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青灰の地より  作者: 不病真人
第1章 龍と男に焔
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第十九話 深く潜りしもの

 灰に覆われた穴の先、洞窟というべき場所では、体から噴き上がる火で照らさないと目先までもが闇に包まれてしまう。


その体が燃えている男は名をガルシドュースという。


 進みはじめて湿った岩肌は乾燥し始める。

しばらく続いてきた音、ぽた…ぽた…と濁った水滴が落ちる音も消えていく。

さらに進んでそれよりも奥で、何かが這い回るような、低い音がしていた。まるで土の中に、生きたものでもいるかのようだ。


「ケホ、ケホ。」


 白目を剥いたままのリドゥは咳が止まらなく、アスフィンゼはまだ意識を取り戻さず、浅く呼吸している。

 俺は立ち上がると、火で周りを灯すように掌を多く燃やし、周囲を睨み回す。


 ぎっ――ぎ、ぎち……


 耳の奥で、音がする。

 

 それはきっと、何か近づいてくる、そう感じて、寒気が背筋を這い上がってきた。

燃えているのに。


(音が、地面の下から……?)


 俺は一歩だけ足を引き、火を絶やさぬように呼吸を整える。

 リズムが狂えば、こんな狭い環境では火の勢いは止まらず、仲間らにも及んでしまう。


 コツ……コツ……


 何かが地面を、叩いていた。


 まるで歩く音。だが、人間のような足音ではない。

 柔らかく、しかし確実に、近づいてくる。


 そして、地の奥深くから湧き出たかのように。


 “手”が、にゅるりと現れた。

手なのか?これは。

 指の形をしていたが、指の関節が多い。

 皮膚はまだらに剥げ、爪はひどく長く、黄色く変色している。


 


 その手は、明らかに俺の火に怯えたように、すぐに引っ込んだ。

 だが、そこから逃げる気配はしない。

見えていないはずだった。

歯軋りの音。

この音の感じは。


 きっと

 岩の裏に、いる、複数体が。

 


「……おい」


 俺が声をかけても、返事はない。

 ただ、もう一つの手が、別の岩の隙間から突き出される。


 左右違う場所、どうやら囲まれている。


 火の気流を強めると、手がまた岩の中に引っ込む。


 その時だった。


ガリカリ……カリ……カリカリカリカリ……


 爪で岩をひっかくような音が、四方から響き始めた。

 まるで、音そのものが空間に寄生するように、増殖していくように、次々と。


 その音は、リドゥの意識すら引き戻す。


「……どなたか、いるのでしょうか……?」


 彼が震える声でそう言った時。


 一体目が、姿を見せた。


 岩の隙間から、頭が、出る。


 目がなく。鼻はつぶれ、口が横に裂けている。

 、皮膚は斑に剥けていた。


 大人の半分ほどの大きさ。


 そして、立っていた。手を使わず。


 気配がさらに増える。

 背後、左右、頭上。岩の間に、顔、顔、顔。


 十……いや、二十体はいる。


 全てが、こちらを“見て”いる――目がないのに。


 「……来るぞ」


 俺は火を強めては、地面に足腰を落として、構える。


 その瞬間。


 ギイイイィ――――――ッ!!


 あまりにも高い、鼓膜を破るような悲鳴が洞内に響きわたる。


 変な奴らが一斉に跳ねる。


 跳躍ではない。穴の上の土を目指しては空中へ飛び出し、火に触れない位置をめがけて穴を掘り進める。


 アスフィンゼの方へと一体が向かう。


「……させるかッ!!」


 ならばリドゥを投げ飛ばす!あの怪物に向けて!

 「うばばば、オロロロ。」

「ギィ!」 と、吐瀉物を撒き散らしながら回転して突進する空中浮遊のリドゥに驚く怪物ら。


その隙にアスフィンゼがいる方へ向かう。

やつらは驚いてリドゥへ手は出せない。


ドサ

転がるリドゥ、服の端は燃えていて、どうやら先程の大回転は神術の力もあるらしい。

目の前には怪物。それによってリドゥは震え上がり、少しばかり目が醒める。


そして近くにある黒い物体があることに気づく。


それは、武器らしきもの。

見定めるべくリドゥは這いずり回りそこへ近づく。


「これ...うっ、てい...うっ、国。帝国法務部!?」


帝国法務部、精鋭である法務警兵が持つ裁断榴ではないか?!


「ギィ!」

驚く時間もなく怪物は恐れを克服したか、リドゥに襲い掛かろうとする。



 刹那、怪物の口が開かれる。縦にも横にも避けきれぬ角度で、信じられぬ大きさに拡がって――リドゥに襲い掛かる!


「や、やだッ!お助けを!」


 そう言うも、リドゥは咄嗟に、眼前の裁断榴を拾い上げては、その引き金に指をかけた。だが、彼は恐怖により、指が震えては引き金を引くことができずに何度も空振る。


「う、うう……動け、動けよぉ……!」


 どんどん近づくことで怪物の様相がはっきりとしてくる。やがてその全貌があらわになる。

 それは人のような直立に近い姿をしていた。

 だが骨格がゆがみ、背は曲がっていて。皮膚は裂け、血管が外に露出して赤黒く脈動している。


 


「動いてぇいッッ!!」


 リドゥ、叫びながら引き金を引いた。


 ズドンッッ!!!


炸裂しだす轟音

 裁断榴の砲身から放たれた弾が、怪物の上半身を粉々に打ち砕いた。

 肉があるはずの場所は、ただ黒煙と共に吹き飛んだ。


 それを見てリドゥは目を見開く。震えが今まで以上になり、止まることを知らない

 そのまま後ろに尻もちをつき、裁断榴を抱きかかえるようにして震えていた。

しばらくして腕の痛みを感じた。

どうやら裁断榴の反動によるものだった。

なぜなら彼は今や先程より遠く後ろに飛んではガルシドュースの方に近くなっている。



「あ、あっ。」


(腕が痛い、あの人、ガルシドュースが後ろに、けど多すぎる、杭一発では...あ!」


「ガルシドュース様!助けて!」


そう言ってリドゥは最後の力を振り絞った勢いで裁断榴を投げ飛ばす。

その勢いは傷のある腕からきたものとは思えなかった。


ガチ


ガルシドュースは裁断榴を手に取り、弾薬を確認、そしてすぐさま残弾がないことに気づいた。


(問題ない、神術で焼けばいい。)


ガルシドュースは灰が充填する場所であればそれを焼いては、石でも弾薬にできると判断した。まるで杭の時のように。

「杭は威力が大きいが、連射はできないから困っていたが、助かったよリドゥ。だからお前は落ち着いてその場にいろ。」


「俺がこいつらを撃ち殺す。」


 神術を流し込み、灰と石を赤熱化させる。


 ゴッ……バッ!!


 最も近くに迫っていた一体の頭部へ向けて撃ち放つ。

 熱せられた石弾が火花を散らし、怪物の頭蓋を貫き、散った破片は燃えながら岩壁へと叩きつけられる——


「どう言うことだ!」

怒りに満ちた声であった。


「はっ。か、閣下、全滅でございます。」


「もっとはっきりと言わんか貴様!それでも帝国が精鋭の法務部の一員か!報告しろ!何が全滅したかを!」


「はっ!例の町に送った部隊全員が。」

ガシ

怒りに満ちた声の主が報告している者の頭を大きな手で握りしめる。


男の手は大きすぎた、中背の体格であるにも関わらずその筋肉の量は一見して常人の遥か上をゆき、腕だけで成人の男の腰回りよりも太かった。


 「例の町だと!貴様しっかり報告しろと私の言うことを理解していないのか!ムハノ・マイビン法佐警!」


「いい、いぅうえ。」

掴まれて上手く話せない状態であったが、それでも必死に弁明しようとするムハノ・マイビン法佐警だった。


「魔女の街です。全員が連絡が途切れまして。」



「んんんんん!」

部屋全体が震えるほどの唸り声を上げてデミアンは叫ぶ!


「偉大なる帝国が精鋭の法務部!我らは劫主帝が刃!我らこそが秩序であり!正義!故に不敗!」


「貴様!この誓いを忘れたのか。貴様らは!罪人だ!」



 「どうか挽回の機会を!閣下ああああああ!」

握る力が強くなったがやがて緩められた


「うぅぅありがたきお幸せ...デミアン閣下。」


「いいか、私は負けたことへの怒りだけじゃない。貴様が法務部に恥をかかせたからだ。

城衛兵や市民兵など普通の軍ならともかく、貴様らは法務部である。

故にこれは死罪だった。

どんな兵よりも良い武器を持つ貴様らに敗北は許されん。

だから私は怒り心頭に発する!


良いかこの言葉もそれを戒める意味だ!

再度貴様の記憶を叩き起こす!

法務部は忠誠が為に人数を少なくしては、精鋭揃いにしているはずだ。

故に劫主帝から与えられる、帝国から与えられる武器も最優先される。

このような素晴らしい環境にしてなぜ敗北する!

それは許されん!」


「はっ!承知、


「黙れ!私の話の途中だ!」

ムハノの言葉がデミアンにより遮られる。


 「いいか、栄光と名誉が為に、我らは勝利こそ認められる。次は貴様を罪人として処刑する!死んでいれば貴様の家族、友人、隣の住人、何もかも死刑とする。お前にとって死すらも許されん。そいつらがいなければお前の故郷からやる。」


「はっ!必ずや勝利して凱旋してみます!デミアン・デウトリック閣下!」


う....頭痛がする...どうしてこうも——



(神術を使いすぎたのか?)

戦いも末尾になり頭痛を迎えて悩む男、それは解体人ことガルシドュースであった。


「うっ....」


火が燃えて、脳の中がペーストされたように...まるで最初みたいな....ああああ

反応するように火はここで再び強くなり、あたりの灰も、火山灰も激しく浮かぶ。

あの時、アスフィンゼに出会した時のようなことが起きる。


またもや気流によるものでなく、彼から発せられたものが起こる。


——そして、視界が揺れ始める。


長きに渡る記憶が、世代を超えて継承される。

それはまるで「転生」と呼ぶにふさわしい感覚。


確かに私は死ぬ、前の個体がそうであった。


 魂の存在は引き継がれずにただ記憶だけが残る。


 しかし目を覚ますたび、こう思う。

——「あれ?自分はすでに死んだはずでは?」

——「いや、これは…生きている…?しかもこの景色、どこか見覚えがある…いや、知らない…いや、思い出せる…」


まるで千年を生きてきたかのような重みが胸に宿る。

たしかに、次に生まれる者は“自分”ではない。だが、千年前のあれも、五百年前のそれも、確かにそれは“自分”だったという確信がある。

記憶が明白かつ明細でどんな人間よりも、どんな存在よりも自分自身を思い出せる。そうくっきりとした記憶が自分にそう思わせていた。


だからこそ、私はこう思うのだ。

——「私は千年を生きてきた。そして、ようやく終わりを迎えることができる。次に目覚める者は、私ではない誰か。私の記憶を持っているだけの、別の誰かだ」


 けれども不思議と、恐怖はない。

むしろ、安堵に近いものさえある。

これが最後の人生。

記憶のすべてを抱き、命の流れる事実をやっと前にして、静かにその時を待てる。


後どれくらい長く生きれるか、そうでなくとも私は充分と生きた。


(やっと老いることができる。)


記憶と重なったように、ガルシドュースは無意識に心の中で呟いた。


「な、んだ?」

自問のような声が出た。


「ギィ。」

だがそんなことすぐさま終わる、考える暇すらもない。


「来い!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「残響は、形なき生の抜け殻。

名もなき回帰が、器を変えて繰り返される。

刻まれた光景は夢か、それとも借り物の夜か。

“私”が私であった証など、どこにもない。

なぜならばその影を引きずる道がある。

道において思い出されるのは輪郭。

故に、“誰が誰だったか”は、いつまでもが曖昧だ。」

——故に千の面影とただ一つの言葉に応える。


解体録 ― 旧き構造体の終焉 6章9節

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