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第4話 アガパンサスが咲く場所で

ご覧いただきありがとうございます。

三郷に肩を揺すられて、私は目を覚ました。眠い眼を擦りながら外に出ると、都心から少し離れた海辺の今日の現場は、暖かい日差しに包まれていた。カモメの鳴き声と波の音、風に運ばれる潮風が心做しか心地良い。これから先日撮影した映画のポスター撮影を行うため、スタイリストさんや監督と打ち合わせを重ねながら、撮影は滞りなく終わった。けれど、そこで終わりではなかった。撮影終了と同時に監督が私の元へ寄ってきた。

「美花ちゃん、今日も綺麗だったね。撮影もすごく良かったよ、正直言うとね……美花ちゃんのショットだけお金払ってでも欲しいくらいさ。」

そう小声で話す監督に、私は出来るだけ笑顔を取り繕いお礼を言った。

三郷は少し離れた所で他のスタッフと話しているのが見える。一歩ずつ近づいてくる監督に、背中に冷たい汗がにじむ。ここから逃げ出したい。けれど、足がすくんで動けなかった。

「美花ちゃん美花ちゃん、今度さぁご飯行こうよ!今日でも明日でもいいよ、2人で行きたいお店あってさ。美花ちゃんも絶対気にいるからさ、ね!」

私はそう言われて戸惑った。実を言うと今日も明日も夜は予定が空いている。ここで誘い乗った方が私の今後の女優としての人生でプラスになることは間違いない。監督にもっと気に入られたら、また別の作品で起用して貰えるかもしれないのだ。監督が私を見る時の、あのいやらしい目を思い出す。行方不明の愛花のことも頭をよぎった。――これは断るべきだ。そう直感した。そのとき、誰かの視線を感じて振り返ると、そこには北澤蓮翔がいた。

「監督、今日って打ち上げっすか?俺も混ぜてくださいよ、美花ちゃんとご飯行くって聞こえたんで。」

そう聞こえて振り返ると俳優の北澤蓮翔だった。彼はこの映画の主人公として抜擢された今や引っ張りだこの人気俳優で、私よりも年上だ。監督は北澤の登場にたじろいでいた。

「い、い、今美花ちゃんと話しているが見えないのかい北澤くん!これだから最近の若い子は…。」

「えー見えてましたよ、映画の撮影一通り終わったんで打ち上げの話だと思ったから俺も来たんじゃないですか。」

焦りを含んだ監督の声に軽い調子で答える北澤さん。突然の登場に呆気にとられていると監督は予定ができたと言ってどこかへ走り去ってしまった。

「清川さん大丈夫だった?」

呆然と立ち尽くしていた私は、北澤さんの声でようやく我に返った。

「すみません北澤さんありがとうごさまいました。」

私はそういって、頭を下げた。

「いいっていいって顔上げてよ、大したことしてないからさ。…あの監督、ちょっと有名だからさ。…色んな意味でね。」

「はい、ありがとうございます。」

今度から私ももう少し警戒をしようと肝に銘じた。毎回北澤さんが今みたく助けてくれるわけではない。愛花のことも私がしっかりとしなくては。

「ところでさ、最近寝不足?」

心の誓いを遮るように北澤さんが口を開いた。先程車内で寝たはずだったが、そんなに顔に出ているのかと驚き、私は自分の顔に手を当てた。

「清川さんごめん何も酷い顔してるわけではないよ。ただ…この撮影で清川さんのことを見てたけど、いつもとても熱心なのに今日は少しだけ上の空のようなら気がしたんだ、何かを思い詰めてるみたいに。」

やはり北澤さんの言葉には重みがある。きっと私なんかよりも何倍の現場をこなし、それだけ色んな人とも関わってきたのだろう。経験も実力もある自分よりも優れた人には、まるで私の心や考えが手に取るように分かるのだろう。私も北澤さんのようにならねば。実力も経験も重ねなければ。愛花のことを考えると、胸がぎゅっと締めつけられる。頭の奥で、誰かの悲鳴のような声が響く。けれども今この場に立っている私は、女優の清川美花だ。テレビ越しに松川さんを初めて見た日、松川さんはとても美しく笑っていた。誰かを笑顔にしたくて追いかけてきた夢だ。そのためには私が笑わなきゃ。暗い顔で現場になんて言語道断だ。

私は出来るだけ平静を装い、北澤さんの目を見つめた。

「北澤さん申し訳ありません、確かに少し…集中力が切れていたかもしれないです。以後気をつけます。」

自分に言い聞かせるようにそう答える。

けれども北澤さんの表情は少し曇っていた。

何か良くないことを言ってしまったのか?そう不安に駆られていると少し考えたように北澤さんが口を開いた。

「清川さんあの…俺で良ければ悩み聞くよ。話したくないなら大丈夫無理にとは言わないよ。ただね1人で抱え込まないで欲しい。清川さんが辛そうにしてる姿は見たくないから。今話しにくいならご飯でも…ってこれじゃあ監督と同じことしてるか俺。」

やっぱ忘れて、と小声で呟いて目を逸らした。北澤さんの横顔を覗き込むと頬が赤く火照っている。

その瞬間、ふいに――昔、愛花と一緒に読んだ花の図鑑に載っていたアガパンサスの花言葉が胸をよぎった。


「恋の訪れ」――

それは、今の私にとって救いなのか、それとも…別の何かなのか、私にはまだ分からなかった。

いかがでしたでしょうか?

書き溜め分がなくなったので次回以降投稿頻度が落ちるかと思いますが、続きをお待ちいただければ幸いです。ご感想等お待ちしております。

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