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青灰の地より  作者: 不病真人
第一部 龍と男に焔 第三章 黎明が前の明け星

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第七十九話 青空の下

轟ッ!

 大地が裂けた。ハルドの剣が、ムハノの鋼の巨躯を斜めに薙いだ瞬間、火花が散り、装甲の一部が剥がれ落ちる。金属の悲鳴が戦場に響き、ムハノの体が機体内で激しく揺さぶられた。血の味が口に広がる。痛みではない。怒りだ。

法務部の誇りが、こんなどこかもしれない田舎の剣士ごときに傷つけられるなど、許せない。

「ぐっ……この、混沌の尖兵め!」


(それになんだ!こいつの格好!)

ムハノは思わずにはいられなかった。

 ムハノは体を固定する肩の部位にあるそれを握りしめ、揺れを鳴らしていけば、次に己が神術で機械のウガリスラを寄せ集めれば、機体の残った脚部を踏ん張らせる。

それは半壊状態だ。右腕の筒状砲口はすでに機能せず、左腕の柱が軋みを上げて光を失いつつある。

それでも、ウガリスラの加護が残っている。

そして今、神術の残滓が、機体の内部で脈打つ。


法劫帝の意志が、ここに宿る、とでも言わんばかりにやつは祈りを捧げれば、さらに神術の気配がます。


 「....汝らは威光にひれ伏さんと!」

 ハルドは着地し、剣を構え直す。息が荒い。村の守りで異形の残党を斬り続けた体は、すでに限界に近い。だが、目だけは燃えている。旦那を、ガルシドゥースを救うためだ。祈りの光が、彼の背中を押す。村人たちの声が、遠くから聞こえる。リドゥの叫び、アスフィンゼの祈り。皆の想いが、剣に宿る。

「あんたさんがムハノか。あっしらを傷つけた罪は、重いぜ。」

 ハルドの声は低く、抑揚がない。そうか、それが本気だ。剣の刃に、青い闘気——いや、祈りが混じった光が宿る。

神術ではない。純粋な意志の力。

ガルシドュースからの神力の加護が、転送装置結界を突破した余波で、まだ流れ込んでいる。


「...神力...?」


 (ええい!神器でないならば遠くまでは及ばん!やつはこれ以上の隠し玉があるか!!?)


「...ならば...貴様らッ!目標を!あの地を這うやつにする!!!」

 ムハノは機体の扉を蹴り開け、飛び出す。身長はハルドより頭二つ高い。

制服は泥と血で汚れ、顔には疲労の影が濃い。だが、目は冷たい。義務の目だ。法務部はそう。感情ではなく、法で動く。


 「そいかい、あっしには関わり」

「黙れッ!」


 「我こそはムハノ・マイブン!」


 「...あっしはハルド....ヴァン...(あざな)をイガウス(訳:叔可)と言う。」


「...貴様...一体...いつの人間だ?」

(やはり...ならば時間か?この禁足地は)


 「....」

ガチャ。


 「罪を認めたくない人間なこった。」

「...はあ?罪? 貴様のような得体のしれん存在に、罪を語る資格はない。我らに叛く大罪人。あちらの巨獣を呼び、帝国の領土を荒らした。死刑だ」


「よりにも執行までを妨げた。死刑だ。それだけだ。」


「我すなわち!裁判官!処刑人!秩序全てが化身なり!」

 ムハノの手に、光が集まる。爵銀の結晶が、掌で輝く。

力を無理にも高めてこれ以上の神術の準備だ。

残った部下たち——五十人から三十人に減った精鋭たちが、円陣を再構築する。

魔蘇網を張り直し、転送の門を安定させる。援軍はもうすぐだ。本隊が来れば、終わり。


「こちら視界に物体なし。五位九三。投擲します!」

 「許可ッ」


互いに報告すれば、体の、肢体が動きなどで確認。

肩を握ることがあればほかもある。


「我と共にあれ!貴様らッ!」

 ハルドは一歩踏み出す。剣を振るう。空気を切り裂く音が響く。

「法? そんなもんで、村が守れるかよ。旦那は巨獣を倒した。民を守った。お前らの帝国が、巨獣を放置したんだろ! 罪があるなら、お前らだ!」

 剣撃が飛ぶ。闘技の波動。ムハノは身を翻し、避ける。地面が抉れ、土煙が舞う。ムハノの反撃。掌から放たれた光の矢が、ハルドを狙う。ウガリスラの神術。貫けば、肉体を内側から焼き尽くす。

 ハルドは剣で弾く。火花が散る。衝撃で腕が痺れる。

「ぐっ……神術か。ずるッ。」

「法は絶対。我らの数多の軍勢がそうだ!今にみよ軍が来る!」

 ムハノが突進する。速い。法務部の訓練された動き。機体が鉄の拳に爵銀を纏い、ハルドの腹を狙う。ハルドは剣で受け止める。金属と肉の衝突。骨が軋む。


(止められん!)

 二人は絡み合う。ハルドの剣が鉄斬る。だが血が噴くのは彼。

さらに扉を開けては、そこめがけて機体が腕でハルドを掴んでは、向かい合わせにムハノの拳がハルドの脇腹を打つ。


ガッ

肋骨が折れる音。

「がはっ!」

 ハルドがへたる。

腕がへたりと降ろされては剣も落ちる。

痛みが体を貫く。


「やはりかッ!驚いてしまったが未完成の闘技ではないか!!ははは...はぁ...クズめ。」

 ムハノは息を吐く。傷が、神術で止血される。

だが、疲労が蓄積する。

ガルシドュースとか言うやつが与えた傷は大きい。

あと五十……いや、三十か。部下の数が、気にかかる。

(この剣士……ただの村人ではない。闘技の域が、第二境か? いや、祈りの影響だ。ガルシドゥースの力の余波……くそっ、計算が狂う!)

 ムハノは後退し、部下に叫ぶ。

「総員、援護射撃! 魔蘇網を強化! 転送を急げ!」

 兵士たちが動く。裁断榴が飛ぶ。光の弾丸が、ハルドを包む。ハルドは剣を回転させ、弾く。だが、一発が腿を掠める。肉が裂け、血が流れる。

「くっ……!」


 ガルシドゥースは遠くで、巨人となった巨獣残骸に寄りかかり、見ている。体はまだ動かない。祈りが弱い。

ただ感じるのみ。


だがひとつおかしいことに気がつく。

こいつは、ムハノは何かの虚勢にて、嘘を吐いておると。


(転送ができるなら...なんで俺の時はそうしなかった、迎撃戦か、いいや追ってきたのはあいつだ。女と言っていた。)


どうもガルシドュースの心が奥に引っかかっていることがある。


なぜムハノとかいうh帝国のやつ、法務部のやつは最初からいきなり転送して襲ってくるわけじゃないんだと。


轟ッ!

 戦場は混沌。法務部の兵が、ハルドを取り囲む。もはや死ぬのみ。


「今宵!黎明までに、我が刃が喰らう血はお前だけだ!ムハノ!!」


「くたばりやがれ!!!!」

鋼の巨躯がハルドの肢体を抉る音が戦場に響いた。ザンッ! という音の余韻が、土煙を切り裂く。

(なぜだ!なぜ折れない!ずっと握ってるだろう!一番良い手を取ったのになんでだ!!!)


 ムハノの機体はよろめき、内部から火花が散る。プシュッと蒸気が噴き出し、機体の関節が軋む音が、まるで巨獣の断末魔のように低く唸った。

「ぐっ……この、野蛮人め!」

 ムハノの声が機内から漏れる。怒りと焦りが聞こえる声だ。


(ハルド!ハルド!)


「なっ!」


(この声は、あんた..旦那!?」


「旦那!!?」


(なんでだ。)

ハルドが思わず叫ぶ。

(ハルド…慌てるな、ともかく今は俺がいる。だから落ち着け、勝てるさ。)


「援軍は来る! やつら全員、死刑だ! 法の名の下に!我れ法務部!」


 「はい!閣下!!」

ムハノの叫びが轟く。

法務部の精鋭たち、爵銀の鎧を纏い、裁断榴を構える。

再び士気を奮い立たせた。

 空には飛行兵が舞い、どこから無理矢理に引っ張てきた戦車のような機械が地を這う。

その行先で道ができるからだ。


 「移動と操縦の部品がありません!だが砲撃はいつでも可能であります!。」

だが、ハルドは怯まない。もっとも怯む余裕も可能性もない。

死か生か。それだけだった。

「ぶっつぶれろおおおお!!!!」

(旦那が言うには援軍なんてねぇ!こいつは無理に起動したとなればこれ以上何かやばいはずだった!そこを壊しとけば、こいつの援軍は絶対こねぇ。)


何を言っているかわからないし、そもそもなぜ転送装置か、なぜそこまで知ったかと聞けば誰しも、ガルシドュースは万能であるとしか言わない。

ここは彼の中にある記憶と神術という万能の力という結論がもっとも合理だろう。


 しかし彼が、ガルシドュースが偉業を見れば誰しもが信じると言われ続けて、ハルド・ヴァンもまたその一人であった。


 ハルドの体が光る。闘技の力だ。神術ではない、未完成だ。

純粋な肉体と意志の技。

だがそこで爵銀からくる神術を超える何かを感じる。


「なっ!閣下に同じ!!」


ガキン

「神力だともおおおおお!」

 剣撃が弧を描き、ムハノの機体に叩きつけられる。

ドン!

装甲が凹み、火花が散る。機体が傾き、ムハノが内部で衝撃を受ける。

「くそっ! 部下ども、陣を再構築せよ! 魔蘇網を強化!縮めろ!範囲を!やつの行動を制御するぞ!」

ムハノの命令が飛ぶ。兵士たちが円陣を組み、光の網が広がり。

(防御するつもりだ、だがいい。やつらは神力の流れの正体を知っていない。)


「ガル……シドュース……祈りを……繋げ……よ」

 セオリクの声が弱く響く。セルバーブの屍が静かに横たわる。

愛馬の目が、最後の輝きを失うと同時にセオリクも倒れてしまう。

 

「貴様のような混沌の尖兵が! 法を汚すな!」


 「精神統一:集中 音速斬!」


巨体が、砂利ごと跳ねた。

砂の山、いや砂の海を上がて。

鋼の巨躯がたわみ、何やら悲鳴を上げる。

機体の右にある垂れる腕が、火花を散って千切れた。


「……精神統一――集中」


ムハノの声が、伝わると同時に


音速斬ッなる技がすでにきた。


空間そのものが裂けたような衝撃が走るハルドの体を襲う。

耳が爆ぜる。視界が揺れる。

ハルドは反射的に体を縮めるように構え――しかし“見えない”。


見えたときには、すでに遅い。


「――ッ!」


打撃とは呼べない。

それは早すぎてもはや速度で圧縮された“線”だった。

神術で強化された鋼鉄が放つ、神術持ちだけが扱える必殺の一撃。


打撃というよりも、噴火のように凄まじくあるもの。


圧力だけでもハルドの腕や足、その体を粉砕しようと迫る。


 ガッ!


手首から肘にかけて、感覚が一瞬で麻痺した。


「ぐっ……!!」


衝撃で膝が砕け落ちる。

内臓が揺らぎ、背骨まで震えた。


――だが。


ムハノは止まらなかった。


まだ打撃も触れていないからだ。


 生死の境目に研ぎ澄まされる感覚、今やハルドを拷問するようにでもなっていた。



もう時期見えるだろうと、鉄の左拳が唸り、ハルドの腹にめり込むその景色がと、ムハノは思い、思わずに少し愉悦を感じていた。


ドゴッ!!


「が……ぁッ!」


吹き飛ぶ。

地面を転がり、肺の奥まで何かが入り込む。


 「がぁ!ごっぽ!」

血である。肺の中に血が入り込んだ。


 ハルドは死を覚悟し、体を起こそうとする。


「うっ!!!!」

衝撃。

足元が爆ぜ、膝が砕けそうになる。

実際砕けている。


刹那。


ムハノの“音速斬”が、辺りに広がれば地面も引き裂いていく。

土を起こすような勢い。


ハルドの首を飛ばしていたであろう斬撃は――


着弾寸前で方向を逸れた。


ギャアァァアアアアッッ!!


耳をつんざく悲鳴。

魔蘇網の柱が一本、何かに引っ張られるようにねじ曲がった。


「な……に?」


ムハノが振り返る。


彼にはわかった。


「なっなにー!」

転送基点が、破壊される、破壊された。

次の瞬間、

“裂けた”。


空間が。


結晶壁が裂けた。

バリバリバリバリ!!


大気が砕け、視界が歪む。

地面が左右に引き裂かれ、

青白い光がうねりを上げて逆流した。


「……基点が……暴走……!?」

(どこで知った!なぜこんな蛮人風情が!!!)

ムハノの顔から血の気が引いた。


「全員――退避――!!」


叫ぶ間もなく、光の渦が兵たちを飲み込む。

叫び声がいくつも途切れ、

肉体が引きちぎられた音が混ざった。


(やべぇッ……!あっしも死ぬ!!)



暴風のような光流が横を吹き抜け、ハルドを皮膚から裂く。


 ガン!ガキン!

ムハノは自分の機体が後方へ引きずられていることに気づく。


「……ふざ、けるな……!」


脚部がまるで全開のように唸る。

装甲が火花を散らし、床を削り、

だが光の裂け目は機体の背を捕らえて離さない。


「私は……法務部だ……!選ばれし天才!

ここで……終わるわけには――!」


光がムハノの背を掴む。

装甲片が剥がれ、内部の骨格部が露出する。


ムハノの絶叫が渦に飲み込まれる。


「離――れろぉおおおおお!!!!」


彼の右腕がもがれ飛んだ。

神術の輝きがちぎれ、細かな破片が光に溶ける。


「馬鹿な……私は……

法を背負っているんだぞ……?

こんな……こんな村の……こんな――」


光が収束した。


「砕き肌あああああ!!!!」

ムハノ・マイブンは、

裂け目に引きずり込まれる瞬間、

最後にこう叫んだ。


「――私は法務ァァァァァ!!!!」


そして、消えた。

四肢を砕かれながら。


ただし、光流の最後の奔流は――

真横にいたハルドへ叩きつけられた。


ドガァァァァァンッ!!


「ぐ――っ……!!??」


身体が宙を舞う。

視界が十回転した。

岩に叩きつけられた瞬間、

肺の空気が全部抜けた。


バサ……ッ。


砂塵の中で、ハルドはうつ伏せに倒れた。

意識が飛びそうになる。


だが、まだ……死んでいない。


 「...ッよく...やった...ハルド...」

ガルシドュースの助けによるものであった。


(……死んだかと思った)


 ガルシドュースは、土と血の味の中で、己の指から足まで今から動ける、動くことを確認した。

 肋骨は確実に数本折れている。右肩は上がらない。

(かなり癒着したが...まだまだ)

 


 


「はぁ……っ……はぁ……」


 呼吸をするだけで、肺が焼ける。

 しかしその痛みが、逆に「生きている」ことを教えてくれた。


(今度はこういう命削る技やめたいけど無理か....)


 しばらくして、砂煙が少しずつ晴れていく。


 戦場に残ったのは——破壊の痕跡だけだった。


 周囲完全に崩壊していた。

 魔蘇網とか法務部が置いたもの、柱のだったり縄のだったりそれらはすべて折れ、輝きは失われた。


残るのはただ、地面にある深い螺旋状の溝が残されている。

 転送基点があった場所は、深く抉れており、中心にはまだじゅうじゅうと光の残滓が揺らめいていた。


「セオリクの神器の力がなきゃここまで伝わることはない...ハルドもまさか...やってくれたな。」


「うっ。」

眩しい日光が照らしてくる。

 空が青いな。

そんな感想が出た。

「.....」

なんとなく、景色に、気がとられた。

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