第3話 消えた片割れ
暑い日が続いてますね。体調にお気をつけください。
警察の言葉が、耳に入ってこなかった。
行方不明?――愛花が?
「何か心当たりはありませんか?」
今朝、愛花が工場に出勤しておらず、連絡もつかないことを不審に思った工場長が、自宅を訪ねたらしい。鍵は開いていたが、部屋の中はもぬけの殻。家具も家電も、何もかもが消えていたという。
周辺では反社会的勢力と思しき人物の目撃情報もあり、工場長は事件性を感じて警察へ通報したそうだ。そして、愛花が入社時に人事へ提出していた緊急連絡先――それが私だった。
携帯にも着信が残っていたが、ようやくこのときになって、不在着信に気がついた。
心当たり、そう聞かれても私は何も答えられなかった。なぜなら愛花は自分から職場を飛ぶ理由がない。愛花は昔から、自分の考えよりも人の言葉を優先する子だった。勉強しろと言われたら勉強する、先生や親の言うことは素直に聞く模範生でもあり、理不尽に対しても歯向かうような性格はしていない。
だから、単純作業が求められる工場を選んだのかもしれない――そんなふうに、私は勝手に思っていた。警察は工場で働く複数人に聞き取りをしたらしく、愛花は人間関係で悩んでいたり、無理な労働を強いたりなどは一切無かったそう。 プライベートでも同様に愛花が誰かと親しくしている様子を工場の人間も見たことがなく、それは私も同じだった。そして愛花が仮に自ら失踪したとしても、一晩で部屋を空っぽにすることは女性だけの力で行動では不可能に近いと考えられる。
愛花が住んでいるのは、社宅寮も兼ねたアパートだ。もし引っ越していたなら、同じ建物に住む社員が、すぐに気づくはず。
つまり、この失踪が愛花自身の意思によるものではないとしたら――そんな、よくない考えがふと頭をよぎる。
「まさかね」と自分に言い聞かせながら警察の聴取を終え、部屋へ戻ると、時計はすでに22時を回っていた。明日は朝からニュース番組のゲスト出演があるのだ。愛花のことは心配だったが、部屋に入り突っ張っていた糸が緩んだのか、または撮影の疲れもあってかこの日は泥のように眠りについた。
「あれ?美花さん寝不足ですか?」
どうやら私は三郷が運転する車にて話の途中で船を漕いでしまったらしい。
愛花が行方不明だと知った日から1週間が経とうとしていた。初めての事態に心と身体が追いつかず、私は中々眠れない夜を過ごした。メールを送っても既読すらつかない。勿論連絡がつかないから行方不明者として扱われているわけだが。
親戚にも連絡をとったが目撃情報や愛花からの連絡も虚しかった。
「美花さんが寝不足なんてらしくないです、何かあったんですか?」
言うか迷ったが、私は素直に話すことにした。三郷は私がデビューしてきてからの付き合いなので、私の家庭のことも理解していたからだ。
「実はさ、行方不明なんだよ妹が。先週警察が私のところに来てね。」
その言葉に三郷の顔が青くなっていく。
「えっ…そんな心当たりはないんですか?妹さんの行きそうな所とか行きました?連絡は?電話は繋がります?」
そう矢継ぎ早に言葉を紡ぐ三郷に、私は冷静に答えた。
「……探すにしても、どこを当たればいいか分からない。連絡もずっと取れないし。双子なのに、私……本当に、あの子のこと、何も知らなかったんだなって。」
自分でも声が震えていることが分かる。家族を失うかもしれないという、底知れぬ恐怖が私を襲う。たとえそれがずっと距離を置いてきた相容れない妹だとしても――。
「妹さんの職場ってこの間危ないって話してたところの近辺ですよね…すみません私ってば不安にさせるようなことを。」
「大丈夫気にしないで、心配してくれてありがとう。それにあの子はそういう連中と絡むような子ではないから。」
そう口から出た言葉に嘘はなかった。
「いえ、それより早く見つかるといいですね。美花さんが元気じゃないと、探すのもままならないですよ。眠かったら寝てくださいね、付いたら起こしますので。」
張り詰めていた心の糸がふっと緩んだのか、それとも、ただ単に疲れが限界だったのか。
気づけば私は意識を手放していた。
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