第二十一話 空に浮かぶ湖
ズ……ズ……ズ……!
嫌な水音が、地面の奥から連続して響く。
「来い!」
次の瞬間だった。
ゴガアアンッ!!
床が裂けた。
灰にまみれた石の床、その下から――
水が、ついに噴き出した。
いや吹き出されたと言うべきか
壁をも突き破るように、黒く濁った流れが巻き上がる。
その中心に――何かが、いた。
そいつが床を割らせて浮かんだ水を噴き上がらせたに違いない。
「ッ!!」
叫ぶ暇もなかった。
ぐしゃ、と音がして、濡れた肉のような何かが転がった。
その一瞬で水が体にあたり火で消える、水が蒸発して蒸気となる、そのせいで視界が奪われる。
「前!」アスフィンゼの声だ、というかいつ起きたんだ。
しかしその声に反応するよりも先に、ガルシドュースの体はすでに動いていた。
火を帯びながら男は、真横に跳ねた。
間一髪、真上から落ちてきた“それ”の体が地面を抉る。水と血と腐臭が混じった空気が吹き上がる。
「クセェ…!生きてるか生きてないかの龍神と違う臭いだった。」
(ん...?動かない?)
“それ”は、地にめり込んだまま、動かない。
だが動かないことが、逆に不気味だった。
(今の隙に、不意打ちだ。)
男は周囲を確認しながら、火を小さくする。
「違う、動かないんじゃない……」
男は火をぐっと高めては、目を細める。
「動いてる!小さな動き!?」
“それ”は小さな動きで動いていた。
振動を起こしていた。
その振動によって。
その真下から周囲には、無数の小さな亀裂があった。そして、そこから染み出すように、水が静かに溢れている。
「水はまずい!」
ガルシドュースは動く。
やっとわかったぞ!お前が動かない理由ぅ!
きっと自分が動かなくても、地形が動くからだ!
そして、水流れは彼らのいる洞窟ほうへ向かっている。勢いを増しながら。
⸻
「させるか!死ねぇ!」
男は跳んだ。
“それ”より先に、崩れかけた通路の先に着地する。
火が一瞬大きくなる。
「消えている!?」
(違う、見..亀裂はまだある...広がっているならばこいつはきっといる、何処かで!)
そして気づく、ある場所の異常を、微かに見える霧のようなもの。
ガルシドュースはそこの方角へ手を当ては、空洞を作り、空気を燃やして蒸気を手のひらに作り出した。
これにより空気を反射させたは、見える距離を増やす。
そして気づく、“それ”は擬態していたことに。
“それ”の肌は、水面の反射に合わせて、洞窟の風景を模倣していた。
ただの隠蔽ではない。見た者の脳が“風景の一部だ”と思うように、角度と濡れ方がされていた。
(まさか!知能があるというのか?お前には。)
突如、リドゥが叫んだ。
「今!右!右の壁、剥がれるぞ!!」
「くっ!」
しかしガルシドュースは近づかない、いいや近づけないというべきであった。
それの振動は地をも裂く、つまり踏み込むのも叩くのもやった側の方はバラバラとなる。
だが弾薬をぶちかませば洞窟が崩れて、不利な水中戦となる。
(どうする!?どうする!?あああ)
弾薬を投げる?!ガルシドュース!?
(無理だ!この距離、あれの速度だと避けられる!)
(そうか!)
「威力がでかいなら俺を撃ち出せばいい!」
なんとガルシドュースはそう言って自分を思いっきりと殴る、手には灰を握りしめ、爆発が起こる。ガルシドュースは大きくぶっ飛んでいく!
“それ”の方向へと。
「なっ何にしてるんですかー!ガルシドュース!!」
近接で振動が伝われば俺は死ぬ、遠距離での洞窟は死ぬ。
なら弾薬を着実に爆破させられる距離で打てばいい!
ドーン
爆破が起きた。
その爆破のど真ん中でガルシドュースの腕はボロボロになっていた。
彼は精密な動作で弾薬を手に握りしめては爆破させた。当然、無傷では済まない。
だが目的は達成された。
“それ”に攻撃は直撃した。
蹲るそれをみた、だがガルシドュースは油断せずにすぐさま杭を手に持ち“それ”に突き刺すつもりだった。
そのときだった。
真上から、さらに水音がしてきた。
天井の奥、まったく別の層にあった“水脈”が崩れたのだ。
「上か!?いや違う、これは……!」
下から突き上げた“それ”が起こした振動の目的は最初から罠だった。
洞窟の天井の方にも水流があることを知っていた。
これは完全に“洞窟構造”を理解している動きだった。
そして、(こいつは知性を持っているに違いない!)そうガルシドュースは確信する。
怪物は擬態をやめては叫んだ。そして次の瞬間に飛んでくる!
「ドゥルザン・ヴァカラ!? ドリアダ ザグレ?」
意 (な、なんだと!? あれが裂けたのか?)
「ガルシドュース!何をしているんですか!驚いて場合じゃない、うっ」リドゥはガルシドュースを助けようとするが、彼にもうそんな体力はどこにも残っていなかった。
「撃てー!」
爆破音が響く。
あたりが崩れ始めてまた水中になる
「この妙な石碑を打ち壊せー!」
「よくもこの私にこんな辛い行軍をさせたな!」
(一体...あ、あの怪物落石に埋もれてるぞ!今の隙に逃げる!)
(アスフィンゼたちは..!いた!)
「撃てー!」
またもや爆発音がした、ある男の指示と共に。
「怪物どもに怯むな!貴様ら帝国が誇る法務部だろうが!」
「我が神術さえあればてぇきなあし!貴様らは文字通りの神がかりだ!」
(なんだかよくわからんがこういう急展開もっと頼むぞ!)
ガルシドュースは心の中でそう思いながらも、アスフィンゼとリドゥを持って空気のある場所を探していた。
ドゴーン!
また、爆発音が響いた。
地下の空洞は焼け野原になっていて、水が蒸気とかして熱を帯びる。暑すぎる環境になっていて、視界を遮られる。
それでも、兵たちは迷わず撃ち込んだ。
「第二波、裁断榴、投射完了ッ!!」
地面はすでに形を残さず丘陵地帯どころか穴の奥深い地層まで辿りつく。
砕けた場所で、榴弾が爆破すればそれに伴って、白い塊が吹き飛んでいく。
化け物たちが、悲鳴してはすぐに砕ける。
だがそれでも完全にやられたわけではない。
ガルシドュースが苦戦していた特殊個体のようなものがまるで水と同化したように、肉体拗らせながら奇妙な動きをして近づいてくる。
「止まるな!あの怪物を撃ち殺せ!」
ムハノが叫ぶ。
「ここまでどれほど時間をかけたか!私の労力を無駄にするな!思い出せ!」
直前。地上
法務部の部隊は移動中だった。
凄まじい速度でだ。
なぜならば、彼らの現地の首領であるムハノ・マイブン法佐警には、音を操る神術を持っていた。
彼が足音の振動を地面に響かせることで、地の構造を探り、歩きやすい場所を探していた。これで進軍は速くなる。
だがそれだけではない。
歌わせた軍歌の目的すらも、音の振動を自分の筋肉や骨に通し、内臓の動きを強化するためであった。
これにより肺の空気は倍に膨らみ、心臓の鼓動は倍速になり、体が疲れを無視して動き続けられる。
最後には、足裏の摩擦の音、その振動までを消していた。
結果、靴が地面を滑るように走り、足を止めず、転ばずに、ひたすら突っ走る。
そうして彼らは、常人の数倍の速さでここまで進軍できた。
「撃てー!弾幕薄いぞ!」
時は現在
裁断榴の砲撃が絶え間なく打ち出される。
それは高速で打ち出されては炸裂する弾薬であった。
それが、穴の中の化け物たちに、今、連続して叩き込まれていた。
「詰めろ!砲撃が終わったものは、近接戦闘にかかれ。」
弾薬を使いきった法務部の兵士たちが一斉に前へ走る。
砲撃で空気が沸騰している最中に近接用の電気を帯びた棍棒を手に持ちながら突撃してくる。
「指定位置に到着!」
「確認!こちら狙撃部隊!敵影なし」
「よっオーし、全体とまれー」
だが、そのとき。
ズ……ズズ……
地面の奥が、再び鳴る。
「また来るぞ!!」
別層にあったガルシドュースたちの水脈が、あれが崩れた振動が地上まで伝わった。
あの化け物は、わかっていた。
この洞窟がどう繋がっているのか、水の流れがどこから来るのか。
つまり地上の動きを把握はしていた。
最初から、自分が撃ち落とされることすら、引き寄せる罠だった。
「こちら狙撃部隊が代表、奇妙な音を確認しました!」
「ええい狼狽えるな!俺の声を聞け!」
ムハノは彼の神術で繋がっていた部隊の連絡を書き変えて、自身の声を優先させた。
「止まれ!踏み込むな!振動が……!」
そう、さっきまで歩けた場所が、今は危険地帯となっていた。
振動が、丘陵を、洞窟を、大地そのものを、危険かつ強力武器に変えている。
揺れで兵士たちが足を踏み出した瞬間、そこが崩れる。
「撃てー!!裁断榴、残弾全部ぶち込め!!」
兵たちは叫び、銃を構えた。
もはや慎重に構えている暇はない。
振動がこちらの全体を吹き飛ばす前に、殺すしかなかった。
ドゴォオオン!!
地が裂けた。
地下の水脈と振動が暴発し、濁流が真上へ突き上げる。
その中心には、黒い影たちと、異様な色が一つ、それは燃える男の姿。
ガルシドュースだ。
その両腕に、リドゥとアスフィンゼを抱えながら、怪物の群れと共に水柱に乗って浮上した。
「クソッ、なんだよ……!」
下から上がる化け物たち
だが今は、すぐに石碑の前に跪くような姿で着地させては、ゆっくりと頭を垂れていた。
そして
──石碑が、開いていた。
黒く、縦に裂けたそれは、まるで目のように。
内部から吹き出す肌が凍てつくほどの冷気。
(涼しい。旅用に小さいやつほしい。)
その中心には、微かに指のようなものが突き出ている。
「……それを捧げ、《指》を賜る……」
まるで誰かが読経しているような声。
聞こえた瞬間、兵の一人が叫ぶ。
「まずいッ、目を……ああッ、見るなァ!!」
遅かった。
その男の肉体が急激に痩せ細る。
髪が抜け、皮膚が裂け、十秒も経たぬうちに死人のような色の肌と化す。
男は指先を震わせながら、自分の肌を見下ろす。
赤子のような柔らかい手に変わっていた。
彼の意識が、誰かの自己にされているのだ。
もう一度人生を経験したことにより男は2倍の速さで寿命を消耗させていた。
「老衰などという現象は、諸君、断じてこれの主たる目的になってない。」
その声は、乾いた大地を踏み鳴らす馬の蹄の音に紛れて現れた。
いや、むしろ、声の方が先にあり、蹄がその後を追ったのかもしれない。
というのも、その声の主たるもの──我らがいまだ名を知らぬ彼は、声色からすると勇猛不屈な気質を滲ませていた。
やはり如何なる常識にも縛られぬ風変わりな理屈を信奉する男である、きっとそうであろう。
「老いとは、いわば副産物になる、すなわち──我が家の納屋に積もる埃の如きものであってだな。
この技、この術、この置物やら、この妙なる計らいの本懐は、ただひとつ、おそらくは
人の存在を時の彼方、つまり過去を牢に封じることにあれど。」
言葉の調子はかなりにして真剣ではあり、あたかも聖なる祝祭日においての如しに響かんとする
まるでは、そう祝祭日において、聖環連会の鐘が三度鳴ったときのような音にも似る荘厳さをまとっていたが、
内容たるや、聞く者によっては到底理解し難いものであった。いかんせん口調も複雑怪奇に極まらんとする。
「そもそもだ、貴公ら──魂とは、壺に注がれし葡萄酒のごときもので、壺が割れようとも、中身は他の壺に注ぎ直すことが叶う。
だが蒸発せしむる、あの葡萄酒は帰って来ぬ、飲んだ酒が尿に変わるような、至極の自然な道理にある。
ならばこの行為は極悪にして非道、人のなすべきことにあらず!」
「????」
「なんだ貴様ぁ!?おい!かかれ!」
「はっ閣下!」 答える法務部の兵たち。
「我が名はガレヌ・フォデ・グリオス・セクリオ・ド・ラングシェ!」
セオリクは考えもせずに再び名乗りあげる。
その名乗りの反響が終わらぬうちに、男は猛然と、黒く裂けた石碑の口へと、馬ごと突撃した。
「行くぞ!セルハーブよ!」
「おいセオリク!吸い込まれるぞ、やめ──ッ!」
ズウゥウゥン……
「くっ……!ダメだ、動けねえ!」
「脚が勝手に……!」
石碑からあふれ出した“何か”に抗えず、兵士も、怪物も、味方も敵も、分け隔てなくすべてが、引き寄せられていく。
いいやほかから見れば、それは自分から歩み寄るように見えるだろうか。
ムハノが叫ぶ。
「チクショーにうああああ!デミアン閣下に殺される!!」
それに触れた者は過去を見て、老い果て、肉体を捨て、自我すらも削がれる。
そして今、男が突入したことで扉の力が全開になり
──全員、吸い込まれた。
黒く歪んだ口が、ひとつとして瞼のように瞬きをするみたく一瞬で閉ざされる。
次に目を開けたとき、彼らがいたのは……
無数の階層が絡まり、階段が無数絡まり、混ざり、つぐに歪んでいては、さらに天井はなく、代わりに上には逆さまの湖面のようなものが揺れていた。
下には“底”があるのか分からないほどの暗さで、ただひたすらに闇が広がっては、除けば帰ってくるのはただ、ねっとりと湿っていた空気であった。
「……っ、ここはどこだ……?」
リドゥが呻くように呟いたそのとき、あたりに異様な音が満ちる。
カツン……カツン……
それは誰かが“自分の靴音”を真似て歩いてくるような、耳元に近い異常な音。
ガルシドュースが息をのむ。
「……なんなんだ……!」
洞窟とは違う。ここでは音が届く前に、意識してしまう。見えても聞こえてもいないものがなんのか先にわかってしまう。
視界の端に、かつて倒したはずの男が立っていた。
いや、違う。そいつは記憶の中の存在だ。
思い出した瞬間に形を持ち、実体化してしまった。
あるいは最初かえあだ!
「これは、記憶?精神が干渉されている!」
ガルシドュースが吠える。
「この空間、俺たちの心すら奪うつもりか!」
記憶の中の存在は言う
「ここは“思い出す”ことしか許されない!誰も、何も、忘れられない!」
「我の名はベックオ・メロストにして、その男ではない。」
「貴を殺す」
そこへ、ある騎馬の男が、石の階段の上から声をあげては石を投げつけた。だがベックオと名乗る存在の足元にそれはあたる。
「不中、やめろ。」
「我が名はガレヌ・フォデ・グリオス・セクリオ・ド・ラングシェ。誇り高き騎士ぞ。不意打ちなどせん。」
それに答えるように、新たな声が響く。
──「……何人も、己が死を拒むならば、他者の記憶に生きよ」──
「っ、だっ!だれの声なんです??」
リドゥが叫んだ。
だが返事はなかった。
代わりに、壁のような場所がにわかに裂けて開いた。




