15話「不良グループ『下克上』の復讐」
不良グループ『下克上』のメンバーが乗り込んできたのは文化祭二日目。
生徒たちをジロジロ見てはちょっかい出す彼らは、賢也のクラスで賢也に絡む。生憎その時、咲花先生は職員室に呼ばれていて不在。
先生のいない場所で好き勝手する『下克上』のメンバー。見るに見兼ねた賢也が殴り飛ばす。
他のメンバーの相手もして喧嘩をする。文化祭はめちゃくちゃになった。
先生が戻ってきたが時すでに遅し、荒れ放題の一年A組の教室にはもう『下克上』のメンバーは逃げた後だった。
残ったのは喧嘩をした賢也とA組のクラスメイト。咲花先生は、賢也が奴らを殴ってしまったことを問いただす。
「何か言い訳はある?」
「ない」
賢也は自分のした事をちゃんと理解していた。だからこそ言い訳はしなかった。怒られるならそれでいい。そう思っていた。だが咲花先生は賢也に抱きついた。
「な、なんだよ?」
「あなたに怪我がなくてよかった……」
賢也を屈ませギュッと抱きしめる先生。そして手を離した先生は困った顔をしていた。
「天谷賢也君、職員室に行きなさい。お話があります」
「あの! 僕らも説明に行ってもいいですか?」
「駄目です。天谷君の話は今回の件だけではありませんので」
咲花先生は悲しそうな顔をしていた。今にも泣きそうな、そんな顔をしていた。そんな顔を先生にさせてしまった事を後悔した賢也だったが今更遅い。
奴らは襲ってきた時恐らくスマートフォンで動画を撮っていた。動画なんていくらでも編集できる。切り抜く事も可能だ。『下克上』に有利なように編集された動画が出回ることが多い事は賢也は知っていた。それでもリスクより自分の信念を優先した彼。
職員室に着いた賢也はノックをして中に入る。A組の事は咲花先生に任せてきた。
職員室の中に入った賢也は真っ先に名田先生のところに行った。頭を下げる賢也。空手部にも迷惑がかかってしまうからだ。
「頭を下げる事が出来るならまだマシだな」
名田先生は呆れ顔で言った。そしてポンポンと肩を叩いて、あちらへ行きなさいと導かれた。
教頭先生と校長先生。そして生活指導の先生が立っていた。生活指導の先生がパソコンを賢也の方に向ける。
「これは君ですか?」
そこには『下克上』のメンバーと路地裏で喧嘩する賢也が映っていた。「はい」と頷き、真っ直ぐ三人の先生を見る賢也。教頭先生はため息をついた。
「そうすんなり認めるんじゃないよ」
「事実ですので」
賢也が何も言い訳しない事から開き直っているのかと思った教頭先生は頭を搔く。
生活指導の先生が何故喧嘩をしたのかを聞く。相手から仕掛けられる事の方が多かった事を言うと、そういう問題ではないだろうと怒られた。
人助けのためもあった事を言う賢也は、校長先生から、こう諭された。
「暴力で解決してしまったら何も解決はしません。大人に相談することも出来たはず。何故しなかったんですか?」
流石に貫禄があった校長先生は、ジッと賢也を見つめる。大人……咲花先生にも隠していたこと。
今はやめていたが、咲花先生に助けられるまで喧嘩を繰り返していたこと。それが今になって公になったのは恐らく『下克上』のメンバーも機を待っていたんだろう。
賢也は目を瞑って俯く。
「俺の喧嘩に先生を巻き込みたくなかった」
「そんな理由で相談しなかったのか? 馬鹿野郎! 先生たちはな、ただ相談して欲しかったんだ! そうすれば、どうやったら解決できるか一緒に考えられるからだ! もっと早く相談してくれていれば、いくらでも対策を打てた。もうこうなってしまっては何も出来ないんだぞ!」
生活指導の先生が賢也を叱る。本当に手の施しようのないところまで来てしまっていた。
賢也が『下克上』のメンバーを殴っている数々の場面を映した動画はSNSで拡散されてしまっていたのだ。正道中学校の生徒が人を殴る様子は様々な意見が飛び交っていた。
その殆どが編集で賢也から殴っているように調整されていたため、正道中学校のやり方を問う意見が多かった。
実際には賢也より殴られている側に非があるのだが、なかなか情報が表に出てこないことから、正道中学校の喧嘩生徒として注目を浴びていた。
これこそが『下克上』メンバーの復讐であり、賢也はコテンパンにされた気分だった。
そして文化祭でも喧嘩をしてしまった。それも撮られているだろう。全て自分の責任だと感じていた賢也は背中を叩かれてハッとした。
「全部私の教育の責任です。これからはちゃんと教えるので許してあげてくれませんか?」
咲花先生がいつの間にか後ろに立っていた。前に出た先生は頭を下げる。
「ち、違う! 咲花先生は何も悪くない!」
「そう思うなら私に誇れる人間になりなさい」
頭を上げた先生は賢也のお尻を叩く。笑う先生だったが、依然として悲しそうな顔をしていた。
「天谷賢也君、今このネットで張り巡られた世界で暴力を振るうことは駄目だということを知ってもらわないといけない。誰かを守るための暴力であっても、視点を変えれば傷つけるだけのものだからだ。わかるかな?」
賢也は校長先生の言葉に頷いた。
「何より数が多すぎる! こんなに喧嘩三昧だった生活を大人に相談せずにしていた事は決して許されない!」
教頭先生はあまりの量の動画にウンザリしていたようだ。一体どれくらい撮られていたのか、『下克上』も逃げ回る算段のための編集動画を撮っていたようだ。
こうなってくると証拠のない賢也の方が不利である。情報社会とはこんなにも不利な状況を作り出すのかもしれない。
『下克上』のメンバーは顔を隠すようにフードを深く被って皆同じような格好で統一してるから、まるで同じ人間を賢也が何回も殴っているようにも錯覚してしまう。
「とにかく、これはやりすぎだ。学校としても見逃せない。しっかり反省してもらうぞ!」
生活指導の先生は紙の束を渡してきた。どうやら作文用紙のようだ。反省文を書けということだろう。
「それだけでいいのか?」
漫画や映画などでは、喧嘩したりした生徒は停学になったり退学になったりしている。
「中学校では停学や退学はないのよ。」
咲花先生は言う。公立の中学校である正道中学校では停学や謹慎処分、退学などはない。
ただあまりにも酷いと出席停止処分にはなるので注意が必要だ。
「ご両親にも連絡がいってるわ、これからの事をしっかり考えなさい」
そうして職員室を後にした咲花先生と賢也。A組に戻ると文化祭も終わり片付けに入っていた。
「悪かった!」
教室に着くなり頭を下げる賢也。迷惑をかけたのは間違いない。だが誰も賢也を責めなかった。
「気にしなくていいよ」
「誰だって殴ってたって!」
「あいつらから仕掛けてきたんじゃん」
「天谷君は真面目だな」
そんな声が寄せられた。優斗と巫女は賢也の傍に行き声をかける。
「大丈夫だった?」
「なんて言われた?」
二人とも賢也の心配をしていた。その事に胸が熱くなる彼はこう言った。
「反省文書けってさ」
その台詞にドッと笑いが起きる。色々ツッコミを受けた賢也は改めて、このクラスで良かった、優斗と巫女と親友で良かったと感じた。
皆が家に帰った後、事後処理に追われる咲花先生らは必死で生徒を守ろうとしていた。
まだ中学生だ。これから何とでもなる。その未来を守るために大人が働く。彼らは教育を受ける権利がある。
そして中学生は教育を受ける義務もある。それは中学校までは教育を受けさせないといけないという親に課せられた義務だが、子供も逃げる訳にはいかないのだ。
賢也は家に帰ってから両親に叱られたのだった。