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青灰の地より  作者: 不病真人
第二部 海が父

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第八十一話 出航

陽春にしては少し肌寒いと言うべきであり、今もうその頃でもない。


地によれば肌寒いこともある。


ガルシドュースらが旅の先は海の方へとなれば尚更である。


追われているから、逃走すべきという中、彼らは勢いを見せずにただ、気軽に旅をするように歩いていた。


「それでそいつら?村の奴らどうするって言われてもなぁ...」


(子供が消えて件に関係あるかわからないけど...多分大丈夫だろ、追われている身で伝えにいくのも下手したら巻き添えになる、村が。)


 「俺たちは追われる身だ、これでいいさ、リドゥ。」


「...はい...」

 

しかしガルシドュースの考えと違い、吸血種族なるものが仕業であり、そこを二人が狩り人が来てはやがて駆逐した。

彼が倒したものほど大きくない、しかしその背後にある、吸血王朝の中が一つの王庭、それと、戦う時が後に来るのも、またそうであった。


「...にしても喧騒で戦うこともあったが...我ながら見事な出来前...なんでこんなにうまくできるんだろうか。」


「何かお困りのようで、もしかして....よろしかったんでしょうか?ガルシ?」



 「あぁ...なんでもない、どうした?」


「いえ...ただこのまま陸路を離れてしまうのですので、なるべく早く心残りを」


 (...そうか)


心残り、水路か。


全ては陸路では追手が来やすいと言う討論を簡単した結果船を探して水路で旅をする結果に出た。


水路ならば車輪など、痕跡も残りにくいと言う理由を出したからだ。


(陸路を離れ、海へと向かう道は、追っ手を撒くにはちょうどいい)

思いしてはガルシドュースは馬の手綱のようになぜか自身につけていた縄から手を緩め、並んで歩くリドゥを見やった。

「さて、どうする。小さな港町が近いらしいが、俺たちが、そう四人が顔を出すと目立つかもしれない。ましてアスフィンゼは狙われている。」


「ええ。ですので、小生一人で参ります。吟遊詩人の...この格好でしたら、誰も怪しまないでしょう」


リドゥは笛を肩にかけ直し、薄汚れた外套の裾を翻した。


(...前から思ってたけど楽器多くないか?自分で作った?)


「何か?ガルシ?」

 まだ少年と言っていいほどの若い顔立ち、しかし旅の埃がよく似合う。きっと頼まんでいいだろう。


「いや、頼んだ」

ガルシドュースは断っては小さく頷き、指先をリドゥの額に軽く当てた。

冷たい思念が、糸のように流れ込む。

爵品を神力に昇華させてから覚えた技だ。


『(聞こえているか)』

(...え!?いえ...?あ、うーん....はい、ガルシ...?また以前のようにお声が頭の中に響いております)

『(いいぞ。船の情報だけ掴めばいい。余計な詮索はするな、おまえならわかってくれるはずだ。)』

(承知いたしました。……それにしても、随分と鮮明でございますね。まるで小生の耳元でお話しになっているようで、少しばかり痒いです。)

『(慣れだ。行ってこい)』


「それでは。」

リドゥは小さく会釈し、一人近くの町へと足を向けた。


(まだ爵銀を一部しか神力にしていないが、彼、リドゥを加護するには足りるだろう...してアスフィンゼがまだ眠っているうちに、むむむ...支度は少し難しいな。)


ついた町の名は「ウル=リオ=グシェ(霧鷹)」。

潮風が石畳を湿らせ、魚と焦げた樽の匂いが絡み合う。辺りを見渡せば桟橋には小さな漁船がいくつか、沖に少しばかり大きな帆船が一艘、錨を下ろしていた。しかしどれも遠路には向かないものばかりである。それでも船を情報集めるにはいいところではありそうだ。そう思いながらリドゥは酒場を探し、海猫の巣窟という名前の酒場にへ滑り込んだ。

吟遊詩人の出入りは珍しくない。すぐに誰かが声をかけてくる。

「おや、新顔の詩人さんだ。旅の歌でも聞かせてくれねえか」

「かしこまりました。では、遠い北の国の、姫君と竜の物語を」

指が弦を滑る。

澄んだ音色が、酔客たちのざわめきを静かに縫い止めた。


「よ....」

余韻を残すように歌が一区切りつき、拍手が湧く。

「おお、いい歌じゃないか!」

歌の合間に、余韻を味う人々、それにリドゥはさりげなく探りを入れる。

「ところで皆様、この先、海を下る船はございませんか。小さな楽団でして、陸路はもう飽きてしまいましてね」

「ああ、あの快速船なら明日の朝、出航するってよ。船長はガスパルって野郎だ。金さえ積めば、この辺一帯ならどこまでもいいぞ」

カウンターの隅で、片目の老水夫が口を開いた。

「ただな、最近、夜の海で妙な噂がある。船が消えるって話だ。……血の匂いがするってよ」

リドゥは微笑みを崩さず答えを交わしつつ情報を探る。

(ガルシ、聞こえておりますか)

『(ああ。近辺か....まぁ大きな船はないか聞いてくれるか)』


(にしてもあれだけの...水がある場所で血の匂いか…何かがいるな)

ガルシドュースは密かに思った。


場を変えて船を借りようとするもこのあたりで一番に大きな船がガスパルのものだった。


するとガスパルの船員が言う。

「黒鷹。明朝出帆、行き先は南南西、あんたの行き先は問わない。どこで降りても乗船料は一人銀貨三十枚、荷物は別料金だが...まさか貸切か?」

『(交渉してみろ。俺たちの荷物は“楽器の箱”で通せるはずだ...人目が多いのは心配だが...貸切は一旦やめよう、怪しまれそうだ。)』

(承知しました)


リドゥは水夫に近づき、小声で囁いた。

「実は、楽団の主人がかなり気難しい方でして。夜のうちに荷物を積み込み、朝は誰にも顔を見せずに乗りたいと申しておりまして。……お心当たりは」

水夫は欠けた歯を見せて笑った。

「金次第だ。船長は今、裏の倉庫で骰子を振ってる。まぁ俺が連れてってやる。安心しな、本来にゃ案内だけで追加で銅貨五枚だが、今回はただにしてんよ、昨日にあんたの歌を聞いたからださ。」

「...結構にございます」

思念が震えた。

『(払え。急げ、目的地はどうでもいい、何かの感だが今はとにかく遠くへ行った方がいい。)』


急かされて向かった倉庫の奥は、酒と蝋燭の匂い。

船長ガスパルは、顎に古傷のある大男だった。

リドゥが差し出した袋を見て、太い指で重さを量る。

「吟遊詩人の楽団が、なんで夜中に逃げるように乗りたがる?」

「主人が……貴族の妾腹でしてね。家名を憚って表立って旅ができないのです」

「へえ、よくある話だ」

ガスパルは歯を鳴らして笑い、金袋を懐にしまった。

「明日の夜、潮が満ちる時刻だ。桟橋の端、第四....。灯りは一本だけ点ける。それを目印にしろ。遅れたら置いていくぜ、せっかくの金だ」

「感謝いたします。……ところで」

リドゥはわざと声を落とした。


「個室か、当然その辺りは気を利かす。」

「いえ...ただ、夜の海で船が消えるという噂、本当でしょうか」

ガスパルの目が細まる。

「本当も嘘もあるさ。ただ、最近は月が赤く見える夜が多い。気をつけな、詩人さん」


「...では」

どうやら交渉はついた。

リドゥは船から出て、暗い路地を抜け、町外れの松林まで戻ってきた。

そこではガルシドュースが、馬代わりにしようとして捉えた鹿を繋いで待っていた。

「決まったな」

「はい。船の名は黒鷹、明日の夜。荷物は楽器箱で通します」

「上出来だ」

ガルシドュースは空を見上げた。

雲の切れ間に、欠けた月が赤く滲んで見える。


「……何か、匂う」

「匂いますか……?しばし身を清めていないものでして

「...違う、何かいけない気配がする。」


 「って...鹿が漏らしているのもあるが...」


事をして、次日


風が強くなった。

潮の匂いに、かすかに鉄臭いものが混じる。

リドゥは笛を抱え直し、小さく呟いた。

「小生、船は初めてでございます。……酔いませんよう、祈っております」

「酔ったら海に放り込むわ」

「それは困ります」


次日の夜、潮が満ちる時刻に、四人は約束通り桟橋の端に集まった。ガスパル船長が置いた一本の灯りが、波に揺れてぼんやりと赤く滲んでいる。黒鷹号の船体は闇に溶け込み、帆が風を孕んで小さく軋む音だけが響く。

 荷物は「楽器箱」に偽装した木箱数個。鹿は野に返して、残るは四人だけ。ガルシドュースが先頭に立ち、セオリクが後ろを警戒し、武力のないリドゥがアスフィンゼを支えるようにして船に上がった。アスフィンゼはまだ眠りから覚めきってない。

 船員たちは無言で荷物を運び、余計な言葉は交わさない。

と言うのも明らかに少し変なこの集団だ。どれも服装は独特で値段高そうだった。しかも明らかに楽器じゃない重さのもあって結局はガルシドュースが持ち運ぶことになった。

しかし金で口を塞がれているのだろうか、やはり少しも討論されない。

暫くして他の乗客たちも、粗布などに近い材質のものや少しはいい布なのかの商人たちがいくらか乗り込んでいくと、もうガスパル船長の姿は甲板にはなく、船は静かに岸を離れた。

帆が風を受け、黒鷹号はゆっくりと夜の海へ滑り出す。

 甲板の下、狭い個室に四人は押し込まれた。部屋は船の中央にあり、壁は厚い板で囲まれている。揺れが直接伝わりにくいよう工夫されているが、それでも波の音は絶えず響く。天井には小さな洋燈が一つ、揺れながら橙色の明かりを投げかけている。灯油の匂いが、潮の湿気と混じって重い。


 下段の寝床でアスフィンゼが横になり、上段にセオリクが腰掛ける。ガルシドュースは壁に背を預け、木箱から取り出した武器、彼が雷火塔槌“喧騒”を膝に置いた。

リドゥはと言うと床の端に座り、笛を膝に抱えて小さく息を吐く。

「ようやく……静かに...眠れますね」


「そうだな」

船はまだ港の内海を進んでいるため、波は穏やかだ。波が船底を軽く叩く音が、規則正しく耳に届く。少しは心地よくある。

 

「ふむ、確かに。陸路の馬の蹄音よりは、よほど心地よい。魔物などもいない普通の地に戻れたもの……とはいえ、船旅は初めてか、アスフィンゼ殿」

 アスフィンゼは薄く目を開け、弱々しく頷いた。

「……はい。海、見たのは……遠くからだけ……」

「そうか。心配するな。波が強くなったら、俺がしっかり支える」

 ガルシドュースは優しくアスフィンゼの髪を撫でる。

リドゥはどうにかして、小さな隙間でも見つけてそこから外を見れないか奮闘していた。夜の海は真っ黒で、月が雲の切れ間に浮かんでいる。

「さて、ここから南南西へ。一番大きくあるトルディヴァンガまでは、順調に行けば四、五日だって船長と話をした、まぁ順調の場合でも小船にはかなりの距離だな」

 聞いてリドゥが地図を膝の上で広げ、指でなぞる。

「ええ、大都会と言っても、帝国内の広さは半端ではありません、とりわけ全てを見ればまだ小さくあるもので、そこまで法務部の目などはないかと...しかしそれでも港が三つもあり、船がひっきりなしに出入りしているそうです。そこまで行けば、追手の目も届きにくくなるでしょうと...さらに

「だが、油断は禁物だ。船員たちに探りを入れすぎるな。それにそこで船を見つけたいこともバレないようにすべきだ。」

 ガルシドュースが釘を刺すように言う。セオリクが頷いた。

「うむ。その通りだ。だがそうあれば、ひとまずは休息を取ろうとすべきでは?友よ。」


 「う。」


「そして、明日の朝には、甲板に出て様子を見ようではないか。風向きや船の進み具合も確かめねば」

 船が少しずつ外海へ出ると、波が大きくなってきた。船体がゆったりと上下し、木の軋む音が混じる。ランプの炎が揺れ、影が壁を這うように踊る。

 アスフィンゼが小さく呟いた。

「……揺れる……」

「大丈夫か? 酔うようなら、目を閉じて寝ておけ」

 ガルシドュースが近づいて毛布をかけ直す。アスフィンゼは頷き、目を閉じた。

 リドゥが今度は何か別の楽器を手に取り、軽く指で弦を弾く。音は小さく、しかし澄んでいる。

まるで波の音に寄り添うように、静かな旋律が部屋に広がる。

「小生も初めての船旅でございます。……この揺れ、慣れるまで少し時間がかかりそうですね」

「慣れるともよ。して海はと広い。かの陸路より、追手も来にくいとあるものだ。」


(セオリク...一体どこのものだ...記憶を共有してもおまえがあの村にいた理由は見れなかった...おまえは一体...)

 ガルシドュースはそう思いながら、思念でリドゥにだけ伝える。

『(外の様子が気になるか?今、甲板に出てみるか?セオリクはああ言ってるが問題ないだろう)』

(……いえ、まだ船員や他の乗客たちも動き回っています。もう少し様子を見てからでよろしいかと)

『(わかった。なら、もう少しここで待機だ)』

 しばらくして、船の揺れがさらに強くなった。波が船体を叩く音が大きくなり、時折、甲板の上で誰かが走る足音が聞こえる。ざわつきが、かすかに個室まで伝わってくる。

「ん? 何か騒がしいな」

 ガルシドュースが耳を澄ます。セオリクも立ち上がり、扉に耳を寄せた。

 外から、船員たちの声が漏れ聞こえる。

「……なんだ、あの光……」

「霧じゃねえぞ。月が赤い……」

「船長、右舷に何か見えたって!」

 声は慌ただしく、しかしまだ戦闘の気配はない、なぜなら剣など武器を抜く音がしていない。

ただ、何か異様なものを見たのに違いない。

ガルシドュースは喧騒の柄に手をかけ、静かに言った。

「どうだ、様子を見に行こう。リドゥ、セオリク、アスフィンゼはここに」

「いや、私も同行したいももさ」

 セオリクが立ち上がる。ガルシドュースは一瞬迷ったが、頷いた。

「なら、リドゥとアスフィンゼはここで待機だ。異変があれば、すぐに笛を吹け」

「承知いたしました」


「それと...」

言葉が少し途切れ、そして

「セオリクや俺の守りがないのは不安だろうが、今は我慢してくれ。」

 リドゥが頷いて笛を握りしめ、アスフィンゼの傍に座る。

ガルシドュースとセオリクは静かに個室を出て、狭い通路を抜け、甲板へ上がった。

 夜の海は静かだった。だが、船員たちが集まり、右舷を指差している。

赤い月が雲間から顔を出し、海面を不気味に染めている。その光に、遠くで何か白いものが揺れているように見えた。霧ではない。波ではない。まるで、巨大な帆のような、しかし帆ではない影。

「なんだ、あれ……」

 セオリクが呟く。ガルシドュースは目を細めた。確かに、何かがある。だが、普段見えるはずの距離が今はなぜか遠すぎると感じて、はっきりとはわからない。

船員たちもざわついているが、武器を手に取る者はいない。ただ、驚きと不安が広がっているだけだ。

(これでも武器を取らないのは妙だな...)

「おい、船長は?」


「あ、あんたは」

「船長は舵輪のところに。……おいあれは、ただの幻覚じゃねえか?」


「し、知るかよ」

 片目の水夫が震える声で言った。

ガルシドュースは黙って海を見つめ続ける。影はゆっくりと動いているように見えるが、近づいてはこない。やがて、雲が月を覆い、影は消えた。

 船員たちは安堵の息を吐き、甲板に戻っていく。

「きっとありゃ水流だ」

「いやいや、おめぇちびりそうにびびってた」

ガルシドュースとセオリクも個室へ戻った。

「どうだった?」

 リドゥが小声で尋ねる。

「よくわからん。遠くに何か白い影が見えただけだ。襲ってくる気配はなかった」

「赤い月……王朝の呪い、と言っていた噂は、本当かもしれませんね」

 セオリクが腕を組み、考え込む。

「いずれにせよ、まだ戦いはない。船旅は続く。まずは体力を温存としよう、しかし」


「そうだな、船長があの時も出なかった...おかしいぞ。船員に指示も出さずにどこにいる。」


 船長を含めていろいろおかしい赤い月の下で、何かが静かに息を潜めているような、そんな予感が、四人の胸に残った。

 船は揺れながら、南南西へ。朝が来るまで、まだ長い夜が続く。


朝の光が、船の甲板を薄く照らし始めた。夜の闇が徐々に後退し、海面が青みがかった灰色に変わる。黒鷹号は依然として南南西へ進んでいたが、風が弱まり、帆が時折ぱたぱたと音を立てるだけだ。船員たちは早朝から動き始め、縄を巻き直したり、甲板を拭いたりしていた。しかし、その朝はいつもと違っていた。

 個室で目を覚ましたガルシドュースは、まずアスフィンゼの様子を確認した。彼女はまだ眠りが浅く、毛布にくるまっている。セオリクは上段の寝床で体を起こし、リドゥは窓の小さな隙間から外を覗いていた。

「朝だな。昨夜の影は、どうなったか」

 ガルシドュースが呟くと、リドゥが振り向いた。

「小生が見る限り、何もありません。ただ、海が少し荒れていますね。波が高くなってきたようです」

 セオリクが頷き、立ち上がる。

「ならば、甲板へ出よう。船の進み具合を確認すべきであろう。何事もないには越さないが、昨日のこといかにも怪しいである。」


 四人は軽く身支度を整え、個室を出た。ガルシドュースはアスフィンゼを背に乗せて、ゆっくりと歩く。彼女の顔色は少し良くなっていたが、まだそこまで血色はない、元々色白、と言うより蒼白な顔はさらに白くなっている。

甲板に上がると、潮風が強く吹きつけ、髪を乱す。船員たちが集まり、何かを囲んでいるのが見えた。ざわめきが、風に混じって聞こえてくる。


甲板中央で悲鳴が上がった。

「船長が……死んでる!」

 ガルシドュースはアスフィンゼを立ち上がらせては、駆けつけた。

アスフィンゼは後ろに下がる。


「なっ」

ガルシドュースが見たそれ、舵輪の近くに、ガスパル船長の遺体が横たわっていた。

「...な」

(見ないから船長室にでもいると思ったら死んでる!?)


首筋に二本の深い牙痕のような傷。血はすでに乾き、黒く固まっている。目は見開かれ、恐怖と驚愕の表情が凍りついていた。傍らには折れた短刀が転がっている。


片目の水夫が震える声で呟く。

「交代で舵に来たんだら……もう...せんちょ...冷たくなってた。あれ、船長が一人で残ってたんだ!」

 船員たちが集まり、商人たちも甲板に上がってくる。ざわめきが一気に広がった。

「おい、誰がやったんだ!」

 若い船員が叫び、すぐに視線がガルシドュースたち四人に向けられる。昨夜遅くにこっそり乗船し、荷物を“楽器箱”と称して隠していた集団。しかも、明らかに普通の旅人ではない雰囲気だ。

「あんたらだろ! 船長殺した!」

 一人が指を突きつける。別の船員が彼らを睨みながら叫ぶ。

「荷物を見せろ! 楽器じゃねえんだろ? 開けろ!」

 ガルシドュースは静かに息を吐いた。


リドゥがガルシドュースが殴りかかる予兆を感じたか、率先して前に出て穏やかに言う。

「皆様、落ち着いてください。小生たちはただの……」

 しかし、若い船員が刀を抜きかける。

「黙れ! 船長を殺したのはおめぇらだ! 荷物をよこせ! さもないと……」

 その瞬間、ガルシドュースが動いた。雷火塔槌“喧騒”を素早く呼び寄せると、柄の部分で若い船員の剣を叩き落とす。

金属音が響き、船員は尻餅をついた。

「黙れ、殺す。」

 低い声。ガルシドュースの瞳に冷たい光が宿る。船員たちが一瞬怯む。

「尋問など無駄だ。俺たちはやつを殺していない。だが、俺たちを疑うなら、俺が相手だ。武器を抜くなら、命を捨てる覚悟をしろ」

 後ろでセオリクが静かに石を手に持ち、構え、甲板に緊張が走る。

船員たちは互いに顔を見合わせ、誰も剣を抜けない。

「船長の傷を見ろ」

 ガルシドュースは遺体に近づき、首筋の牙痕を指差した。

「これは人間ができることではない。明らかに人外それも、獣の牙だ。昨夜の影を覚えているか? あれが犯人だ」

 片目の水夫が震えながら頷く。

「あ、あの白い影……確かに、普通じゃなかった」

 しかし、疑いの目は完全に消えない。商人の中の一人が怯えた声で言った。

「じゃあ……あんたのその力だったらいくらでも....」


「違う!俺がそうならばおまえらを殺せる!」

「だったらなんだよ!!」

 その言葉で、船員たちの間に恐怖が広がる。

誰かが「港に戻ろう!」と叫び、別の者が「いや、進むんだ! 逃げるんだ!」と反論する。船を回頭させようとする者と、舵を守ろうとする者で、甲板は二つに分かれた。

 ガルシドュースは苛立ちを抑えながら言った。

「引き返すのは最悪の選択だ。それよりもここで船長の仇を討つなら、俺たちに任せろ。だが、船を止めるな」


「ふざけんな!死にたくない!!」

 若い船員が立ち上がり、なおも食い下がる。

「何を言って……お前らのせいで……」

 再び剣を抜こうとした瞬間、ガルシドュースは一歩踏み出し、喧騒を振り下ろした。雷が閃き、甲板に小さな火花が散る。船員は後ずさり、尻餅をつくものもいる。

「もう一度言う、黙れ。」

 その迫力に、船員たちは完全に沈黙した。甲板は静まり返る。

ガルシドュースはゆっくりと武器を下ろし、死体に視線を戻した。

「まずは船長を葬る。海葬だ。儀式は俺が執り行う」

(食わないのはなぜだ?水底に沈めるにはどうだろうか?)

 船員たちは無言で頷いた。誰も逆らえなかった。

なぜならば、何故か、そうなぜかガルシドュースからとても恐ろしい気配を感じたから。

 その時――。

 片目の水夫が、突然右舷を指差した。

「おおお!……あれだ!」

 全員が振り返る。海面に、昨夜見た白い影が再び浮かび上がっていた。だが、今度は朝の光の下で、はっきりと見えた。

(な、昼間だぞぉ?いや、まさか船長が本体か?だから助けに、罠か?わからんぞ、怪しいのはいくらでもある。)

困惑しながらもガルシドュースは観察をした。

 それは、船ではなかった。

船影、船に見えるものだったが明らかに違った。

 

 巨大な帆のようなものはあるが、肉の膜のように薄く、血管が透けて見える。

帆の下には、膨張した肉塊のような胴体。表面はぬめぬめと光り、ところどころに眼球のようなものが浮かんでいる。触手のようなものが何本も海面を這い、ゆっくりと黒鷹号に向かって近づいてくる。

「ぎゃああああ……?」

 商人たちが悲鳴を上げる。船員たちは凍りついた。

「あれは……魔物か?」

 ガルシドュースは目を細めた。

(何にしろ殺さないといけない、めんどくさいことがどうして続くかよくわからないがまず死ねぇい!)

肉の帆は風を受け、ゆっくりと膨らみ、船を追うように進んでくる。距離はまだ遠いが、確実に近づいている。

「全員、武器を持て!身を構えろ!」

 ガルシドュースの声が響く。

(ん?最近よくこんなことするような)

ガルシドュースの神力を帯びた声に船員らは慌てて剣や短槍を手に取り、甲板に並ぶ。

して気がつく。

「なんでおめぇが」

「黙れ!」

そしてただ命令を聞くことになる船員たち、彼らは、ガルシドュースが神に近い存在になりつつあることも知らない。

商人たちはなどの他の乗客ら個室に逃げ込み、震えながら隠れる。

 

 アスフィンゼはリドゥに支えられながら、震える声で言った。

「……あれ、私の……いいえ、彼らが血を、求めている……」

 彼女の瞳に、かすかな恐怖と覚悟が宿る。ガルシドュースは彼女の肩に手を置き、静かに言った。

「心配するな。俺たちが守る」

 巨大な肉の帆が、徐々に迫ってくる。海面が泡立ち、触手が波を切って伸びてくる。距離はもう百メートルほど。甲板に緊張が走る。

 片目の水夫が叫んだ。

「うわああああ!」

 

 ガルシドュースは喧騒を構え、雷火を灯す。

「来い!俺が迎え撃つ!」

 肉の帆が、ゆっくりと膨張し、巨大な口のような裂け目が開く。そこから、血の匂いが漂ってきた。

 

ドン!

 触手が甲板に伸び、船員の一人を絡め取る。悲鳴が上がる。

喧騒は振り回されて、雷火が触手を焼き切る。

セオリクが別の触手を石で切り裂く。

 それでも触手が次々と伸び、甲板を破壊しようとする。

「させるかッ!」

雷が飛ぶ一撃に帆によく似た肢体が一部が破れ、血のような液体が海に滴る。

だが、生き物は弱らない。むしろ、怒り狂ったように暴れ出す。

 ガルシドュースは甲板を駆け、喧騒を振り下ろしては飛んでいく、怪物に向かって。


怪物が叫び終わるまでもなく雷火が炸裂し、肉の帆に大きな穴を開ける。

「シャオオオオオ!」

肉塊が痙攣し、悲鳴のような音を上げる。

 船員たちは恐怖で錯乱しながらも必死に戦う。

片目の水夫が槍を突き立て、若い船員が短剣で切りつける。

「ぎゃああああ!魔物じゃねぇ!!!!」

 

「黙れ!」


投げつけられた喧騒は雷鳴と暴風を引き起こし、海でも消えない火焔を起こした。

あたりは火の暴風域、そして文字通り火の海と化した。

(しまっ、つい感情的に、これじゃしばらく雷は消えないし...)


「チッ一旦停止か...そして化け物も消し炭で正体も掴めんぞ、オイ!セオリク!アスフィンゼ!誰でもいいわかるやつはいるか!」

空に浮かぶ声は船の全ての人に届く。


 「...おそらくは...」


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