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傍で誰かが動く気配に、目を覚ます。
「ヴィオ!」
「……ランス?」
起き上がったヴィオは、自分の置かれている状況がわからない様子で、きょどきょどと周囲を見回しているところだった。
ランスは、昨晩ヴィオの容態が気になってなかなか寝付けなかったが、いつのまにか寝落ちしていたらしい。
「具合は? どこか痛むか?」
「待って……待ってくれ……。なにが……どうして? 俺は、クリスと魔獣を退けていて……」
「おお、目覚めたのか?」
状況が飲み込めないヴィオに、ランスが説明をする前に──。
その気配で目覚めたダリウスが、ヴィオに近づきグッと顔を掴んだ。
「うむ、顔色も上々だが……、まだ瘴気の影響が残っておるな」
「あなたは……、ランスのパーティーにいた貴族の魔法使い氏か?」
「ふふふ、あの短い面識で覚えておるとは、見どころがあるな。そう、瀕死の貴様に回復魔法を掛けたのが、この私だ」
「ありがとうございます……。……ランス、俺だけか? クリスは?」
「いや、俺たちがこのセーフティエリアに入ったところに、ヴィオが倒れていたんだ。その前のことは、ニールから聞かされた以上のことは……」
「そうか……。クリスと庇いあいながら、なんとかセーフティエリアまで逃げようという話になったんだが……。……そうか……」
ヴィオは、悔しそうに唇を噛んだ。
「貴様も危なかったぞ。半身を聖水に浸けた状態で倒れていた。あれがなければ、もうとっくにダンジョンに吸収されておったわ」
「そうだぞ。九死に一生だよ、ヴィオ」
「ギルマスが、僕らに状況確認を頼めたのも幸運だったと思いますよ」
励まされ、ヴィオは迷った末に頷く。
「ああ……。ありがとう」
§
ヴィオの体の瘴気の影響を考え、一行はもう少しセーフティエリアに滞在することに決めた。
「クリスは、俺より年若かったが、二級としての経験は俺より長くて……。最後はきっと、俺を庇ってくれたんだろうな……」
「大盾が二枚ありますが、それじゃあどちらかがクリスさんの物なんでしょうか?」
「そっちの革盾がクリスのものだ。アーマードリザードのスケイルシールドだと言っていた」
ヴィオの鉄盾は、歪みも傷も酷い。
「このフロアで襲われたなら、敵の殆どはミノタウロスか?」
「ああ。奴らの大斧は、岩が落ちてくるみたいな重さだった」
ランスは、ヴィオの盾とクリスの盾を見比べる。
「なあ、ヴィオ。クリスには悪いが、この盾をバラしてもいいだろうか?」
「いや、駄目だろう?」
問われたヴィオは、やや呆れの混じった驚き顔だったが──。
「壊して、どうするつもりなんです?」
「戻りの行程、来た時と同じくらいならいいが。現状、また波が来たり、スタンピードが起きてもおかしくないだろう? ヴィオの装備、盾がないのは危険が大きすぎる」
「うむ、そうだな。私もそれは気になっていた」
ランスの言葉に、ユーリイはなるほどと頷き、ダリウスは同意を示す。
「しかし! それは遺品だ。クリスの仲間や、家族……がいるかどうかは知らんが、いるなら届けてやらないと……」
「ですが、ダンジョン内での死亡の場合、遺品が手元に戻ってくる可能性は非常に低いです。今は生き残ったあなたが生還し、クリスさんの最後をお伝えするほうが優先かと」
「してランス。もしバラせるとして、なんとかなるのか?」
「正直、応急処置にしかならない。だが、この心許ない壊れた盾よりかは、頼りになると思う」
「クリスは、その盾を手に入れるのに随分苦労したとも言っていた……」
ヴィオは未だ気の進まない様子だ。
「気持ちはわかる。……だがな、ヴィオ。クリスがおまえを最後まで庇ったんだとしたら、その気持を尊重してやるべきなんじゃないか?」
「どういう意味だ?」
「つまり、おまえが生きてダンジョンを出ることに、必死になれってことだ」
「うむ。では、クリスの遺品を持って帰らなかったことで苦情がきたら、すべてこのダリウス・デュ・アルジャンティスが引き受けよう。盾をバラせ」
「ちょっと、カッコイイところだけ持っていかないでください。言い訳なら、僕だって引き受けますよ!」
「はははっ! こういうものは、最初に言った者勝ちなのだ」
じゃれ合うユーリイとダリウスをそのままにして、ランスはヴィオを見た。
「無駄にはしない」
「……分かってる。あの頃だって、ダンジョンの中で、鎧や盾をその場でなんとかしてくれていたからな」
「あんな、鍋の蓋の親戚みたいな盾じゃないから、ちょっと気後れするがな」
ランスは笑い、二つの大盾を持って立ち上がった。
§
ランスは、バックパックの中から、昨日ユーリイが倒したミノタウロスの素材を取り出した。
「昨晩の夕食にミノタウロスの肉が出てきた時も思ったが、オヌシ、この状況でよくもまぁ、そうもきちんと素材の確保をしているものだな」
「俺はポーターとバックサポートだ。ダンジョンに入ったなら、状況がどうであれ、素材のピックアップはするさ」
「ランスは勤勉なんですよ」
ユーリイの言葉に、ダリウスは肩を竦めた。
「それで、その皮をどうするつもりだ?」
「まずはこいつを……」
聖水の泉に皮を浸け、ざっくりと全体を洗う。
そしてミノタウロスの脂と塩を混ぜたものを揉み込み、最後に石の床に広げて、上から重石を乗せた。
「雑ななめし革……といったところか?」
「そうだ。そんでこっちのスケイルシールドの鱗を剥がして……」
精巧な造りでぴっちりと重ねられた鱗は、激しい攻撃によって一部は剥がれ、一部は鱗が割れている。
ランスはバックパックから道具を取り出すと、丁寧に鱗を一枚ずつバラした。
「ヴィオとクリス、どっちの盾も似たような壊れ方をしてるな」
「ミノタウロスは、大斧を振り下ろしてくるからな。タンクはヘイトを集めて敵の攻撃を自身に集中させ、身体強化の術で大盾でパリィをしながら仲間を守る」
「なるほど」
自身が実際に戦っていないランスは、ダリウスの解説に頷いた。
そしてランスは、道具の中から槌を取り出し、左手で鉄盾の一番酷い歪み部分をしばらく撫でてから、右手で槌を振り下ろした。
「主は、器用だな。今、なにをした?」
「盾の歪みを少しでも直すために、温めて叩いてる」
「金属が変形するほどの熱が出せるなら、よほどの攻撃を放てるのでは?」
「小さい炎しか出せねぇよ」
実際に、ランスがしている作業を見ていると、炎を作っていることすら分からない。
手元に隠れて、見えない程度の炎しか作れていないからだ。
「攻撃魔法として、相手に飛ばして当てるとか出来ないんだ。湿った服が乾く、飲める水が出せる、湯沸かしの出来る炎が出る。その程度だ」
「だが、その小さな炎で、剣も盾も鎧も修理してくれた。……ランスは、俺たちのパーティーには、欠かせないメンバーだった」
ランスの作業を眺めながら、ヴィオが言った。
「でも、怪我をしたランスを養えず、パーティーから外したんでしょう?」
「そうだ。……あれは苦渋の決断だった」
棘のあるユーリイの言葉を、ヴィオはすんなりと認める。
「三級冒険者では、致し方ない決断であろうな」
ダリウスは笑って、ユーリイの肩をポンッと叩いた。
§
鱗を取ったクリスの盾と、歪みを補修したヴィオの盾、その二枚を重ねる。
一番破損の酷かった部分に、無事に形を残している鱗を集中的に並べ、きっちりと止める。
最後に、ミノタウロスのなめし革で全体を包み、一枚の大盾に仕上げた。
「ほほう、これは素晴らしいな。むしろ、最初のスケイルシールドより強度が上がっておるのでは?」
「そんなわけあるか。応急処置だぞ」
「うむ。だが、出発前に私が強度アップの術を掛けてやろう」
「待て。強度アップの術って、三十分ぐらいしか効かないんじゃないのか?」
「はははっ! この大魔法使いダリウス・デュ・アルジャンティスの術は、三時間ぐらいは維持できる」
「それにしたって、ダンジョン出るまで持たないじゃないですか。せいぜい、接敵した瞬間に掛ける程度の気遣いみせてください」
「ふふふ、ユーリイよ。八つ当たりなぞ、大人げないぞ」
「八つ当たりなんて、してませんよ!」
「まあ、ユーリイの意見も筋が通る。よろしい、ではそのタンク氏の体力回復も兼ねて、これからもう一度食事をして、一眠りしよう。さすれば私の魔力も充実、道中でしっかり術を掛けることもできるだろう」
「わかった」
ランスは、昨晩と同じくピュリーフとトマルージュを集めた。
ミノタウロスの肉と集めた薬草を全部細かく刻み、炉に掛けた鍋にミノタウロスの肉を入れて炒める。
じんわりと滲み出した油を残して、火の通った肉を引き上げ、そこにピュリーフを入れた。
ジュワッと軽快な音と、ピュリーフが焦げる良い匂いが広がった。
「昨夜のスープではないのか?」
「ああ、胃に優しくしたいからな」
いい感じにピュリーフが焦げたところに肉を戻し入れ、そこに水とトマルージュ、更に堅パンを細かくちぎったものを加えて、灰汁を掬いながらじっくりと煮込む。
「卵がありゃよかったんだが」
器に装って、ランスはそれをまずヴィオに渡した。
「ああ……、ランスの野営飯、久しぶりだな」
「ふふふ、貴様は昨晩、意識がなかったので覚えてなかろうが。スープをランスが馳走してくれていたのだぞ」
「そう……なのか? 済まない、手間を掛けさせた」
「いや、俺の自己満足でしかないさ」
ランスはユーリイとダリウスにも、パン粥を渡す。
「ううむ……、ほぼ同じ材料と味付けだが、ゴロゴロとした具がないと、ここまでじんわりと沁みる味わいになるとは……」
「瘴気に蝕まれた体が、洗い流されるようです」
「そりゃトマルージュの浄化効果だって、昨日ユリィ自身が説明してたじゃねぇか」
「いえ、これはランスの愛の効果です。僕は今、ランスの愛を摂取してるんです」
「意味がわからん……」




