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青灰の地より  作者: 不病真人
第一部 龍と男に焔 第二章 迷宮と魔女

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第十八話 河か海かその水

 目が覚めた時には、水の音だった。


ざあ、と間断なく響くそれは、滝か、あるいは土砂崩れの音に似ていた。次の瞬間、浮遊感が俺を襲った。


落ちたのか?!


崩れたのか!?


  意識が完全には戻らない。視界が滲む。上下の感覚すら曖昧で、ただひたすら身体が空中に浮かびながら、冷たい何かに包まれていくのを感じた。


けど足首の痛みで眠気が急激に覚めていく。



足が引っ張られる!?


(どうしてこんな超展開ばかりなんだ、普通はもっとあるだろ!穴に入って探索とか!)


 それは確かに引きずられる感覚だった。足から伝わる握られた感覚、それはぬめりのある皮膚、骨ばった指。水の中にあるとは思えないほど強い握力で、俺の足首を掴んでいた。


「ぁぁ」


叫んでも声は出ずにただ虚しく気泡に変わり、口から空気が逃げていくだけの悪手だ。何も得はしない最悪の反応をしてしまった。

いや、正確には空気の代わりに水が肺へと流れ込んだ。


だから叫ぶ声ですら、水に塗れた喉に貼り付いて出てこないみたいだ。


でも肺が焼けるように痛む。

不思議に痛いけど、意識が飛びそうだった。

冷水の中で意識はすぐに霧散しそうになる、反射的に拳を握る。


思い出せ、今の状況を。

最後にいたのは…地上だ。


(くそッ…!)

何の助けにもならない、空洞だったのか、何者かの仕業か。

そう思いながらも水を切るように手を振り、足元の“何か”に掴まれていない左足で蹴る。感じた手応えは、引きちぎられそうになる感触、それが返ってくる。

痛みに耐えながら蹴り続けて、拘束が一瞬だけ緩む。だがすぐに、別の“何か”が伸びてきた。


四方八方から、引っ張られている。

(下へ引きずられる!)


息がもたない。

視界は一面の闇。水だ。

息があと少し持てばいい

もう少し…もう、少しだけでいい!


その瞬間、耳の奥で声がした。


「まだ…死ぬなよ。お前は、“まだ”喰われる器じゃない。発送を逆転させるんだ。息が苦しいならもっとその息を減らすんだ。」


男の声だ。


それが幻聴かどうかを確かめる余裕はなかった。

反射的に力を込めた。

腕、肩、腹筋、全身の筋肉を総動員して、残っていた最後の気力で神術を展開する。


肘を折りたたみ、膝と逆向きに引き合わせる。弓のような構え。

筋肉を極限に圧縮させては放つ、矢の如しの速さで逆側に体は動く。そのしなりの動きはまさに弓のようであった。

これで水が裂けた。


圧力を一点に集中させたその動きが、深まる水の圧力を押しのけて、空白な間を生む。

それは刹那ながらも体が空気に向かう道となった。

だが呼吸はできない、そうしないからだ。

俺の身体は、ようやく空気に触れては、次に体を激しく燃え上がらせた。


 依然として筋肉を極限に圧縮させながら、そこから火を発したのだ。


空気を手に入れようとしても、燃えたことで出来る気体は生き物を殺すだけで、かと言って水を引き裂くことも俺の筋力では不可能だ。

ならば火で空気を奪うのだ。


 一瞬で周囲の水分に含まれる気体だけを燃焼させて、空気の間が生まれた。


その一瞬の空白が、逃げ道になった。

よって水が裂け、圧力が逆流し、身体が一気に吸い上げられる。

そのまま、空気に触れた瞬間、体が燃え上がったように熱くなる。

吸い寄せられる圧力を火の加減で調整しながら出口を探す。

こうして燃えていれば俺は自在に動ける、たとえそれがこの荒れた濁流においてもそうだ。


(だが、空気に、大気に、それには限界がある。それが切れるまで出口を見つけないと。)


なにより、水の中では、上下の感覚が徐々に狂い始める。


 見えるのは燃えている周りで体に極めて近い場所だけであった。

出口を見つけるどころか現状で精一杯だ。

気を緩めれば、空気は即座に水に押し潰され、重さを取り戻した俺の体は、再び、奈落へと沈まれる。



(考えろ……もうあとはない。火での上昇では限界がある。場所がわからない現状でそれはすでに確定している。)


強行突破 連鎖反応


 なんて考えたが、火を爆ぜさせるには、この水の中じゃあ無理そのものだ。


解体人が燃えてから少しの間が経過する。

その時、リドゥとアスフィンゼは溺れていた。

特にリドゥは気絶していないせいで水を大量に飲み込んでしまったり、暴れては体力を無駄に消耗させる。


 (苦しい!どういうことですか!)リドゥは焦りに焦りに焦りをしていた。

焦燥である、リドゥのような神術的超常能力を持たない存在には自然はこうも恐怖するのが正常であり、畏怖するのが正解である。


嗚呼なんたる残酷、奇々怪界に存在がいては我らに生きる希望はないのか。


 そのようなはずがございません、我らが解体人はきっと、救済をしてくださる。そう思うリドゥであった。


解体人のガルシドュースならば、仁者楽山の姿として、されど万夫不当の勇を持ってこの状況を打開するに違わない。


 (ならば、他の突破口を探るしかない)


“あの穴”たちを思い出す。


六つ。


 そのうち三つには、風が逆流していた。つまり、空気が流れている。

残る三つは、湿気が強く、匂いが“水に近い”。たぶん、湖に続いている。


(風が出ていたということは、空気の通り道があるということだ)


ここに至る前、探しては回っていた。リドゥと共に。

風のある穴のひとつは、明らかに音の反射が違っていた。何とそれは戻ってくる。

つまり、出口が下ではない、そして空気も存在する。

だがどう確認する、目がない。


目が使い得ない今は、意識を神経に向けるべきだ。

耳の奥で、空間の“響き”が違うことに気づく。


(高い音が反響しているどこかの穴が水面が近い?)


 違う、それは上向きであった。だ。

上向きであれば一定の行動を行けばそれはもう上がれない。

ということは、換気出来る場所がある。

近づくべきであった。

しかし俺は再び火を緩めた。

圧縮した筋肉を震わせ、極小の火を保ったまま、

水と火の間、その境目を維持する。


(これで浮力を高める!)



火と水の間には、温度差で生まれるわずかな圧、または気流というものがある。それは湯沸かしの時に生まれる蒸気からもわかる

今度はそれを参考にしては、それを実用化させるべくして、わずかに身体を斜めに滑らせていく。


重心を制御しながら、浮かびもせず、沈みもしない位置を確保する。解体人は停止をした。




彼は、水の中で意識を一点に集中させ、濁流を感じた、穴があればどこか流れる向き、あるいは終わりの先が近く感じるはずだ。


 結果、それは。


 六つ。三つは下に、三つは上に傾いていた。

上にある三つは空気を含み、かすかに熱を持っていた。

特に、中央やや右の穴からは、焦げた臭いがした。


(灰……いや、いわゆる火山灰か)

灰、それは粉塵爆発に利用出来る。

(ならば……目標は、あの穴)


問題は、そこにたどり着く方法だ。


 


(気泡は上昇する。だが、この水には不規則な流れがある。重力じゃない、何かの“引力”だ)


気流の違いだ、べックオ・メロストの時を思い出す。


呼吸するように、六つの穴が交互に水を吸い込み、吐き出しているように感じる。

循環しているように感じる流れだ。


ならば……リズムを読む必要がある。


(吸う・吐く・止まる──三拍子)


三秒ごとに火を止めては、流れに乗って水流を感じる。そして止められる範囲で止まる。三秒がその最適な時間である。


その瞬間を狙えば、引き込まれずに移動できるはずだ。


 俺はそのリズムに身体を合わせ、

肘をたたむのではなく、関節全体をしならせて、しなりだけで火による気流の調整をする。


タイミングを測る。


方位も確認した。


 その短い循環で、俺の身体は水の中を滑るように走っていた。


暗闇の中で、かすかに抜けた感覚がある。

温度が違う。ここだけ、水流が“ぬるい”。


違う。これは空気、熱い空気だ。


水の匂いが薄れ、肺がふたたび欲を取り戻す。


火で体を取り巻く空気の間、その上の水の部分の、見える部分の膜のような水には見慣れた存在がある、火山灰、俺に馴染みのある灰だ。


バシュ


 音とともに、黒い空間の幕が裂けた。


そこで、ついに“穴”の中へと何かが滑り込む。


そこは乾いていた。

ほんの少しの岩場と、湿った空気。

吐く息に、音が返ってくる。


生きている。


生きてる。


もう水は呼吸する場には届かない。



灰が降り注ぐ感触を再び噛み締めた。


 六つのうち、ここは“呼吸を許された唯一の道”だったのか。

それとも、誤った選択肢、あるいは罠であったのか。


わからない。


わからないままに、俺は拳を握り、振り翳していく。爆破をするための準備だ。


 熱い空気を吸い込みながら、喉が依然と焼けるように熱かった。

すでに燃えている俺ではある。

なんていつものくだらないことを考える癖が出た。



(アスフィンゼは、リドゥは、二人はまだ水中だぞ。俺は恐ろしいぞ。)


なぜならば、寝る場所は同じ、つまり、あの水流の中に囚われている可能性が高い。


俺は岩肌に指を突き立てるようにして体を止め、急速に判断を始めた。

 

 記憶を辿る。


 風のあった三つの穴、そのうち中央やや右、循環している水の流れを爆破で制御さえすれば、空気を送ることもできる。さらに火の気流で水の流れも緩められる



俺は、とにかく灰を圧縮した。


肺から吐き出される空気と、筋肉で発する熱が混ざるようにして、圧力を生んでは灰を吸い寄せる。


そしてそれを水の中へと



狭い穴の中、爆発が一瞬だけ通路を焼き、同時にその熱圧が水の中を伝わる。


その拍動が、水の中で彷徨う者へ道を示す。


ドン


 意思がもうほぼ消えかけているリドゥの耳に何かが、響いた。


 耳の奥が共鳴し、水が揺れ、圧が抜けた。水流が、一瞬だけ“空いた”のだ。

水の気圧は鼓膜に伝わる、圧による水流は鼓膜をも突き破りリドゥを目覚めさせる。


そこ目覚めた先にに、かすかな空気の道ができていた。


リドゥがそれに気づいたのは偶然ではない。彼は、超常の力を持たぬ者だが、謳う吟遊詩人としいぇは“音”には敏感だった。


(今だ──!)


 リドゥはアスフィンゼの腕を引き、空気がする方向へ身を任せる。


圧が生まれるごとに空気が削られる。


彼らの身体は、自然の引力とは逆に動いていた。解体人のガルシドュースによって灰の穴へと導かれていった。


洞内。


解体人ガルシドュースは、水面上に浮き立ち、濁流の奥を睨むように水面を眺めていた。


そして、その水面が破られた。


「……ッ、リドゥ!!」


 水飛沫を割って飛び出してきたのはリドゥであった。その姿は、泥まみれにまみれていたが、確かに生きていた。


リドゥは意識こそ曖昧だったが、俺を見るなり、小さく口を動かした。


「……た、すかった……」


その背にはアスフィンゼの体。


俺は膝を突き、彼らを引き上げると、すぐに両者の背を叩いて水を吐かせた。


(助けた……間に合った)


(だが、これのせいで選択肢がなくなった。)


視線の奥、穴のさらに奥からは、鼓動がするような音をしていた。


焼けるにおい。誰かの呼吸に似た音。


 何かがこの灰の、火山灰の空間のさらに奥で待っている。


俺は燃えながら、杭を足元に打ち出しては、足でそれを掴み、上に飛ぶ。二人を手で持ちながら、穴の奥へと、足が土につく場所へと進んでいく。


──火が闇を照らす。

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