99.心の整理
真羅が去った後、フィルたちを心配して駆け付けてくれたロロによって全員が炎龍族の住処へと運ばれ治療を受けることとなった。
炎龍族の薬師によって、ほとんどが二日程度で歩ける程度まで回復したのだが、一番症状が酷かったガロは未だ眠ったままだ。
今は眠り続けるガロの枕元に全員が集まり、今後の進路について相談しているところだった。
「……間違いなく罠だよ。僕は行くべきじゃないと思う」
真剣な声色で仲間たちへ進言しているのはノクトだ。
フィルは最後にイーネンに言われた言葉を皆に伝えていた。
「仮に罠だとして、何の目的があってフィルにそんなこと言ったんだ?」
「分からない。けど奴らの目的が思念片の回収である以上、僕たちの行動は邪魔にしかならないはずだ。なのにレイシェルフトでもドラでも止めを刺すことはなかったでしょ? それ以外に何か目的があるんじゃないかと僕は思う」
「なるほどな。あえて生かされてるって訳か。なめやがって」
カイトとノクトが話し合いを続ける中、ソフィアが別の切り口から疑問を投げかける。
「ねぇ、一つ気になっていたのだけど、奴らが捜している思念片っていくつあるのかしら?」
「今オレたちが持ってるヴィリームの分、奴らの手にあるのがレイシェルフトとドラ、そして未回収なのが恐らくフィデリオにある。少なくとも四つはあるみてぇだな」
「その数って何かに関係してるのかしら?」
「分からねぇ。ただ、あと可能性があるのはウォルドーとノードだが、仮にノードにあったとしたらすでに奪われちまってる可能性は高いな」
「そうね……」
カイトが言うとおり、レイシェルフトで聞いたノードに武装蜂起の気配有りという情報とタイミングを合わせて考えると、真羅が拠点をノードに置いている可能性が高いとフィルも考えていた。
「あとは”精霊と龍が指し示す場所”、か」
フィルの呟きにリアが反応する。
「それも謎よね。本来両方とも人に干渉しない存在なんでしょ? 真羅と手を組んでいるとは考えにくいし」
「そうなんだよ。もしそれが奴らが仕掛けた罠だったとしたら、精霊族と龍族が奴らに囚われている可能性もあるんじゃないかな」
「だとしたら早く助けにいかなきゃいけないわね。だけどいったいどこの事を言っているのか」
「…………もしかしたら”三照山の仙人”の事かもしれないんす」
「「ガロ!」」
まだ微睡んでいる表情でガロが身体を起こそうとしている。
未だ身体が痛むのか顔をしかめながら起きようとするのでフィルたちは必死に止める。二日も寝続けて万全の体調であるはずがない。
聞くと、未だ痛む部分はあるようだが大きな痛みは引いたようだった。それよりもお腹が空いたんすと笑っている。
ガロは再び横になると、先程切り出した話を続ける。
「さっき言った”三照山の仙人”のことなんすけど、ドラを出てフィデリオに向かう道から北東に逸れた場所に、三照山っていう大きい山があるんす。昔からそこには”仙人が棲んでる”って噂になってたんす」
「仙人?」
「んす。おいらが実際に見た訳じゃないんすけど、身体が透明な龍の姿だったり、小さな子供の姿だったり、毛むくじゃらの老人の姿だったり、見る人によって違う姿に見えるらしいんす」
「なんだか怪しいね」
「そうなんす。だからおいらの里では悪いことをすると”三照山の仙人に連れ去られるぞ”って言われてたんす」
「もしその人物が実在したとして、それが奴が言う”精霊と龍が指し示す場所”なのかどうかだね」
「う~ん……」
結局その場では結論は出ず、ガロが快復するまでフィルたちは炎龍族の里で世話になることになった。
ガロが森龍族の子でメルセナに認められたことが伝わっているのか、炎龍族の族長ファルガスは、人間であるフィルたちのことも含めて好意的に接してくれた。
フィルたちは森龍族の里の復興を手伝いながら、人間に興味津々な龍族の子どもたちと遊びつつ、新鮮なドラでの日々を過ごしていた。
そして、ガロが目覚めてから三日後。
ようやく歩けるまで回復したガロがフィルたちの前へと姿を現す。
「ガロ、もう歩いて大丈夫なのかい?」
「久しぶりにドラのごはん食べて元気いっぱいなんす! いつでも出発できるんす! けど出発する前に一箇所だけ寄りたい所があるんす」
無理をしている様には見えなかったフィルはとりあえず一安心する。
「寄りたい所? どこだい?」
「森龍族の里にあるとうさまのお墓に挨拶をしてから行きたいんす」
「そっか。じゃあみんなで行こうか」
「ありがとなんす」
フィルたちは炎龍族の族長ファルガスに礼を言うと、名残惜しそうにこちらを見ている子どもたちを背に、ロロに連れられ森龍族の里へと降り立った。
森龍族の里では若い龍たちがせっせと瓦礫の撤去と新しい住居の建設を進めている。あんなことがあったにも関わらず精神的にも逞しい種族だとフィルは感じていた。
他の種族の里も同様に真羅によって襲撃を受けていたのだが、被害が最も大きかったのは森龍族の里だったそうだ。
フィルたちがロロの背から降り立ったことに気付いたのか、森龍族たちは作業を止め、ぞろぞろとこちらへ向かってくる。
次の瞬間、森龍族たちは一斉に跪き頭を垂れた。
「えっ?」
予想外の龍たちの行動に慌てるフィルたちをよそに、一番先頭で頭を下げている大柄な龍が言葉を発する。
「ガガ・ロガ様。メルセナ様に認められた最初の龍種として、先代の意志を受け継ぎ、我ら森龍族の王となり導いていただきたい」
ガロは虚を突かれた様子で固まっている。森龍族の真意は分からないが、どうやらガロが不在の間に龍たちの間で話し合いが持たれたようだった。
「それはここにいる全員の総意なんすか」
「もちろんです。ここに生き残っている龍種はあなた様が侵略者と戦う姿を見ております。その姿は気高く、そして雄々しきお姿でした。族長は当代で最も偉大な龍種がなるべきです。あなた様にはその義務がございます」
「……」
見れば、頭を垂れている龍族の中には、フィルたちがドラに入った際にガロを”翼のない蜥蜴”と罵っていた龍たちも混ざっているようだ。
ガロの心中は複雑だろう。
自分を蔑んでいた相手が急に掌を返したような態度を取っている。それはガロの内面ではなく、メルセナに認められたという事実と龍化して里を守ったという事実、つまり外面だけで評価されていることに他ならない。
さらに、ファルガスによると、太古より龍種は種族間同士の諍いが絶えないらしく、常に自分たちこそが龍族の頂点であると自負しているらしいのだ。森龍族も例を漏れず、結界を守護している自分たちこそが龍として最も素晴らしき種族だと、他種族との衝突を繰り返しているらしい。
そのような中で、正体不明の敵によって族長が討たれてしまい、あまつさえ結界に使う宝珠を奪われたとなれば、森龍族の信用は地に堕ちてしまうことは必須だ。
そのため早急に族長を立て、結界を復活させることが急務となっており、ガロの過去のしがらみなど気にしている場合ではないらしい。
ガロもそれを理解しているのか、あれほど戻りたかった里の仲間たちから歓迎の意を示されたにも関わらず、その表情は浮かばない。
――――先代の子
――――メルセナの意志
――――森龍族としての体面
――――種族間のしがらみ
それぞれの思惑が交錯する中、ガロは何かを決意したように一つの答えを出す。
「……分かったんす。その話、引き受けるんす」
「おぉ! それでは!」
「ただし、おいらにはまだやるべき事が残ってるんす。それが終わるまでここに戻ってくるつもりはないんす」
「やるべき事? それは里を守ることよりも大切なことなのですか?」
話を切り出した龍種が不快感を隠そうともせずガロの発言に疑問を投げかける。お飾りとしての王にガロを迎えようとしていることが見え見えな態度にフィルたちは苛立ち始めていた。
だが、そんな態度にも動じることなくガロはその場にいる龍族すべてに聞こえるように言い放つ。
「おいらはここにいる仲間たちと共に戦わないといけない。里を、この国を守るために、ここで張りぼての王を演じてる暇なんてないんす。おいらは誰よりも強くなって、ここにる全員が心から納得できる龍族になって戻ってくるんす。それが……とうさまから受け継いだ意志だから」
その場にいる龍種たちからハッと息を呑む音が聞こえる。
明らかに格上の相手に一分も臆することなく立ち向かい、敗れた。にも関わらず戦う事を止めないガロの姿勢に、龍たちはどこか後ろめたそうな表情を見せている。
それは、真羅との戦いの際に役に立てなかったことへの憤りか、はたまた、格下に見ていたガロから指摘された事実への悔恨か、各々が感じているものが何かは分からない。
だが、ガロの事を”翼のない蜥蜴”と蔑む者はもういないだろう。
「おいらが宝珠を取り戻すまで、各種族と手を取り合ってドラを守り抜いて欲しいんす。誇り高きドラの守護者、森龍族の民として」
「……はっ。では我らは新たな王が帰る場所を全員で守り抜きましょう」
そう言うと再び先頭の龍は頭を垂れる。
ガロが再びこの地に戻ってきた時、ドラはどのような国になっているのだろうか。
今より少しだけ、種族の垣根を超えて互いに寄り添える国になって欲しいとフィルは願う。
森龍族との話し合いが終わり、ガロは一人、森の中に円を描くように作られた墓の前に立っていた。
涙を流すことなく、ただ静かに祈りを捧げており、その小さな背中に背負っているものを少しでも軽くしてあげたいと思った。
ガロはしばらく祈りを捧げると、フィルたちの元へとゆっくり戻ってくる。
「もういいのかい?」
「いいんす。お別れはきちんとできたから。みんなありがとなんす」
「ガロ……」
全員がガロの方を見ているが、その瞳はしっかりと前へと向けられている。
「行こう、ガロ。俺たちと一緒に」
フィルがガロへと手を差し伸べる。
ガロはその手を迷うことなく握ると、一筋の涙を頬に伝える。
「んす!」
龍として心身共に成長したガロを迎え、フィルたちはロロが待つ広場へと足早に戻って行った。




