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第6章 沈黙のコンサート

第6章 沈黙のコンサート


    1


 翌朝、4人はアイの館を車で出発した。彼女の案内で、コンサート会場まで車で行くことにした。

昨晩、タイチとシュンは、アイの館をもう1度くまなく調べた(シュンは壁抜けの魔法も試したが、やはり使えなかった)が、太陽を動かす装置のようなものは何ひとつみつからなかった。工場は別の場所にあるに違いない。そうだとすれば、このアイのあとをついて行ってみるしかない。

 それに、もうひとつ。リコが雑貨屋で買い、ときどきコピヤにかみついていた人形のチューが一晩の間に行方不明になっていた。もしかしたら、アイや、あるいはアイがここに集めていたあの庭にいたコピヤたちに捕まったのかもしれない、とコピヤは直感していた。

 車は細い川にそって山道を登っていった。

アイが加わって、車の席替えとなった。運転手のマコト。アイが助手席。後ろが、リコ、シュン、タイチ。かわいそうに、コピヤはついにトランク行きとなった。

しかし、車の中はアイが加わったことでずいぶんにぎやかになった。アイとタイチは席の前後でよくしゃべった。実際は、昨夜の4人のうちあわせで、アイを油断させるため、できるだけアイと仲良くすることになっていて、タイチは忠実にそれを実行していただけのことだった。しかし、リコは不機嫌だった。

(魔法使いは魔法使い同士でないとわからないことがあるの)

という、昨日のアイの言葉が、心に焼きついて離れないでいたのだ。

 やがて、道の横に、大きな池があらわれた。その池をせきとめているコンクリートのダムの一部から水が流れ出し、車で登ってきた道に沿って流れる川を作っていたのだった。

 そこは、山の中にもかかわらずかなり広い平地になっていた。そこの一部にコンサート会場があった。多く人々が集まってきて、駐車場に車を誘導する交通整理が始まっていた。

 そして、コンサート会場の真横、4人の目の前にあらわれたその建物は、万華鏡のような三角柱の形をしていた。すなわち、タイチとリコが最初に訪れ、そこからこの島(世界)に迷い込んだ、クレヨン・コーポレーションの講演会が行われた建物そのものであった。


 会場につくと、マコトは、ちょっと用事があるから、と断って皆からひとり離れた。

 コピヤは、マコトのあとを追った。

 途中、マコトはコピヤに気づいて言った。

「おまえか?ついてくるならついておいで。あの3人とちがって、ぼくは大人だ。彼らが魔法がつかえるのか、それはどうかわからないが、大人でしかできないことがある。ぼくは、自分しかできないことをして、彼らを助けなければならない」

 マコトは、コンサート会場のすぐ横にある、万華鏡の形をした建物の最上階にあるフロアの一室へ一人むかった。

彼は部屋の中に入ると、コピヤに言った。

「あの3人は、この建物に見覚えがあるといっていたが、実は、ぼくにもここは見覚えがある。ぼくはここで働いていたことがあるんだ。星を観察する天文台だ。でも、『沈まない太陽』のせいで夜がなくなって、ぼくは仕事を失った。星がでなくなったからね」

 そして、彼は、自分のことを語り始めた。

「今は、市役所で市の管轄の児童相談所の仕事をしているが、ぼくが大学を出てから、最初にした仕事は、異国の街のガイドだった。

その国は、銃の所持は禁止されているし、殺人事件がおこれば新聞に大きくとりあげられるくらいだから、ニューヨークほど野蛮ではない。でも盗みは多かった。すりかっぱらいが観光地にいるというのはありがちのこと。

 さらに、会社の中や、公共駐車場など生活の場でも、日常的に盗難があった。例えば、勤務していたとき、会社のロッカーの中においておいた冬物のオーバーを盗まれた。そのとき、ロッカーには、替わりに臭い薄いセーターがかかっていたからびっくり。替わりに使えというのだろうか?ばかにした話さ。

車のカーステレオやラジオを盗む組織的な盗難団がいるみたいで、みんな、車の外に出るときはそれらをもって降りるんだ。フロントガラスもよく割られているのをみかけた。 

 あとは、ストライキの多さと、その激しさには驚かされたよ。決まって、デモ行進のコースにある、ショーウィンドウは割られ、その店のものが盗まれる。道に止めてある、車が燃やされる。コースにあたるところの店は、シャッターを下ろして、戦々恐々。もちろん車は遠くに移動させないといけない。

喫茶店は待ち合わせや会話の場所のためだけに使われるのではない。コーヒー一杯あるいはビール一杯で、一日そこでぼんやりすごし、夕方になると、ひとり暮らしのアパートへと戻っていく老人の姿はめずらしくなかった。

 そんな異国の街をぼくはもちろん気に入っていたんだ。

 ガイドの仕事の合間には美術館めぐり。そして、あとは、一冊の本をくりかえし読んでいた。はじめてぼくがその異国の街にいったとき、ぼくのガイドをしてくれた人がいて、その人は精神科医だったんだ。なんでもそこに精神分析の勉強をしに来たとか。

 読んでいたのは、その彼の書いた論文。『沈黙』療法について。『沈黙』することで精神病者の心をひらくという内容のものだった。おかしいよね。なにもしないのが治療なんて。沈黙するだけなら、犬でも花でもできることじゃないか?異国の地で勉強しすぎて頭がおかしくなってしまったのだろうか?それに、ぼくのガイドをしたときの彼のしゃべることしゃべること。『沈黙』療法の論文が手元に届いたとき、おもわず大笑いしたよ。

 とはいえ、その街でのぼくの最後の仕事は、ガイドを装った、日本人観光客を狙った『泥棒』だったんだがね・・・。

 いつもと違って、ぼくが少ししゃべり過ぎている?

心配無用。いまじゃ手遅れなんだ。そして、これからずっと先だって手遅れなんだ。ありがたいことに」

 そして、マコトは、その後黙り込み、いつまでも窓から外の方をぼんやり眺めていた。

 建物の最上階にあるマコトが昔働いていたというその部屋からは、アイの講演会のために集まった人々の様子がよく見えた。

 けっこうな人だ。10000人くらいはいるだろうか?遠すぎて、タイチやシュンやリコの姿はとても確認できない。高いところから見ると、人の頭が黒点で、その点描写でひとつの絵が描かれているかのように見えた。

 じっと見ていると、その絵の一部が動きはじめ、ある隅の一部に点の集中がはじまった。水たまりの上に、筆から一滴、墨汁か絵の具を落としたときに、それに向かっていく渦巻きのような動きがおこった。

スピーカーのアナウンスがはいった。

「コンサートの前に小さな奇跡が起こりました。・・・皆さん、押しあわないように・・・。そしてその事実をここに集まったみなさんに知ってもらうためにお知らせします。

このコンサート会場のまわりには、多くの、小さな屋台がでています。軽い食べ物や飲み物、パンフレットを売っている店のほかに、絵や装飾品を売っているところもあります。また、楽器を演奏している人などもいるのはみなさんごぞんじのとおりです。

 その中で、みすぼらしい身なりで、目の前に、なにやら紙の束を積み上げてそれを売っている店で奇跡がおこりました。そこでは、ある男の人が、自分の書いた詩集を一冊100円で売っていました。しかしそれは、印刷され製本されたものではなく、小さな子供が遊びでつくるように、紙をはさみなどで切りそろえホッチキスで止めたものでした。

 お金をだしてでも、自分の本を読んでもらいたい人がいるというのに、はたしてそんな本が売れるのでしょうか?ところが、売れるはずがないと、その方が眠り込んでいるうちに、本が一冊残らずずなくなり、百円玉の山ができていたのです。

『おれって、本当は才能があるのだろうか?』

その男の本を、買った人々も驚いていました。

『もしこれが、まだ書かれていない、あの有名なシリーズの本の最終巻と同じ内容であったとしても、そうでなかったとしても・・・まちがいなく傑作だ』」

 集まった人々の拍手とどよめきが、遠くで鳴り響く雷の音のように、最上階にいるマコトとコピヤの耳にも届いた。


    2

 

 コンサートがはじまった。演奏者が最初にメッセージをステージから送った。

「みなさん、いつもぼくらの演奏にきてくれてありがとう!今日もみんなのために歌うぜ、マイ・ベイビー!そして、アイさん。アイさんのために今日も歌うぜ、マイ・ゴッド!」

演奏がはじまった。


『いつでもここからでていけるのだけれども、けっしてここからでることはないだろう』


 正面のステージには誰も演奏するものがいなかった。ギターやキーボードはおろか、マイクもなかった。ただ、中央に1台スピーカーがおいてあって、そのわきに、パソコンが置かれていた。ただひとり、最初のあいさつをした者が、パソコンの画面にむかい、キーボードをたたいていた。つぎつぎプリントアウトされてきた『紙』を、彼は、ステージ中央のスピーカーのところにもっていった。

 スピーカーは口をあけて、その『紙』を食べた。すると大音量の演奏がそのスピーカーから流れ出した。

 観客たちは、歌にあわせて、チケットをにぎりしめ演奏するふりをしていた。つまり、エアーギター、エアーピアノ、エアーボーカルなどである。彼ら観客の目にうつるステージには、彼ら自身が参加していて、彼らの耳には、彼ら自身が奏でる音が聞こえていた。その結果、その1つのコンサートが、10000人とおりの相異なるコンサートを作りだしていた。

 コンサート会場にいる全員が歌っていた。しかし、悲しくもなければ嬉しくもない、中性的な、まるで全員がコピヤになったようにみえたコンサートだった。

 それは、Face to Faceであるどころか、One to OneとかSide by Sideでもなかった。

 全員が、一人だった。


『ぼくらの耳には、聞こえない。わたしほどあなたを愛している者はいないのだから、もどってきて、という声が』


 いつのまにか、アイとタイチは手をつないでいた。

 リコの頭に血がのぼった。二人に近づいて、その手を離させようと思った。しかし、人に邪魔されて、近づけない。あせればあせるほど、リコは、アイとタイチから遠ざかり、ついにリコは、二人を見失なってしまった。

 シュンも、アイとタイチからだんだん遠ざかっていった。彼はリコよりももう少し冷静だった。単に、沢山集まって、混みあっているせいで邪魔されているのではないということにすぐ気がついた。あべこべなのだ。近づこうとすると遠ざかり、遠ざかろうとすると近づく。右にいけば左に、左にいこうとすれば右に。

(自分の視界が、自分と向かい側にあり、180度自分の目の方向と逆の向きから映すカメラのようにみえているんだ)

 理屈はわかっても、実際に、そのあべこべの視界で、自分の目的物に近づこうとすることは至難のわざだった。

(これも奴のワナなのか?)

 結局、シュンもアイとタイチを見失しなってしまった。そばには、リコもいなく、気がつくと一人になっていた。

 4人は、結局、ばらばらになってしまった。コピヤは、ばらばらになり独りの時に妄想し自らの力をつける。一方、人間は、ばらばらになったり、人から無関心にされたりすると力を失ってくるということを、アイは知っているのだろうか?


    3


 アイはタイチの手をどんどんひっぱって、ひとごみをぬけていった。まわりに、人がいなくなるところまでいくと、アイは手をはなし、今度は、タイチの目をじっとみつめて言った。

「映画をみにいこう」

「映画館なんて、このそばには、ないだろう?」

「あそこにあるのよ」

 確かに、少しむこうに映画館らしきものがある。確か、今、流行っている、有名な監督のアニメ作品の看板がみえる。(それもよかろう)映画を見に行くのは久しぶりでもあった。リコやシュンのことが一瞬、頭をよぎったが、まあいいさ、という気分であった。

 その、アニメ映画に、タイチは夢中になった。特に、城の中の部屋に、光輝く宝石が無造作に散らかっているシーンにはぐっときた。あれは記憶の部屋だ。自分は、アイと始めて会ったのでなく、再会したのかもしれない。思い出すことのなかった記憶がよみがえってきていた。それが宝石のようだった、とまではまだ判然としないが。タイチは自分が周囲の暗闇の中に繭のように閉じこもっているような感じがした。

 タイチがスクリーンに熱中しているうちに、となりからアイの姿は消えていた。

 最後までその作品をみて、映画館を出たとき、タイチは一人だった。タイチは、 アイがどこにいったのかと、必死であちこち探し回った。すごく大切なものを失ったような、心細さを感じた。彼女が去った空白。その空白をみつめているだけではつらすぎた。

 そして、ようやく、ある喫茶店でコーヒーをひとり飲んでいるアイをみつけだした。

「この人、つきあいはじめて、3ヶ月になるというのに、全然、私を抱こうとしないのよ」

目の前にいる喫茶店の女性オーナーにむかって、アイはこう言うと、タイチのほうをちらりと盗み見た。

「私、魅力ないのかしら?それとも、彼、わたしのこと嫌っているのかしら?わたし、彼のことをあやつろうなんてこれっぽっちも思っていないのに」

「私には、彼、あなたのこと大好きのようにみえるけど。そうでなければわざわざ探しにこないわよね。ただ、男の人によくあることなんだけど、潔くそういう自分を認めたくないだけ。ねえ、そうでしょう?」

 そうでしょう?といわれても・・・。タイチは黙っていた。抗議もしなければ、自分の意見をのべるというようなこともしなかった。タイチは、何も考えずに、そうだろうか?と、考えてはじめた・・・と同時に、タイチは急に言葉を失った。なにかしゃべろうとしても言葉がでてこない。誰かに口をおさえられているような感覚。

 そして、タイチの頭の中では、アイの「あなたはわかってない」という文句が、追い打ちをかけるように繰り返された。

 わたしの気持ちをわかってない。人の気持ちをわかってない。自分のことをわかってない。世の中というものをわかってない。言葉というものをわかってない。 生きるということをわかってない。

ひとつひとつ、彼女はタイチの発する言葉を反証していった。そしてタイチは完全にしゃべれなくなった。

 彼女に向かってしゃべりたくなかったわけではない。しかし、そのとき、タイチには彼女しかいなかった。残りのすべて。両親、友人、世の中すべてからタイチは引き離され、ただ一人彼女の前にいた。もし神からお前の言うことはすべて間違っているから何もしゃべるな、と言われたとしたら、その神にむかって何がしゃべれるというのだろう?

 タイチの頭は、まるで初期化されたコンピューターのメモリーだった。

たいへんだ、たいへんだ、と、喫茶店のカウンターの上にあるポットに咲く草が、ひそひそとざわめいた。


    4


 リコはいつのまにか、車で走ってきた川沿いの道をひとり歩いていた。

 太陽は相変わらず、頭の真上にある。気温は高いが、夏の暑さとまではまだいかない。人気がない空間・時間をカエルの声がうめていた。

 歩いているうちに、リコには、リコたちが、新しく壁画をみつけた川沿いの洞窟が見えてきた。その洞窟は、集中豪雨により発生した土石流が川沿いのきりたった崖をえぐることで、その入り口を現した。平地から十メートルほど上のところに、家の小窓ほどの入り口がぽっかり開いていた。リコは、土石流の運んできたおおきな岩を階段のようにつたいながら、そこにたどりついた。

 外界に露出した入り口から洞窟にはいると、巾二メートル、高さ二メートルくらいの、歩くにはちょうどいい通路が奥へとつながっていた。入り口から五十メートルくらいはいったところに、二十畳ほどの小部屋があり、そこに例の壁画があった。壁画には、絵というより象形文字のようなものが描かれていた。

一度、自分のカメラで写した、その壁画に触れようとしたとき、リコは自分の体が揺れるのを感じた。地震だ。あの時と同じだ。

 リコは入り口の方にもどり始めた。よかった、揺れがおさまった・・・。と思った途端、最初とは比較にならないほどの強い揺れがはじまった。洞窟の入り口から地面に続く、岩でつくられた十メートル程の足場が崩れ始め、リコは、かろうじて岩といっしょに下の川へとすべり落ちずにすんだ。

そのとき、遠くから、考古学者の父親の声が聞こえた。あの、物を壊してばかりいて、母親から愛想をつかされた乱暴者の父親の声だった。

「いいか、奴の言うことにふりまわされちゃあいけないぞ。現実の幻想と、幻想の現実、あるいは現実の象徴と、象徴の現実、の区別をきちっと見極めるんだ。わかったら、今すぐ、もとの万華鏡の建物の方へひきかえすんだ。そこで、タイチ君は、おまえを待っている」

 いわれるまでもなく、リコはすでに気づいていた。いまや、リコにとって、タイチがどんなにかけがえのない存在かということも。


    5


 建物の最上階からでも、下の方で、なにかおかしなことが起きているようなのは、眺めているだけでもなんとなくわかった。

 コピヤは、マコトの事務所から外へでようとドアのノブをまわした。しかし、開かない。『外』から鍵がかけられているのだ。部屋の外へ出られないのだ。ドアがあかないし、なによりマコトがその部屋から出ようとしなかった。

 そのとき、ドアがノックする音がした。コピヤは、どなった。

「どうぞ!」

 ドアが開いた。この扉は、内側からは開かないが、外側からは開くんだ!

 目の前に、二人の女性が立っていた。二人はどちらがどちらかわからない双子だった。双子の女性は、自分たちは、この事務所のとなりにある『クローン研究所』の社員だと言った。バイオテクノロジーでクローン動物・植物を開発している。クレヨン・コーポレーションの子会社だという。

「あの黄色い彼岸花も、アイ様の命令で、うちの研究所で開発したものよ」

と、双子は自慢げに言った。

コピヤは、彼女たちに思いついたことを言った。

「でも、あなたたち双子も、神様のつくったクローンだね」

「あら、素敵なことをいうコピヤね」

「なんか嬉しいわ」

 双子はコピヤの言葉が嬉しかったようだった。言葉が饒舌になった。

「わたしたち、この街のコピヤの研究も少し行っているのよ」

「コピヤもクローンといえばクローンかもしれないけど、ちょっと違うの。それは、単に、同じというだけ。つまり、人形が同じというのとのと同じ。私たちがクローンというときは細胞とその中の遺伝子が同じという意味よ。だから細胞のないコピヤはクローンではないわ」

 そして、思いもかけず、コピヤに関する様々な情報を双子は話しはじめた。

 コピヤの最初の製作者は不明。製造工場や修理工場はない。なぜならコピヤは決して壊れないから。せいぜいコピヤのクリーニング工場があるくらいだ。

コピヤは、この街の『人工太陽』と共に、突然、必要な数だけ誕生した。

この街では、貨幣を支払うかわりに、自分が所有するコピヤが直接働いてその商品を作ることで欲しい商品が手にはいる。所有者が欲しい料理はコピヤが調理し、欲しい家はコピヤが建てる。コピヤは働き者で疲れることを氏らない。だから、各人あるいは各家に一体コピヤがあればすべての用をたすには十分であり、それだけの数のコピヤは十分この街にいる。

 しかし、なかには、一体でも多くコピヤを所有しようとやっきになる人間も少なからずいる。その結果、彼らの間で、コピヤの奪い合いでけんかや戦争がおこったりするときもある。一方で、ある人は、うまくコピヤを自分の家で自己増殖させることで、けんかや戦争することなしで、コピヤを増やす技をもつ。

 いずれにせよ、彼らはコピヤを一体以上欲しくてたまらないのだ。何体もあることで、どんないいことがあるのかは、はっきりしないのであるが。

 さて、もうひとつのコピヤの習性は、所有者のために働いていない時間、ここのクローン研究所で開発した黄色い彼岸花に水をやることである。なぜそういう習性をコピヤがもつのかはまだわかってない。だが、黄色い彼岸花をコピヤに世話させる、ということで、その花の数を飛躍的にのばせたことは確かだ。

実は、『クローン研究所』で最初に開発したのは、所有者の欲望の大きさに比例して、大きくなったり小さくなったりするタンポポの木だった。だが、『悪くないが、数が増やせないのが難点』ということでアイ様はお気にめさなかったようだ。

 この黄色い彼岸花は、コピヤが水をやったりしてお世話をするかぎり、ずっと枯れることなく咲き続ける。あと、この黄色い花は、単に太陽の光を反射・吸収するのでなく、自らの力で光っている。ホタルや電気うなぎのように、自ら光かがやく花だ。そのメカニズムについてはまだわかっていないことも多いが、その光の周波数は、『人工太陽』の光と同じだということまでは今までの研究でわかっている。

話をここまで聞いたところで、マコトが突然大きな声で叫んだ。

「わかったぞ。この街の秘密が。コピヤの意味も。『沈まない太陽』の秘密も。『人工太陽』を動かす工場がどこかにあると思い込んでいたのがいけなかったんだ。これで、すべて解決だ。工場がみつからなくても、完成した街の地図がきっと役に立つ。タイチやシュンやリコに、教えてやらなくちゃ」

 それと同時に、マコトの心に何か大きな変化が起こったようだった。

「おれが、この世界に閉じ込められたのは、アイに対する『無償の愛』をためされたからのだろうか?

自分を捨てるような愛をもてば、嫉妬がなくなり、自分の気持ちも幸せになれるのだろうか?

 だが、たとえそうしても、心は苦しいままだ。

 もう、おれは、心を悲しく暗く貧しくすることで、自分をよくみようとする努力をやめにする。

 なぜならもう、現実というものがわかったからな。現実とは、つまり、人間には男と女がいて、最初は人間に1番大切といわれる夢とか愛とか定かでないもので結ばれて、女はそれを育て、男はそれを忘れていき・・・もちろん、それがない生活だって悪くない。そういうことだろう?

やっと、ふっきれた。さあ、コピヤ、一緒にコンサート会場へおりていこう!扉は、もう開いているじゃあないか!タイチたちがきっとぼくらを待っている」

 人は自己改革を実現するとき、その成長のほんの一部だけが、職場や家族の前でおこり、大部分はひとりでいるときにおこる。

 それは一晩のうちにおこるのではない。職場をさぼって、車で旅にでたり魔法使いたちとつまらない冒険に出たりして、問題を解決するまで、けっこう長い時間がかかったりする。

 でも、大人になってからでも、自己改革ってその気になればできるんだ。いつまでたっても自分を卒業できないわけではない。


   6


 シュンは、万華鏡の形をした建物のそばにある人工ダムによってつくられた池のほとりにいた。池のほとりには、看板があって、そこには、以前、ミューたちの「魔法使いの集会」がおこなわれたところの池にあった看板で読んだような謎?とその答え?が書かれていた。


「自分をみつめる」4つのパターン。


(1) 自分から自分はみえないが、相手から自分はみえる。

(2)自分から自分はみえるが、相手から自分はみえない

(3)自分から自分はみえるし、相手から自分もみえる

(4)自分から自分はみえないし、相手から自分もみえない

それぞれみえている「自分」ってなんだ?


答え (1)おばけ(2)本当の自分(3)普通(4)透明人間


と、急に、雲があらわれた。入道雲のようだ。あたりは暗くなり、にわか雨がふりだした。通り雨。熱いからだにはありがたかった。ひとり、大きな木の下で雨やどりしていると、シュンのとなりに、二本足で歩く、カエルがたっていた。背の高さは、シュンくらい。

 カエルはシュンに話しかけるともなく、つぶやいた。

「この池は、本当は、海につながっている」

「もとの世界につながっているという意味か?」

「人間になる魔法はむずかしい。」

 シュンは、カエルに、尋ねた。

「この、池のほとりの看板に書かれた謎。その答えが、間違っているのに気づいたかい?(1)と(2)の答えが、逆になっている」

シュンをみつめていたカエルの表情が、一瞬かわった。シュンは、雨がそのカエルにあたって生じた微妙な変化をみのがさなかった。一瞬、カエルの耳が小さなカエルに見えたのだった。

シュンは、そのカエルの両耳に手をのばし、その小さなカエルを2匹手でつかんだ。

と・・・全体のカエルの形はくずれさり、無数のホタルに姿を変えて、シュンのまわりを、またたきながら飛び回りはじめた。

ホタルがしゃべっているのか?どこからか声が聞こえた。

「孤独には二種類ある。一つは、精神的苦痛に伴う孤独だ。これは例えば『無に対する不安』とでもいえるような、内面からうまれる喜劇的な孤独だ。もう一つは、肉体的苦痛に伴う孤独だ。これは、病気、疲労、飢えなどの悲劇的な孤独だ。

 前者に対しては、もったいぶった態度をとることもできれば、笑ってすますこともできる。いわば、個人の感受性にまかされた、自由な孤独だ。一方、後者は、そこから離脱することが不可能な孤独だ。 

ここで、孤独という言葉を夢という言葉でおきかえてもいい。前者の夢とは、なにか、宝物を欲しいと思う楽しい夢だ。後者の夢とは、そういう宝物の夢を見ることを忘れるほど寒く飢えた状況で、暖かい火と熱い料理とやわらかいふとんの夢をみることだ。平和な世界に住む君たち大部分にとって、問題になっている『孤独』や『夢』とは、前者に他ならない」

 大きなおにぎりが突如上からふってきて、池ほとんどをしめるような直径の巨大な水柱があがった。大きな声がした。

「ふたたび会場へもどれ。君の孤独をいやし、夢の実現を手伝ってくれる、うまれてはじめて出会った友人がそこにいるだろう?コンサートの演奏の音を手がかりにそれをたどっていけばそこにもどることができる。彼だってそこで君を待っている」

 ホタルは、いつのまにかその姿を消し、雨が降っていたのがウソのように、真夏の太陽がまた照りつけはじめた。


    7


 タイチは、アイに手をにぎられて、彼らの歌をぼんやり聞いていた。


『いつでもここからでていけるのだけれども、けっしてここからでることはないだろう』


 そのタイチにリコが声をかけた。

「タイチ、わたしよ」

 シュンもマコトもその会場に到着していた。

「どうしたんだ、タイチ。おれだよ、おれ」

「タイチ君。聞いてくれ。この街の秘密がわかったんだ」

 タイチは、友達の声に、うつろな目をむけることで反応した。

シュン、リコ、マコトの3人は、別の歌を歌いはじめた。


『悩んでばかりいると、悩みは2倍になっちゃうよ。心配しないで。幸せになるんだ』


(しばらくの間、ぼくはアイ以外のものをみていたことがあったっけ?)

 タイチは、頭上に光り輝く、沈まない太陽を見上げた。

(忘れていた。太陽は、それに動かされることはあっても、動かすものじゃないんだった。ぼくは、友達とこの街にきた目的をやりとげなければならない)


 音楽は聞くよりも、演奏するほうがもっと楽しい。

 そう、気づいた時、アイの魔法がとけた。

 地面は、石畳にかわり、4人のまわりには、大理石の壁、ベンチなどがあった。清潔で落ち着いた雰囲気だ。水の音が聞こえた。大きな、やはり大理石でできた泉があり、その横に、1本の巨大な樹があった。その樹の上には様々な動物がいた。枝の上をリスやキツネやタヌキが動き回り、ヘビがにょろにょろと動いていた。リスは、枝の上でお互いの悪口をいいあい、それをねらうヘビは、なにやら独り言をいっていた。そして、樹の上空をとびまわるワシは、気をつけろ、気をつけろ、とリスに話しかけていた。動物たちは、人間の言葉をしゃべっていた。

 正確に、その樹の頂上ははっきりしない。そのくらい巨大な樹だ。

「やはり、ここはあの建物の中なんだ」

 シュンは叫んだ。

 リコはタイチをしっかり抱きしめていた。

「タイチ、あなた、魔法を使わずに、魔法を解いたのよ」

 最初は、リコがタイチの唇をうばうように、やがて、夢から醒めたかのように、タイチもそれに応えるように強く。二人は長く強く抱き合いキスをかわした。

 「抱き合うこと、キスすること」。それは、我々のものとなり得たり、我々自身になり得たりするものとの戯れではなく、それとは他の何ものか。常に他であり、近づき得ず、知ってはいない何ものかとの戯れである。

「把握すること」「所有すること」もしくは「認識すること」と似てはいても、こうしたことにありがちな挫折はけっして起こりえない。

 ようやく、4人が再び集まった。アイの姿はもうそこになかった。


    8


 久しぶりに、タイチ、シュン、リコ、マコトはそれぞれと顔をあわせたような気がしていた。コンサートが始まってからはそんなに時間はたっていないし、このあたりから遠くには決して出ていっていないのだけれど。

マコトが力強くいった。

「どうやら、この街の地図がようやく完成したようだ」

 リコが言った。

「それで?例の工場を発見できたというの?」

「いや」

「じゃあ、もう少し、街の探検を続けないとね」

「そうじゃあないんだ」

 とマコトは静かに言った。

「工場は、たぶんこの街のなかにはないんだ」

「ない?」

「ぼくもそう思う。ぼくもマコトと同じ考えだ」

とシュンもうなずいた。

「なによ、みんなして。私だけわからないじゃあないの?」

と、リコは不満げな声をあげた。

「工場はないんだよ。分散してこの街のあちこちにちらばっているんだ」

とマコトが説明した。

「そんなものいままで見えなかったわ」

「黄色い彼岸花だよ。この世界には、コピヤがどこの家にもいて、どこの家でも黄色い花に水をやっていただろう?その花、現実の世界にもあった、あの黄色い彼岸花と同じものだ。

赤くなくて黄色いというものめずらしさと、長い間、枯れずにいきいきと咲いているので今爆発的に売れているものだ。その花を遺伝子操作の技術で開発したのがクレヨン・コーポレーションの子会社の『クローン研究所』で、その社長はアイだ。その黄色い彼岸花の発する光の波長と、この天井にとどまったまま沈まない太陽の光の波長は同じだと、さっきクローン研究所の研究員の双子が教えてくれた。

おそらく、この半永久的に咲き続ける花から出る光のエネルギーが、街のいたるところから集まって、この街の沈まない太陽のエネルギーになっているんだ。中央にあるたったひとつの供給装置の工場によってエネルギーが供給されているのではないんだ」

「じゃあ、どうやってこの太陽を壊すのよ。花の数はものすごく多いわ」

「不可能じゃあない。この街のすべてのあの黄色い花をひとつひとつなくしていくんだ。壊しても燃やしてもいい。気の遠くなるような作業かもしれないが不可能ではないだろう」


 そのとき、シュンの持っていた、あの魔法使いたちとの通信用の本『魔法使いからの連絡本』が光った。

 その本の前半部分には、今までのお話が「自動書記」されていた。それはそれで、興味深いものだったが、自分たちが経験してきたお話で、既に知っていることだ。時間があるときに読めばいい。

今の、その本への興味は「自動書記」によって、どんどんお話が書きくわえられていく前半部分でなく、うしろの方の「通信機能」の部分だ。

 本を開くと、白紙のページに文字がうきでていた。

「船は港にいるときが一番安全だが、そのために船がつくられているわけではない」

 シュンがその浮き出た字を読むのを聞くと、マコトはいった。

「彼ら魔法使いたちも、この世界の黄色い花をなくすということに賛成らしい」

「なによ。そんなこと、一言も言ってないじゃあない」

と、リコが言うと、マコトは微笑みながら答えた。

「言葉遊びだよ。年をとると、ストレートにものを言う代わりにこういうもったいぶった言い方をしてしまうんだろう。ぼくらが行動しなければ、安全だからといって港からでようとしない船と一緒、ということになる」

「あらそう?でも、わたし、聞いたことがあるけど、嵐のときには、船は港にとどまっていると岸壁にたたきつけられて壊れるかもしれないので、いかりをあげて、港の中を嵐の間ずっとまわりつづけているらしいわよ」

と、リコは口をとがらせた。

 続いてミューからは、新聞記事の抜粋が送られてきた。

「有名某塾経営者であり教育評論家でもあった、クレヨン・コーポレーション代表取締役、XXアイ、35才女性が本日、麻薬所持にて捜査されました。彼女は通称『サン』といわれる新種の麻薬を、自分の塾に通う子供たちやその親たちにひそかに配布していた容疑がもたれています。従来の麻薬と、その幻想、妄想の内容は少し違うようですが、常習性があり危険だということで、警察は捜査にふみきりました。この麻薬は、クレヨン・コーポレーションが生産・販売して大ヒット商品となっている、遺伝子操作によりつくられた黄色い彼岸花から抽出されるということです。なお、容疑者は、これらの容疑を否定しております」

 ミューの送ってきた説明にはこうあった。

「クレヨン・コーポレーションは、この警察捜査の報道を契機に売上を落とし始めた。教育や宗教の信頼度が落ちると、人々は、あっという間に離れていくからな。とはいえ、離れていくのは流行や人気で集まった人たちで、『コア』にいる人々はずっと残るが。

そちらは、アイの会社の収益が減れば、そちらのコピヤの数が減るという我々の仮説が正しいか、観察していてくれ」

 さらに、ミューは、黄色い彼岸花に関する、分析結果を送ってきた。

「おそらく、現実の世界でおこっている、魔法使いたちだけがかかる原因不明の病気の原因は、黄色い彼岸花の花粉による一種のアレルギーだ。そもそも半永久的に咲き続ける花というのは反自然的でいかがわしい。たとえ、それが遺伝子操作という科学的な方法で自然からの恵みをひきだしただけとしてもね。

あの黄色い彼岸花には4つの遺伝子操作がほどこされていた。一つ目は、花の色を赤から黄色いものにかえる。二つ目には、その花を自ら光らせる。三つ目は、暑い夏の年でも涼しい夏の年でも、気温にかかわりなく9月の彼岸前後に花をつけるという彼岸花の中の時間遺伝子を操作して、半永久的に花がさくようにする。そして、四つ目として、花の花粉を、魔法使いの血に働きかけるようにする。正確にいえば、魔法使いの血をもつ共通の遺伝子とリンクして、その遺伝子をもつものだけがその病気を発症するようなしくみだ。ミサイルのように特別な種だけ狙い撃ちする、あたらしい生物兵器だ。世界では、白人だけ感染するような生物兵器がイスラム過激派の手で開発中という話があるだろう?あれと同じだ」

「原因がわかれば、ぼくの母親の病気も治るよね。それが、わかったこと、とても嬉しく思うよ。でも、もしそれが本当に正しいのであるなら、ぼくも感染したっていいはずなのに」

と、タイチは「魔法使いの通信本」に書きこんで尋ねた。

返事が書きこまれて返ってきた。

「いや、今回の花粉は、遺伝子の関係上、両親とも魔法使いの親から生まれたものしか発症しないそうだ」

 タイチは少し安堵し、少し感動しているようだった。

顔も知らない自分の父親は、魔法の使えない普通の人間だったんだ。そして、魔法使いのママと結婚したんだ。


    9


 やるべきことはもうあきらかだった。4人は、車を走らせ、一軒一軒回って、黄色い彼岸花を回収していった。それにより、『沈まない太陽』のエネルギーが低下し、その結果、この幻想で維持されている世界を支えるエネルギーは低下し、このアイのつくった世界から脱出することができるのだ。さらには、黄色い彼岸花をなくすことで、それがばらまく花粉をなくし、タイチのママたちを永い眠りから目覚めさせることができるかもしれない。

 カレー屋、ガソリンスタンド、雑貨屋・・・。住人に気づかれないように植木の黄色い彼岸花を盗むことはそう難しいことではなかった。数が多いだけで、難しい作業ではないような気がした。そして、壊す植木鉢の数がふえれば増えるほど、気のせいか、太陽が頭上から少しずつ移動しはじめたような気がした。

 しかし、ものごとはそう簡単ではなかった。黄色い彼岸花の世話をしていた、コピヤたちが4人を追ってきはじめたのだ。コピヤたちが、4人の花の破壊作業に激しい抵抗をはじめた。おとなしかった彼らが、ウソのように攻撃をしかけてきた。コピヤとの戦いが始まったのだった。

あまりにも、彼らは中性すぎた。みずからに意思がなく、所有者により善にでも悪にでもどうにでも変わる。

 最初に出会ったとき、コピヤは黄色い彼岸花を世話するだけの、平和なコピヤであった。いまや、コピヤは、戦いをしかけてくる戦闘集団であった。コピヤの集団が、タイチらの車をおいかけてくる姿は、ぞっとするものだった。

 黄色い彼岸花の破壊作業はだんだん難しくなっていった。

だが、ここで、大きな希望がうまれていた。ある一定以上に黄色い彼岸花の数が減ったためか、ずっと使えなかったタイチの魔法の力が回復してきたのである。もちろん、この幻想の世界を一気に消す力はまだなかった。だが、自分に襲ってくるコピヤに対し、逆魔法の力で、振り払うくらいには回復してきた。この世界の力の源、黄色い彼岸花が減っていくと、使えなかったタイチの魔法が使えるようにかわってきたのだった。

 また、「元の現実の世界」にいるミューたちの努力により、「元の現実の世界」で、クレヨン・コーポレーションの事業の収益が減っていった。それにつれて、少しずつこの世界の、黄色い彼岸花を守るコピヤの数が減ってきたのも大きかった。クレヨン・コーポレーションの収益とコピヤの数は比例していた。ミューたちは、現実の世界で、クレヨン・コーポレーションに対するネガティヴキャンペーンを強化することで、タイチたちを援護したのだった。

 タイチたちは勢いづいた。一度失った魔法の力を再びとりもどした、最近のタイチの変化は、リコがタイチをこわいとすら思うほどだった。タイチの性格そのものが変わってしまったような気さえした。最初であったころの内気で自信なさげなタイチはどこへいってしまったのだろうか?

すべての鳥をドラゴンにかえ、虫たちを戦車にかえ、カーテンを妖怪にかえ、タイチは『コピヤ狩り』をおこなっていった。許される戦争ははたしてあるのだろうか?しかし、リコはタイチに、戦いをやめろとはいえなかった。

 コピヤは死ぬときに血は流さない。少し、涙のような、水が体から流れるだけだ。

 タイチは、戦いの最中に一度リコに語った。

「誰でもお金持ちになれるわけでも、強かったり賢かったり美しかったりするわけではない。でも、誰でも勇敢になることはできる。たとえ、勇敢になることは学校では決してならわないとしても。そして、今が、そのときなんだ」

 タイチは、一度魔法を失ってみてはじめて、魔法を使う自分をありのまま受け入れられるようになったのかもしれない。自信を取り戻したというより、それこそが大きな力となった。

奇妙なことに、記憶を失ったタイチたちのコピヤは、コピヤとしては例外的にタイチたちと共にコピヤと戦った。

 また、この戦いに、この街の住民の中からの味方もあらわれた。マコトがトンネルで車に乗せたことのある2人の若者も、自分たちの時間をとりもどし、本来の死をむかえるために戦いに参加した。

とくに目立った働きをしたのは、けっこうこの街に長く住みついていた『超人整体師』ケンと呼ばれる者だった。彼はこの街に住んでいるうちに身につけた力で、防波堤を(イメージで)つくりコピヤをせき止め、そこにたまったコピヤを(イメージの)掃除機で次々と吸い取っていった。

 そして、ネズミの人形のチュー。彼らがタイチのママに教えられた魔法は、この『沈まない太陽』の世界では封じこめられていたのであったが、その封じ込める力がおちるにつれて、チューたちの力が逆に大きくなってきた。彼らは、コピヤを倒し、幻想を食い破ることができるのであった。


10


「あと、残る黄色い彼岸花の数はどのくらいだろう?」

「わからない。でも、この街の黄色い彼岸花の半分以上は破壊できたと思う」

「これからが正念場だ。ひとつ、ひとつ。あせらず、めんどうくさがらずに」

 すると、マコトが運転する、4人の車の周囲の視界が序々に悪くなってきた。

「ひどいな、これ」

「砂だ」

「気をつけろ。砂嵐になるかもしれない」

 目の前に砂が風に舞い、突如、竜巻が出現し、4人にせまってきた。マコトはハンドルをしっかりにぎりながら叫んだ。

「だめだ。さけられない」

 車が、砂の竜巻の中に正面からつっこんでいくとき、タイチは『逆魔法』の呪文を唱え続けた。おかげで、車の前の視界は晴れ、車は進み続けることができたが、車の通過した後は、あっという間に、激しい風に舞う砂の中につつまれた。

 これも、アイのつくった幻想なのだろうか?車は、砂あらしの中をすすんでいる。嵐の中では、不思議なことに、車の振動も風の音も小さく、むしろ静寂といっていいくらいだった。

 車の外には、砂でつくった部屋の中で暮らす、男と女の姿が映し出された。毎日、来る日も来る日も続く砂かきという単純作業に、スコップを動かす男の顔は、表情をなくし、疲れきっていた。そのうしろで、男の肩に手をかけ、男を力づけてるようにみえるのは裸の女だった。彼女は、とても慈悲深い顔をしている。しかし、その女の裸の体は、砂まみれだった。

 理由もなく裁判にうったえられるように、理由なくわれわれは働かせられているのか?

 でも労働は自己実現の方法のひとつといえる。そして、もっと豊かな自己実現とは、いろいろな人と関わっていくときの、その都度いろんな役割を演じる、多重人格性だ。われわれは、砂丘の中に住んでいるわけではない

「気をつけろ、敵はかなりあせってきている。われわれの心に働きかけようとしている」

 タイチは叫んだ。車の中に、窓ガラスのすきまから、いろんな虫がはいりこんできた。ゴキブリコトンボ、テントウムシ・・・。それらは、4人の体をはいまわり、耳や鼻の穴から体の中にはいりこもうとしていた。シュンもリコもマコトも必死にその虫たちをはらいのけていたが、今度は、車の床から、無数の黄色い彼岸花がのびてきて、その緑の茎が、虫をはらいのけようとする彼らの手を押さえつけた。ついには、まるで、彼らの体からいくつも黄色い花がのびて咲いているみたいになっていった。

「がんばれ、もう少しで砂嵐からぬけられる」

 タイチは叫んだ。『逆魔法』を唱え続けるタイチの体にだけは、虫も花も手をだせないようだった。

「タイチ、たのむわよ」

 リコはそう叫ぶと同時に、車の中のほとんどを占めた、虫と花の中にのみこまれていった。

 

 11


 タイチが、車から外へ這い出たときには、砂嵐はやんでいた。車そのものが、鉢植えのような状態になっていた。車内には、黄色い彼岸花が充満し、車の天井をつきやぶっていた。

 人間のような目や耳や口や鼻といった穴をもたない、コピヤの体の中には、虫ははいりこめなかった。また、体を枝が貫くこともできなかった。しかし、コピヤの体は花にからみとられ、貼り付け状態のようになって動くことができなかった。

 リコや、シュンや、マコトは?その姿は茂った花の中にとりこまれ確認できなかった。

 車をおりると、タイチは、あらかじめ、もしものときのためにと用意してあった爆弾を、ちょうど目の前に出現した、巨大な樹の周囲にとりつけはじめた。

 巨大な樹。人間の言葉をしゃべる動物たちがそこに住むあの樹だ。その周囲は、黄色い彼岸花でうめつくされ、実は、その樹そのものが巨大な彼岸花であった。遠く、見ることのできないそのてっぺんに咲いている巨大な黄色い花こそが、この街の『沈まない太陽』そのものなのかもしれない。

 周囲の音はすべて消えていた。音のない世界で、タイチはひとり黙々と作業を続けた。

(魔法だろうと、幻想だろうと、やさしい言葉だろうと・・・結局はやはり、こういう原始的な武器こそたよりになるわけだ)

タイチは、爆発で巨大な樹を壊すことで、自分たちがもとの世界に戻れるとはかぎらないことはよくわかっていた。

(でもやらねばならない)

 突如、空に、大きな手の指が出現した。その指が上から、タイチをつかもうと攻撃しはじめた。奴が最後の邪魔のためにしかけた魔法だろう。タイチはこのピンチに動じることなく、『逆魔法』の言葉を唱えながら、大きな手の指を無視して、爆弾のとりつけ作業を続けた。

「イポスターズ」

 巨大な指は、タイチの体をつかもうとするが、むなしく、体をすりぬけ、空をきった。

どこからか、アイの声だろうか?声が聞こえてきた。

「なぜ壊す?自分のため?人のため?別にいいじゃあないか?愛や人間関係だって、幻想だろう?」

 タイチは答えた。

「もしも、将来、ぼくとリコが結婚して、リコとの間に子供がうまれたら、ぼくは、子供たちにこう言おう。世の中におばけや魔法使いはちゃんといる。いないというのはあやまっている。悪しきものと、正しきものがいる、というのが本当だ。おばけや魔法使いなどいないと考えて、悪いおばけや魔法使いの手におちるのでなく、良いおばけや魔法使いの力で彼らから自分の身を守ることが大切だ」

「なぜ壊す?自分のため?人のため?別にいいじゃあないか?その答えは一生かかってだすものだ。なぜあわてる必要があるのだ?」

 タイチは答えた。

「ぼくは、自分さがしの旅などするものか。他の人にもすすめないし、そんなありもしないまやかしの旅など信じない。もし自分に子供ができたら、その子供は、13歳で修行にだす。旅してきた姿こそが自分なんだ」

「なぜ壊す?自分のため?人のため?別にいいじゃあないか?止まった時間を動かすということは、大人になり、悲しいことや毒にさらされ、とてもちっぽけな存在にもどることだ」

タイチは答えた。

「そういう、否定するあるいは肯定する、止まった時間の中にいる自分は頭の中にあるだけで、どこにもいないものだ。それがどれほどのものであっても、実際には何もしてきていないし、これからも何もできない。それは、存在しない『虚像』なのだから。それに対し、事実上の真実の自分は、たとえそれがどれほど小さな存在だったとしても、実行力をもっている。それだけで、事実上の自分のほうが『虚像』より意味のある存在であるはずだ。存在しない虚像は、実際の自分をまどわしてるだけだ」

「なぜ壊す?自分のため?人のため?別にいいじゃあないか?得るものはなにひとつないだろう?」

 タイチは答えた。

「ぼくが、爆破させるのは、真実のためだ」

 とりつけが終わり、間髪をいれずに、タイチはスイッチをおした。

 爆発は成功した。

 爆発の威力は大きく、巨大な樹はもちろん、タイチ、そして、リコやマコトやコピヤが閉じ込められた車をも巻きこんだ。しかし、本当の爆発も、太陽が沈まないというこの幻想の街では人をあやめない。爆発音も聞こえなかった。

 爆発による痛みは感じず、そのきらびやかな光の洪水の中に、ただタイチは立っていた。

そのとき、タイチがつぶやいていたのは、魔法の呪文ではなかった。

「見よ、日が沈む!」

 そのタイチの横顔は、かつて工場の電力供給装置を破壊してその工場が太陽を動かしているわけではないことを証明したと、リコの発見した壁画に記されていた、タイチの父親の横顔と重なった。

タイチの視界の隅に、巨大な樹が、ミサイルのように大地をはなれ、頭上に輝く太陽にむかってとんでいくのがみえた。それは、だんだん小さくなり、しばらくして、太陽が頭上で爆破された。それとともに世界は回復へむかった。

 静止した、路上の車や人、あるいは茶の間に置いてあるTVなどの白黒の映像。それらは、また動き出した。それから少しずつ、それらの色や音も戻っていった。


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