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青灰の地より  作者: 不病真人
第一部 龍と男に焔 第三章 黎明が前の明け星

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第五十二話 帝都大備忘録・弐 霧影

卓に並ぶ皿を眺めていると、どうにも腹が自分の意志を持ち始めたようで落ち着かない。

肉は山、スープは湖、果実は星。

(...何で頭の中の声みたいにものを喩えるんだ?)


「そんな顔をなさって。まるで探検にでも行く前みたいですわ。」


「まあ実際、胃袋はいつだって未知の洞窟みたいなもんだ。入れてみるまで何がどう収まるか分からない、味だってそうさ。」


 言いながら、肉を切る。

とても慣れている、初めて使う食器たちを目にしても問題なくやれていることが不思議だ。

刃先からは滴る肉汁、噛めば甘さと香ばしさが競い合う。

俺が目を細めると、彼女はすかさず言葉を差し込む。


「その表情、まるで子供みたい。」


「おいおい、子供ってのはこんな真剣な顔で食わねえだろう。これは修行だ、修行。」


「ふふ……修行なら、成果を記録しておかねばなりませんね。」


「じゃあ感想文でも書くか。第一章“肉、思ったより喋る”。」


 くだらない会話に、香りが拍車をかける。

(でもこれって何を食っていることになるんだろうか...いやここは妙な動きをしたらまずいから、平然と行こう。

黄金色の液体は口の中を通り抜けると、じんわり体を内側から溶かすようだ。



「ほら、体まで表情が緩んでますよ。」


「食事笑わされる人間って、悪くはないと思うけどな。」

俺が思う平然とした姿が果たして他者からどう思われるかはよくわからない。

(ただわかるとすれば...)

果実を齧れば、甘さが鋭く舌を切り、風のように消えていく。

(味が本当にする!食ったこともない。口に残らないから次が欲しくなる味、初めてだ。木の屑も石もないのも初めてだ。別に嫌いなわけではないが、確かに連盟のパンよりは美味いぞこれ。)


食事の刹那、向かうとこ、彼女の目が輝いたように見えた。


「気づきました? すぐに消えるところがいいんですの。」


「なるほどな。……共感、でもこれ案外せっかちな性格かもね。」


「えっ?」


「味が長居しないのを喜ぶんだからさ。」


 図星を突かれたように黙り、すぐに菓子を乗せた皿を差し出された。

(適当に言ったことが当たるなんて運があるな俺は。)

月の形をした小さな甘味。円形じゃない方の月。

綺麗な曲線、割ると中から白い餡がのぞき、口に含むと溶けていく。

「これは……長居するな。」


「ええ、父はこの持続する甘さを好むのです。」


「だとすると、お前に気に入られてる俺は、あの方に嫌われるかもしれないな。」


思わずふたりで笑った。

杯の葡萄酒が影のように喉を落ちていくと。


ウィーン

ウィーン

ウィーン




客室の扉が閉まる音で、何だか不老不死の超常な男が鼻歌をするような声に聞こえる。

今ある目的もそいつら、つまり精霊かなんかを探しにいくんだったな。

(何で、こんな変な伝説が残ってるんだろう。)

考え込んでいる間に居間のざわめきは完全に遮られた。ざわめきと言っても皿をしまう程度ではあるが。

それで鍵がかかったかどうかは分からない。ただ、廊下の空気とここに流れる空気は確実に違う。

きれいで新鮮ではあるが、冷たい感じがする。


客を迎えるために用意された寝室らしいが、物の配置があまりに整いすぎていて落ち着かない。寝床も机も隙のない直角を描き、埃ひとつ許していない。


(こういう部屋は、生活の匂いが薄い。あんまり社交をしないか、あるいは身分が高いのか、それとも両者か。)


腰を下ろしたとき、ふと耳に残っていた声を思い出した。宴の終わり、廊下で彼女が執事に向けて囁かれらた言葉だ。


「父は……今夜も戻られないですって。まぁ、急ぎの知らせがあれば、必ず私に通して。」


(父親不在は一時のことか、長いものか。)


で、こうやって考え始めると、脳みそって勝手に余計な連想ばかりしてくる。俺は聡明でも何でもないけど、場の雰囲気とか相手の口ぶりとかを細かく拾って自分の考えで妄想する癖がある。



宴の途中で彼女が何度か周囲を見回してた仕草とか、いろいろ奥があるんじゃないかって勝手な妄想遊戯を始めてしまう。



(...いろいろ考えたいところだが、なぜか眠い...寝る。)


「...眩...し。」



 朝の光が、窓から鋭く差し込んでくる。

ここまで綺麗なものは初めてかもしれない、といってもぼろぼろな宿屋でしかまだ見てないが。

「うっ」

(寒いな少し、昨日より、朝のせいか。)

 部屋は冷え切り、昨夜の葡萄酒の甘い余韻はすっかり消え、代わりに湿った空気と鉄のような匂いが鼻をつく。俺は寝床の端に腰掛け、乱れた寝床の布を握りしめながら、昨夜の出来事を反芻していた。


(なぜか精神世界に入って、それで俺は...誰かと間違えられて。夢なのに食事をした...記憶でも食ってたのか?)


しかし日はまだ眩しさえおもち、現実を彷彿させると言うべきか。

(現実は夢で見たがな、何だかリドゥたちが大変だとか言ってきた気がする...みんな寝てしまうって...てことはあいつらもここに来るのか?)


太陽の位置が気になって窓の外を見ると、屋敷の庭は霧に包まれ、まるで幽霊の吐息のように白く揺れている。

「..早く起きすぎたかもしれないな。」

屋敷全体がまだ眠っているような静けさだ。昨夜の宴の喧騒が嘘のようだ。


寝ぼけているか、窓を暫く見つめたがあることに気がつく。


 窓に映る俺の姿を見ても顔などは変わらないのに、違和感がある。

それは全くきたことない服に、髪型だ。これのせいだ。

(長髪は気に入ってたんだが。ここに来た途端これになってしまった。)


窓の硝子に映し出された自分は、どこか見慣れない男のようだった。


 確かに俺の顔立ちではあるが、いつもとかなりと違う。

まず、髪。いつもは肩まで伸びたやや癖のある長髪を無造作に伸ばしていたが、今は短く切り揃えられている。

いつもは後ろに流すように梳かす前髪が額に軽くかかり、俺のいつもの野性味が削がれたようで、落ち着かない。

「...弱そう....」


 服もまた、俺のものじゃない。旅の埃にまみれたけど、動きやすく守りも硬い繋げたり、ほかの奴らから剥がした鎧はなく、今はまるで貴族の屋敷に住んでいるバカ息子のような出で立ちだ。服は身体にぴったりと合い、肩にものが軽く入っていて姿勢を良く見せる。襟元は銀の細い飾りのようなもので留められている。靴は何かの皮で...黒革で、つま先にわずかな光沢がある。擦り傷一つないその靴は、まるで昨日初めて履かれたかのように新品だ。

(それでふりふりまである!!?ふっわふっわだ!!!)


 そして自分の顔をよく見ると、いつもより青白い。旅の間に日焼けしたはずの肌が、まるで数週間屋内で過ごしたかのように色を失っている。目は鋭いままだが、どこか疲れたような影が落ちている。

隈が全くない綺麗な目だった。

(しかし俺お気に入りの黒い瞳のままでよかった。)


 鼻筋はいつも通りで、顎の角度も変わらないが、唇の端にわずかな緊張が刻まれているのが分かる。昨夜の宴での葡萄酒と、彼女との会話が頭をよぎり、俺の表情が一瞬緩むが、すぐにまた硬くなる。

こうしていると別人だと気づく。

気づかされてしまう。心の中だっておかしいんじゃないかって思えてしまう。

いつもより考え込んでしまっているんじゃないかって。


(まぁどのみちすぐに出てやる、ちょうど起きているやつは少ないはずだ、使用人程度なら今の俺の身分でどうにかなる。)

探索に出るとする。


 出た先での廊下は窓がないためまだ薄暗く、夜の残り香を含んだ冷気がまとわりついてくる。壁には等間隔で燭台が並び、そこには町のような灯はない。

(...しかし歩くのに迷うな。)

 廊下に絨毯があってそれはやわらかく、足音を吸い込んでしまう。こういうところは実に静かで、逆に落ち着かない。

(音がしねえのは、盗みに入ったときと似てるな……いや、今回は正面からの客だ。大手を振って歩いてやろう。)


 突き当たりを曲がると、壁際に大きな壺が置かれているのが目に入った。青白い釉薬がかかり、蓋には金属の装飾。何かの紋章らしき模様が彫られている。

(こういう壺は、絶対中に変なもの入ってる……いや、勝手に開けたら即バレだろうな。)

 手を伸ばしかけてやめる。


 さらに進むと、大広間に繋がる扉が少し開いていた。覗き込むと、長い机の上には昨夜の宴の痕跡がまだ残っている。皿は片付けられているが、甘い香りや葡萄酒の残り香が漂ってくる。

 そこに一人の使用人がいて、無言で食器を磨いていた。俺に気づくと、ぴたりと手を止めて深く頭を下げる。

「おはようございます、旦那様。」

(……旦那様? やっぱり俺、ここでは別の奴と思われてるな。)


 使用人は俺を見上げてはこない。

まるで言葉を間違えまいとするように口を固くしている。

(昨日から観察してきたが、身分によっては見ることすらも禁じられているんだな。)

「……散歩だ。庭を見てこようと思ってな。」

「かしこまりました。霧が濃うございますので、お足元にお気をつけて。」


 扉を押し開けると、外の空気が肌を刺した。

精神の中ではあるが肌を刺す感覚が心地よい。

 庭一面が白い靄に覆われ、植え込みや石畳が霞んでいる。木立は影絵のように立ち並び、その合間を冷たい風がすり抜ける。

 歩みを進めると、足元の砂利がかすかに音を立てた。その音だけが確かな現実の証拠に思えた。

 やがて、庭の中央に小さな噴水が見えた。水は止まっており、表面には夜露が凍りかけているような薄い膜が張っている。


 その脇に、背を向けて立つ人影があった。

長い外套に身を包み、霧の中で佇んでいる。誰かの客か、それとも


 俺は思わず足を止める。

そして拳をいつでもぶちかませるように力を貯める。

(いつもより力は弱いが何もしないよりマシか...もう少しここでの戦い方を考えた方がいいかもしれないな。)


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