97.貫く
「そん……な」
ノクトから放たれた水球たちは当然男の元へと届くはずもなく、すべてが撃ち落される。だが、何らかの手段で防がれることはフィルたちも予想していた。
「≪勇敢小兎≫! 今よ!」
一瞬の攻防の中で密かに動いていた勇敢小兎が男の背後へと迫る。
だが、男は後ろに目でもあるかのように、人間離れした反射神経によって勇敢小兎の一撃を寸前で避けるが、すでに背後からガロが迫っていた。
すべてはガロのこの一撃に繋げるために、全員で敵の気を逸らし隙を作ったのだ。
だが、男はすでにガロの方へと向き直り、迎え撃つように顔の紋様を深い緑色へと変えてしまっている。
このままでは今までと何も変わらず、あっさり防がれガロは吹き飛ばされてしまうだろう。
「ネイマール! 今だ!」
「≪閃光散弾≫!」
ネイマールは右手に掴んでいた銀色の物体を男へと放り投げると次の瞬間、辺り一帯を眩い程の光が包み込む。
ネイマールの合図によってフィルたちは全員、発光の瞬間だけ目を瞑っていた。だが、黒衣の男は違う。男も人間である以上は生物で、当然、突然強い光を浴びれば隙が出来る。
「いけッ! ガロ!!」
目を押さえる男の膝元までその身を滑り込ませたガロは、膨大な晶素を右手へと込め、男の無防備な腹へと放った。
「≪地掌≫!」
ガロから放たれた衝撃は余すことなく男の全身を貫き、そのまま男を地面へと叩きつける。
「はっ、はっ、はっ」
ガロは短い呼吸を繰り返し、一旦男から距離を取った。
全員、これで決着がついたとは思ってはいなかったが、攻撃が当たるのであれば勝機はいくらでもある。
だが、それはまたしても甘い考えだったと思い知らされる。
「今ので終わりか?」
土煙から聞こえてくる声は焦っている訳でも、苦しんでいる訳でもない。男の着衣は乱れ、確かに衝撃の跡は残っているのだが、行動を止める程のダメージを受けた様子は見受けられなかった。
「≪痺痺草草≫!」
「≪雷糸≫!」
ガロから放たれる麻痺性の花粉とカイトから伸びる電気の網が男を拘束せんと迫るが、男は気にも留めることなく二人へと迫る。
「≪万感之相≫」
男の顔に今までとは異なる漆黒の紋様が浮かび上がる。その様相はまるで悪魔と対峙しているかのような錯覚をフィルに感じさせた。
男は手の一振りによって拘束の網を掻き消すと、ガロとカイトを二人まとめて吹き飛ばした。
「がっ」
「ぐぇっ」
そして、横ではソフィアとエインも突如現れた水流によって押し流されていた。
「きゃあ!」
「ぐっ」
さらに、リアとノクトも足首を大地で固定され身動きが取れない状況になっている。
「足が……!」
「くそっ」
フィルは残るネイマールだけでも守る為に痛む両足を必死に動かす。だが、無情にもネイマールの前には轟音をたてながら炎の壁が出現し行く手を阻んでいた。
「……ッ」
辺りを見回すが男の姿は見えなくなっており、あれだけ肩にのしかかっていた膨大な晶素の気配も感じることができなくなっている。
「どこだ!」
フィルの位置から見える範囲には男はいない。だが、フィルは先程からちりちりと射るような殺気を感じ取っていた。
フィルはほぼ無意識に、背後へと晶壁を展開させる。
「ッ!」
「なに?」
フィルの予感は間違っておらず、男はフィルの背後から突如現れ攻撃を放っていた。男はまさか防がれるとは思っていなかったのだろう、驚きの表情でこちらを見ている。
晶壁は先程の一撃で完全に砕け散っており、フィルは体勢を立て直すため一度距離を取ろうとする。だが、男は追従するようにフィルへと迫り、強烈な蹴りをフィルの鳩尾へと叩き込んだ。
「ごあっ」
息が詰まり、全身の筋肉の活動が一時的に停止する。
思わず膝をついたフィルが見上げた先にいたのは、何の感情もなくこちらを睥睨している黒衣の男だった。
そして、男は拳に炎を纏わせると、その拳を容赦なくフィルの顔面へと叩き込んだ。
「フィル!」
誰かが自分を呼ぶ声がするが視界がぼやけ自分がどこに飛ばされているかすら分からない。頬が焼けるように熱く、殴られた衝撃で意識が混濁する。
フィルはまるで人形のように飛ばされ、強風によって地面から引き抜かれた木々たちと共に吹き飛ばされる。
「ごほっ……ごほっ」
咳き込むだけで全身に激痛が走った。先程から晶素によって無理やり身体を動かしていた反動が出始めていた。
フィルたちを圧倒した男は一度だけフィルの方を見ると、そのまま倒れ込んでいるガロの元へと歩み寄る。
男はガロを無理やり立たせると、そのまま首元を掴み自分の目線へと持ち上げた。
「結界に使っている珠の在処を教えろ」
「お……おいらは……知らない……知ってても……おまえなんかに……ぜったい教えないんす」
男はガロへ探し物の在処を尋ねるが、ガロはそれを拒否する。男はさらに手に込める力を強めるとガロに強い口調で迫った。
「もう一度だけ問う。珠はどこだ」
ガロは首を絞められる形となり苦しそうな表情を見せている。身体はぼろぼろで額からは血が流れ落ちている。
だが、それでも、臆することなくはっきりと告げた。
「おまえ……なんかに……ぜったい……教えるもんかッ!!」
「そうか。ならば死ね」
男は興味を失ったようにガロから一度手を離し強制的に立ち上がらせると、右手に視認できる程の晶素を纏わせる。そのまま振るわれれば間違いなくガロの小さな身体は貫かれてしまうだろう。
「ガロ……!」
フィルはガロの元へと腕の力だけで這い寄ろうとするのだが、その歩みは遅々として進まない。
「消えろ」
「ガロッ!」
ガロはぐっと目を瞑り攻撃に耐えようと身体に力を入れている。
――――嫌だ
フィルは必死にガロへと手を伸ばすが、伸ばす手は遠く、晶素のひとかけらさえももう出てはくれない。
そして、男の手刀が無情にも振り降ろされ、男の手からは夥しい程の血が滴り落ちる。
「嘘……だろ」
男は貫いた腕を引き抜くと、生気を失った身体を地面へとぞんざいに投げ捨てた。
投げ捨てられた身体をフィルは呆然と見つめながら、ガロが必死の形相で駆け寄る。
「とうさまッ!!!」




