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エピローグ

エピローグ


 有名某塾経営者であり教育評論家でもあった、クレヨン・コーポレーション代表取締役、アイ、35才女性は、麻薬所持にて捜査され、そしてその後逮捕された。その会社が開発して売り出した、「黄色い彼岸花」から抽出された、通称『サン』といわれる新種の麻薬を、アイが自分の塾に通う子供たちやその親たちなどにひそかに配布していたこともわかったのだった。従来の麻薬と、その幻想、妄想の内容は少し違うようだが、常習性があり危険なものだった。

 クレヨン・コーポレーションは倒産。

アイは刑務所にはいった。

 この事件について書かれた、ひとつの記事を紹介しておこう。


 赤や白色の自然の彼岸花は、周囲の温度にかかわらず、毎年お盆の時期に咲く「時間感受遺伝子」をもっていることが発見されている。

「クレヨン・コーポレーション」が遺伝子工学でその部位を改変し、永久に咲き続けるようにした「黄色い彼岸花」は大ヒット商品になっていた。また、この黄色い花は、単に太陽の光を反射・吸収するのでなく、自らの力で光る。ホタルや電気うなぎのように、自ら光かがやく花なのだった。

そして、今回、この「黄色い彼岸花」からの抽出液は、催眠作用、幻覚や妄想をひきおこす、一種の麻薬作用をもっていたことが確認された。

 これらのことが、わかるようになったきっかけは、「クレヨン・コーポレーション」のある講演会に出席した後、行方不明になった、タイチ、シュン、リコ、マコトの捜索の結果だった。

4人は、アイの組織によってある部屋に約1週間、監禁されていたところを、ついには救助された。

なぜ、多くの出席者の中から、アイがこの4人を選んで監禁するという行為にでたのかは、アイの口からも、4人自身からも、はっきり語られてはいない。彼らは、「クレヨン・コーポレーション」の何らかの秘密を知ってしまったのだろうか?

 彼ら4人の話によれば、彼らは、麻薬『サン』を注射や口から投与された記憶はないというが、彼らが監禁されていた1週間の様子を話す内容を聞くと、なんらかの形で『サン』が投与された可能性が高いと思われる。その内容を要約すると、以下のとおりだった。

 彼らが、講演会場にはいると、その会場が、存在しない最上階のさらに上の階にあると感じた。そして、地面は、石畳に変わり、両側は、大理石に変わった。歩いていくと、おおきなこれも大理石でできた泉があり、その横に、1本の巨大な樹があった。その樹の上には様々な動物がいた。枝の上をリスやキツネやタヌキが動き回りヘビがにょろにょろと身をくねらせていた。その樹は、ビルの中にあるものとしては大きすぎた。小鳥が枝から枝へととび、その上、樹の上空をワシがとんでいた。ワシが小さくみえる。そのくらい巨大な樹だった。樹の根元をとりかこむ地面には、黄色い花がいっぱい咲きみだれていた。その茎は葉がなく、すっとまっすぐのびていて・・・それは、今、よく売れている、例の黄色い彼岸花だった。

 そして、部屋に監禁されている間、4人の脳裏には、ぽつりと草原の中にいる自分たちの様子がうかんでいた。その風景は、4人に共通のものだった。それは、「太陽の沈まない島」だったいう。そして、4人は、監禁から救出されるまでの間、その島をぐるぐる探検する。共通の幻想の中で過ごしていたとのことだった。


       *


 タイチの母親の病気は、世の中から黄色い彼岸花が回収されるにつれ回復に向かった。

 タイチとシュンは中学へ、リコは大学へもどった。

 マコトは、いままでの市役所の児童相談所の仕事をやめて、小さな雑貨屋をはじめた。それは、コンビニエンスストアとはちょっと違っていて、そう、アイの幻想の世界の中にあったような、高架下でねずみの人形チューを売っていた店にそっくりの店で、やはり高速道路の高架下にあった。もっとも、その高架は、途中で途切れることなく伸びていて、その上は常にたくさんの車が走っていたのだが。

 非常事態ということで集まった魔法使いたちも、もう解散し、それぞれの街に散っていった。これからは、夏まつりのころに開かれる、定期集会でお互い親交をむすぶことになるだろう。タイチもママと共に、その集会にこれから参加することになるだろう。


 『沈まない太陽』、『人工太陽』は、ある意味、われわれの現実社会で現実に存在しているものだ。それは、絶対中性であり人間の道具である、貨幣のエネルギーにより動いている人工太陽だ。

 これこそが、際限のない人間の欲望、貧富の差をうみだしている。しかし、それは、すでに空気のように当たり前のもので、そこに住んでいるものたちが気づくことが難しい不可視の太陽だ。タイチたちのような、「外部」のものでなければ、その存在さえ気づくことができない。

アイがつくろうとして失敗した「太陽の沈まない国」の太陽と違い、もちろん恒星としてわれわれの頭上に輝いている自然の太陽とは違い、この現代社会にある太陽は、今もわれわれの世界で沈むことなく夜も昼も輝き続けている。

 この太陽は、永遠に沈まないのだろうか?


 アイの野望は失敗に終わったが、現実社会の貨幣の「野望」は、今この瞬間も続いているし、これからも続いていくことだろう。


      *


 何年かして、アイは獄中で一冊の詩集をかきあげた。

 彼女によれば、消滅した「太陽の沈まない街」にいたコピヤの中で、タイチら4人と共に行動していた一体のコピヤだけは消滅せず、獄中でも彼女と共に在り、その「魔法使いがいた街」というタイトルの詩集を書くアイを見守っていてくれたという。

もう、クレヨン・コーポレーションが復活することは、二度となかったが、この詩集は、後に世の中に現れる、幸福新教、幸福新党に所属する者たちの愛読書になっていった。


(魔法使いがいた街)


 私が、あなたを追って、あなたのうまれ故郷までやってきたとき、何人かの人は、まだあなたのことを覚えていた。 彼らは私にこう言った。

「あの人は、死んでしまったけれども、とても偉大な方でしたよ」

 しかし、もはや、多くの人はあなたのことに注意をはらってないようにみえた。

 私のところまで、あなたの噂が届くまでの時間、そして、噂をたよりに、こうして私があなたの街までやってくるまでの時間。その長い月日の間に、あなたの存在は、私の中でどんどん大きくなっていったのに、もはやあなたはこの世になく、あなたのことを語る人も数少なくなっていた。

 いや、注意してみれば、あなたがつくりだした『蒸気』は、この街のいたるところに漂っていることを私は感じた。もちろん、そこにあなたの名前は記されてはいなかった。それを創り出した「ピストン」であるあなたはもうここにはいなかった。

 蒸気機関をうしなった機関車は、どこへ向かうことができるというんだろう?有り余るほどの蒸気があっても、ピストンがなければ、それが何になるというんだろう? 

 それでも私は、水蒸気のように散らばって消え去ってしまう前に、せめて風になって、枯れ葉を空にむかって舞い上がらせてみよう。

 

           *


 リコが写真に撮ったと同時に、地震により崩壊してしまった壁画に書かれていた象形文字は、古代の魔法語と考えてまずまちがいないようであった。

タイチは、2組あったうちのすでに解読済みの文章をヒントとして、もう片方の壁画の象形文字を解読していくと、壁画の文字群が一つの意味のある文章になっていることを確かめた。

 この発見は、その後、タイチたち魔法使いたちに、画期的進歩をもたらすことになった。

 なぜなら、魔法語を記載するさいに使う文字の本物が手に入ったことになるからである。

 タイチは中学を卒業後、魔法学校に入学した。そこで、タイチは、この壁画文字による「魔法語のアルファベット」を提唱し、それは魔法使いたち全体に採用されるに至ることになっていった。もちろん、それは、認知までしばらく、時間を要することであったが。

 さらに、彼は、後に、いままで断片的に口伝しかされていなかった魔法語を体系化する努力を続けた。それは、文法や単語にはじまり、発音、イントネーション、さらに他言語との比較論におよんでいた。

 彼の魔法学校での卒業論文は、こんな風にはじまっていた。


(魔法の未来について)


 イマジネーションは自由に膨らむことができます。しかしその時、イマジネーションするその人間自身は、逆に、自由を失ってその場に拘束されてしまうのです。

 夜中に寝ている間にみる夢は、夢をみている人の自由を残しますが、それは拘束されないという自由でしかありません。

 論理は、イマジネーションに比べて、一見不自由であるようにみえます。しかし、論理の不自由さは、論理そのものに対してであり、一方で、論理は(それが正しいときは)論理する人の自由を完全に保証し、さらにはイマジネーションの自由も保証するものです。

 しかし、問題なのは、しばしば貧しいイマジネーションが論理のような顔をして、人をしばり、自由なイマジネーションをもさまたげることがありがちなことです。

 私が魔法の呪文を学んできたのは、母からです。私のように、少数の人々が口伝えで魔法を断片的に学んでいく、というのが現在の魔法の修業の現実です。

 魔法の呪文の音は、現在はけっして聞くことのできない『滅びてしまった』太古の言葉です。一方、正確な発音、イントネーションが、魔法の呪文の成功には必要です。それらしい呪文は、魔法がかからないどころか、危険でさえあります。このような現実を考えると、口伝えだけでない、きちっとした形での魔法語の保存というのが大切な仕事だと私は考えます。

 まず、テープレコーダーやビデオによる、現在ある呪文の、音声、口や喉の形の記録を行うこと。次には、魔法語を表記する、アルファベットや五十音のような記号を考えること。太古には、そのようなものがなかったのでしょうか?たとえ、もともとないのだとしても、我々はそれをつくらなければなりません。しかし、幸いこの問題は、ある洞窟から古代の魔法文字が発見されたことで解決されました。

 さらに進んだ段階では、発音記号を考えたり、文法の研究をしたりすることも必要です。

 今の、魔法の呪文がもつ問題点のひとつは、伝わっている魔法の繰り返ししかできないということです。つまり、我々は、新しい呪文、いままで伝えられていないような呪文を、状況に応じて、つくりだすことができるのでしょうか?いつの日か、自由に魔法の精と自由に会話できるようになれるのでしょうか?

 そのためにも、魔法語の研究、すなわち、日本語とか英語とかあるいはコンピューター言語に匹敵するような、『魔法語』の創造という大きな目標を我々は掲げるべきです。その中心的役割は、魔法学校が担うべきでしょう。

 さてこのような大きな問題の他に、現代社会における魔法の位置付けについて、我々はもう少し考えてみるべきだと思います。我々は、単に、使い道はないが古き良き物だからという理由だけで、絶やすことのないよう、魔法を勉強し、伝えていくのでしょうか?

 たとえば、我々の魔法で、目の前に『お金』を出現させることはできません。

 魔法語の研究が十分でない今だからできないのか?研究がすすめば可能になるのか?それとも、原理的にできないのか?つまり、魔法があみだされた太古には、貨幣とか市場経済という制度や考えそのものがなかったと考えられます。そのような考えを、魔法語で翻訳することはかなり難しいと思われます。

 また、視点を変えて、現代社会において、『お金』に、欲しいものがすぐ手にはいるという魔法のような力を誰が与えたのか、というテーマについて考えることも面白いかと思われます。じつは、我々の魔法には、欲しい物をすぐその場で手にいれるという、『お金』のような手軽さはありません。例えば、天候を変える魔法一つとっても、真夏に雪を振らせることは不可能です。数日間かけて、自然の理をくずさないような展開が必要です。また、死んだ者を生き返らせるような超自然的なことも我々の魔法ではできません。

 しかし、私は、我々の魔法は、人間の感情や豊かさと関わっているという点で意義をもつと考えます。

悲しい人、疲れた人、力をおとしている人に対して、やさしい言葉をかけるように、背中をポンと叩いて力づけるように、魔法は働くのです。癒しのために魔法があるのです。欲しいものをすぐ手にいれるという魔法は存在しないし、それは本当の魔法ではありません。

 お金とか力とか利益とは無関係なところから、現代における魔法は復権していくのです。


            *


 さて。最後に。

 アイのつくりだした「太陽の沈まない街」には、インターネットの電波が届かなかった。

 その意味で、「現実離れした街」だった。

 インターネット社会の中にあってもインターネットの届かない街をつくりだすことができることこそ、アイの力だったし、おそらく、アイはそれを楽しんでもいただろう。

 それが、現実より「豊か」なものだったかどうかは、問わないにせよ。

ただ、もうひとつ他に、インターネットとは独立していて、さらに、アイの「インターネットの届かない「太陽の沈まない街」でも通信手段として使えたものがある。

 それは、シュンが「太陽の沈まない街」にもちこんだ『魔法使いからの通信本』である。

 その『魔法使いからの通信本』には今までのお話のすべてが、自動的に書きこまれていた。そして、その本にたくさんあった余白は、もうほとんどが書きこまれて、ほとんどなくなってしまっていた。

 そう。それこそが、今、みなさんが手に取り、読み終えた本です。

 余白はもうないですか?

 挿絵の中の人物はもう動いてないですか?ミューはみえますか?

 最後のページには、通信機能は残っていましたか?

 魔法の力は感じられますか?





  (余白)


  





                                 



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