第5話 見えない理由
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あの撮影から2日後の夜、世間は華金で賑わいを見せており、ネオンが滲む雨上がりの歩道、笑い声とグラスの音が通りまで漏れ出している。私は都会の片隅にある小さな居酒屋に来ていた。入口の前で一呼吸した後、意を決して扉を開ける。1人では絶対に足を踏み入れないような場所――というよりは料亭と呼ぶべきなのか。今夜の相手を思えば、こういう店になるのも当然なのだろう。丁重な出迎えを受けた後、1番奥の個室へと案内される。
「清川さん、待っていたよ。」
今をときめく人気俳優、北澤蓮翔だ。
そう、北澤さんとあれから連絡先を交換し、一緒に食事に行くことになったのだ。
三郷に話すと何やらとても恨めしそうな目で見てきたことは記憶に新しい。
北澤さんが予約してくれたお店が、格式のあるような所でとても驚いたが、私服は意外とカジュアルで控えめ――顔を隠してしまえば完全に一般人として溶け込めてしまいそうだ、なんて考えながら私は席についた。
「すみませんお待たせしてしまいましたか?」
「いや全然待ってないから大丈夫だよ!それより先にドリンクとご飯頼んじゃおっか。ここのオススメはね――」
2人で料理を選んでから、しばらくするとそれが運ばれてきた。
「それじゃあとりあえず映画の撮影お疲れ様でしたー!カンパーイ!」
グラスがコチンと音を立てる。どうやらお互いあまりお酒が得意でないらしく、烏龍茶での乾杯だ。北澤さんオススメの牛すじのどて煮は、口に入れた瞬間お肉がとろけるように消えていき、仙台味噌の旨みに思わず笑みがこぼれる。他にも旬の食材を使った煮物や、香ばしい焼き物が並び、ひと皿ひと皿が手間暇かけられているのが伝わってきた。
「それで、この間はどうしたの?」
食べ進めていく中で北澤さんが口を開いた。
実は――と私は三郷と同じように北澤さんにも話す。いつもニコニコとした穏やかな北澤さんの表情が段々と曇っていくのがハッキリとわかった。
「それは…心配だね。」
その言葉を合図に私たちの間には、さっきまでの楽しい雰囲気とは違い沈黙が漂う。
北澤さんを見ると、まるで何かを考えているようだった。
「行方不明になって思いました。私本当に…愛花、妹のこと何も知らなかったんです。自らいなくなるような真似しない、何て今の私が言っても信じて貰えないかもしれませんが。」
そんな私の言葉を北澤さんは慌てたように否定した。
「そんなことない、きっと一緒に育った清川さんがそういうなら、原因は別にあるのだろう。…俺少し考えたんだ。あくまで俺の推測になるんだけど、愛花さんは多分生きてるよ。」
私は予想外のその言葉に、思わず声が出そうになった。北澤さんはそんな私の様子を見て話を続けた。
「まず愛花さんが居なくなった理由に関して、部屋が空っぽになってたってことは、急いで自分のいた痕跡を消して出ていかなければいけない何かがあったか、はたまた第三者がそうしなければならない理由があったか――例えば部屋に何らかの証拠があって、それを全て消さなければいけなかったとか。」
「…仮にそうだとしても、一体何がきっかけで…。」
北澤さんの言っていることが事実なら、辻褄は合う。けれどもそれに至った理由なんて、私には検討もつかない。
「もしもヤクザが愛花さんを誘拐したとすれば、それ相応の理由があるはずだ。それが単純なものなら、わざわざ部屋を空にする必要なんてないと思わない?俺が愛花さんを誘拐したとしたら――そこまで手間をかけた人間を簡単に殺しはしないけどね。……万が一自ら失踪したとしても、清川さんにも職場にも言えない“何か”が彼女の中であるはずだ。望んでではなく、そうしなければならなかった何かがね。」
誰にも言えない“何か”――愛花は他人を優先させているように見えて、本当は1人でそれを抱えて生きていたんだろうか。だとしたら今までそれに気が付かなかった自分が不甲斐ない。そんな私の考えを破るように北澤さんは口を開いた。
「…ただね、子供の頃と今が同じ考えとは限らないよ。人は大人になるにつれて人格が形成されて行くけれど、完璧になるんじゃないんだ。色んな世界を知って、色んな人と出会い別れを繰り返してる。…後悔したって、失ったものは元に戻らないんだ。」
そう話す北澤さんの言葉は、どこか寂しげで、まるで自分に言い聞かせるように感じた。この人も何かあったんだろう――私は喉から出かかったその疑問を飲み込んだ。
今はまだ聞く時ではない、と勘が働いたからだ。
「清川さん、本当は今言うべきではないんだけどね。」
北澤さんが、ゆっくりと私の目を見る。
言葉にならない何かが胸の奥で震えた気がした。
「妹の愛花さんが見つかったら――俺とお付き合いしてくれませんか?」
まさかの北澤の告白。
今後の展開も見ていただけると幸いです。