第八十話 離別
「にしても祈りだけじゃ強くなれないもんだね、あの感覚どうだった?」
「え?なんで..」
「そりゃ憑依したみたいなもんだし感覚ぐらいわかるよ。」
(...憑依か...ずいぶんと遠く...ん?遠く?俺の技...神術にしては....同じまぁ、同じ神術持ちを遠くから影響できているな...神器の性質でもあるのか...?)
「しっかしだな、聞いたぞ。お前、俺の技がただ殴る事に名前をつけただとぉ!?両腕で殴ったり、相手を抱えたりとかで芸がないいん!!?」
「え?あっしですか?」
「...え?」
「...わりぃ、多分勘違いだった...」
そんな不毛なやり取りを続けながら、俺たちは村の入口へ歩いていた。
――だが、足が自然と止まる。
そこにあったのは、いや
「...なんもねぇ」
廃村とすら呼べない。
村の入口に差し掛かった瞬間、空気の重みが変わった。焦げた木のにおいと、土埃に混じる血の鉄臭さ。それらが、まるで膜のように身体にまとわりつく。
「...獣の威力はここまで..きたのか...」
(止めたと思っていた...あの獣の被害を!全部受け止めてやったはずだ!)
ぱち
ゴサ
まだ煙を上げている何かが、かすかにぱち、と音を立てた。
「……帰ってこられましたか」
迎えに出てきたリドゥが、枯れ木か何かを杖として突きながらこちらへ歩いてくる。
「ひどいな」
どこもかしこも陥没し、地面には巨大な爪痕のような裂け目が走り、家と呼べない家のぼろぼろな壁が吹き飛び、骨組みがあちらこちらへと黒焦げに突き立っている。
干からびた血が土に染み、赤黒く固まっていた。
焼け落ちた土の匂いの向こう、風に乗って腐臭が流れてくる。
「ええ、小生もまさか自分が生きてのが不思議でして....」
(これはおかしくない、俺へ一番祈っては確実に信頼したやつだ。よくわからないがおそらくは大量の神力がこいつに向かったはずだ。)
顔の皺に黒い煤がこびりつき、それが涙の跡を縁取っていた。
(だけど、力のないこいつには大変だったろうな)
「悪ぃ、あんなのに手こずって遅れた。とりあえず...いろいろ確認するぞ」
俺――いや、「俺たち」は、自然と動き出した。
倒れている者の脈を取り、息の有無を確かめ、動ける者は怪我人を集会所に運ぶ。
「おい、こいつは浅いぞ。縫えば助かる」
「こっち、気を失ってるだけだ。水持ってこい!」
叫ぶ声、返事、泣き声。それらがごちゃ混ぜになって辺り満たす。
リドゥもアスフィンゼもなんかそういう医者でもねぇし力も対してないが動ける手は多い方がいい。
「ここ、運ぶぞ。足が変な方向向いてる」
「ひ、ひぃ……っ、いた……痛い!」
「大丈夫だ、折れてるだけだ。死にはしねぇ」
そう言いながら、自分でも思う。折れてるだけ、か。
腹を引き裂かれて、心臓目掛けられて、胸を貫かれようとも平気な俺には普通の言葉。
だが村人にとってきっと想像を超える苦しみ。
(……それでも、まだ良かった方か)
ふと視界の端に、動かない影が積まれているのが見えた。
布をかぶせられた身体が五つ。いや、もっと奥にもあるな。
一瞬だけ胸が詰まった。
見慣れたが、見慣れたはずだ。
(俺はこんなに感情が...いいや弱かったか?)
祈りにでも、やつらの気持ちがこもっていただろうか。
だが今は手を止める場合じゃない。
「....神....」
がっしと腕を掴まれた。泣き腫らした目の若い女。
若いって言っても、もう子どもがいてもおかしくない年齢だろう。
「助けてください」
「は?」
「どうか!どうか!あなたの国へと!」
「は!!?」
俺がそう答えると、女はぐしゃっと顔を崩して泣き出した。
抱きつかれて困ったが、乱暴に振りほどくのも違う。
結局、軽く背を叩くに留めた。
「神国にどうか!!うわああ」
「..??!!?」
(……ほんと、なんだこれ)
少し離れたところで、ハルドが怪我の程度を記録している。
「雑務やらせて悪いな。」
「左腕骨折、意識あり。次」
「いいんです旦那、それより旦那今のは?」
「腹部、血が出ている。」
「知らん、変な宗教かなんかだろ。」
(祈りの時になんか混じったとか力見せたのが悪いとか..?いやだなぁ、すでにもう恐ろしいから早くここでたい。)
村はあらかた落ち着き始めていた。
その合間、隣を歩くハルドがぼそっと呟いた。
「にしても……旦那、さっきの反応ちょっと面白かったんで」
「あ?何がだよ」
「技に名前つけてるの、馬鹿にされたと思ったんで。怒り方が完全に子どもでぃ」
「……うっせ! あれは勘違いだ!」
「ヘイヘイ。」勘違いね
「っつってんだろ!」
「ぷッ」
「思い出させんな恥ずかしい!!」
村人に聞こえてなくて良かった。
そう思ってしまう。
ガルシドュースたちが騒いでると、近くのじいさんが声をかけてきた。
「おお、おまえさんたち、助かったよ。あんたらがいなければ、わしら……」
「お、おお」
「いきなりじゃった……。だが、ほんとにありがとうよ神様、たしか赤帝様で」
礼を言われれば悪い気はしない。
でも、どこか胸にざらっとした違和感が残る。
(俺は神なのか...?)
そう思ってしまう瞬間が、頭がどうしても混乱し始めたのである。
(……)
と、その時だ。
胸の奥で、鈍いざわめきが動いた。
“言わないんだ……”
“俺は神じゃない”
(それは...そうだが)
“お前が戦ったせいでみんな死んだって。俺が読んできたやつは、そうあるが――不思議だね”
(は?)
ガルシドュースの声。
違う勝手に考えを出すな!
いや、外には出ていない。俺の意識の中だけに落ちてくる声だ。
(……やめろ)
“なにも守れないじゃ、今までに変わらないじゃない。自分はそれで納得か?やりたいことができないなんて”
知られたくない考えを、易々と突いてくる。
(本気で……殺すっ)
“それなのに、ほら。感謝までされてる。それで喜ぶ人ってのは面白いなぁ”
(殺すっつってんだろ!!)
瞬間、俺の眉間に深い皺が刻まれた。
外の空気がざわりと揺れ、ハルドが一歩だけ後ろへ退いた。
俺の背中を見ている。感覚が伝わってくる。
「……だ、旦那...?....」
「いや……なんでもねぇ」
なんでもある。
だが言えねぇ。
自分の中身を晒すのは、戦うよりずっと怖い。
「俺は誰なんだ...」
言いながら、俺はさらに奥へ足を踏み入れた。
村の中央あたり。
もとより村とは呼べないが
そこはさらに、今は、惨い有様だった。
ところどころ砕け、肉片らしき赤黒い染みが散っている。
中央にあった唯一の井戸に崩れ落ちていて、瓦礫をなんとか排除して頭を覗かせて見るも、水と泥が混ざって血のぬめりを帯びた色に濁っていた。
「飲めそうにない。」
生き残った者たちが十数名、裂けた幕を張っただけの応急の避難所らしき場所に固まっている。
その表情は疲労と恐怖でこわばり、腕や脚に布を巻かれた者ばかりだ。
何人かが駆け寄ってくる。
俺に掴みかかった老人が、涙をぼろぼろこぼした。
「おお神様」
(そんな感じだろう、気に入らないから覚えない。)
俺はその言葉に、考えが詰まる。
(言わないんだ……?)
あの声が、俺の意識の奥で響く。
(“お前の戦いのせいでみんな死んだ”って。本来なら、責められるはずなのに……ふしぎだねぇ)
(やめろ)
(よく考えるとこれは俺の性格か..?記憶が多すぎてよくわからない)
(だって、ぼくの読んできた戦記はみんなそう言ってたよ。英雄が戦ったせいで村が燃え、民が死ぬ――定番だ、それを批評するのもたくさんあるさ)
(黙れ)
俺は拳を握る。
「ありがたや」
崇拝の目
笑い。
なんだこれ、洗脳でもされたのか?
俺の力がやったのか?
何かが笑う
愉快そうにも、哀れむようにも聞こえる声で。
「ね? 聞こえてるだろ。――感謝、だってさ」
(……うるせぇ)
胸の奥が軋む。
(さぁ――どうしたの? なんで顔、そんなに歪ませてるの?)
俺はゆっくりと息を吐き、目を閉じた。
「ありったけの食料とみずだ。
全部だ、金、財もよこせ。」
(この村にあるわけないが、下手につけ上がるまずい。)
毒は入れるな。
俺が見てやる。俺にはできる。お前たちが荷物を集めるところを見てやる。
うまくやれ、でないと指からへし折る。
「と言うより、そこの婆さん、お前の指をへし折ってやる。」
「ヒィ!」
「よくも俺たちをああしてくれたな。」
老婆の肩に手を置く。
(ここで適当に脅かせば、つけ上がらない。俺はこれ以上はやらない。)
(...ん?)
手に伝わる振動、肩をこわばらせている。
「……あー、っと。間違えた」
俺はばっと手を離した。
婆さんが情けない声を上げて尻もちをつきかけるが、止めて立たせる。。
「指へし折るとかは冗談だ、冗談。落ち着けよ」
言うと、周りの連中がぎゅっと身を縮めたまま動かない。
――ああ、やりすぎた。完全にやりすぎた。
どうしてこうした。後悔だ
(くそ……俺はなにをしている。)
心の奥で、あの“声”がくつくつ笑った。
(怖がらせてどうすんのさ。)
「やめ...ろ」
(ほら、見てみろ。まるで魔獣でも来たみたいな顔してる)
(……黙れ)
助言や判断以外を言われるのは腹が立つ。
エバンドルとか獣を飲み込んだせいか?
だが、それでも俺はこの脅迫を、それをやめない。
やめたら崩れる気がするからだ。
「なぁ、お前ら。よく聞け」
俺は焼け落ちた井戸の前に立ち、残った村人たちをぐるりと見回した。
その視線を受けて、何人かが怯えたようにしゃっ、と顔を伏せる。
「俺は神じゃない、恐怖でもない。
お前らをここに放っておく気もない存在だ。」
意識の奥で、声が鼻で笑う。
“へぇ。優しいじゃないか”
(違うよ。これは……俺の作戦だ)
俺は続けた。
「今からお前らが持ってる食い物、水、薬、布――
全部ひとつの場所に集めろ。量じゃねぇ、信用の問題だ。
俺が確認する」
ざッ
人々の動きで空気が揺れる。
だが誰も逆らわない。
逆らう余力すら残っていないのだ。
「毒なんざ入れんなよ。
そんなもん使うような頭があるとは思ってねぇが……
もしあったら、そうだな――」
一拍おく。
「ハルドに見つかる前に、俺がぶっ飛ばす」
「あい?旦那、なんであっしに?……」
ハルドのぼやきが聞こえたが、村人たちは凍りついたように頷いた。
それを見て、俺は小さく肩を落とす。
(……本当に、どうしてこうなるんだ)
(優しいじゃん助ける気満々じゃん。
言わないんだ? 「俺は神じゃない」って”)
(黙れつってんだろ……!何で声が大きくなるんだ!)
俺はわざと顔をしかめ、次に村人たちに背を向ける。
「さっさと動け。
俺はお前らが集めてくるのを――」
振り返らず、言い捨てた。
「ぜんぶ見ててやるからよ、全て見るから」
その瞬間、村人のひとりが震えながら声を上げた。
「……か、神様……!」
(神じゃねぇよ!!!)
叫びたかった。
だが喉が詰まり、一言も出てこなかった。
俺はただ、深く息を吸って、吐いた。
(じゃあ、言えばいいのに。)
(言えない理由、知ってるよ。)
(言ったら壊れそうだからだ)
(黙れ黙れ黙れ……!)
俺は歩き出した。
焼けた土の匂いが、喉の奥を焼く。
どこか遠くで、さっきの婆さんがまた泣き出していた。
助けてくれた神様だ、と。
俺は、ただ前を向いた。
ありがたやの連続を経て、皆で集まった。
セオリクは起きて、アスフィンゼもいて、リドゥもいる。
でもハルドとはお別れだ。
「旦那...」
「旦那……ほんと、行くんすか」
声が裏返る。情けないと思ったが、止められなかった。そんなハルド。
ガルシドュースは彼に振り返り、いつもではない調子で鼻を鳴らした。
「おう。俺には俺の道がある。お前も、それに子供じゃないだろ」
「……はい」
嘘だ。本当はまだ子供でいたい。
師匠と呼ぶにはあまりにでかすぎる背中を、ずっと追いかけてきたかった。
ガキのままで。
(言いたかった、あなたを旦那と呼んだ理由を、最初はただ強い魔法使いの貴族だから。)
それこそが強さの一つ。
でも今は違う、ガルシドュースの持つ、その本人の強さにハルドは憧れていた。
師匠の姿を照らし合わせて、憧れるようになっている。
(なら、今にだって、あんたさんをあっしは!あっしは!旦那に言いたい!)
「ガルシドュースの旦那!」
ガルシドュースはふと足を止め、ハルドの肩にどんと手を置いた。
伝わるのは重い。熱い。
ガルシドュースがうちに確かにひめる、火の神術の暑さに龍の重み。
「お前の闘技、もうじき完成する」
「え……?」
「見てりゃわかる。あの鉄の、ムハノとやり合った時の足運び、肩の入れ方……お前、もう“型”を超えてる。あとはなけなしの意地で、殴り続けるだけだ目指すべき場所への勢いだ」
「...?」
ハルドは言葉を失った。
完成──?
「嘘じゃないぞ、めんどくさいから追い出すわけでないと先に言う。」
自分でも気づいていた。
戦いの最中、師匠の技を盗みながら、自分なりに変えて、必死に食らいついてきた。でも“完成”なんて、夢のまた夢だと思っていた。
「だからよ」
ガルシドュースはにやりと笑った。いつもと違うのかよくわからない、彼らは対して会話もしていないから。
でも見てる方の気を悪くしない子どもっぽい、悪戯のような笑顔だった。
「俺がいなくても、いいだろう、もう邪魔だ、上に行くには一人でないといけないとこもある。」
(そう、第一の境の前にある無数の境の目...そこでもちろん自分だけでいなければいけないこともあえう。)
「旦那……!」
「冗談だ馬鹿。……まあ半分本気だがな」
風が吹き抜ける。灰が舞い、二人を隔てた。
ハルドは俯いた。拳を握る。震えが止まらない。
「……あっし、まだあなたに謝罪を」
「できてるだろ。今も立ってるじゃねえか」
「でも……」
「ハルド・ヴァン!」
名前を呼ばれた。初めて、姓ごとに。
姓と名を繋げて呼ぶのは失礼だけど、不思議にいい気分だった。
「お前はもう、それで十分だ。……いや、俺は嬉しいよ、助かった。」
ガルシドュースは照れ臭そうな表情だ。
自分が少しキレた相手を褒めるのには、少しは嫌というべき記憶が出てきたからだろうか。
「俺はな、今のところ、誰かに何かを残せた試しがないと思ってた。全部壊して、食って、消えて、それで終わりだと思ってた。……でもよ、お前がいた、どんどん変わって変えて、生きてくれてる。それだけで、俺は……」
言葉が途切れた。
(俺も変わることができるんだ...!)
言葉代わりにぽん、と軽くハルドは額を小突かれた。
「泣くなよ、みっともねえ」
「……泣いてねで」
「鼻水出てるぞ」
「あはは!」
二人して笑った。短く、ぎこちなく。
そして、ガルシドュースは背を向けた。本当に、最後に。
「おう、ハルド」
「……あい」
「生きて、また会おうぜ」
足音が遠ざかる。
ハルドは動けなかった。ずっと、師匠を思わせる背中を見ていた。
「不思議です、短い間のようで...辛い経験もあったのに楽しかったようで...戦うことだらけだったんだが!」
灰色の空の下、青年の背中を隠す赤い布が風に翻る。
あれが、もう二度と見られないかもしれない。
青年、ハルドは思う。
(...そうか)
ハルドは、ゆっくりと拳を握り、剣を握り締めた。
(完成、か)
手が握り込みで痛む。
けどそれよりも胸の奥が痛いぐらい熱い。痛いくらいに。
(だったら……完成させてやる)
ヴァンの名を世界に響かせるため。
ハルドは振り返った。生き残った村人たちが、遠くでこちらを見ている。
見送りは充分だ。
「……達者で、旦那」
小さく呟いて、ハルドは歩き出した。
風が、灰を運んでいく。
赤い残照が、青年の背中を優しく照らしていた。
その背中を押すように。
ハルドもだんだんそれを感じたか、ハルドは走る。
そして今も走っていた。
焼け跡を離れて三日。
足はもう限界だったが、止まれなかった。
森の奥、獣道もない藪を掻き分けながら、
息が白く、喉が焼ける。
汗と泥で顔はぐちゃぐちゃだ。
でも、笑っていた。
(追跡がいた)
けども巻くことができたはず。
今の自分は誰にも守られなくていい。
そうこれが一人の安心感。
誰かを頼れないわけじゃない。
一人さえ無事でいい安心。
自分の剣で、自分の道を、ただ突き進むだけだ。
そのときだった。
首の後ろに、冷たいものが触れた気がした。
次の瞬間──
視界がぐるりと回った。
空が下に、地面が上に。
低い。
自分の視点が、急に低くなった。
(……あれ?)
視線が、地面に転がっている。地面で転ぶ
「...?」
(まさか?)
自分の首が。ハルドという存在が転んでいる。
首だけで。
「?」
意思があるようで目がまだ瞬いている。
口が開いたまま、声にならない声を出している。
ズサ
これは血飛沫の音。滝のような血の流れ。
血が、どくどくと噴き出しているのは、自分の胴体の方だ。
……死んだ?
あっし、死んだのか?
呆然と、そう思った瞬間、視界が真っ暗になった。
ハルドの意識は、完全に途切れた。
森の片隅、誰も通らないであろう古い道の脇。
それはハルドには馴染みのある道。
その道で青年の胴体は膝から崩れ落ち、首はそれほど離れたわけでもない、草むらに転がっていた。
血はもう止まりかけている。
死後の硬直もまだ始まっていない。
死んでから、ほんの数呼吸か。
背後で、静かな足音がした。
黒い外套をまとった存在、見れば男、それが、ゆっくりと近づいてくる。
男は首だけになったハルドを見下ろし、小さく舌打ちした。
「……ここいら全体白い怪物...食屍鬼かと思えば、しかも支配されている……? 神力の残滓が濃いな」
男の瞳は、薄い灰色。
感情がほとんど感じられない、冷たい光を宿している。
横に、もう一人の黒外套が立つ。
「感染の可能性はありますか?」
「人間だ...いや」
「高い。首を刎ねた瞬間まで、まだ意識が残ってた。
あの目……完全に人の目だった。それで勘違いした。」
「...でしょう、やはり奴らの仕業です!おそらくは新種の吸血種族」
「あああ。それが、こんな短時間でここまで変質するとは……異常だ」
男はしゃがみ込み、指先でハルドの首に触れた。
冷たい。
もう完全に死んでいる。
「……聖稜庭の吸血審判官に報告しますか?」
もう一人が小声で訊ねる。
男は即座に首を振った。
「よせ。元を辿っての上司が同じでも、法務部と仲が最悪だ。
審判官が死んだ現場に来たら、なお最悪だ。」
「なぜそれが?」
「壊れた転送装置...もう法務部だけだ。」
「でも、神力の存在が……」
「知ってる。だからこそ、拡散は避けられない、俺たちはただの仕事人だ、神力で法務部が死んでも関係ない。」
男は立ち上がった。
外套の裾から、細身の長剣を抜く。
刃は、黒く、光を吸い込むようだった。
「感染の可能性があるもの全て、排除しよう」
相棒も剣を抜いた。
二人は、無言でハルドの胴体に近づく。
まず、胴体を貫いた。
次に、転がった首を。
そして、血のついた草、土、木の根まで、
すべてを炎で焼き払った。
炎は音もなく、ただ静かに燃え、
灰すら残さない。
「これで、終わりだ」
男は剣を収めた。
「……可哀想にな」
一言だけ、吐き捨てるように呟いた。
風が吹いた。
森の奥で、誰にも知られず、
青年の旅は終わった。
ただ、焼け焦げた土の下に、森の一部へと。
「どうか...恨まないでください...外へ出せません...」
「いいさ!聖陵にバレたらどうする!神聖部から降格された奴らだぞ!....ああ」
「これいい...あとは適当に首を切って報告する、それで...今日を食える...食事ができる」
(そうだこれでいい支配するのが神でも悪魔でも、法務部でもなんでも関係ない。)
「...確かに....支配か」
ふと気がつけば立っていた。
また見た。
立っているやつら、白い異形たち、怪物たち。
怪物たちがまだいる。
祭壇とか、巨大な獣の同類。
(あれが死んでもいるのか、まぁ...そこまで都合良くはないか。)
けど思い通りに動く、手をかざせばそこに動くし、意思に合わせて動き。
「ガルシ...?」
「俺の思うがままに動く!?」
(しかし困ったなぁ...これから船いるしこれ連れて行くの無理じゃ?)
それもそうだ、全部明らかに人ではない。目立ちすぎる。
「よし!置いてくわ!全部潰すの多分時間かかって法務部の追っ手がくるから全員土かなんかの中入れ!」
ドサ
「..速い!」
「ガルシ...?」
「...んんん!では行こう!海賊が都市、海が街。略奪者の楽園!今こそ!グロハー!!!」
「ガルシ...あなたエアルダ語までできるんですね?」
「もちろんさ!グロハー!(よほー!)」
「いきなり気分が良くなったみたいね」
「いいことだろうアスフィンゼ!!」
「そうね」
「...小生は少しばかり心配です...」
(なんだよリドゥ...いやそれよりセオリクが心配だ...セルバーブが死んでから口開いてないぞ...)




