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青灰の地より  作者: 不病真人
第二部 海が父

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第八十二話 海流の奥の影たち

「船長の様子はどうだ?」


「ギくるな!」

 ガルシドュースが無理矢理推し駆け、寄った先、船員たちが半円を描いて囲んでいた。

その中心で、ガスパル船長が仰向けに倒れている。顔は血色などなく、灰色である。

口は開き、目は虚ろに天を見ていた。

手には舵輪の破片のような木片が握られ、胸には浅い赤黒い染みが広がっていた。

(これじゃそもそも動かすのも無理か、にしてもすごいな...ん?)

 ガルシドュースは気がつく、おかしい。

血の量が異様に少ない。

(床に血飛沫がないな...気づいてなかったが怪しいな..?)

当然思考が出てくる。

それは。

まず、致命傷だ、外傷だ...ならもっと流れていいはずだ。

 これじゃまるで、血が抜かれた?

持ってかれたのか?

(干からびている、先ほどより..)


「セオリク、何か手がかりはあるか?」

「……」


(跡を隠すために血を抜くならなぜ死体ごと消さない、今や海の上だぞ?何が目的か...まさかわざと恐怖や懐疑をもたらすようにとでも?)

 ガルシドュースの胸の奥で、その言葉が静かに沈んだ。

懐疑、不審。密閉空間である船上においてとても恐ろしくあるその言葉。

以前にも近い環境があったが、これほどの人数などなかった。


「誰が最初に見つけた?」


やはり、状況を変えるためには自分から問いかける必要があった。


 低く抑えた声でガルシドュースが問うと、若い水夫が震えながら挙手した。


「お、俺です……。さっき舵を取りに来たら……その、もう……」


 「バカ!何勝手にこいつの」


「おい、大丈夫だ。争った跡は?」

そう言いガルシドュースは若い水夫の襟元を掴んでいた、もう一人の水夫、もう一人の少し筋肉質な船員を押し退けた。


ザッ

 彼らが話している間、セオリクがしゃがみ込み、船長の体を分析でもするように見る。

指先が小さく震えているが、彼の瞳は鋭く、冷静そのものだ。


「……妙だな。掴み傷も刃物の跡もない。外傷らしいものは胸元の一点のみ。だが、これは刃ではない……何か、押し込まれたような痕跡である。」


「圧で破裂したような……いや、違うな」


(圧……。水圧か……?...以前に神術持ちとの対決にあったが、水を操る系なら...いやそれはあまりにも大きすぎる、音が。)


「圧?なら人間の仕業ではないのか?)


(しかし人間以外...海の怪物が、よくは知らないが先ほど見たやつのようなものならば、きっとそれが襲えば船全体が揺れるはずだ、気付かないはずがない。なら、これは――)


 ガルシドュースは思わずに喉の奥で息を細く吸った。

昨夜、海に揺らいでいたあの“白い影”。遠すぎて視えなかったもの。赤い月。鉄の匂い。


 一つ一つが繋がっていく嫌な感覚があった。

(まさか、また以前のように怪物たちの群れにでも入ったのか?しかし行動を奪ってどうするつもりだ、まさか知性、いやそもそもこの船長は何者だ、本当に死んだのか?)


「...良くはわかって」

「おい! 舳先のほうにも異常があるぞ!」

セオリクの声を船員が遮る。

 別の船員の叫びが甲板に響き、何人かが走り出す。ガルシドュースとセオリクもすぐに続いた。


 舳先へ回り込むと、そこに――


 黒い染みが点々と続いていた。

 血ではない。もっと粘度があり、海藻の腐った色をしている。

 甲板に細い筋を描くように、海の方へ向けて伸びている。


「……これは、生物の粘液か?」


「だがこんな匂い……嗅いだことがない」


 船員たちが後ずさる。

(マジかよ、なんで面倒ごとが、俺は今回何も自分からしてはいなかったぞ)

 文句があってもことは変わらない、ガルシドュース仕方なくは膝をつき、指先で少しだけそれに触れた。染みに触れた。

染み、粘液は冷たい。だが冷たさの奥に、わずかな“振動”がある。


 ――生きているのか?

(前にも似たような黒い液体...何かの遺跡で潰しては飲んだ気がする)

「ガルシ……!」


 

 リドゥだ。


「アスフィンゼが……うなされています。何かに怯えているようで……」


「わかった。もう外は安全じゃない。絶対に出るな!」


 

「セオリク、俺は下の様子を見てくる。この粘液のことはおまえに任せて――」


「否。私も行く。ただ事ではない。ここで別れて行動するにはまずい、それに……」


 セオリクは周囲を一瞥し、目を細くした。


「朝だというのに、船員の数が少ない。あとはわかるだろう。」


 言われてガルシドュースも気付いた。昨夜見かけた水夫の半分ほどしか今はいない。


 寝ているだけか?

 それとも――


(まさか海へ……奴らは怪物か?)


 胸の奥が嫌な音を立てた。


「戻るぞ、セオリク」


 二人は甲板を走り、狭い階段を駆け下り、個室へ戻った。


 扉を開けた瞬間――


 アスフィンゼが青ざめた顔でガルシドュースを見つめた。

 目は覚めているのに、焦点がどこにも合っていない。


「……来ます」


「アスフィンゼ?」


「……海の、下から……たくさん……手が……」


 小さな声は、震えながら続いた。


「王朝と呼ぶ声が、聞こえる……」


 リドゥが唇を噛んだ。


「昨夜の噂……船が消える、血の匂い……まさか」


 セオリクが窓の外を見る。


 外海の色が急速に暗くなっていた。

 空は曇っていない。

 だが、海そのものが――黒く沈んでいくようだった。


 ガルシドュースは結論を出した。


「……何かが来る。下に降りるぞ、セオリク。リドゥはアスフィンゼを頼む」


「承知!」


 ガルシドュースが“喧騒”を握りしめた。雷火塔槌の柄が重く冷たい。そしてその重さが、今から起こることを告げていた。


 足元で、黒鷹号が大きく軋む――

 まるで海の底から巨大な何かが、船体を舐めるように通っていったように。


「……来やがったか。」


 ガルシドュースは低く呟き、甲板から下へと向けて一歩を踏み出した。


(水中でも戦いは久しぶりだが..また火で空間を作れば加速は空中と変わらないか、いや、飛ぶ、その龍の粒子を火の神術で燃やして、飛ばして、そして雷で集めるようにすればさらに遠くへ反発できるんじゃないか?)


「勇敢なる突進...いや獰猛なる進軍とでも言うべきか。」

戦士や兵士などを象徴する突進からから軍隊の進軍へと。

ガルシドュースの能力は常日頃に成長を遂げるようであった。


龍の粒子を神術で燃やして動力源として昇格させてさらに、その反発を増すように雷霆を用いて加速させる。


(つまり、頭の声がある通り、これはさらに速く飛べる。水中だとしても。もっとも今の力じゃ同格以外水中なんてただなしと等しいだろうが。)


 「警戒するにはいいが友よ、そろそろ降りてはくれないか」


「おお、すまん」


階段を下りきった、その先。


 ガルシドュースの足が、思わず止まった。


 そこに“海域”はなかった。


 あるはずの船底外板の向こう、波と暗闇が広がるはずの空間は、すべてが異物で埋め尽くされていた。


 無数の“それ”が、折り重なるように存在している。


 手だ。


 形容的には手に似ている。なんとなく。

だが指の数も長さも揃っていない。関節は不自然に多く、皮膚は半透明の暗色。血管のような筋が黒く浮かび、その内部を何かがゆっくりと流れている。

もはや生物と呼ぶにはおかしい。


 それらが、船体の外側、いや、船体そのものを覆うように貼りついていた。


 握るでもなく、叩くでもない。


 ただ、触れている。


 触れ続けている。


 船と怪物の境界が、曖昧になるほどに。


「……」


(違う、違う、違う)

違和感がした。

そうか、感覚が伝わってきた。

船体を覆うなどと言う小さなことではなかった。

全ての海域近辺がこれらに埋まっている。


 セオリクも、言葉を失っていた。


「なんだこれ...」

 敵意は、ない。


 少なくとも、今この瞬間には。


 だがそれは“安全”を意味しない。


 怪し過ぎるこの状況でこれはどうもおかしかった。


(囲まれている……いや、包まれている)


 ガルシドュースの感覚が、即座に告げていた。


 これは“待ち”だ。


 罠ではない。襲撃でもない。


 収穫の前段階。


 彼らは今、動かない獲物を確保しているだけだ。


「……手は出してこないな」

(懐かしいな、また全てを包み込むのか...もしかしてこの世界はこういったのに、こんな怪物がたくさんいるのか?)


 階段の先、通路、船底の要所すべてが、その黒い手と、粘液質の肉の集合体で塞がれている。


 押しのければ、壊れるだろう。

そんな考えが止まらない。

 壊せば船も壊れる。


(くそ……)


 頭の中で、即座に戦闘計算が走る。


 獰猛なる進軍。


 一瞬で周囲を制圧し、空間を蹂躙する突進。


 雷霆と火の神術を併用すれば、水中であろうと同格以下は問題にならない。


だが

 ガルシドュースは歯噛みした。


(さっきの雷霆……残っているぞ)


 先ほど、甲板下で放った一撃。


 あれは“撃破”だった。


 だが完全破壊ではない。


 雷の残滓が、まだこの空間に残っている。


 空気中、水中、船体そのものに、微細な電荷として滞留している。


 それでも、この怪物群は――壊れていない。


 焼け焦げてもいない。


 逃げてもいない。


(環境を変えるほどの威力でも無理だ、やはり船も無事ではいれない)


 雷霆が通じない?


 違う。


 通じたはずだ。だが――


「……こいつら、壊される前提で来ている」


 セオリクが、静かに言った。


 その声は、確信を帯びていた。


「どういう意味だ」


「防御でも、回避でもない。受けて、耐え、残る構造だ。まるで……」


 彼は言葉を選び、一瞬黙る。


「……礁だな」


 礁。


 船を止めるためだけに存在する、生きた障害物。

「チッ」

 ガルシドュースは、舌打ちした。


(そう聞くとどうも生き物じゃねぇな)


緊張からか考えが早まる。速くなっていく。

ここで全力を出せば、怪物は削れる。

だが同時に、船底も裂ける。

船が沈めば、終わりだ。

怪物たちは、攻撃する必要すらない。


 沈没を待てばいい。


「……血を抜いたのも、同じ目的か、いやまたは船長も、こいつらを呼ぶ、船長が呼んだのか...?」


 ガルシドュースは、船長の死体を思い出す。


 異様に少ない血。


 乾いた肉体。


 恐怖を煽る配置。


(混乱させ、判断を鈍らせる……)


 これは単なる捕食じゃない。


 群れだ。しかも知性がある


 セオリクが、周囲の壁に触れる。


 粘液が、指先に絡みつく。


 セオリクは、視線を上へ向けた。


「上層は、まだ完全には覆われていない。甲板、帆柱、舵……船の“上”は空いている」


 ガルシドュースは、すぐに理解した。


「……浮かせろ、ってか」


「沈められる前に、だ」


 だが――


(それができりゃ苦労しねぇ)


 船を浮かせる?


 空へ?


 馬鹿げている。


 だが、ガルシドュースの能力は、常識の外にある。

故にセオリクはそう信頼した。

(できるか...この数を前にして...)

 龍の粒子。


 火の神術。


 雷霆。


可能性はある。


 それらを組み合わせた加速――


 一瞬だけなら、持ち上げられるかもしれない。


 船全体を。遠くへと。


(……一瞬だ)


 長くは保たない。


 だが、脱出できる距離が稼げれば。


 怪物たちの“礁”から外れられれば。


「……やるしかねぇな」


 ガルシドュースは、雷火塔槌――“喧騒”を強く握った。


 柄から、微かな震えが伝わる。


 それは武器の反応か、それとも――


「セオリク、上へ戻る。全員集めろ」


「了解」


 二人は踵を返す。


 その背後で。


 黒い手の群れが、一斉に、ぴくりと動いた。


 攻撃ではない。


 だが確実に、“察知”した。


(気付かれたな……)


 階段を駆け上がる間、船体が再び大きく軋んだ。


 今度は、先ほどよりも長い。


 まるで、巨大な何かが――体をすり替えたような感触。


 甲板に戻ると、空気が重い。


 船員たちが、不安と恐怖で固まっている。


 リドゥが、叫んだ。


「ガルシ! 下は――!」


「全部、怪物だ」


 短く、だがはっきりと告げる。


 ざわめきが走る。


「だが、まだ終わりじゃない」


 ガルシドュースは、空を見上げた。


 赤い月は、すでに薄れ、朝の光が差し始めている。


 だが海は、黒いままだ。


(時間はねぇ……)


 彼は深く息を吸い込み、力を巡らせる。


 龍の粒子が、体表に浮かぶ。


 火が、それを燃やす。


 雷が、収束する。


 獰猛なる進軍。


 突進ではない。


 進軍だ。


 一点突破ではなく、全体を押し上げる力。


「……聞け!」


 ガルシドュースの声が、甲板に響いた。


「船は、これから“跳ぶ”! しがみつけ! 落ちたら、終わりだ!」


 理解できない者も多い。


 だが、彼の纏う威圧が、それ以上の疑問を許さなかった。


 次の瞬間。


 ━━━黒鷹号の船体全体が、浮いた。


 ほんの一瞬。


 だが確かに。


 その下で、黒い手の群れが、初めて――掴み損ねた。


 海が、呻く。


 怪物たちが、ざわめく。


 そして


「飛ぶぞ!!!」


 それは、確かに浮上であった━━

 少なくとも、感覚の上では。


 黒鷹号は一瞬、海の拘束から解き放たれたかのように見えた。だがそれは、逃走や上昇と呼ぶにはあまりにも不確かで、むしろ「底から何かを剥がした」際に生じる、不快な反動に近かった。

 まるで、見えぬ粘着質の意志が、最後の最後まで船体を保持しようと指を伸ばしていたかのように。


 次の瞬間、船は再び海に落ちた。

 その衝撃音は、木材の軋みというより、巨大な臓器が鈍く叩かれたような、不吉な響きを伴っていた。


 海は黒かった。


 否、黒く「見える」のではない。

 黒という性質が、そこに存在している。

 色彩の欠如ではなく、意味そのものが沈殿しているかのようであった。


 水平線は、もはや距離を示さなかった。

 遠くも近くもなく、奥行きという概念が、そこから抜け落ちていた。

 世界の一部が、静かに、しかし確実に削ぎ取られている。

そんな感覚が、ガルシドュースの内側に忍び込んだ。


 彼は、甲板を見渡した。


 船員たちがいる。


 それは事実である。

 数も、配置も、表面的には変わらない。


 だが

 何かが一致していない。


(……多い、のか?)


 そう思った直後、彼は自分の思考を疑った。


(いや……少ない……?)


 数は数えられる。

 理性は、正しい答えを弾き出している。

(感覚がが俺を騙してはいない、俺の目はすでに変化している。常人の目であればぼやける部分がほとんどで脳がそれを勝手に処理するが俺は違う。)


「...ならどういうことだ..?」




 ことを振り返る。


 多いのか、少ないのか。

 その判断すら、即座には下せなかった。


 数は数えられる。

 理性は、正しい結果を導いている。

(殺せば...いいのか?また俺の中の記憶のどれかが恐ろしいことを....)


 それにもかかわらず、視線を向けた先の誰かが、

 「人間として、そこに在る」という確信だけが、どうしても伴わなかった。


 ガルシドュースの背筋に、冷たい感触が走った。


(……混ざっている)


 その考えは推論ではなく、完成した結論として、突然胸中に現れた。


 怪物が船を囲んでいるだけではない。

 すでに船の上にいる。


 セオリクが、ほとんど囁くように名を呼んだ。


「……ガルシドュース」


「言うな」


 彼は視線を切らずに応じた。


「俺も、同じものを見ている」


 船員たちは怯えていた。

 それ自体は疑いようがない。


 だが、その怯え方が、あまりにも揃いすぎている。


 本来、恐怖とは無秩序なものだ。

 怒りへ転じる者もいれば、祈りに逃げる者もいる。

 沈黙する者、叫ぶ者、思考を失う者。


 (俺の力だけでこいつらが落ち着いているのか!?)


 それは、個々の精神が生み出した感情というより、

 恐怖という状態そのものが、等分に配られているかのようであった。


 ガルシドュースは歩き出した。


 威圧を隠しもせず、誇示もせず、

 ただそこに“在る”という態度だけを保って。


 最初の船員の前で立ち止まる。


「……出ろ、誰だ!何をした!」


 問いは短い。


 船員は彼を見た。

 否、見たように見えただけかもしれない。


「……寝て、いましたが……」


 声は震えていた。

 だが、その震えは言葉の後半で遅れて現れた。


 次の船員。


「お前は」


「見張りです。夜は、ずっと……」


 即答であった。

 思考の痕跡を感じさせないほどに。


 ガルシドュースは、それ以上問わずに歩いた。


(……問われることを、想定していた)


 その考えは、思考というより侵入に近かった。


 甲板の中央に立った時、彼は理解した。


 (どうすればいいんだ、思考を読めは万が一にやつらは精神領域にて強かったらどうする。


 ガルシドュースは声を上げた。


「聞け」


 低く抑えた声であったが、甲板全体に行き渡った。


「これより、船員を再編する」


 ざわめきが起こる。

 だがそのざわめきさえ、どこか規則的で、自然な混乱とは異なっていた。


「理由は説明しない。痛い目に遭いたくないならな!」


「貴様ら全員をこの私が殺戮して船員を再編する!化け物が殺されるまで全員だ!それでこの船を安全に再編成する!!!いいから!」


 「は?」


懐疑の目、それは甲板の中央に立ち、周囲を睨みつけた。朝の薄い光が、海面をぼんやりと照らす中、黒鷹号の船体は静かに揺れていた。だが、その静けさは偽物だ。船底から聞こえる微かな軋み音、まるで無数の指が木材を掻きむしるような不気味な響き。海の色は、墨を溶かしたように黒く、水平線すらぼやけている。波はほとんど立たず、粘つく油膜が表面を覆っているかのよう。空気には、塩の匂いと混じって、腐った海藻のような生臭さが漂い、鼻を刺す。

 船員たちは、甲板の端に固まって立っていた。十数人の男たち、皆が青ざめた顔で互いに視線を交わす。


臆病な一般人の乗客がたくさん気絶している。

どれも汗だくだ。

船員の粗末な帆布の服は汗で濡れ、肩が震えている者もいる。

殺される事実は嘘ではない。雷を自在に飛ばすやつに抵抗もできない。

疲れた体はとにかく食料を欲するし、今にでも食事を酒場で撮りたい気分だろう。

とにかく肉だ、話をしないで肉を食って酒を飲む。

(肉...?血にく....腐敗教団とか聞いた...ん?まさか、塔桃の場所にいたやつらに同じ!?)

肉。

しかし、ガルシドュースは食事などどうでもよかった。

彼は食事はいらない。

だがほかは違う。

現実から逃げるためか、はたまた本当に飢餓に耐えきれずにいるのか。

妄想に浸り始める。

そう、今までの経験へと、記憶へと。

無事なはずの今までを思い出す。


 遠洋への冒険はまだ稀で、ほとんどの船乗りたちは近海を往復するだけの慎ましい航海を繰り返していた。そうしてればほとんどは無事で入れた。

嵐、未知の海賊、補給の難しさ――そんな理由で苦しむこともない。

彼らはいつも同じ海岸線をなぞるように船を走らせ、馴染みの港に帰ってくる。

そこにあったのは、波打ち際の粗末な居酒屋だ。

店主の態度など、ただの船乗りの彼らには決していいものではない。

しかし店は港のすぐそば、すぐに行ける。

彼らをいつも向かい入れるそこは、木造の古い建物で、屋根は苔むし、壁は塩風にさらされて黒ずんでいる。

入り口の扉はいつも半開きで、潮の匂いと煙が混じっては、いい匂いと呼べない空気が外まで漏れ出していた。

金銭の問題のため光源をほとんど取り入れない店内は薄暗く、ほぼ窓から差し込む夕陽が埃を浮かび上がらせるだけ。

だがやはり食事だ。何よりもそれだ。

中央に大きな暖炉があり、そこでは常に肉が焼かれている。塊肉が串に刺され、脂が滴り落ちて炎を跳ね上げる。ジュッ、ジュッという音が絶えず響き、店全体を肉の香ばしい煙で満たす。

「....ああ」

(...?なぜ俺は...私はこの思考たちに...何か懐かしさか?)

 机は粗い木の板で作られ、傷だらけ。

椅子は、長椅子が並ぶ。

船員たちが肩を寄せ合って座るのにちょうどいい。

近海から戻ったばかりの男たちは、黙って席を占めている。髭面の日焼けした顔、塩で固まった髪、粗末な材質の服。誰もが疲れきった目をしているが、口は肉を求めている。

 店員は一人の中年男。態度は悪い。客が来ても挨拶などしない。ただ、注文を聞くと無愛想に頷き、厨房から肉の皿を運んでくるだけ。

「遅えよ」と客が文句を言っても、肩をすくめて無視。時には言い返したりもする。

酒を置くときも、わざと音を立てて叩きつける。

他の客も似たようなものだ。隣のテーブルで、酔った漁師が突然大声で悪態をつき、誰も相手にしない。  喧嘩が起きそうになっても、誰も仲裁しない。ただ、自分の肉と酒に集中する。

 一人の船員が、大きな羊の腿肉を皿に載せられて受け取る。焼けた皮はパリパリに焦げ、脂が光っている。彼それを急いで切り始める。肉汁が滴り、机に染みを作り、熱さなど気にしていないように口に運ぶと、彼の口内から熱い焼ける音がしている、だが、構わず噛みつく。

噛む音、ゴクゴクと酒を飲む音だけが、その周りを満たしている。船乗り皆同じだった。

例えば、隣の男も同じく、肋肉を骨ごと掴み、歯で剥ぎ取る。脂が指にべっとりつき、口の周りを汚す。誰も拭かない。ただ、黙々と食う。

(...いいや!何がしたい!俺にこれを見せて...いや能力の暴走か?確かに俺はなぜか常に新しい力が...?)


 気がつけばまたもう一人の船員は、鶏の丸焼きを前にしている。手で引きちぎり、骨を投げ捨てる。床には骨とパンくずが散らばる。誰も掃かない。いつも同じだ。船に戻り、近海を旅し、帰ってきて、またここで肉を食う。

「..いや、おまえたちがよくわかってきた。」

(精神に付け入ることや推し入れることを俺がしていた。だがこれはまた違う。無意識に拡散されるものを受けている。)

ならばすでに結果は明白、なぜか知り得ないことだが、ガルシドュースは彼ら船員の記憶をいくつか手にした。

そして彼は判断し始める。

船員を、船員たちが知る船長を。

場は甲板の少し中心の上あたりか。船員が取り囲んでいる。

 その船員たちの中心で、船長の姿をした存在がいる。

ガルシドュースは彼に声をかける。

「おい、お前...」

すると船長はゆっくりと立ち上がった。

「これはこれは...なぜにわたくし目のことが?」

「名を言え」

 「ヴェルドラングでございます。」

ヴェルドラン。

灰色の顔は、血を失ったように蒼白く、唇は乾いてひび割れ、血の痕が残っている。

目は血走り、赤く輝く瞳孔が不安定に揺れている。服は変わっていた。元は汚れた船長の制服だったものが、今は黒い貴族風に、なぜならば金糸の刺繍が施され、裾が風もないのに微かに震えて靡く。

だが、その姿の描写と異なり今の彼はもう優雅さとは程遠い。

肩が前かがみになり、手が小刻みに震え、額から汗が滴り落ちる。まるで、追い詰められた小動物のような、惨めな焦りが見て取れた。


ガルシドュースが彼に近づいて首を掴んでいる。


 「く、……気づかれたのかよ……」

 ヴェルドランの声は、掠れ、途中で上ずった。少し舞台撃にでも近い声だったが、それは慌てふためいた甲高いものに変わっている。

彼は目を泳がせ、ガルシドュースから船員たち、海の黒い影へと視線を移す。

服の袖を握りしめ、ただでさえ白い指がさらに白くなるほど力を込めている。

 対するガルシドュースの目は燃えるように赤い。

 「なぜこの場に出た、俺は知っている、最初は確かに船長、あのガスパルとやらの死体だ。おまえ!下へ行った間になぜこのふりをしたあ!!」

 激昂した声は、雷鳴のように響く。

船員たちがびくりと体を震わせ、後ずさる。

パチ

ガルシドュースの周囲の空気が熱くなり、甲板の木材が軽く焦げる匂いがした。

彼が筋肉が膨張し、肩幅が広く見えてくる。


 ヴェルドラングは、慌てて両手を上げた。震える手が、まるで懇願するように広がればして言う。

 「ま、待て! 待ってくれ! 争いはやめろ! ここで戦ったら……船が、船が沈むぞ! みんな死ぬんだ!」

 声が震え、言葉が詰まる。目が大きく見開かれ、汗が頰を伝うその姿、もはやこいつに条件を言う資格はないと言うべき形相。

 ガルシドュースは、一歩踏み出し、喧騒を振り上げた。雷が先端で弾け、して青白い光が甲板を照らす。

 「ふざけんな! お前の仕業だろうが!どういうつもりだ、化け物か! おまえ!」


「ま」

「俺の周りに、どうして!!!なんでこんな厄介なやつらが寄ってくるんだよ! この世界は、化け物だらけか!? 答えろ!」


「なんだよおい!」

 激昂が頂点に達し、声が吼えるように大きくなった。船体が、ガルシドュースの力に共振するかのように揺れる。

ドタ

それは船員の一人が、恐怖で尻餅をつく。その音


 ヴェルドランは、後ずされゔぁ、甲板の端に背を預けた。

彼の顔が引きつり、息が荒くなるのがよく出ている。

船が乗客は全て見えて、後退りをするのもいれば恐ろしく感じて目を隠すこともある。


 「ち、違う! そもそも 君みたいに強いやつが乗ってるなんて、知らなかったよ! 許してくれ!そうだ!ただでとは言わない!」

 彼はだんだんと言葉が早口になり、焦りが露骨的だった。

また視線が海の黒い影に何度も移り、唇を噛む。

 セオリクが、彼の横に立った。

 「本当か?」

 ヴェルドランは、首を激しく振った。汗が飛び散る。

 「全部言う!私は 古い血の末裔さ! そして、そうだだが、やつらは違う! 海の底のやつら……黒い手みたいな群れ! 」


「さっさといえ!!」

 「待ってくれ!」

「落ち着きたまえ、ガルシドュースよ」

「同胞じゃねえよ! 関係ないんだ! ただの飢えた怪物だ! 死霊か!または何かそれは知らない、だが場所がおかしくなったのは確かだ!」


 ガルシドュースは、喧騒を構え、焦る彼にさらに詰め寄った。

 「その程度の情報だと足りん!」

 

 「やめろ! やめてくれ! 戦ったら、血が流れる! もっと匂いが広がって、あいつらが本気で襲ってくるんだ! 船が沈むぞ! みんな溶かされる! お願いだ、静かにしてくれ! 私が、船を導く! 風を起こす力がある! この海域を抜けられる! 信じてくれよ!」

 焦りが頂点に達し、膝がガクガク震える。貴族だったその仮面は完全に剥がれ、ただの弱者に見える。


「...場所が変わったとか言ったが?どう言うことだ?」


 「ああ、あああ、ああ....それは、詳しく」

「言え!全てを!」

ガルシドュースの怒りの声が彼のもじもじとした文言を塞ぐ。

 「ああ、長老の言い伝えにある!それは禁足地と今はされし場!決して壊してはならない!!そうすれば危機がくる!」


「は?」

 「これ以上は本当に知らない!だが間違いなくそれが一番近いと思われるんだ!そうだ!」


 「血族に恐ろしさを与える化け物なんぞ!人間が禁足地と呼ぶ場所から以外あり得ないぞ!でも普通ならそこから出ない!きっと」


「...わかった」


 「...え?」

(禁足地..俺が魔女にエバンドルや教団などさまざまな場所に人と出会したが、それか、どれかがそれか...または)


「...普通なら出ないと」


「...あ、そうだ」

血族と言っていた彼はガルシドュースの気持ちを読み取ろうとして言葉を返す。

「禁足地、どれも固く帝国や王庭などが閉じめるようにする。我らが偉大なる存在がそうしてくれる。故に出てこない、怪物は。」


少し間をおいてヴェルドラングは言う。

「しかし、いくらその場が固くても怪物を出さないのが目標と聞いた。だから大元として封じられた怪物はいくら世に危害を与えても殺してはいけないと。」


「...そ...そんな...」

 リドゥが、アスフィンゼを支えて甲板に出てきた。アスフィンゼの顔は青白く、目は虚ろ。リドゥが心配そうに声を上げる。

 「ガルシ!一体何が……?ガルシ……」

 ガルシドュースは、ヴェルドラングを睨みつけながら答えた。


「真実なんていらない!俺はそうする!」


「...君、なぜ急に怒りを」


 「全部!この化け物のせいだ! だが、まだ終わってねえ。お前、導けって言うなら、やってみろ! だが、一瞬でも怪しい動きしたら、雷で焼き尽くすぞ!」

 ヴェルドラングは、激しく頷いた、汗だくの顔で。

「どうかまだ私」

「いいや信じない!」

「え?」


 「頼む!私だって、私のせいじゃない!あの死んだやつがやったんだ!やつは殺される間際までに何かしていた!本当だ!」


 「信じないし!真相はいらんと言った!おまえを上空から落として風に皮膚を切り裂いて苦しくさせることだってできるぞ!!」


 「待て!ガルシドュース!貴公やはりおかしいぞ!」


 「俺がおかしいだとぉ!俺はいつも突然キレ出すんだよ!今はこいつに集中するべきだろう!」


「このガルシドュース=ウガュスアルダシグル!ッッが!!!」


 「グロハ━━!!」


「ん!?」


 「船..?」


決して海などない海域に船が入ってくる。平然と、ただの海水の上を通るように。

そしてそこから声が、合唱がする。


 「グロハー!」


「エアルダ語ッッ!今に及んで海賊かッッ!」


 「ガルシドュース、何を焦っているか知らないとするが、して、エアルダ語は海が賊のみではない!」


「殺せ!グロハー!」


 「どう見ても海賊だぁ!くそぉ!」

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