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第2章 シュンの合流

第2章 シュンの合流


    1


 急に、タイチのかばんが光りだした。それに気がついたタイチがかばんをあけてみると、光っていたのは、携帯電話ではなかった。シュンが『いつも持ち運ぶように』メールで頼んでいた「テロリスト」というタイトルの本だった。

(なにがおこるのだろう?)

と、タイチが思う間もなく、気がつくと、タイチとリコのとなりにシュンがいた。

「シュン。おまえ・・・」

「タイチの持っていた本の中から出てきたんだ。出てくるところ見えなかったかい?約束を守って本を持っていてくれてありがとう」

「メールに書いていた、魔法使いの集会場からきたのか?」

「そうさ。タイチたちの会話や行動は、この本がモニターになって、そこから見たり聞いたりしていたよ」

「はじめまして、シュン君」

とリコは言った。

「はじめまして、リコさん、だよね。・・・タイチ、詳しい説明はあとだ。とにかく、早くあの『逆魔法』の呪文をもう一度となえてくれ。この目の前の景色も、前の景色と同様、やはり奴の魔法でつくられたものだ。魔法は二重にかかっているんだ」

タイチは気持ちを集中させて再び言った。

「イポスターズ」

 溶鉱炉やそこで働くオルフェノクたち、『バルハラ』とアイがよぶ場所、そしてアイ自身も目の前から消えた。その消え方は、まるで、コンピューターの画面で削除キーをつかったときのように、一瞬のことだった。

しかし、タイチは、一瞬の間に、それを食いやぶっている無数のねずみの人形『チュー』の姿を見たようなきがした。夢の中でママのベッドの前にいたあのネズミの人形たちだ。

気がつくと、タイチ、リコ、シュンの3人は、今度は、ぽつりと草原の中にいた。

「チエッ、まだ魔法が解けきらない。この景色も、奴の魔法にちがいない。やれやれ、いったい、魔法は何重になっているんだ。タイチ、もう1度呪文だ」

 タイチは、シュンに言われたとおり、もう1度、さらにもう1度、呪文をとなえてみた。

「イポスターズ」

 しかし、大きな樹や溶鉱炉が消えたようには、今のまわりの草原の風景は消えなかった。なにか強い力が邪魔して、タイチの逆魔法が効かないようだった。

タイチはためしに、自分の空想を現実化する魔法もためしてみた。リコの前で披露したことのある、くじらを目の前に出現させる魔法。

だめだ。

逆魔法どころか、普通の魔法さえも、効果がなくなってしまったことに、タイチはショックを受けた。

「この世界は、アイの空想の世界なんだ。アイは、『太陽が沈まない街』と呼んでいるが」

と、シュンが説明した。

この世界のことを正確に、「魔法使いたち」も把握していない。ただ、タイチの母親のように、魔法使いが最近、奇妙な病気にかかって眠り続けていることと、この世界が出現した時期が一致しているので、なんらかの関連性があるのでは?と予想されている、という。

「予想されている?」

「正直、『魔法使いたち』も、この世界の正確な意味を把握していないんだ。あとは、この世界を動きまわって、観察し、考えていくしかない」

「ここの世界では、ぼくの魔法も逆魔法もつかえない」

「そういうことが、わかった、ということだ。この世界の、ひとつの特徴がわかった、ということだ。これから、ぼくらが、この世界を探検していく。その様子を、この『魔法使いの通信本』で、魔法使いたちに報告したり、自分たちで考えたりしていかねばならない。

結局のところ、ここから脱出して、もとの世界にもどる方法を、自分たちでみつけないと、ずっとこの世界からぬけだせない、ということだからな」

「シュンは、『壁抜け』で、この本から、魔法使いたちのところへもどれないの?」

「だめだ。この世界では、タイチが魔法を使えないように、ぼくの魔法も働かない。もうためしてみたけど、だめだ。もどれない。ここに来るのは『片道切符』だ、とミューも言ってた。『それでも行くか?』と。そして、ぼくは来た」

「ミュー・・・」

 タイチは、その名前をあらためて思い出した。シュンは言った。

「今、説明したのは、この『魔法使いの通信本』の、うしろの方の『通信機能』の部分だ。だが、その本の前半部分には、今までのお話が「自動書記」されるという機能もある。そこに、ひとつ挿絵があって、その中にミューの姿が書きこまれているのだけれど、みるかい?」

 タイチが、その挿絵をみると、その挿絵は、TVモニターのように、動く魔法使いたちの映像のようだった。その中に、タイチは、「ミュー」の姿を確認した。

「ミューだ。小学生のころ、家に来たことがある」

「そうか。ミューも、タイチの小さい頃を知っていると言っていたよ。『タイチ君も、大きくなったことだろうな。ちゃんと、自分の言葉で、自分の考えることをしゃべれるようになったかな?』と言っていた」

 リコが「くすっ」と笑った。タイチは「ばかにするな」という風に、リコをにらんだ。

そんなことより、この、アイの空想の世界では自分やシュンの魔法が使えないのだ。生身で世界やアイと向かいわねばならない。魔法を使えない自分に、いったいどんな価値があるのだ?

タイチは自分が魔法使いであることをいやがっていた。しかし、いざ、自分から魔法の力が消えてなくなると、自分の価値がまったく亡くなってしまったかのような気持ちに、タイチはなったのだった。

 リコは、

「携帯電話は、いつのまにか、使えなくなっている。電源は入っているが、つながらない」と報告した。

シュンも、

「ちょっと待って、もう一度やってみる」

と本をぬけて、もとの世界にもどろうとしたが、やはりもどれない。

「やっぱり、彼らのいったとおりだ」

 携帯電話がつかえない。シュンはもどれない。「魔法使いの通信本」が唯一の外とのつながりだ。だがシュンは、この世界について、ミューたちが考えているいくつかのヒントをもってきた。それはこの世界の理解に役に立つ。でも、まだ、脱出方法まではわかってない。

「あとは現地で、情報をあつめるしかない」

 シュンは「片道切符」でこの世界に来てくれたんだ。そう思い、タイチは胸が熱くなった。

 シュンはいった。

「この風景は、アイという女性がつくりだした幻想、あるいは、現実そのものでなくその現実からのびた影の世界だ。われわれは、その世界からまだぬけだせないでいるんだ」

「じゃあここはどこ?そのアイという女性の頭の中?」

「文字どおりの意味で頭部の中でない」

「でも具体的にはどこ?頭の中でなければ、離れ小島?異次元あるいは平行世界?無意識とか、意識下とかいうもの?」

「それはぼくもわからない。それをさぐるのも、これからのぼくらの目的だ。でも現実って、そもそもなんだろう?この状況でなにか現実について自信をもってなにかいえる?さらに、意識とか無意識とかいったら、目にはみえないものだからもっと不確かなものになってくる」

シュンによれば、この目の前にひろがる世界やその前にみた世界は、すべてアイの頭の中にしかない、という。もちろん、われわれが小さくなって、アイの脳の中にいるというわけではもちろんない。アイの作った幻想の世界、あるいは意識下、というような意味だろう。

普通、頭の中の風景は、イメージであり、現実の影の世界にすぎない。だから、太陽がおちると影がきえるよう、時間の経過と共に消える。つまり時間の経過が現実をとりもどす。しかし、この世界は、太陽が沈まないのだ。つまり時間がない。だから、幻想がいつになっても消えないのだ。

「空想は、現実の影、といわれるように、どこかしら現実とつながっているはずだ。われわれが、ここのアイの頭の中から出られないという状態は、現実の世界では、ひょっとしてわれわれは、アイに既に『洗脳』されてしまったのかもしれない。タイチやぼくがここでは魔法が使えなくなった、というのも、もしかしたらそのせいかもしれない。

もし、そうだとしたら、この世界から、自力で脱出できたとき、われわれは『洗脳』から解放されるということになる。ぼくらの魔法の力も、もどる。

だが、この世界から脱出するまでは、魔法の力には頼れないんだ」


    2


 タイチとリコは、シュンのいうことがすぐにはのみこめなかった。この世界の成り立ちとか、難しいことはわからない。いずれにせよ、ママの病気を治療するヒントが、この世界を探ることでわかるなら、それだけでよい。とにかく、タイチとリコはシュンの話を。もう少しゆっくり聞くことにした。物事を理解するには順番がある。

 シュンは、タイチと生活している寮の部屋で、「テロリスト」というタイトルの本を壁抜けの魔法で抜けようとしたところ、抜けられずにその本の中にとじこめられてしまった、ということは既にタイチにシュンがメールで伝えていた。

シュンは二人に、その後のことを語り始めた。


     *


 シュンは、閉じ込められた本の中で、いつのまにか、各駅停車の電車にひとり乗っていた。川にそって、川をさかのぼるように、くねくね曲がって続いていく線路の上をゆっくり電車はすすんでいった。

 駅を降りてからしばらく歩くと、ある池にでた。池のほとりには看板があって、伝説によれば、その池には底がないとか、太平洋につながっているとか、竜宮につながっている、とか書かれていた。だが、今目の前にある池は、ほとんど頭の真上にきた太陽の光が水面に反射する、ただの小さな池だった。

 と、急に雲があらわれた。入道雲のようだ。あたりは暗くなり、にわか雨がふりだした。

 ひとり、大きな木の下で雨やどりしていると、シュンのとなりに、二本足で歩く、カエルが立っていた。背の高さは、自分くらいだった。

「きみはだれ?」

 カエルは、それには答えず、シュンに話しかけるともなく、つぶやいた。

「人間になる魔法はむずかしい」

 カエルはシュンをみつめた。シュンもカエルを観察した。シュンは、雨がそのカエルにあたって生じた微妙な変化をみのがさなかった。一瞬、カエルの耳が小さなカエルにみえた。

 シュンは、そのカエルの両耳に手をのばし、その小さなカエルを2匹手でつかんだ。

 すると、全体のカエルの形はくずれさり、無数のカエルに姿を分解した。その無数のカエルは、次々とその池に飛び込んでいった。

「ぼくらはカエルだけど、夜にはホタルになるんだ。平家ボタルだ。くれぐれも、源氏とまちがえないように」

 カエルがすべて池へ飛びこんだ直後、大きなおにぎりが突如空からふってきて、池におちた。巨大な水柱があがった。おおきな声が言った。

「おどりの輪からはなれて、夜にまたここであおう」

 いつのまにか、雨はあがり、太陽が、また照りつけはじめた。

そして夜。ひとり、またひとりと、その池のほとりに魔法使いたちはやってきた。

池の伝説の看板の横に、誰かが小さな看板をたてたようだった。

そして、その看板には、次のような謎?とその答え?が書かれていた。


「自分をみつめる」4つのパターン。


(1)自分から自分はみえないが、相手から自分はみえる。

(2)自分から自分はみえるが、相手から自分はみえない

(3)自分から自分はみえるし、相手から自分もみえる

(4)自分から自分はみえないし、相手から自分もみえない

それぞれみえている「自分」ってなんだ?


答え (1)本当の自分(2)おばけ(3)普通(4)透明人間


 魔法使いたちが集まってくる様子は、まるで、映画のスターたちが一同に介するようだった。

 動物の言葉を理解し、しゃべることができる者。彼は、ふくろうとカラスを連れてやってきた。

 傷をいやす特別な薬を作れる者。

 時を止めることができる者。彼は、人や動物を石にすることもできた。

 透明になることのできる指輪を持った者。

 相手の考えていることが読める者。同時に相手から自分の心を読まれないように守ることもできるし相手の記憶も消すことができた。

 別の場所、時間に瞬間移動ができる者。

 アメリカの軍隊でさえも一撃でせん滅させる力をそなえた者。

人間や動物をおもいのままあやつれる者。など、など。

 それぞれが思い思いの場所に陣取り、簡単な食事と飲み物をとりながら、それぞれの自己紹介をした。彼らの話しはどれも面白かった。生い立ち。今住んでいる街の話。話はそれぞれ違ったが、十三才のときに、いままでの両親と住んでいた街から離れ、ひとりで新しい「魔法使いがまだ住んでいない街」に住まねばならないというルールはきちんと守られていた。

 生まれつき魔法の力がそなわっていた者。

 努力をしてようやく得た者。修行が厳しかったのか、彼は、声高に、個人の魔法は、全世界のためにつかわれるべきだと、主張した。

 魔法をもっている相手を倒すことで、その魔法の力を手に入れた者。

 科学の力で手に入れた者。

 魔法使いが蝶に変身している間に、その蝶が杯の中におち、それを母親が酒ごとたまたま飲んでしまったために自分が生まれてきたのだ、と語る者もいた。

 輪の中心にいて司会をしていたのは、ミューだった。彼には、様々な話を聞き、そしてある力をもった物語を語る能力があった。これもまた、いわゆる魔法といえるかもしれない。

世の中の小説家の多くは、このミュー、あるいは、「ミューのような者」を身近において、その力を借りて自分の小説を書いている。

 しかし、このミューときたら、きれいな若い女の子だったらいいのだが、年をとったきむずかしい男だ。しかも煙草を吸う。横柄で、怠け者で、気まぐれで、いうことをきかそうとさせるのは並大抵のことではない。しかし、ちゃんと世話さえすれば、ときに驚くべきおしゃべりをはじめる。しゃべりはじめればもうこちらのもの。じっと耳をかたむければよい。

 今回の、魔法使いの集会を開くというのは、ミューの発案だったという。顔もわからない遠くの街に住む魔法使いたちに、集会の場所と時間を伝えることができたのも、このミューのおかげだった。ミューは「テロリスト」というタイトルの本をある出版社から出版した。

 各地の本屋に陳列された本は、招待状のかわりになるのだろうか?彼らは、本を買ってくれるのか?具体的な集合時間とか場所とかは、その本にはまったく書かれていないのに、どうやって彼らはそれらを知ることができるのだろ?ミューは自信たっぷりだった。

「その街に、その本が並んでさえいれば、必ず彼らはその本を手にして買うさ。そして、彼(彼女)らが読めば、必ずメッセージ文字がその本にうかびあがる。普通の人にはただの本にしかすぎないんだけどね」

 それこそが「魔法使いの通信本」の正体だった。


    3


 集会のはじめに、今回集まった魔法使いたちの中から、代表者を選ぶことが行われた。

 投票で決めるわけではない。それは、ある箱の中にはいっているダイヤに各自が順番に触れていく、ダイヤはふさわしい者に触れたときに叫び声をあげる、というルールであった。

 全員が、順番に箱をまわしその中のダイヤの指輪を手にとった。美しい、不思議な魅力をもった指輪だった。いずれの者も、その美しさに魅了された。シュンは、自分の番がすぎたあと、集まったいずれも個性的な魔法使いたちのなかで、誰が選ばれるのか興味津々でいた。

 指輪が声を発したのは、最後にその箱がまわってきた『ミュー』のところだった。

 『ミュー』は、「自分自身は本当の魔法使いでない」といって、その指輪をとることに最初は躊躇していた。そういう彼をみて、ひとりの魔法使いがその指輪を手にとり(そのとき指輪は叫ばなかった!)、『ミュー』の指に指輪を無理やりにとおすとそれは叫んだ。

「王は彼である。彼は言葉をあつかう。言葉は、ものをつくったり壊したりすることはない、ただの音か文字にすぎない。耳をふさぐか、目をとじれば、そこにはない。また、言葉は強くて弱くて、善くて悪いものである。言葉は中立であり、それを使う者や場所によっていろいろな顔をもつ。だが言葉は、各個人にやどるが、魔法の言葉は個人をこえて、世界に歴史につたわる。だから彼が王である」

 集会では、今後しばらく、お互いが連絡をとりあい、困ったときに助け合うということが決議された。そうすることが必要な、魔法使いにとっていろいろな面で困難な時代がまたやってきたからだった。歴史の中で、そういう風にしなければならない時期は今までも何回かあったという。今回の前の時とは、世界大戦が続けておこったときだったという。

 もともと、魔法使いたちは、集まって集団でなにかするということが嫌いなものなのだ。魔法使いはひとつの都市に一人というルールがあるくらいなのだから。

こういう非常事態に共通する点としていえることとは、現実の影が増大し、『従』である影にすぎないものの力が強くなりすぎて、逆に、『主』である現実を脅かしはじめるということだ。

 例えば、マニュアルや(慣習とか常識もふくめた)ルールは現実によく対処するためにつくられたはずなのに、いつのまにかマニュアルやルールを守るためにマニュアルやルールがあるようになっていく問題はしばしば経験する。『従』である現実の影(マニュアル、ルール)が、『主』である現実を脅かす典型的な例だ。

 今回、問題になっているのは、アイという女性(彼女も魔法使いの一人と思われる)の、個人的な幻想にすぎない『沈まない太陽』を現実化しようとする試みがかなり成功に近づいているということであった。ここでも、現実の影にすぎない『従』であるべき幻想の力が強くなりすぎて、逆に、『主』である現実を脅かしはじめている。問題は、その現実への影響力が、ほかの影に比べて大きいことだった。

 そして、緊急性のあることとして、(日本だけでなく)世界中の魔法使いたちの間で、原因不明のまま眠り続けるという奇病が広まっていること。たぶんタイチのママもこの魔法使い固有の病気にかかったのだ。これが、アイの影である『沈まない太陽』とどのような関連があるのかは、いまだわかっていない。いずれにせよ、治療法が世界的にも魔法使いたちの間でまだわからないのだ。

 今、これらの問題を解決するため、魔法使いたちがあつまって知恵を出し合うことが計画された。そして、タイチやリコやシュンが閉じ込められた、おそらくアイのつくりだした世界の様子を観察することは、魔法使いたちにとって今もっとも興味深い研究対象といえた。


       *


 タイチもリコも、シュンの話を聞いてすべてが了解できたというより、ますますわからなくなってしまった、というのが正直な感想だった。

 ただ、池の看板に書かれた、4つの謎は、タイチが小学生のとき、別れ際に小人のミューがタイチにだした「宿題」だったことをタイチは思い出していた。

(シュンはミューと会ったんだな。それにしても、ミューがそんなところに。懐かしいなあ)

「要するに、今のぼくらがすべきことは、あのアイが勝手につくりだした幻想の世界に閉じ込められたこの状態からぬけだす方法を探すということか。まったくいい迷惑だな」

「何言っているの。あなたも似たようなことを人にしているでしょう?」

とリコは言った。

「でも、ぼくのつくる幻想は一時的だ。むしろ、消えるのがいいんだ。消えて元にもどる瞬間に、その人が何かを感じるんだ。別のイメージを一瞬与えることで、ひとつのイメージによって隠れていたものを、顕わにすることができるんだ」

「毒をもって毒を制す?」

「うーん。せめて、おばけを倒せるのは、おばけしかいない、という言い方にしてくれないかな。幻想やイメージを目の前に出現させる魔法は、芸術家たちも使っているじゃあないか」

「『逆魔法』とはちょっとちがうけど、そういう『それとは別の』幻想やイメージは、似た効果を発揮するのね」

「でも、その同じ幻想やイメージが、次の時には、逆に現実を隠してしまう危険もあるんだ。特に、イメージの現実化、あるいはイメージの永久化をめざしたとたん、隠れていたものを明らかにしたその同じイメージが、今度は逆に現実を隠してしまうことになる。本当は、そのイメージが消える瞬間にこそ現実を開示する力が発揮されるのに、イメージが固定化され消えなくなってしまうと、そこに現実を隠蔽する危険が生まれる」

 それに比べると、タイチの新しい『逆魔法』は、硬化してしまった幻想やイメージをうちやぶるのにとても有効なだけでなく、危険の少ない方法といえるかもしれない。

アイは、『沈まない太陽』を完成し、彼女の魔法でつくられた幻想を、現実化しようと考えているという。『沈まない太陽』とは、時間によって現実にもどるということのない、永遠の幻想=疑似現実だ。だが、なんのために、そういうものをアイはつくりたいのだろう?

「それについては、集まった魔法使いたちも、『ミュー』も現時点ではつかめていない」

と、シュンは言った。

「逆魔法がきかない魔法を彼女は使っているの?」

「いやその点については、おそらく魔法以外の何かの力がそこに働いているのだろう、というくらいしか   集会に集まった魔法使いたちにもわかっていないんだ。その秘密を解く鍵が、この世界でみつかるかもしれないとぼくらは期待されている。

 たぶん、ミューの方からも、いろいろな魔法使いたちからの情報収集からわかったことをこの本を通じてぼくらに連絡してくると思う。この世界からぬけだすヒントがその中にあるかもしれない。

でも、ぼくらもただ待つだけではなくて、この街を探検して、『沈まない太陽』の秘密とこの街から抜け出す方法をなんとか見つけるんだ」

 そのとき、話している3人のほうにむかって、1台の車が、遠くの方から近づいてきた。

 どうやら、(考えれば当然のことだが)この世界に閉じ込められたのは、3人だけではないようだ。

 


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