
ランスは声を荒げた。
びっくり顔で、ユーリイが振り返る。
「すみません、ランス。ラバーを公言されるのは不快でしたか?」
「不快かどーか以前に、俺とユリィはラバーじゃねぇし! そっちのキラキラ貴族の言う通り、ただの恋人を討伐に連れて行くとか、正気の沙汰じゃないだろうが!」
「ええっ! ラバーじゃないんですか?」
「最初からそー言ってるし、毎回否定してる! いい加減にしないと、俺は同行しないぞっ!」
「そんな……」
「はっきり言うが、そっちの平民見下し貴族様のほーが、よっぽど俺を評価してくれてるぞ。少なくとも〝冒険者〟と呼称してくれてるからな」
ランスの言葉に、ユーリイはハッとする。
「そうですね、申し訳ありません。……決して、あなたを軽んじるつもりで言ったわけじゃないんです!」
「わかってる」
ランスが怒っていないことを確認して、ユーリイは安堵したように胸を抑える。
それから改めて、ダリウスに向き直った。
「ランスは僕のサポート担当の、二級冒険者です。ランスの同行を認めないなら、僕も討伐を断ります」
「サポート? その干し大根に、なにが出来ると?」
「関係ありません。ランスのサポートを受けられるのは僕だけで充分ですから」
「ユーリイ! 合同討伐時の冒険者の心得を忘れたのか?」
ランスの声に、ユーリイは再びハッとしたが──。
「でも、ランスの恩恵をダリウスにまで分けてやるのは……」
「一緒に討伐に向かうなら、扱いは一緒だ。揉め事は緊急時に思わぬトラブルを呼ぶ」
「……ランスがそう言うなら、従います。……もったいないけど」
不満そうだが、ユーリイは〝元・指導教官〟の言葉を真摯に受け止める。
「よし。改めて、俺はランス。二級冒険者で、戦闘はほぼ無力だが、ポーターと野営のサポートをする」
「野営にサポートなど不要と思うが……。まぁ、ユーリイがどうしてもと言うなら、仕方あるまい。こちらの足を引くなよ」
「ああ、極力迷惑は掛けない」
§
翌朝、ギルドの前へ行くと、既にダリウスが待っていた。
ランスとユーリイの貸し竜屋のレンタル騎竜だが、ダリウスのそれは華美な鞍が竜の背にピタリとフィットしている様子から、持ち竜らしい。
「ワイバーンの目撃情報は、渓谷の特に道幅の狭くなるところって話だったな」
「干し大根よ。正確には目撃情報ではなく、襲われた地点である。目撃者は被害者で、命からがら逃げ帰ったのだ」
「ダリウス。ランスを〝干し大根〟と呼ぶのをやめてください」
「ほう、ではなんと呼べと?」
「ランスロット様です」
ユーリイの発言に、ランスは吹いたがダリウスも吹いた。
「なぜアルジャンティス家の長男たる私が、平民の三級冒険者ごときに〝様〟付けをせねばならんのだっ!」
「それぐらい、ランスは至宝です。あなたランスの恩寵に預かるんですから、様ぐらい付けて当然でしょう」
「いや、ランスでいいよ」
「駄目です! 最低限ランスロットと呼んでもらいます。愛称呼びなんて、もってのほかっ!」
ぷんぷん怒っているユーリイに、ランスは肩を竦める。
「平民のランスロットよ。……して、平民とはいえ、大仰な名前だな。登録ネームはなんという?」
登録ネームとは、ギルドに冒険者として申告している名前を指す。
家名を持たない平民は、冒険者登録の時に〝姓〟の部分は自己申告で、同名の混乱を避けるのが慣例だ。
わざわざいきっておかしな二つ名を名乗るものもいるが、大体は己の出身地の町や村名をつける。
「ランスロット・ソルトヒルだ」
「ソルトヒル! というと、あのないないづくしのソルトヒルか?」
「ランスの出身地を、けなさないでください」
「少々誇張が入っちゃいるが、事実だし……」
ランスの出身地である〝ソルトヒル〟は、領境の向こう側に良質な岩塩が産出される山があり、そこから流れてくる雨水のために土地が全体に塩害状態になっている。
「農作物は育たない。水は飲めない。産業もない。と、噂に聞いたことがあるぞ。そこのところは本当か?」
「まぁ、村人が暮らす程度には、作物も水も確保できますが……、豊かとは言い難いですね」
「しかし塩害の地域は、むしろそれで見渡す限りの雪景色……ならぬ塩景色となって、観光などを誘致する場合もあるというではないか。しないのか?」
「そこまではっきり塩が表に出てないんで。おかげで作物も少しは実るんですけども」
「なるほどな」
「隣領の岩塩運びに出稼ぎに行ったりして、なんとか生計は立ちますよ。長男なら」
「はははっ。ではランスロットは次男か?」
「ええ。家にはしっかりものの兄がいますから、俺は俺で身を立てる術を求めて、冒険者になりました」
「といっても、その様子ではカツカツであろうが?」
ふんっと鼻で笑うダリウスを、ユーリイが睨む。
「ランスはこれから、僕と一緒に出世しますから!」
「よせって。戦闘力皆無なのは、事実なんだから」
「でも……」
ダリウスの〝選民思想を丸出しの態度〟に、ユーリイは強い反発を示したが。
ランスは、長い冒険者生活の中で、そういった思想にも態度にも慣れきっていて、特に不快にも感じていなかった。
§
「今日は、そろそろ休みましょうか」
岩場を登っている途中で、ユーリイが言った。
既に陽は傾きかけている。
「そうだな」
ランスは辺りを見回した。
ちょろちょろと清水が流れている脇に、手頃な平地が見える。
「ユリィ、あそこどう思う?」
「いますね。たぶんロックリザード辺りが……」
「おい、どうした? なぜ止まっている?」
ダリウスが問うた時には、ユーリイは騎竜を降りて軽快な足取りで岩場を下っていた。
「なにをするんだ?」
「あの平地、傍に水場もあるから野営に使いたいんですが……」
ランスが説明するまもなく、ユーリイは岩場の隙間に潜んでいたロックリザードを誘い出し、一撃で倒していた。
「お見事」
ランスが騎竜から降りて、ユーリイと自分の騎竜の手綱を引きながら岩場をゆっくり進む間に、ダリウスは騎乗したまま岩場を駆け下り、ユーリイの手腕を褒めそやしていた。
「じゃあ、まずは……」
ランスは騎竜の手綱をユーリイに渡し、周囲を見回す。
場の適当な位置に石を積み上げ、適当な炉の形を作ると、まずはそこに火を入れた。
それからロックリザードが潜んでいた穴の中を覗き、中の安全を確かめる。
穴は、天井が低いが奥行きはそれなりにあった。
大人が二人、寝そべるには充分だろう。
「ダリウス、テントは別です。自分の分は、自分で設営してくださいね」
「そんなことは、言われずともわかっている。野営ぐらい、一人で出来るわ!」
ユーリイとダリウスは、それぞれ異次元鞄からテントを出しながら、軽口の応酬をしていた。
ランスは炉の中の石が適当に熱された頃合いを見計らい、毛布を濡らしてから、ロックリザードが潜んでいた穴にむかう。
床に濡れた毛布を敷き、壁に近い床に熱して赤くなった石を配置し、最後に入口を毛布で覆った。
「ユーリイ、使い方をダリウスに説明してやってくれ」
「あ、岩盤浴ですか? わかりました」
朗らかに返事をしたユーリイは、意味がわからず戸惑い顔のダリウスに得意げに説明を始めた。
「下着だけになって、この中に入るんです。周りの石は熱いので触らないように。中に入ったら入口の毛布をしっかりしめてください」
「それでどうなる?」
「周りの熱い石に温められて、床と毛布がいい感じに温まってるんです。しばらく入っていると、疲れが抜けます。最高です」
「こんな場所で、サウナだと?」
「これはサウナじゃなくて、岩盤浴です。特別に最初に使わせてあげますから、黙って入ってください」
そこでユーリイとダリウスが再びの応酬をしているのを無視して、ランスはロックリザードの解体に手を付ける。
前回同様、食材はほとんど持ち込んでいない。
周囲を見回し、目についたいくつかの植物を集めた。
平たい石を水で綺麗に洗い、炉にくべる。
鍋に湯を沸かし、解体したロックリザードの骨でガラスープを作る。
尻尾の肉を適当な大きさに切り分け塩を振ってから、焼けた石の上に並べて火を通す。
両面に焦げ目がついたところで、肉は一旦火から下ろし休ませた。
そして先程摘んでおいた野草を刻み、フツフツと煮立っている肉汁の中へと入れた。
この野草はポーションの材料にも使われるが、植生がエシャロットに似ている。
ふわっと香って、食欲を刺激してくる。
最後に、ガラスープにも塩を入れて味を整え、そこにロックリザードの巣で見つけたタマゴを割り入れる。
「出来たぞ」
結局、二人で一緒に岩盤浴をしていたユーリイとダリウスが、ちょうど入口の毛布をめくって出てきたところだった。
§
「お……おお? これは、なんだ?」
自分の前に置かれた石皿の上の肉を見て、ダリウスは目を見開いた。
「なんだもなにも、飯っすよ」
肉汁と野草を混ぜて作ったステーキソースを掛けると、熱した石皿が〝ジュワッ〟と音を立てる。
「こっちはスープ。パンがないんで、これで代用してください」
ロックリザードのタマゴと水で溶いた小麦粉を、パンケーキ風に焼いたものを渡す。
「お、おおおおおっ! こんな場で、このような食事が?!」
「らからいったれひょう! らんふはふばらひいんでふ!」
既にステーキを頬張っていたユーリイが、「だから言ったでしょう。ランスは素晴らしいんです」と言っている──らしい。
「悪いが、カトラリーは無い」
「うむ。そればかりは仕方あるまいな」
ダリウスは、ユーリイが携帯ナイフで肉を切り、そのまま口に運んでいるのを見て、同じように真似をした。
そして、一口──。
「…………」
いきなり、ダリウスは立ち上がる。
「ぬおおおおおっ!!」
「なんだよっ!」
突然の絶叫に、ランスはビクッと肩を震わせた。
「なんっだこれは!」
ダリウスは両手を広げ、天を仰ぐ勢いで大声を上げ続けている。
「アルジャンティス伯爵家の晩餐でも味わったことのない、美味なる肉ではないか! これは一体なんだっ!」
「いや、見ての通り、ロックリザードの尻尾の肉だ」
「ロックリザード! ロックリザード! あの醜穢なトカゲの肉が、このような……」
「やかまひいれすっ!」
もぐもぐしていたユーリイが、頬張りながら怒鳴った。
──威厳もなにもねぇな……。
思わず、ランスはため息をもらす。
ユーリイは飲み込んでから改めて言い放った。
「ごちゃごちゃ言ってないで座って食べてください! 全く、騒々しい! これじゃランスの食事をじっくり味わえないじゃないですか!」
「おおっ! そうであったな!」
ダリウスは座り直した。
しかし──。
「むむっ! スープにタマゴだと! このような野営で熱々のスープが出てくる事も驚きだが……。なんと! とろっとろではないか!」
食べているはずなのに、いつまでも滑らかに喋り続けている。
「ううーむ、このパンケーキはどうなっている? 小麦粉を溶いて焼くだけでは、もっと固くなるだろう?」
「スパックス草を混ぜただけっすよ」
「スパックス?」
「ほら、噛むと口の中でシュワッとする葉っぱ。俺が子供の頃は、遊びに行った先で口寂しいと噛んだりしたけど……。あ、貴族の御子息じゃ、そんな遊びはしませんかね?」
ランスは残ったスパックス草を、ダリウスの前に差し出す。
受け取ったダリウスは、それを噛んでみた。
「ほほう。確かに口の中で一瞬シュワッとするな」
うむうむと納得した顔で、ダリウスは改めてパンケーキにかぶりついた。
「しかし、あれだな。確かにユーリイの言う通り、きみは素晴らしい才能を秘めているね、ランスロット君」
石皿を舐めそうな勢いで食事を終えたダリウスが、改まった顔で言った。
──干し大根がランスロット君に昇格したんかい。
食事の後片付けをしていたランスは、苦笑いを浮かべる。
だが、そんなランスの内心を知ってか知らずか、ダリウスは横に立って更に喋り続けていた。
「あの岩盤浴もそうだ。ロックリザードの巣穴を、ほんの短時間であの形に整えるその臨機応変な発想力! 雑草で小麦粉をパンケーキに仕上げ、野営でほかほかの食事が出来るなど、ありえないほど素晴らしい手腕であるな!」
「ああ、どうもありがとうございます」
「きみの手腕ならば、アルジャンティス家専属の冒険者として、契約をしてもよいぞ」
その瞬間、ランスとダリウスの間に、バッとユーリイが割って入った。
「ランスの恩恵を分けて上げただけでも、土下座して感謝してもいいのに! 専属ですって? ふざけないでください! ランスは僕のランスです! もう視界にも入れないでください!」
「ふははははっ! ユーリイ、嫉妬かね? ああ、だが悪かった。きみが見つけた才能を、きみが認めてパーティーに誘っているのだったね。これは横取りだ、失敬失敬」
ダリウスは、ゲラゲラ笑いながら自分のテントに戻っていった。




