第七十五話 賛歌と祈り━━ガルシェデアス(ガルシドュースの叙事詩を意味する造語)
轟ッ!
拳が、巨獣の背に深く埋まった。黒鉄の甲殻が、まるで腐った肉のように抉れ、粘液状の神術が噴き出す。だが、それだけじゃねえ。俺の腕が、沈み込む感触が妙だ。硬いはずの表面の下で、何かがうごめく。無数の生き物が、蠢く音。グチャグチャと、肉が潰れる湿った響き。
一体じゃない!
(こいつ……合体してる!? 無数の化け物が、くっついて一つの巨体を形成してやがる!)
「龍哮!」
口からの液体を混じった咆哮は神術の力でとてつもない波動を起こしては煙幕も散る
しかし。
(くそ!腕が動かないとダメだ!唾!津液!これがダメなら次は血か!やはり神器ほど....くそ!神術は離れたらきかん!神術相手に!)
ドクン! ドクン!
心音が、俺の興奮を煽る。
「知るか!消えろ!」
血が沸騰し、視界が赤く脈打つ。巨獣の背中から、黒い触手のようなものが無数に伸び、俺の腕を絡め取ろうとする。
「てめぇが親玉か?同系統か?」
蚯蚓みたいにうねり、雷を帯びた粘液が滴る。
「不愉快だ、下等生物、否、生きる価値すらない存在風情がこの私の前でなど。」
焼ッ!
触れた瞬間、皮膚が焼ける痛み。
火に近い不愉快さ。ますばかりだ、憤怒が。
だが、俺は笑う。
「アハハハ! くすぐってえな、てめえ! それで俺を止められると思ってんのか!?」
拳を千切って引き抜く。
グチャリと、肉片が飛び散る。
中で贄にしたから大爆発だ。
轟ッッ!
引き抜かれた穴から、無数の怪物が溢れ出す。
巨体のくせして巨躯すぐるこいつの上で蚤のように跳ね、俺の体に群がる。
「潰れそうだ...」
牙を剥き、爪を立て、引っ掻いてくる。
一匹一匹が、今まで異形どもよりデカい。
石碑の前で化け物化した兵士、それでその中に、さらに神殿ぽい洞窟、そして塔の中で異形になりかけてる傭兵。
(でかい、実にでかい。
魔女に誘われるがままの記憶の中のそれよりもデカかった。
当然体に与える傷も大きい。
「だが、お前たちは何をしたか興味もない。ここで全て死ぬからだ。」
だが、俺の鱗は今までよりどれほども多く硬い。すでにそうさ!
心音の奔流が、俺の肉体を鋼に、いやはるかそれ以上に決まってる!もうすでに変えている!完璧へと!
ドグン! ドグン!
ガルシドュース!ガルシドュース!
「聞こえるか!俺だけじゃないはずだ!誰か!この賛美を!もはや無数の声だ!
心臓が戦鼓を叩くたび、雷の翼が広がる。
「ああ、龍にでもなった気分だ。」
俺は巨獣の背で跳躍し、群がる怪物どもを蹴散らす。
足が一匹を踏み潰す。爆発する肉汁。雷が連鎖し、周囲の化け物を焼き払う。
だが、奴らは止まらない。
「この感覚....ん?」
巨獣の体から、次々と生み出される。まるで無限の巣窟だ。
(ん?こいつの本体はどこだ!? ただの集合体か!? なら、全部ぶっ潰すのか?いやおかしい、体の一部としてもどれも神術を帯びているが...おかしいぞ!)
遠くで、村の喧騒が聞こえる。
「ガルシドュースの旦那!早くきてくれー!」
リドゥの笛が、勇ましい旋律を奏でる。
ハルドの剣が、異形を斬る音。
それに続く剣が折れる音。
次は、ダマンゲルが斧を咆哮を上げて振り下ろし、ぶっ飛ばされる。
ギュー!
(笛がッッ!リドゥ!)
閃ッ!
セオリクの光矢が、空を裂く。
あいつら、持ちこたえられる、これで。
もう俺が上空で暴れる間、下で戦ってられる。
「我が友! 引き受けたぞ此処は!!」
「おうとも!」
手を休まずに応戦して。セオリクの援護はも望めないことを知りながらこいつらの根本を掴もうとする。
(さすがにリドゥでも神術は無理だろうな。)
次にリドゥの声が、風に乗って届く。詩人が、楽器を鳴らしながら叫ぶ。
「偉大なる赤帝よ! 黒き獣を討ち、わぁあ!我ら!ああああ!」
(うるせえ詩人め……だが、悪くない。この私の鼓動だけでもいいが、豊かなのもいい。)
「あとで書いてもらうか...この旋律を楽が譜に...」
騒ッ!
巨獣の咆哮が、再び響く。ボオオオオオ!
(アホみたいな声だな。)
「うっぷっ!」
体が震え、背中が波打つ。
やつもまた同じか。
俺の足元が、隆起する。黒い肉の山が盛り上がり、俺を弾き飛ばそうとする。
粘液が、ある、それは網のように広がり、俺を捕らえる。熱い。溶ける。
ドクン――ドゴン!
(高鳴りが凄すぎて心臓が裂けそうだ...力はますが長期戦では...それほどまでに体の成長はついていけない!再生が足りない!)
「ならばッッ!」
血液が雷となり、粘液のいわば、そうだな、網を焼き切る。俺は空中で体を捻り、
鼓動の源。巨獣の心臓が、あるはず。
ここまでドクドクと鳴ってる。俺の心音と、共鳴しているんじゃないかと錯覚するほどならあるはずだ。
拳を構える。双拳。ドゥルナ=バグドの構え。心音が頂点に達する。視界が白く染まり、笑いが止まらねえ。
「アハハハハ! 死ね! 死ね死ね死ねぇ!」
残念ながら裁断の戦いのように、有利を捨ててまで戦う性質のせいで、本体とか隙を探さずに殴りかかるだけだ。
(るせぇな...どの記憶かしらねぇが...)
轟ッ!
突進。雷の翼を広げ、巨獣の首に飛び込む。甲殻を拳で叩き割る。グシャッ! 肉が裂け、血のような黒い液体が噴出。無数の怪物が、悲鳴を上げて散る。
変貌する。
(これだ! こいつを潰せば、終わりだ!)
巨獣が暴れる。首を振り、すれば怪物はますばかり。
どれも神術を帯びて俺を振り落とそうとする。引き裂こうとする。
あるやつは触手が俺の体を絡め、または巨獣が雷で俺を焼く。痛え。肉が焦げる。
だが、心音が痛みを快楽に変える。
ドグドグドグドグ!
「...ふぅ...」
心拍が爆発。本当に爆ぜてしまいそうで...俺の拳が、血が出るほど握り込まれてしまう。
「ごっ!」
(ごっ...ごかいて言いたいが血を吐いてしまったか...大槌の中にある贄を経ても残りの轟拳は精々五発....それがキレればもうまともに傷を与えるには...群れが多すぎて...呼吸一拍さえあれば回復もできない...)
もうあとはない...
グチャグチャと、肉が潰れる感触。
神術の奔流が、俺の腕を溶かす。だが、俺は押し込む。しっかりと大槌を握り締めて、中にある、攻撃のたびに吸い込んできた血肉を精一杯変換して回復を図る。
(回復というよりはただ体の形を保つだけだなぁ...)
「ドゥラグ=ゴウグ=ダルグ=グラグル! アルダシグル=ドゥルナ=バグド!」
爆発。腕が破裂する。
ざああああ!
散ッ!
黒い血が、俺を包む。
巨獣の体が、表面は痙攣する。雨のように。
(上に飛ぶ雨もおかしいか...いや塔にあったな...セオリク...お前に謝りたいかもしれない...だがもう...)
ガルシドュース!
心音が、勝利の鼓動を叩く。呼びかける!俺を!
(まだだ……まだ終わらねえ! こいつ!)
俺は再び跳躍。心音を最大に。
ドゴオオオン!
世界が震える。雷が俺の周りを渦巻く。拳に、全てを込める。
ドーンッ!
拳が、圧が飛び出した。拳圧。
だが懐かしい。まさか、またか。
黒鉄の甲殻が、まるで腐った肉のように抉れ、懐かしい感覚を覚える。
何度も見た。腐る巨獣を、龍で見た。
だが、違和感。腕が沈み込む感触が、妙に柔らかい。何もないはず、砕いたはずだ、肌を、表面を、だが腕の周りで何かがうごめく。
グチャグチャと、肉が潰れる湿った響き。だが、拳の先が、進まない、底に届かない。
とても深い感覚だ。
(……ん? めり込みすぎだ。)
ドクン! ドクン!
心音が興奮を煽る。血が沸騰し、視界が赤く脈打つ。
見えるものがよく見えるが間隔があったはずだめり込みすぎだ。
(生命が強いのはわかるがこの手触り!やはり神術か!?)
今度は引き抜かずにいこう、これで拳が、沈む。
(魔獣によく効いた内部からの破壊を試してみようではないか。
ズブズブズブズブ。
肘まで。肩まで。まるで沼に呑まれるように、俺の左腕が、巨獣の体内に引きずり込まれる。
(全員利腕は左のはずだが、この怪物ですら知っているのか!人の聞き手を!)
甲殻の感触、これは、穴!これは、俺の拳を咥え込み、肉壁が蠢いて締め付ける。熱い。粘る。生きている。だが、底がない。拳が、どこまで沈む。
(……おかしい。)
巨獣の咆哮。ボオオオオオ!
体が震え、背中が波打つ。
振動が伝わる!直で!
俺の腕が沈む穴が、広がる。
(まずい!振動で体が裂けて!いや砕けそうだ!
肉が盛り上がり、俺の肩を呑み込もうとする。
さらにはねじれた肉が首に絡みつき、もっと引き摺り下ろされてしまう。
なら俺は動かねえ。拳を握りしめたまま、沈む。
ズブズブズブズブズブ。
胸まで。腹まで。
(……こいつ、肉体じゃねえ。)
拳の先で、融合し、俺の拳を絡め取る。
グチャグチャと、音を立てて、俺の腕を分解し始める。服、鎧、肌にある鱗が剥がれ、肉が溶ける。
雷が走り、神術を侵食する。
だが、俺は笑う。
「アハハ……なるほどな。てめえ、多分神術じゃ無理だ」
ドグン! ドグン!
心音が頂点に達する。血液が雷となる感触、見たことある、人体には雷霆がありそれで動くのも、だが心臓のはずだが。
今や拡大して雷が体内で爆発する。
(お前は神術を食うやつだな、知らなかったが、いるんだな。)
おかしいとは思っていた。
確かになぜどの怪物も神術はあるのに、神術持ちじゃないさそうなのか。
こいつはただ神術持ちを飲み込んでは、動くために使っている。
(なら塔の中にある神術持ちの数も納得する。お前は何か、おそらく塔も血管とか、心臓部の一部分だろうな。)
問題はどうするかだ。
肉はいとも簡単に食われる。喰われる。
いとも簡単に。
こいつはいわば天敵だ。
今の俺にとって。
沈む。沈む。沈む。
ズブズブズブズブズブズブズブ。
首まで。頭まで。視界が、暗闇に呑まれる。巨獣の体内。粘液の海。
無数の怪物が、俺の体に群がる。牙を立て、爪を立てくる。だが、俺は動かねえ。拳を、奥へ奥へと押し込む。
(……底は、ねえ。これ以上は動けないし。成長すれば勝てそうだが...もう時間はない。)
ああ、判断を間違えた...
拳が、虚空に触れる。肉壁の奥に、空間がある。無限の深さ。巨獣の体内は、別の世界だ。俺の拳は、届かねえ。核は、ねえ。巨獣は、倒せねえ。
(魔獣にあるはずの核もなければ内臓も感じない..でかいからって..俺にある感知は全て見える...こいつにはない...俺が見えていないわけじゃない。内臓がないんだよ!)
ドクン――ドゴオオオン!
心音が、巨獣の体内で爆発する。雷が奔流となり、肉壁を焼き払う。
無数の怪物が、悲鳴を上げて散る。そして肉壁へとなる、これで肉壁は再生する。俺を消すために使ってなくなってきた粘液が湧き、また、俺の体を呑み込む。
俺は、沈む、飲み込まれるように、溶けるようにして沈む。
俺は、ただ沈む。深い、深すぎる。
(……こいつ、無限だ。無限か。)
体が、めり込むたび、巨獣の体内は広がる感覚がする。
やつに溶け込んでいるから感覚も繋がってさらによく見える。
どこまで沈んでも、底に届かねえ。
肉壁は、俺と融合する。俺の鱗が、巨獣の甲殻に変わる。俺の雷ぜ巨獣の神術が変わる。
ドクン。ドクン。
心音が、巨獣の鼓動と、同期し始める。
(……まさか。お前の鼓動は俺に合わせていたのか...吸収のためか?)
まさか心音には何か...反発するものがあるのか?
(考え...が消えそうだ...)
俺の腕を受け入れる粘液が、柔らかく体を包む。熱い。でも心地いい。だからきもち、いい。
まるで、帰る場所のように。
巨獣の咆哮が、俺の頭の中で響く。ボオオオオオ!
俺の心音が、巨獣の鼓動に、溶け込む。
……沈む音がした。
泥とも肉ともつかぬものに包まれながら、私はゆっくりと目を開けた。いや、正確には、“彼”の目を借りて、世界を見たのだ。
(ふははは無様だな君!)
視界は血で染まり、雷が静かに流れている。
心臓の鼓動が、遠雷のように耳の奥で響く。
どうやらここが“彼”の中らしい。いや、“彼”の中にある“私”の残滓、そう言うべきか。
実に不愉快だ。
「……随分派手に暴れたじゃないか、君、いや私。俺。」
そう口に出しても、声は外に漏れない。ここは音が届かない世界だ。頭のうちだから。
「しかしだね君、吸収程度ならいけたがまさか合わせるなんて、君と私が存在を同じにしたなんて相当な狂人でしかないぞ君。」
肉の海。雷の雲。心臓の洞窟。
全てが混ざり合い、溶け、脈動し続けている。
私はいた。吸収された記憶の“残り滓”として。
「ふん、どうせならもう少し理性的に暴れりゃよかったのに。腕ごと飲まれるとか、正気の沙汰じゃない。」
皮肉を言う自分の声が、奇妙に遠い。
(誰だ...?)
“彼”の体を通して、私は外を覗く。
そこには黒い巨獣の内壁が蠢き、心臓が、まるで笑うように脈打っていた。
彼の“心音”と、巨獣の“鼓動”が、完全に一致している。
――共鳴だ。
いや、正確には「同化」だな。
「やれやれ、私の一部が入っているからこうして目が覚めたのに、君は死ぬのか?もうこれで?」
「哀れ哀れなりて。」
「どいつもこいつも“力”に飲まれて終わりだ。違うか、ガルシドュース。」
(お前...やはりか...神術持ちを喰うやつはこいつ...お前体を...喰われてたなら協力しろ!)
「そうか。知ってきたか、だが、お前が終わっていなくても、身体はもう半分この“私”のものだ。」
「お前が最後に飲まれた機を借りて最後のひと踏ん張りとしよう。勝てばこいつは私の方舟だ。」
(行きたくないのか!お前は!)
「ガルシドュース...愚かだね。」
ガルシドュースの姿を見て、酷い形相に気がつく。そんな彼...エバンドルであった。
「いくつも魂が混じって一つになっている気持ち悪い体なんていらないから。」
私は笑う。苦笑いのような、それでいて嘲るような笑みだ。
君は愚鈍だ。
自分自身が他人の体を使って喋っているという異常さに、もはや驚きもないし、それっておかしいではないか?
なにせ私も、かつて同じことを以られては驚かされた。
「ふふ、まあ悪く思うな。お前のその“心音”とやら、悪くない。実にいい体だ。」
「何しろ、いや、かなり心地がいい。私の心臓より、ずっと若い。強いね。」
脈打つたびに、雷が血管を駆け抜ける。
“彼”の怒りが、恐怖が、そして戦いへの快楽が伝わってくる。
だがその奥底に、妙な温もりがあった。
誰かの名を思い出すような感情。戦場の熱とは違う、微かな“惜別”だ。
「……ああ、今のことを案外気に入ってたろう。普通にある生活とは程遠いのに君はいったいどれほどに生きたんだ?」
静かに、記憶が再生される。
叫び。骨の折れる音。血の匂い。
全てが混ざり、溶けて、中に沈んでいく。
「実に嫌だね、君に溶けていくのは...まぁもう私は君だが、私はまだ許していない。」
(知るか。)
ガルシドュースは顔を顰めている。
「……そうだな。考えの中なのに顔が見える。
お前はもう...いや私は俺か。」
皮肉のつもりで言ったのに、少しだけ胸が締めつけられた。
どうしてだろう。
“彼”の感情が、私にまで伝わってくるのか。
まるで、心臓ごと共有しているみたいだ。
「……だが死んでほしいぞ!このまま飲み込まれるのはいやだが。外に出る方法をやれ!」
応答はない。代わりに、心臓が答える。
ドクン――ドクン。
⸻
白。
閃光の中で、私
エバンドルは“外”を見た。
いや、これは“彼”の記憶の外側。
過去の私の景色だった。
瓦礫の塔、赤い月、焼けた街。
そしてそこに立つ私。まだ若く、愚かで、世界の理を掴み損ねた頃の私だ。
「……ああ、やはりお前の中に入ったか。私の記憶を。」
若い“私”は言う。まるで幻のように、こちらを見ずに。
その声は乾いていた。
血を吐いた後に残る、鉄の味のような冷たさだ。
『神術とは□□□」
「見えない...もう私は私ではないからか。
『再生ではない。転生だ。』
瞬間、雷鳴が落ちた。
巨獣の心臓が脈打ち、私は再び“彼”の中へ戻された。
目を開けば、黒い肉の海の中心に、自分の姿があった。
“彼”の体を通して立ち上がる“私”。
⸻
「……どうやら、私がしていた研究が災いして君に飲まれたらしい。こいつに影響されたからだろうか。あほうが。」
“彼”の声が、奥底から響く。まだ消えてはいない。
“俺”怒り、抵抗している。だが、私は穏やかだった。
「心配するな。お前の“戦い”は無駄じゃない。あの巨獣、私が引き継ぐ。」
(ふざけんな……俺だ……!お前は渡さないぞ。)
「気色悪い言い方はやめろ。」
沈黙。
次の瞬間、雷鳴が体を貫いた。
融合が進む。
私と彼の神経、血流、心臓の鼓動が一つになる。
「アハハ……やっぱりこの体、悪くない。痛みがあるってのは、生きてる証拠だ。まもなく俺はこの怪獣の肉体を手に入れる!崩れた破片と合わさればエバンドルと近い存在は再びできる!」
(記憶なんて!)
「うるさい!お前が言うのが記憶ならそれでいいだろ!人なんて生きているだけで皮が剥がれたり爪が変わたりする!」
(それ!連続がない!やめろ!)
他者から見れば緊張感のないものに見える両者の対話。
「どうだ!記憶だって!お前は寝ている時に記憶があるのか!!断片だろう!」
外の世界では、まだ巨獣が動いていた。
彼いや、私たちの体が、黒い粘液の海の中で蠢き、膨張し、形を変えていく。
腕は雷の蛇に。背は鉄の翼に。
肉の中に肉を生む。
無限の肉体を持つ巨獣の一部として、私は“再誕”する。
(剥がれろ!なら剥がれろ!)
「ふふ、いやだ、君は死ね。かつて私はお前の“神術に喰われた”。そして今度は“神術を喰う側”だ。」
天井のない、何もないような広い空間で、血が雨のように落ちる。
“彼”の仲間たちの声が遠くに聞こえた。
リドゥ、セオリク、ハルド、ダマンゲル――それぞれの叫びが、もう届かない場所で反響していた。
「悪いな、諸君。君たちの英雄はもうここにはいない。」
(やめろ!)
「どうだ、どうせみんな死ぬぞ。」
(俺に!俺に!)
「何だ?」
口がモゴモゴする。
ガルシドュース
いやエバンドルにある口が変わってくる。
「俺に畏怖しろ、俺を崇拝しろ!」
“彼”の意識が、静かに溶けていく。
私はその最期の想いを感じ取る。
“心音”の律動とともに。
(……なら……せめて……)
「わかっている、名は残す。」
(..違う!なぜそんな力が!)
「所詮は断片か...お前の記憶が出てきたから、お前が望む全ての継続を知ったが、お前自身は変わっているな!」
雷が鳴る。
肉が裂け、空が開く。
私は巨獣の中心から歩み出る。
(違う!歩いていない!ただの錯覚だ!やめろ!)
己の体が幾重にも重なった甲殻に覆われ、胸の中心で“二つの心臓”が打っている。
一つは“俺”の。もう一つは“私”の。
「……ガルシドュース=ウガュスアルダシグル。ウガュスだけでもいい姓だ。もらった。いやどっちかて言おうとすると...中におくから姓では...まだないか...」
それが誰の名なのか、もう曖昧だ。
だが、心臓は確かに応えた。
――ドクン。
(やめろ!)
それは“私”の心音であり、“彼”の鼓動だった。
「今度はお前が焦るばんだ。」
「一緒に死んでもらうぞ、協力をしてもらう気はもうない。」
ユニュ ウニュ
(……やはり、私の死体は役に立ったな。)
「なっ..」
(お前はここで死ぬ!命が無限にあると思っていたか!こいつは域だ!俺が作った神域だ!本来のものには及ばない...だがお前程度の無信者ならいくらでもいけるぞ!このまま磔にされろ!ガルシドュース!!!!」
雷鳴が轟く。
心音が鳴る。
「まずいなぁ...確かにそうだ...今までと違う...」
言うなればガルシドュースは無限にあるわけでhないが、記憶と称しているもの全てがたくさんの命と言ってもいいように、死ぬようなことがあっても蘇る、それで。
「だが今回...全部繋がって..繋ぎ止められた...ような気分だ。」
これでは単に生命力が強いだけではないかとガルシドュースは思った。
「そうだ...でかい技が来れば...生命の上限を超えていれば俺は死んでしまう...これがお前の言う域か...」
(もう出られんぞ!君!)
「それはどうだ」
(誰にも見られることはない!聞かれることもないその声!お前は寂しく死ぬぞ!すぐ死ぬぞ!)
「恐れろー!」
「無信?」
拳が握られる、すでに腕はぼろぼろだが強靭さの見える一握りだった。
「当たり前だ!」
「俺は神だ!神になる!赤帝だ!信じる必要もない!お前たちが俺に祈り信奉しろ!崇め奉れ!この赤帝ガルシドュースを!」
「恐れろ!」
(お前....とっとと死にたがれ!)
「神にふさわしいとは思わないか!俺の賛歌を聞けばいい!」
「友はいる...どうしたそれが!俺はもはや一番神に相応しい!俺こそ神だ!あとでリドゥに賛詩も作って貰えば伝道してもらうぞ!」
(...)
この鼓動。
感じていた生命の躍動は大きすぎていたに違いないと思ってしまった。
あの鼓動はきっと。
神を否定するための“心音
人間の原始衝動そのもの。
感じることがガルシドュースにある
血管を這うような感触がある。
誰か無理やり形を築いているのか。
血の霧の中から、人の形、エバンドルの形をした何かが這い出てくる。
もはや顔も形も曖昧だ。
肉体を喰われ、無理にして意志を保つ存在。
いや、彼、ガルシドュースが意思によるもの。
「貴様は何を目指す……神を殺して、何を得るつもりだ……!」
「お前と一緒だ...わかるぞ神術持ち特有のこの感覚、協力しろとはいわない。この言葉だけでお前が助けるわけもない。俺はそうしないからだ。」
「だがいつものように言うぞ。俺は神になる。全てを支配するとかそう言ったわけではない。」
「...俺はただ...龍になりたい...あの神から感じた偉大ささえあればなんでもできると思ってきた。そして今までに、いや今でも必要だ!だから俺は神になる!」
「お前と同じだ!」
「いや俺たちは皆同じになるはずだ!」
「どうだ!戦士!どうだ!お前は戦神になりたくないのか!お前もだエバンドル!何だ!神だろ、なりには!ほかのやつもどうだ!俺よ!」
「神になりたい!なりたい!俺はそう思った!ならやる!神の意思は決して不変にして恒久的であるからだ!」
その瞬間、心臓が爆ぜた。
音は雷鳴のようで、同時に産声のようでもあった。
内側から吹き上がる衝撃が、巨獣の体壁を貫き、天を裂く。
赤黒い血潮が滝のように流れ出し、空を染め、海を沸騰させた。
俺の視界が白に染まる。
体の中で、何かが壊れ、同時に組み替わっていく。
鼓動が早い。いや、早すぎる。
俺が動くたびに、雷が鳴る。
俺が息をするたびに、風が荒れる。
そして俺が拳を握るたびに、天地が軋む。
(..次に必要なのは..神術への認識だ..お前は認知を一つ打破した...アル=ドゥン=グラ
(神力)はもはやお前のものだ...アル=ドゥン=グラ(流れゆく霊力)は...お前のウガリスラは神力に変貌を...完全にした)
「だがどうした!見ろ!まだ終わりじゃない!俺にいない記憶がまだある!私だ!この怪獣の中にいる!置いてきた!その記憶はもっと知るのもある!どうする!」
「祈れ!俺に!今ならば届くぞ!アスフィンゼ!セオリク!リドゥ!ハルド!村のやつら!地を這い!肉を削り!血を流す空虚なる生活は終わりだ!我が終わらせる!我は偉大なる終焉をもたらすもの!呼べ!我が名を!赤帝ガルシドュースと!」
「ヴォルトア・ドゥラグ・ダルグ。グラマウ・エスファウ・ゲバル・バルグ!
(雷は汝に降り。火は汝を抱く。)」
「カラナダス・ニリマ・ゴウグ・ニリマ・ドゥラグ。
(その名を知らぬ者、焔に焦がれて影とならん。)」
「ダルグ・ゲバル・エスファウ・ニリマ・グレナ、アルダシグル・シグル・ビル・ドゥル。
(かくして天地は裂け、海は血を呑み。)」
「ズォガル・オル・トゥリ・カイン・ヴァル。
(空は赤く染まれり。)」
「ア・グレ・トゥル・ハル・オグ、アルダ・ニリマ・ウル、ドゥラグ・ニリマ・ダルグ。
(そのとき一柱ありき、鉄より生まれ、炎より笑う。
セク・ヴァル・ドゥ・ザ・リオ。
人ら彼を称して曰く、「赤帝」と。)」
「ヴォルトア・グラマウ・バグド・テイン、アルダシグル・ゲバル・ウナ・ニリマ・アルダ。
(彼は雷霆を手に取り、天の骨を打ち砕き)」
「ドゥラグ・マル・スラ・デン、グラマウ・トゥル・ハ・グル。
(神をも焼く火焔を以て、世の穢れを鎮めたり。)¥
「カラナダス・ヴァ・トゥル・ラ・セク・ヴァル。
(伝わる、赤帝の言葉、すなわちこれなり。)」
「アラ・ヴォルトア・テイン・グラ・ハル、ドゥラグ・エル・ハム。
(我、雷を掌に集め、火を心に宿す。)」
「ザグ・ケル・ヴァ・エル・ラ、ドゥル・ヴォルトア・グラ・ス。
(穢れを視る者よ、声を発するな。)」
「アラ・ネ・ヴァル・ドゥン、ナ・ケル・グロ・レ。
(我が名を呼ぶとき、汝の影は祓われん。)」
「ヴァル・ドゥ・グラ・ドゥン・エル・ガル・サラ。
(よって民はその名を恐れ、七日七夜、火を灯して祈りを捧げたり。)」
「ルド・エル・ヴォルトア・グラン、ドゥラグ・エル・セラ。
(ある者は雷鳴の下に立ち、ある者は焔の中で泣き)」
「ナ・ヴァル・トゥル・ドゥン・レ・マル・ヴァル。
(それでもなお、彼の御顔を見たる者は無し。)」
「ドゥン・グレ・ハ・トゥラ・ガル・ザル。
(ただ焦土に、金の羽根一枚、落ちたりと伝えらる。)」
「ヴァル・ネ・グル・ハ・ドゥル・アグ・サル。
(汝、闇を棲処とするものよ。)」
「ヴァル・ネ・スル・ドゥン・アグ・ハル。
(汝、声なき呪を吐くものよ。)」
「セク・ヴァル・ドゥ・グラ・ナ・カイン。
(赤帝の印の前に膝を折れ。)」
「ヴォルトア・バグド・ネ・グラ・ドゥン、ドゥラグ・マル・ケル。
(雷霆は汝の骨を裂き、火焔は汝の心を焼く。)」
「アラグ・グラ・スル・ナ・ケル、ザグ・グラ・スル・ナ・ヴァル。
(光は命を奪わず、影を赦さず。)」
「ドゥル・エル・サラ・トゥル・アラ・カイン。
(かくして祓いの儀は始まる。)」
「エル・ヴァル・ドゥン・ラ・ハ・ドゥル。
(手を胸に、目を閉じ、言を唱えよ。)」
「ヴォルトア・グラ・テイン・アラ・グル、ドゥラグ・ハル・アラ・グラ。
(雷霆は我が盾、火焔は我が刃。)」
「セク・ヴァル・ネ・アラ、ケル・ザグ・アラ・ドゥン。
(赤帝の御名において、穢れよ退け。)」
「ドゥル・エル・ナ、ヴァル・グラン・エル。
(虚よ沈め、影よ還れ。)」
「ヴァル・バグド・グル、ヴァル・サラ・グル、ヴァル・ドゥン・アグ・ネ。
(汝、裂け、汝、鎮まれ、汝、無に帰せ。)」
「トゥル・エル・ヴァル・グラ・ハル・オル・デン。
(聖なる音、八がたび響くとき、穢れは塵となり)」
ボオオオオオ!
巨躯より低く唸る声。
天窓を開けたように、体に大穴を開けられたせいなのだろうか。
それよりも、ガルシドュースに怯えているように見える。
声の先を辿れば天窓がした、完璧に光の的になり、光を浴びる姿が一人。
「大いなる風よ!我が名を!」
「鎮まれよ!邪悪なきこと!」
「ヴォルトア・グラン・エル・アラ・ドゥル。
(大いなる鐘、空に還りて風となる。)」
「ドゥル・ハル・グレ・ザグ・エル・ヴァル。
(されど、その場に残るは、ただ焦げた地と)」
「アラグ・セラ・ドゥン・ハ・グラ・エル。
(ひとひらの微笑のみ。)」
「セク・ヴァル・アラ・ドゥン・ネ・ラ・テイン。
(終わりに、御名を掲げて曰う)」
「セク・ヴァル、ヴォルトア・ドゥラグ・ハ・エル!
(赤帝よ、雷と火の父よ)」
「ヴァル・ザグ・エル・トゥル・カイン・ハル
(汝の眼は千の星を焼き)」
「ヴァル・バグド・エル・マル・ドゥン・スラ。
(汝の手は万の闇を裂く。」
「グラ・ハル・アラ・サラ・ケル・ヴァル
その怒り、我らの盾とならん。)」
「グラ・ドゥン・アラ・サラ・ヴァル・ドゥル。」
その慈悲、我らの帰る灯とならん。)」
「アル・ヴォルトア・ラ・テイン!
(光よ、永久に燃えろ)」
「アル・ヴォルトア・ラ・テイン
光よ、永久に燃えろ。)」
「ザルグ・トゥル・ベイン・ハル、アラ・ヴァル・クル・ドゥン・グラ。)」
「十三体の獣を餌食に、我は五人の勇士を向かわせる。)」
「我は汝、汝は我!」
「すればどうだ!」
「何が敵か!何が災いか!全て我に崇めよ!」
「我は持たらそう!お前は運ばれる!全てが兵へと!」
首を挙げてこう言うと。
「ラグアンダ...(祈祷)」
光の元であるのに、光よりもより眩しい。
天よりも三倍も崇高な人類なり!
ガルシドュース!
地よりも三倍も広大な力量なり!
ガルシドュース!
海よりも三倍も深淵な神霊なり!
人にして神!神にして龍!
不可測!不可想!不可不敬!
偉大なるガルシドュースなり!
「...記録するものとしては...これを言うのはどうかもしれないが...心音とはこうもなるのだろうか...あの帝皇が周りではなく彼を知るものが末裔や...強くはない友人程度ではあるが...」
「いやどうだろうか....」
「...ガルシェデアス...ガルシドュースの叙歌と言う半分造語にして、もはや特定の人物を指す言葉になるが...どうも史記よりも...神話...」
「...はぁ...」
思わずにため息が出て
はぁ
思わずとした、ため息が思わず出た。
「...見るものは全て彼からは天籟の音がするとしたが...」
「まぁ私も史官だ...なんとしても真実を確かめる必要はあるが...怠るわけにもいかない...計画をして旅立てよう...聞こえる..聞こえたね、ボルジャン。」
「え..はい!リン様!」
「...墨溢れた...焦らなくていいよ。」
「は..はい...」




