1
隣国は、商業都市から発展した国である。
ユーリイは、政府のある主都ではなく、地方都市の冒険者ギルドに立ち寄った。
「これって、政府からの依頼じゃなかったのか?」
「ギルドはそもそも国家を越えた組織です。仕留めるワイバーンは、商人たちが利用する渓谷に出没しますから。そこに一番近いところで手続きするほうが時間の節約ができます」
「あー、なるほどなぁ」
三級でくすぶり、指名依頼どころかクエストの受注は拝み倒してもらっていたような身の上のランスは、感心しきりである。
「ユーリイ、久しぶりであるな」
誰が歩いても軋むギルドの木製床を、まるで大理石の床を歩くが如くにヒールをカツコツ響かせながら、長身の男がこちらに歩み寄ってくる。
黒のマントは裏地がド派手な深紅で、装備全体は軽装──。
──あ〜、魔法使いか……? それにしても面倒くさそうなやつだな。
長い金髪の巻き毛を自慢気になびかせ、深緑色の瞳には、敵意に近い鋭さが宿っている。
あまりにも場違いなキラキラの人物に、ランスは目が釘付けになっていたのだが──。
声を掛けられたユーリイは、相手の姿を一瞥することすらせずに受付へと向かう。
「ランス、手続きをしたら、今日はすぐに宿を取りましょう」
「いや、名指しされてるんだから、返事してやれよ」
「問題ありません。──聞く必要のある相手ではありませんから」
ますます困惑したランスに向かって、ユーリイはにこりと笑った。
「ユーリイ! 私を無視するでない!」
キラキラのイケメンは、通り過ぎたユーリイの前に回り込む。
「ダリウス。僕の仕事の邪魔をしないようにお願いしたのを忘れましたか?」
「そちらこそ、私のパーティーへの誘いを考え直してくれたかな?」
「お断りします」
再びユーリイは、ダリウスを避けて受付に向かった。
ダリウスは険しい目つきでユーリイを睨んでいるが、それも無視だ。
「ワイバーン討伐の依頼を受けに来ました。手続きをお願いします」
ユーリイが声を掛けると、受付嬢は笑顔を浮かべ、手元の魔道具で内容を確認する。
「ユーリイ様、一級の討伐指名依頼ですね。少々内容に変更がございます」
「なんだろう?」
「ワイバーンは複数体の目撃情報が確認されました。危険度が上がりましたので、こちらでもうお一人、一級冒険者へ依頼を出させていただきました」
受付嬢の説明に、ユーリイは顔をしかめた。
「聞いたか? ユーリイ。その〝もうひとり〟が私、一級冒険者ダリウス・デュ・アルジャンティスなのである!」
張った胸に手を添えて、意気揚々とダリウスは宣言した。
§
「なあ、ユリィ。この……ゴージャスな貴族っぽいやつ、知り合いなんだろう? ちゃんと話聞いてやれて」
「おい! 貴様!」
ダリウスが、ユーリイにとりなそうとしているランスを指さした。
「はい?」
「っぽいとは何だ、っぽいとは。アルジャンティスは由緒正しき伯爵家なるぞ!」
「あ〜、はい」
ユーリイの家紋を見た時は、侯爵家のものだと気付いたランスだが──。
四大侯爵家ならまだしも、十六家ある伯爵の家名までは把握していない。
──良かった。鼻の穴を見せびらかしてるこいつ誰って言わなくて……。
心の中で嘆息しながら。
「通りでオーラが違うと思いました」
と答えた。
「ふん。まぁ、その様子では三級か? 十把一絡げの冒険者風情では、我がアルジャンティス伯爵家の威光など理解できるはずもないか……」
──おいおい、そんなにヘイト集めてどうすんだ?
冒険者は、中堅なら大概が三級である。
そこでこの発言は、どうなんだよそれ? とランスは思ったのだが。
周囲の反応は、意外にも静かだった。
いや、むしろ──。
ギルド内の空気は、ランスが心配する方向とは真逆に冷え切っている。
なんというか「あー、はいはい、いつものアレが始まった……」的な、諦めというか、達観というか、冷めた空気だった。
──考えてみれば、ユリィが入ってきた時からでっかい声で喋りまくっても、周囲はスルーだったな……。
「ワイバーンが二十匹居ても、僕とランスで事足りますから、断れませんか?」
ダリウスを無視して、ユーリイが受付嬢に問うた。
「討伐達成が最重要課題となりますので、一級冒険者一人でのクエスト挑戦は許可できません」
「ユーリイ、わかっているだろう? 順当な手続きを踏まずに無謀なクエストに挑戦した場合、安全基準違反で一級許可書の取り消しもあるのだぞ?」
ダリウスとユーリイの間に、どれほどの遺恨があるのかわからない。
ニヤニヤしているダリウスに対し、ユーリイは諦めのため息を吐いた。
「わかりました。では〝一応〟ダリウスも一緒に向かいます。手続きをしてください」
「その一応には、非常にトゲを感じるが……。しかし、きみと二人きりで討伐とは、私たちの仲は一歩前進だな!」
受付嬢が手続きをした魔道具に、ユーリイが冒険者のタグをかざすと、続いてダリウスもタグをかざす。
「二人きりじゃありません。僕とランスの二人に、ダリウスがおまけでくっついてくるだけです」
「ランス?」
それは一体誰の話だ? と言った顔のダリウスは、そこでタグをかざしているランスを、改めて頭の上からつま先までを眺めた。
「おいおい、まさかのこのしょぼくれた三級どまりの虫けらが、きみの使用人だと?」
「ランスは二級です。あと虫けらでもありませんし、使用人でもありません。僕のラバーです」
「ユリィ、それを言うならバディだ」
「ありえんぞ! ユーリイ・アッシュホロー! 私の誘いを断って、こんな干し大根のようなおっさんとバディだとっ!」
「いえ、バディじゃありません、ラバーです」
「ただのパーティーメンバーだっ!」
誰も話を聞かない状態に陥った三人に向かって、受付嬢が言った。
「他の方の迷惑になりますので、お話し合いはギルドの外でどうぞ」




