96.万色
フィルたちもガロに続くように戦闘態勢に入り黒衣の男へと迫るが、男は一切表情を変えずこちらを見据えたまま動かない。
「≪地掌≫」
ガロの小さな掌から放たれたのは大地を隆起させる程の衝撃波。戦う覚悟を決めたガロが放つ、今までとは違う相手を打ち倒す為の技だ。
衝撃が黒衣の男を吹き飛ばさんとしたその時、初めて男が挙動を見せる。
だが、それは悪い意味でフィルたちの予想を裏切るものだった。
「≪阿久焔之相≫」
紅黒い紋様が顔に現れたかと思うと、男の掌から身を焦がすような轟炎が放たれ、ガロが放った地掌を完全に掻き消す。
「≪八瀬之相≫」
驚くフィルたちを尻目に、男は続けざまに燃え盛る炎を裂くように巨大な水流をフィルたちへと放った。
「≪水龍≫!」
ノクトから水の龍が生み出され、巨大な水のエネルギー同士が衝突する。だが、衝突の瞬間に消滅したのは水の龍の方だった。
「嘘だろッ!? ≪晶壁≫!」
水龍に衝突したにも関わらず、男から放たれた水流は一切勢いを落とすことなくこちらに迫ってくる。
フィルは仲間たちを守るように壁を張り、全力で晶素を注ぎ込む。凄まじい程の圧が両腕にのしかかり、一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。
「くっ……そ……!」
「≪風抜之相≫」
男に浮かぶ紋様が深い緑に変わると、今度は辺りの木々を根こそぎ吹き飛ばす程の暴風が生み出される。
「ぐぁっ」
今までの猛攻をなんとか耐え凌いでいたフィルたちには決定的な一撃となってしまった。その場にいる全員が豪水と暴風によって押し飛ばされてしまう。
「≪土羅之相≫」
男は抑揚なく吐き出すと、突如大地が震動しはじめ、まるで生き物のように大地が蠢きフィルたちへと襲い掛かる。
体勢もままならないフィルたちはそのまま吹き飛ばされ、木々に打ち付けられる者、地面に叩きつけられる者、様々だが全員が負傷してしまう。
なんとか立ち上がろうと奮起するが、フィルたちの挙動がすべて見ているのか、男は、フィルたちが立ち上がることすら許してはくれない。
「かっ」
地面に強く叩きつけられたフィルは呼吸することすらままならない。他の仲間たちも同様で、一瞬にして薙ぎ払われていた。
――――格が違いすぎる
フィルは今まで様々な敵との戦いを経て、相手のおおよその晶素の大きさを感じることができていた。だからこそ、直接力を交わすことでより理解させられる。
能力者としての練度と単純な力量が違いすぎることが。
フィルはフレウラの言葉を思い出していた。
”『六界”は本物の化け物だから』”
今ならその言葉の意味が嫌でも分かる。目の前で悠然と佇んでいる男は真の化け物だと。
「ぐっ」
だが、化け物だろうとなんだろうと戦わなくてはならない。仲間の大切なものが破壊されているのを黙って見過ごすことなどできはしない。
フィルは痛む身体を無理やり起こすと、一歩ずつでも男へと近づいていく。
ふらふらと立ち上がったフィルに気付いたのか、ここで初めて男がその口を開いた。
「なぜ立ち上がる。力量差は理解したと思ったが」
低い声で問いかける男に対し、フィルは当然のように答える。
「身体はいくら折れても心が折れなければ何度だって俺は立ち上がる。これ以上お前たちの好きにはさせない……ッ!」
フィルの右手には美しい一振りの剣が握られていた。
身体を晶素によって無理やり動かし、それ以外の晶素はすべて右手の剣へと注いだ。
「それに俺だけじゃない」
後ろを振り返らずとも分かった。
フィルの後ろにはぼろぼろになっても立ち上がる仲間たちがおり、みな一様に傷だらけだが戦う意志を失っている者は一人もいない。
力量としては、目の前の男はヴァクロムとレイ・デルよりも明らかに格上の存在だ。男から放たれる力は、序列の頂点と言われても不思議ではない程かけ離れていた。
さらに言えば、目の前の化け物を付き従えている人間がこの世界に存在するということが、フィルには俄かに信じられなかった。
”『グランデル』”
世界を混沌に陥れようとしている張本人であり、真羅を止めるために戦うのであればいずれ出会うことになるのだろう。
だとすれば、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。
「いくぞッ!」
フィルは剣を携え男へと全身全霊で斬りかかる。
「≪土羅之相≫」
下段から振り上げられた剣閃は、突如隆起した大地によって阻まれてしまう。男が作り出した大地を切り裂く程の威力は今のフィルにはなく、逆に弾き飛ばされてしまった。
「≪大雷≫!」
「≪獅子星宮≫!」
弾き飛ばされたフィルの横を、雷を纏った獅子が駆けて行く。それは、偶然ではあったが、ソフィアが生み出した晶素にカイトが生み出した雷が重なることで威力を倍増させていた。
フィルの一撃を防ぐことで無防備となっていた男の元へと雷の獅子が迫り、その身に着弾するかに見えた瞬間、突如獅子が男の目の前で掻き消える。
否、男が生み出した劫火によって一瞬にして消滅させられていたのだ。男はそのままソフィアとカイトへと照準を絞ると、顔に浮かぶ紋様を変化させる。
「≪風抜之相≫」
再び放たれた暴風が轟音を上げながら迫る中、エインがその身で守るように暴風の前へと躍り出る。
「≪五振:羅生門≫」
暴風はエインが構える剣の前で停止する。だが、その威力が衰えた訳ではなく、エインの巨体が地面を抉りながら徐々に押され始めていた。
「くっ」
エインは必死の形相で剣を突き出し耐えているが、ただ防ぐためだけに暴風に体を晒している訳ではない。男の意識をエインへと向けることが真の目的だった。エインは頭上を飛び回るスミーの加護により、男の猛攻をぎりぎりの所で耐え凌いでいる。
「≪水蓮≫」
宙に浮かぶ無数の水球がノクトから放たれ、一斉に黒衣の男へと襲い掛かるが、技を放ったノクトを含め全員が驚愕の表情を浮かべる。
男の上空に、ノクトが発生させたものと同数の水球が出現していたからだ。




