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青灰の地より  作者: 不病真人
第二部 海が父

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第八十四話 終焉は黄昏が来るよりも先

目が覚めてなぜか飢えが引いた。


体には無数の爪痕があり、やはり長く時間をかけて、抗って苦しんで眠りについたことに気がつく。


(と言うよりは...気絶か?)

 あたりを見渡す。


俺は...川辺の岩に体を預けていている、冷たい水しぶきが顔に当たるのを感じていた。

空はまだ青く、太陽が木々の隙間から差し込み、肌を刺すように熱い。

喉の渇きは少し和らいでいたが、腹の奥──いや、体全体を蝕むあの空腹は、まるで獣のように静かに息を潜めているだけだった。

小さな川魚を掴んで食べた。

新鮮だ。

 普通ならこのまま丸齧りはしないだろうが、俺にとっては甘く感じてくる。

 

 そうして川魚を掴んでいくうちに一つ思ったことがある。

川の深さに気がつく。

俺は結構深い場所まで沈んでいたみたいだった。



 (...溺死...しないんだなぁ)

まったく、自分が人じゃないことを実感させられる。

しかしそんな感覚もすぐに忘れる。



忘れる?忘れるわけもない。

空腹が引いた? いや、違う。ただ一時的に眠らせてもらっただけだ。爪痕が体中に走っているのを見て、今もうずうずとする。


飢えがまた奥で渦巻いて外に出てこようとするのを感じる。


傷跡を撫でる。


(...この痛み...)

自分で自分を引っ掻いたんだろう。狂ったように。

ゆっくりと体を起こす。

指先が震える。痛みが戻った体は、まるで生きている証拠に疼く、辛い。生きていると俺に錯覚をもたらす。


 幸い蜂の羽音はもうない。皮膚の下で蠢くあの忌まわしい振動が消えたのは、確かだ。

少しばかり負担は引いた。

ただでさえ体が辛いからな。

だが代わりに、何か別のものが体の中に巣食っている気がする。重い。深い。海の底の影のような、冷たい塊が胸の奥に沈んでいる。

「…生きてるのか、俺は」

声に出してみる。かすれたが、声は出る。喉の奥から這い出るような鈍い死んだ響きのまま。


(でも...息してるんだな....)


息を吸うと、肺が広がる感覚が新鮮で、怖いくらいだ。

普通のことのはずなのに。

慣れないし、なんだかこの感覚は胸がいたい、息が入ってきて骨が割れて裂ける気分。


 しばらく意識して気づいた息などの痛みに対抗していくも、やがてそうして少し高いところまで登って周りを見回す。

川は澄んでいて、小さな魚が影を落として泳いでいる。

 森は深い緑に包まれ、鳥の声が遠く近くと響く。

今のところ人の気配はない。

 ここはどこだ? 島か? どこか大陸の端か?

 黒い海からどれだけ流されたのか、わからない、最初から記憶が曖昧だから


 あの渦潮。巨大な槌が引き起こした波。

白い貝殻号が傾き、俺の体が海に落ちた瞬間。


 あそこだけははっきりとする。

とても恐ろしさを、そうただただ恐ろしく感じていた。


今にも恐怖が蘇る。俺は死ぬはずだった。

 いや、死にたかった。

蜂の呪縛から解放されるなら、喜んで沈んでいたはずだ。

なのに、あの影が俺も生に対する意識を...俺が行きたいと言う心を抱きしめるきっかけとなった。

海の底の声...あの雷を起こす存在よりも恐ろしかった。


あの黒い影たちの叫びなのか?

でも直感だとさらに大きなものに感じてくる。


その恐ろしさに体が言うだが、体が言う。

生きろ、と。


そして俺を苦しみに放つ。

飢えが言う。食え、と絶え間なく呟く。

とにかく気分が悪くて、こんな日記を書いてもなんのこともない、決して振り返れば美談でもない。



 俺は気分転換に顔を洗う。

高い場所からまた川に戻る。

とても長い川のようでどこまでも続いているのか。


 (...長い流れ...さっきから少し歩いたはず。)


川で顔を洗う。

水が冷たく、肌に染みる。

水が綺麗な川、顔がくっきりと映るほど。


 鏡のように水面を覗き込むと、そこに映る顔──青白い肌は変わらない、そして目は窪んだまま。

髭が伸びてボサボサに、青い髪は海水で固まっている。


昔の俺はどんな顔だった?


(誰だ?)


港町の笑顔が、ぼんやりと浮かぶ。

何がある?女の声か? 子供の笑いか?

わからない。

ヘヴェルガの蜂に刺されてから、すべてが灰色になった気分だ。

そうへヴェルガ、あのクズ、俺を生きる屍にしたゴミ。

以前はあのゴミの支配に恐れていた、言おうと..いや考えることもできなかった。

やつの蜂のせいだ。

でも今ならいえる、言ってやるぞくそちんぽへヴェルガ、どうせ


グゥ

 腹が鳴る。いや、鳴るというより、焼ける。血がほしい。肉がほしい。

なぜかわかる、欲しいのが人間の血肉だ。

骨を噛み砕く感触を、想像するだけで体が震える。

立ち上がって走り出す。

とにかく飢えを凌ぎたいからだ。

歩きながら、木の実を探す。

赤い実を見つけて口に放り込む。甘酸っぱいが、満足しない。吐きそうになる。


「味はする!味はする!どうしてだ!!」

骨だ。さっきの骸骨を思い出す。あれは腐っていたが、新鮮なら?

いや、落ち着け。

俺は怪物じゃない。

正気を失ってはいけない。


 (人喰いは...野蛮人のすることのはずだ)


体を掻きむしることもして、進む。

今度は早歩きで、とにかく、飢えが凄すぎて気が動転するから。


動くしかなと。


 そうして道はないが、動物の通った跡がある。

足跡。

鹿か? それとも大きい獣か。


(匂う....)

土を一つ摘んで匂いを嗅ぐ。鼻が利くようになった気がする。

海の匂いがまだ体に染みついているが、森の湿った土の香りが強く感じられる。

 突然、茂みが揺れる。飛び出してきたのは、兎だ。小さな灰色の兎が、俺を見て固まる。

 捕まえられる。

手が勝手に動く。速い。

今でかつてないほど、速い。


「あむ」

兎の首を掴み、捻る。パキッと音がして、温かい血が指に伝う。

匂い。甘い、鉄の匂い。

指を吸うと確かに美味かった。

口を近づける。噛みつく。生の肉が歯で裂け、血が喉を滑る。

「ああ…あああ!」

 美味い。生きてる。体が熱くなる。飢えが、少し満たされる。

兎の体を貪る。皮を剥ぎ、内臓を掻き出す。すべてを食う。

次は骨まで噛み砕く。

赤く染められた口の周り汚く液が滴り、ポタポタと砂に落ちる。

肉食の獣でもいればすぐに匂いを嗅いでくるかもしれない。

そうなれば危ないかもしれない。


いいや、違うね。

それは正常なやつらにとっての話だ。


 うさぎを一つ素早く毛以外喰らい尽くし、いくつかに毛を吐き出しながらに赤い地面を見つめて、考え出す。


(飢えは満足された...)

俺はそうまず思った。

 でも満足感が広がるが、すぐにまた空腹が戻る。もっと。もっと大きいものがほしい。


でもそれじゃ行けなかったはず、俺は怪物にはなりたくない。


でも兎一匹じゃ足りない。

獣じゃいやだ。

 体が求めるのは、人間だ。いや、違う。生き物なら何でも。

全てがほしい。


 今にも心を割いでしまいたいほどの激烈な感情を抱きつつ。森をさらに進む。川沿いに歩く。

やはり長い川だった。

それでも歩いてあまりいいことには出会していない。

新しいものはみたいのは正直なところ。


そう思っているうちに何か森の緑と川の澄んだ青と違う色が出てきた。

(...ん?あれは)

色は茶色だ。

岩場が出てきて、そこで止まる。

「...足跡?」

足跡がある。人だ。

確かな靴の跡。うさぎとか鹿の足跡じゃない。

複数。新しい。煙の匂いがする。火だ。誰かがいる。

正直な心情は心が躍る。獲物か? それとも、助けか?


 (匂いはあっちか?)


匂いを追う。

ここまで鼻がいいのは本当に嗅覚が戻ったと言っていいのか?


木々を抜けると、小さな空き地。焚き火が燃え、天幕が二つ。三人の男がいる。

あの数は正面からだと相手しにくい

船乗りか、狩人か。

違うだろうな。


革の鎧を着て、剣や斧を腰に。縄まである。

狩人の持ち者じゃない。

船に乗るにしては革の鎧はおかしいはず。

(...ん?)


彼らは鍋で何か煮ている。肉の匂い。

 「聞いたか?」

話声が聞こえる。

 「…それであの海の噂、本当かよ。黒い海を渡った船が、みんな消えるって」


「それじゃ俺たちも危なくないか?」

「馬鹿言うな。俺たちは陸伝いだ...」


「そうだ、お前はビビりすぎだ、ベギンヌ」

「それに....島の奥まで行けば、遺跡があるはずだ。あの伝説にある黄金の神殿、宝が眠ってるってよ」

「でも、昨日空嵐…変だったろ。あの渦潮みたいなの、空がすげぇことに」


 俺は木陰から見た。体が震える。

話に驚いたわけではない。

今に飢えが爆発しそうな血の匂い。温かい人間の血。

だが、待て。話す。

助けを求めろ。俺は人間だ。まだ。

一人が立ち上がる。弓を手に、こちらを見る。気配を感じたか。

「誰だ! 出ろ!」

声が出ない。

違う、俺が無意識に飢えを拗らせて、隠れにした枝を全部折ってしまった。

 大きな葉っぱ...通ドルザ語で言えばガナルバンだろうか?


 「おい!」


言葉を返したくても声が出ない。

まるで砂漠で水が全く取れない気分。

とにかく喉が渇く。

声が代わりに、体が動く。飛び出す。


「何だお前! 顔色悪いぞ、死人みてえだ!」

男たちが驚いた。

剣を抜いた。


ガッ

 一瞬で距離を詰める。首を掴む。

噛みつく今にも!そうだ!そうすればこのゴミからは血が噴き出す。悲鳴が上がる。

「怪物だ! 殺せ!」

剣が俺の肩を斬る。

痛い。

熱い。

だが、止まらない。

ここまでくれば戦っていくしかない。

顔にかかった血を舐めながら。

押し倒したやつの首の肉を完全に裂く必要がある。


 同伴の二人目が弓を射いた。

矢が胸に刺さる。痛いが、どちらかと言うとむしろありがたい。

抜いて、下敷きの奴が首に刺す。

喉を貫く。

すぐには死なない。矢のおかげだ。

穴を開けている。

俺は知っている。

息を吸っていければ死にはしない。


(必要なのは交渉だ)


 「..よせ!これ以上すればお前たちもそうなるぞ!」


「ベギンヌ!!」

(ベギンヌ?こいつの名前か...)

 


焚き火の傍で座る。血まみれの手を拭う。天幕を漁る。

地図がある。この島の地図。

名前は…「我が秘宝」か。

(バカか?)

いや、少し失礼だな。


 「なぁ、あんた...」


(さて、どう話をしよう..)


簡単に言うと俺はベギンヌという男に傷を負わせては手当して死なせないようにした。

ガナルバンはいい外傷薬になるからな。

だから奴らからも微妙な関係か。

(...俺に恨めしいだろうが、仲間の命はまだ惜しいところ...そして俺たちの力量さにも気がついてはいる)


しかしなんで俺はすぐに薬草とかがわかったんだ?

それに死なない傷と判断できたのも?


薬種商?理髪師だった?


疑問はあれどこの島の謎が目前の最重要なためそれに集中して考える。

この島。黒い海と言う場所に近いらしい。

遺跡がある。古い神殿。


奴らが言うに帝国が三柱神の経典には黒い水は不吉だから航路はあまりないらしく...航路はあまりない。


 「....辰帝国?」


「...え?お前みたいな怪物がなん」

 「おい!ンウバリ!やめろ!」


「あっ、兄者...」


 「大辰が天下無敵だから当たり前だ...」

小声で言っても聞こえるぞ。

まったくドタバタしてるな、抜けているフリか?本当か?

それにいきなり怪物呼ばわりとは、悲しく感じるもの。

まぁ、あまり気にしなくていいだろう。


重要なのは俺には対抗できない力たちを見つけるべきだな。


まずは帝国が航路は少ない。


 なら助けは当然に無理だろうし、そもそもあれだけ驚いたあの男らの様子を見ても、助けにくるどころか、俺は殺害されるが末路だろうな。


(やっぱ助けが来ない方が一番だし...きた時はどうすれば?森に行くべきか?隠れられるか?海に逃げる?)



「お?なんだ」

男が俺に何か熱気を吹かせたものを持ってきたものだから不思議な顔をして聞いてしまった。


 「..スープあるんでどうぞ」


「..ありがとう、お前の仲間さん、薬草ですぐに良くなるよ。俺は食ったらもういく」


 「お、弟、ベギン」


「安心しろ、食ったらすぐ渡す」


 ああ、暖かさ。

懐かしく感じる。

結局俺にどれだけの感情や記憶があって、俺を構成させているんだろうか。


(食べたい、飢えを凌げないとしても、味を感じないとしても、毒の可能性があっても)



 ガーン!

ドーン!


「な、なんだ?」


突然の轟音が森を震わせた。

続け様に空が一瞬で暗くなり、まるで天が引き裂かれたかのように、黒い雲が渦を巻いて集まってくる。

誰かが操っているみたいな天が変わった。

俺は驚いてスープの入った碗を落として、思わず立ち上がった。熱い汁が足に飛び散るのも気にせずにただ当たりを見渡す。

でもただ冷や汗をかくばかり。

 温かな湯気がまだ立ち上っているのに、手でもそれをとっていたのに、体全身に冷たく凍りつくような感覚が走る。


(何がくる!なんだ!絶対何かくる!)

俺の鼻は、土の湿った香りと混じって、何か別の湿り気を...まるで雨。

そして焦げた空気の臭いを捉える。

雷の予感──いや、それ以上の何か。

心臓が勝手に激しく鼓動し、飢えの渦が一時的に押し込められるほどの何かだ。

飢えが代わりに、恐怖がくる、いや蘇ると言うべきだ。

あの黒い海で感じた、巨大な影の気配に似ている。


 違う、影と違う類型。


弓使ってたンウバリが指を差す。

俺は思わずに視線を上げた。そこに、それはいた。


空を浮かぶ大男の虚像──いや、神話の巨神そのもの。

青白い雷霆でできたような体、炎をも纏っている...しかも何か黒い影が小さくあった。

でもよくは見えない。

その身の丈あまりにも大きく、それは山のように巨大で、雲を纏い、雷雲を従えて悠然と浮遊する。

雷でできているとさらに思わせる、その体は半透明に霞み、まるでこの世界のものではない存在。

空を支配する暴君。絶対の神。


 そう思うにも理由があった。


見た目だけじゃなかった。


ガルシドュース!ガルシドュース!

そんな合唱が聞こえた。


「ああああ!偉大なる法劫帝!玉勇上帝!!お助けを!!!」


 「おい!バカ!お前もベギンヌ運ぶの手伝え!」



 ガルシドュース!ガルシドュース!


ガルシドュースと音楽まで載せて合唱されていた。


 ガルシドュース...ドルザ語みたいな響きだが...どうやら俺の中にそんな上流階級の言葉は、存在しない...でもどうして上流だってわかるんだろう。


そうして疑問を持つもすぐに消される。

何か合唱の奥から音が聞こえた。


雷鳴のような大きくある声だった。

だが全くわからない言葉だった。

純正なるドルザ語によるものかどうかわからなく、ガルシドュースと響きは似ていておそらくはそうだろう。


「教団どもめ!!!」

これはわかった。通ドルザ語だ。


 言葉の後に空はいっぺんした。

まるで巨人の槌が空の穹窿を叩き割ったかのように、黒雲が一瞬で渦を巻き、森全体を覆い尽くしないと焚き火の炎が渦巻き、灰と火の粉が舞い上がるほどの現象


「ふざけるな!巨獣が!人で作られただと!!!ここも同じか!禁足地!禁足地!!教団はいくつある!別のも幾つだ!殺してやる!!!!殺してやるぞ!」


ゴーン


空が裂けた


いや、この恐ろしさはきっと、そうきっと、後に拾うあの抄本のように

あの聖環連盟の司鐸が文体の学ぶことをして、それでようやく言い表せるものか。


して、見よ!

天は怒れる神の炉と化し、火の雨を降らせり。

雲が深淵となりて、果てなきかの青さが奥深くにある場よ!限りなき高さの上にある場から無数の焔球が生まれ、流星の如く地上へ坠落とす。

赤く輝くそれはもはや殺傷の威力を顕現せし鉄の塊とし、矢よりも迅く、槍よりも鋭く、今に絶え間なく森を貫き、大地を抉るぞ。


膨大な火の玉!


 最初の焔球は川の上流に落ち、轟音と共に水柱が高く噴き上がり、蒸気は白き龍となって天に昇る。

次に川の清流は瞬時に煮えたぎり、魚たちは腹を晒して浮かび、苦悶の舞を踊りて死に絶ゆ。

熱風は獣の息吹の如く吹き抜け、木の葉を焦がし、髪の先まで燻ぶ恐ろしさ。


 次に、雷神の剣が閃くみたく紫白の閃光は、蛇の如く天から這い下り、古き巨木を直撃せり。

幹は内より爆ぜ、木片は四方に散り、樹液は蒸発して甘き死の香を放つ。焔は枝を伝い、緑の冠を黒き灰に変え、葉は火の蝶となって舞い落ちる。その火の蝶は風に乗り、森の奥深くまで飛び、新たな焔の種を蒔き散らさんと。



しかしこれでも天の怒りは止まんか。

黒雲の底は開き、無数の焔球が絶え間なく降り注ぐ。

この地を変えたいとでもするからか。

あれを言うには神の鍛冶場より溶けた鉄を注ぐが如く、火は大地を焼き、岩を砕き、樹を灰と化す。

全てを変えるぞ。

目だけでなく轟音に爆音は連なり、耳を聾し、地は震えて足元を揺るがす。焚き火の跡は焔の海となり、天幕は革縮み、縄は弾けて火の粉を撒き散らし、瞬く間に灰燼に帰す。

雷は再び落ちぬ。


 枝分かれせし稲妻は、十の数の光の槍となり、森を貫き穿つ。一筋はベギンヌが兄の傍らに坠ち、彼の体を吹き飛ばし、髪を逆立て、衣を焦がす。

弟のンウバリは悲鳴を上げ、地を這いて逃れんとすれど、火の粉が背に降りかかり、衣に移りて焔と化す。彼を押し倒し、川辺の泥に転がして火を消すも、泥さえ熱を帯び、皮膚を焼く。


絶望に天を仰げば、黒雲は大いなる渦を巻き、中央に深淵の口を開いたか、曖昧ではあるものの、大きく醜い造形は存在した。

そこより焔球は生まれ、雷は縁を這いて絶え間なく光り爆ぜさせてしまうぞ。

「...なんだ...何か戦っているのか...雲の中に何かある...?」

 火の雨は密度を増し、森の緑は急速に失われゆく。

増えるばかりは苦しみ。


樹々は焔に包まれ、煙は天を覆い、視界を灰に染む。熱気は肺を焼き、息毎に喉が裂ける痛み。汗は蒸発し、皮膚は干からび、大地は灼熱の鉄板と化す。


消えるのは森がかつてあった心地よさとそこからくる安心感ぞ。


川の水さえ、もはや清からず。

焔球の余波に水面は波立ち、熱気をさらに立ち昇り、魚はすべて死に絶え、川は死の湯と化して煮えたぎる。

遠くの巨木は倒れ、次々と焔に呑まれ、爆音、雷鳴、焔の咆哮、すべて混じり合い、万物の終末を告げる大いなる響きと成る。



破壊はなおも止まずまるで神の意志の如く、容赦なく続きぬ。

 雷は天の剣、火は浄化の焔、熱は神の息吹、煙は死の帳。

きっとあの天師もいればそう言うだろうか。


嗚呼恐ろしき恐ろしき。

森は焔の海となり、空は怒りの炉となる。

もはや古来よりの時かだ叙事詩に歌われし、終末の景。


 「...なんだ...何がいったい...」

世界が変わっ気分だ。

うさぎを食っていたのからいきなり全ての破滅を見ることになった。


 「...夢なら覚めてくれ」

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