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 夕暮れ時、ランスはギルドにクエスト達成の報告に、寄った。


「ランスさん、ありがとうございました!」

「ああ、これから頑張って活躍しろよ」


 15歳になったばかりの少年と少女が、ランスに向かって深々と頭を下げる。

 ランスは手を振り、彼らの背を見送った。


「ランスロットさん、ご苦労様でした」


 王都の冒険者ギルドの受付嬢は、ランスの差し出したタグを受け取り、クエスト達成の認定をすると、報酬を支払ってくれる。


「また、次があったらよろしくな」

「ええ、ランスロットさんの指導は評価が高いので、次もすぐにお願いできると思います」


 決して多くもないが、しかし生活をするのに困らない程度の報酬を受け取り、ランスは受付を離れた。


 ランスことランスロットは、(よわい)四十を迎えた男である。

 若いころはストロベリーブロンドだった髪に、いまは白いものが混じりはじめた。

 体も動くが、無理が利かないことを思い知らされる。

 とはいえ、今のランスは最前線の冒険者ではない。

 一応ギルドに登録はしているが、ダンジョンを攻略したり、村を荒らす魔物を撃退したりといった、荒事とは無関係だ。


 ブルーグレイの瞳に人好きのする笑顔。

 新しく冒険者への道を踏み出した(もの)たちに、初心者の心得を指導するのがもっぱらの仕事である。

 たまにダンジョン攻略組のサポートをすることもあるが、その依頼件数もめっきり減った。

 今や冒険者ギルドでは "新人(しんじん)指導を任せるならランスロット" と言われる程度に信頼もある。


──収入もあったことだし、今夜はちょっと晩酌するか。

──と決まれば、どこで夕食にするか?  "踊る兎亭" のうさぎのシチューとミードにするか、 "山羊の蹄亭" の串焼きとエールにするか……?


 そんなことを考えながら、冒険者ギルドから出ていこうとした時。

 ランスが出入り口にたどり着く数歩(すうほ)手前で、扉が開き、背の高い男が一人、建物の中に入ってきた。


 手足が長く、黒髪に空を切り取ったような青い瞳をした若者だ。

 身につけている装備品の数々はどれも希少な魔物素材で作られた、一流の冒険者の持つ品ばかり。

 彼が歩みを進めると共に、ざわめきのような囁き声が、場にいた冒険者たちの間に流れた。

 驚きと畏れ、羨望と嫉妬──視線と噂が屋内を満たす。

 認めざるを得ない凄腕への尊敬と、どうしても拭えぬ妬みが、濃く滲んでいた。


「ランスロットさん! お久しぶりです」


 その、皆の注目を一身に集めていた若者が、自分に話しかけてくる。

 意味がわからず、ランスは数秒、相手の顔を見つめていたが。


「あ、ユーリイか?」

「はい! ご無沙汰してます」


 ニコッと笑ったその顔は、あの頃と変わらない無邪気さを宿していた。

 次の瞬間、ユーリイはためらいもなくランスの手を取り、がっちりと握りしめる。

 ただの挨拶にしては、熱がこもりすぎている握手だった。




§



「いや、本当に久しぶりだなぁ。そう言えば、ランクも随分上がったとか?」

「はい。ランスロットさんのご指導のおかげです」

「それは……ユーリイの素質だよ」


 ランスは、出来ればこんな衆目の真ん中で長々と挨拶など、されたくなかった。

 手にした今日の収入で、さっさとささやかな晩酌の場に赴きたかったのだ。

 だが、ユーリイは最初に握手をしたあと、なぜかそのままランスの肩に腕を回し、がっちりと "抱え込む" ようにして離してくれない。


「……あの、ユーリイ……?」

「今日は、ランスロットさんにお願いがあって参上しました」

「はい?」


 そのまま、ユーリイはグイグイとランスを──。

 先ほど離れたばかりの、ギルドの受付へと連れて行く。


「手続きをお願いできますでしょうか?」


 若く、美貌のユーリイがにこりと微笑めば、受付嬢はぽーっとした顔で「なんでございましょう」と答える。


「僕は、辺境伯の領内に出没(しゅつぼつ)したコカトリスの、指名依頼を受けています」


 ユーリイは、なぜかランスの首にかけてあったタグをすっと取り上げて、それと自分のタグを一緒に受付へと差し出した。


「討伐のサポートに、ランスロットさんを指名したいのです」


 ユーリイの美貌と礼儀正しい態度にのぼせていた受付嬢は、そのままタグを受け取って手続きをしようとしたが──。

 指名依頼の内容を目で確認したところで、ハッと我に返った。


「ランスロットさんを指名っ?!」


 受付嬢が叫んだことで、なにがなんだか混乱していたランスも我に返った。


「コカトリス討伐のサポートォ?!」


 そして、ランスと受付嬢は同時に叫ぶ。


「無理っ!」


 周囲の冒険者たちも一斉に顔を上げ、場がどよめいた。




§



 多くの依頼や荒くれの冒険者たちを日々あしらっている受付嬢は、すぐにも職務を思い出して、ランスとユーリイを別室へと案内した。


「待ってくれ。意味がわからない。コカトリスと言ったら二級指定の魔物だろう? 三級止まりの俺がサポートなんか出来るわけないだろう?」


 部屋にはランスとユーリイ、それにギルドマスターのジョナサンが同席していた。


「しかし、二級指定のダンジョン攻略に、サポートをされたこともあるでしょう?」

「そんなのは、もう随分前の話だ! 体力があって逃げ足もそれなりだったし、ポーターとして荷物も持てた! 今は無理だ!」

「ランス。いいから、ちょっと話を整理しよう」


 ジョナサンが割って入る。


「ユーリイさんは……一級冒険者の資格持ち。辺境伯領に出たコカトリスの討伐を指名以来をされている。間違いないね?」

「そうです」

「そのクエストに、うちのギルドに所属のランスを、サポートとして連れて行きたい」

「はい、間違いありません」

「……なんで、ランスなんだ?」


 ジョナサンは、改めて問うた。

 冒険者には任される仕事の難易度に合わせて、級が設定されている。

 登録時は五級。

 いわゆる "壁" は三級から二級に上がる時に訪れ、一級になれる(もの)は稀だ。

 ランスは、若かりし頃に二級へ進む手前で怪我を負い、その後はなにかと運に恵まれず、三級止まりなのである。


「ランスロットさんは、素晴らしい技量をお持ちです。特に移動時のサポートにおいて、ランスロットさんほど心遣いの細やかな(かた)はいません」


 そう言ってから、ユーリイはおもむろに地図を取り出した。


「今回の討伐は、辺境伯領の黒の森にほど近い、領都から離れた村への遠征になります。コカトリスのあとを追うことになりますから、黒の森に入ることも念頭に置かなければなりません」


 ユーリイの指が、広大な森を示す。


「場合によっては、数日から数週間、森でコカトリスのあとを追い、野営をする討伐です。戦闘以外のサポートが出来、かつ森で狩った魔物の解体や、野草の調理の出来る人でなければ困るのです」

「うーん……。確かにそれなら、ランスの腕が必要か……」

「おいおい、ジョナサン! 本気かっ?!」


 狼狽えるランスに、ジョナサンはにやりと笑う。


「久しぶりに若い頃に戻って、冒険してみたらどうだ?」

「冗談じゃない! 黒の森で数週間も野営とか、無茶言うなっ!」


 首も手も、とれんばかりにブンブン振り回すランスに、ユーリイが向き直った。


「ランスロットさん」

「え……、あ……、はい……」


 ユーリイは、なぜか両手でランスの手を握った。


「遅くなったことは、いくらでもお詫びいたします。でも……、僕に約束を果たさせてくれませんか?」

「や……約束?」

「はい。僕はランスロットさんに言いました。いつか……僕が一級冒険者になったら、一緒に冒険してくれますか? と」

「え……っ? あ〜〜、そういえば、そんなこと……言ってたような……?」

「ランスロットさんに取っては、五級の駆け出しの戯言とお思いになったと思いますが……。あの時、ランスロットさんは "待ってるよ" と言ってくださいました」


 ユーリイの真っ直ぐな視線と、握りしめた手の力に、ランスはぎょっとなった。


「いや、そりゃ、五級のコの夢を打ち砕くようなことは言えないし……」

「こんなに時間が掛かって、お待たせして、すっかりお忘れになっているのは、わかります。でも、ランスロットさんはずっとこのギルドで、仕事をされていて。それは……僕を待ってくれていたと、思いたいのです」

「は……?」

「お願いします。僕に、約束を果たさせてください!」


 向かいで見ているジョナサンは、完全に面白がっている顔になっていた。


「ランスロットの旦那よぅ。ここまで熱烈にお願いされて、断る手はないだろ」

「おま……っ、他人事だと思ってっ!」

「ランスロットさんにご迷惑はお掛けしません! 戦闘には一切参加される必要はありませんし、場合によっては転移の魔道具で脱出も出来るようにします。どうか、お願いします!」


 そこまで言われて、ランスに断る選択肢はほぼなかった。

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